*第6話 青い山脈
コイントとオバルトの国境ラーアギル山脈。
大陸の北部地域を孤立させる白銀の峰々を
悲しみと希望を込めて人々は”青い山脈”と呼んだ。
この峠を越せばダモンの地に入る。
国境を守護する山岳民族ダモン。
エルサーシアの故郷だ。
「気張っでけろ!もすこしだぁ~」
ついに追いつかれてしまった。
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谷を出てから30日目。
国境近くの町パタオパンで食料を調達し、宿屋に戻った時だった。
「こんぐれぇの娘だぁ、荷馬車の一人旅んびだべさ。」
間違い無い!
村長の所の若衆だ!
「んちにゃおらん、他所さ聞いでみれ。」
女将さんありがとぉ~~~
人の情けが身に染みる。
「追われちょるだが?」
「んだす。」
「わがだ、裏道さ逃げれ。」
女将さんの手配で息子が道案内を務める。
「達者でなぁ」
「ありがんどねぇ」
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町を抜け出したのが3日前、幾つも峠を越えて漸く国境まで来た。
そして日も暮れようとしている。
走り通しで馬はもう限界だ。
「仕方ねだな、ここらで休むべな。」
道端に荷馬車を停めて、馬に水と餌をやる。
”少しでも軽く”と荷物は殆ど置いて来た。
ぎりぎりの水と、馬の餌と、干し肉だけ。
本当は荷台も外したい所だが、乗馬などした事が無い。
荷台に潜り込んで、さっさと寝てしまおうと横になった時だ。
遠く微かに蹄の音がする。
まさか!
慌てて飛び起きて音のする方に目を凝らす。
駄目だ、姿までは確認できない。
どうする?
迷っている場合では無い!
捕まったら終わりだ!
荷物を全て降ろして、再び馬を繋ぐ。
「かにな、かにしてけろ。」
泣く泣く鞭を入れる。
路銀と母の髪飾りだけを懐に抱いて、暗がり峠の細道を駆ける。
「えだど!捕めれ!」
見つかったぁ~
嫌だ!嫌だ!嫌だぁ~!
ここまで来たのに~
ガタンッ!!
荷台が跳ねた!
落石に乗り上げてしまった様だ。
体が宙に浮き、手綱に振られて放り出される。
空と大地がゆっくりと回転している。
あぁ・・・
後すこしだったのに・・・
悔しい・・・
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目が覚めたら天国だった。
ふかふかの布団の中に居た。
お姫様が寝る様な、天涯付きのそれはそれは立派な寝台だ。
私は死んだのか?
恐る恐るあたりを見廻す。
「すんげぇ~」
こんな豪華な部屋は見た事が無い。
寝台横にある小さな机の上に、路銀の入った銭入れと、
母の髪飾りが置いて在る。
「えがった、無事だぁ~」
体を起こそうとしたが激痛が走る。
「あ痛だぁ~!」
よく見ると包帯でぐるぐる巻きになっているでは無いか。
「あぁ~動いちゃ駄目だよぉ~」
え?誰?
「骨が折れてるからぁ~」
ふわふわと浮いている。
人の様で人では無い。
精霊か?
人型の精霊。
それは聖女と英雄四天王の契約精霊の筈だ。
それではここは?
「ちょっと待っててねぇ~」
飛んで行ってしまった・・・
説明くらいして欲しかった。
荷馬車から落ちて大怪我をした様だ。
命だけは助かった。
今わかるのはそれだけだ。
若衆達はどうなったのだろう?
死んだと思って帰ったのだろうか?
「目が覚めましたのね。
貴方がシオンかしら?」
お姫様だ・・・
すんげぇ~美人だぁ~
「私はリコアリーゼ。
お母様に替わって貴方を迎えに来ましたの。」
リ、リコアリーゼ様!
大聖女エルサーシア様の娘!
夢の聖女様!!!
「聞こえていますの?
シオンですわよね?」
「しょ・・・」
「しょ?」
「しょんべ漏れだよぉ~」
やってまっただぁ~