*第35話 僕の家族なんだ!
絶えずモグモグと口が動いている。
いわゆる反芻と言うやつだ。
牛には四つの胃袋がある。
ミノ・ハチノス・センマイ・ギアラ。
胃と口とを何度も往復させて細かく砕いてから消化する。
シモフリは精霊だ。
十二支精霊の二番目。
丑である。
本来、精霊は食事をする必要が無い。
ルルナ達は普通に食事をするが、趣味で食べているだけだ。
シモフリもその気に成れば何でも食える。
それこそビーフステーキでも。
けれど、これまで食べ物を口にした事は無い。
まったく興味が無い。
なのに何故モグモグするのか?
それは牛である事に対するシモフリの拘りだ。
猿がお尻を掻く様に。
鶏が首をカクカクしながら歩く様に。
牛はモグモグするものだとシモフリは考える。
**********
あれは牛よね・・・
どうしてこんな所に?
カーラン領事館の廊下でネフェルは立ち往生していた。
今日のミラームに供される食事の確認を終えて、
調理場から戻る途中だった。
スケジュール帳を見ながら歩いていて、ふと気配に目を向けると牛がいた。
モグモグしているわね。
私を見ているわ。
つぶらな瞳が却って不気味ね。
何を考えているのかしら・・・
とにかく人を呼んだ方が良いと思い踵を返すと、
虎が居た!
「ひっ!」
腰が抜けた~
抜けました~~~
「あ・・あ・・ひぃぃ」
声が出ない。
だって虎だもの。
物凄くでかい!
黄色と黒の縞模様。
燃えるような目。
ずらりと並んだ鋭い牙。
し、死ぬ!食い殺される!
まだ死にたく無い!
そうだ殿下!
殿下を逃がさないと!
「ダ・・・ダ・レ・カ・・・」
声が出ないよぉ~
「ンンンモォ~~~」
「グルルルルルルル」
そう!
この虎も精霊だ。
十二支精霊の三番目。
寅のハリマオちゃんだ。
「ンンンンンンモォ~~~」
「ガオ~~~」
なんて大きい口だ・・・
私なんか丸呑みなんだろうな・・・
せめて噛まずに飲んで欲しいな・・・
駄目だろうな・・・
痛いだろうな・・・
あぁ・・・殿下・・・
どうか無事にお逃げ下さい・・・
私は・・・
私は・・・
ネフェルは気を失った。
その胴体をカプッと咥えてハリマオは
ひらりと向きを変える。
そして誰も居なくなった廊下には一通の置手紙。
宛先はミラーム王子。
差出人は、
エルサーシア・ダモン・レイサン・カイエント辺境伯夫人。
長い名前だ・・・
*****
<ネフェルは我々が捕らえた。
返して欲しくば3日以内にカイエント城へ一人で来るべし。
4日後の日の出と共に処刑する。>
「ど!どういう事だ!」
手紙を見たミラームは飛び上がった!
何故ネフェルが大聖女様に?
何か粗相でもしたのだろうか?
いや!考えている暇など無い!
「大聖女様に面会を!」
慌てて総本山へ駆け込んだが、大聖女は留守だと言う。
大司教を訪ねて手紙を見せ、事情を聴いてみるが、
大聖女様のする事に教会は関与しないと、すげない返事であった。
実際には”しない”のでは無く、”出来ない”のだが。
「カ、カイエント城に参ろう。」
だが此処からでは通常は10日かかる。
魔法で高速移動しても5日。
3日以内に着く為には昼夜を通して駆け続けなければ間に合わない。
考えるな!走れ!
ミラームは魔法を発動した。
『ハヨカケール!』
急げ!急げ!急げ!
走れ!走れ!走れ!
ネフェルよ。
どうか無事でいておくれ。
其方は・・・
「僕の家族なんだ!」




