*第40話 守ってあげたい
「そうか、タラルが・・・うふっ!
うふふふふふ・・・
笑いごとでは無いのだがな。
うふふふふふふふ。」
凄腕の工作員であったタラルが失敗した上に、
どうやら寝返ったらしい。
さらにミラームと侍女のネフェルもカイエント城に囲われている。
このままで済む筈は無いだろう。
必ず奴らは動く。
<どうするのじゃ?またやられるぞぃ>
(さてさて、どうするかな。)
<大丈夫?カヒ>
(大丈夫だよ、なんとかなるさ。)
カヒ・ゲライス。
本名:ソイラン・ゲライス。
彼には二つの特質がある。
一つは魔法が使えない事。
初歩の初歩である”水魔法”でさえ発動しない。
ディスレクシア・発達性読み書き障害。
彼は文字を認識する事が出来ないのだ。
魔法を発動させる為には呪文を唱えると共に、
精霊文字をイメージしなければならない。
例えるなら魔法陣の様なものだ。
呪文はシステムに対して”今から〇〇魔法を発動させる”
との呼びかけであり、
精霊文字がその内容を表す”情報”である。
この二つはセットでなければ意味が無い。
白紙の申請書を提出する様なものだ。
魔法が使えない事で彼は強烈な劣等感に苛まれた。
本家の嫡男に生まれながら誰からも将来を期待されなかった。
いずれは分家筋から養子を迎え、彼は廃嫡されるだろうと思われていた。
皆が蔑みの目で見る。
そうでない者は哀れみを向ける。
聞えよがしの陰口を囁く。
彼の精神は崩壊の瀬戸際で防衛策を講じた。
自己の人格を分裂させて理解者を誕生させた。
決して挫ける事の無い鋼の心を持つ”カヒ”。
何事も受け流し、飄々としている”デコー老人”。
もう一つの彼の特質。
多重人格者。
苦しみも悲しみも、彼らと分かち合った。
どうにか精神の均衡を保っていたソイランだったが、
弟が生まれた事で状況が悪化した。
元々希薄だった両親の愛情は弟に集中し、
あまつさえ邪険にされるようになった。
「アミタスを嫡男とする。」
ソイランは分家へ養子に出される事になった。
(もう駄目だ・・・)
<しっかりしろソイラン!負けるな!>
<明日は明日の風が吹くわい>
(ねぇカヒ、お願いがあるんだ。)
<なんだ?言ってみろ。>
(僕と換わってお呉れよ。)
<そんな事したらお前が!>
(もういいんだ・・・)
<二度と戻れないかも知れないぞ?>
(生きているのが辛いんだよ。お願いだよカヒ、助けてお呉れよ。)
<(わかった、俺が守ってやる!)>
<ありがとうカヒ。>
(俺に任せて於け!全部ひっくり返してやる!)
<うひひひ、面白くなって来たわい。>
こうして彼はカヒ・ゲライスになった。
ありとあらゆる手段を講じて彼はのし上がった。
何人も殺した。
両親も、弟も、邪魔な者は皆。
彼の願いは全ての祭壇を破壊し、この世から魔法を消滅させる事。
その為に世界の覇権を欲したのだ。
オバルト王国を手中に収めれば、その野望も戯言で無くなる筈だった。
あともう少しだったのに・・・
たった一人の聖女が現れたが為に、計画は瓦解した。
圧倒的な暴力で叩き潰された。
「テロポンの精製工場が、何者かによって破壊されました!」
傍仕えの報告に、だが彼は慌てはしなかった。
「うふふっ!やはり来たか!」
<ほれほれ、どうするどうする?>
<怖いよ、カヒ>
(大丈夫だよ、ソイラン。)
「逃げるが勝よ!
うふふふふふふふふふふ。」
カヒ・ゲライス。
決して諦めない男。




