*第33話 特徴の無い男
彼の名はタラル。
ゲライスの一族に連なる者で、諜報活動や対外工作に携わっている。
彼の得意とする所は連絡係である。
簡単な様でいて、これが案外に難しい。
本国と対象国の間を何度も往復するが、
相手側の当局に顔を覚えられてはならない。
怪しまれて目を付けられる。
商人ならば不自然では無いだろう?
いやいや、それは間違いだ。
商人は最初から疑われているのだよ。
おかしな動きをする者が居たら、すぐに商業組合から当局に報せが入る。
別に愛国心が高いわけでは無い。
後で問題が起きたら組合にペナルティーが課せられるからだ。
理不尽だと思うかも知れないが、国防を考えたらそれくらいじゃないと、
役人だけで防げる筈は無い。
人員が足りない。
その代わり組合には幾つかの特権が付与されている。
外国商人の監視くらいは受け持つのが筋だ。
同様に外交官や教会関係者も監視対象だ。
何度も正規の検問所を通ると怪しまれる。
かといって密入国を繰り返すのは危険すぎる。
よそ者は目立つのですよ。
ね?
案外に難しいでしょう?
さぁそこで彼の特技が生きて来る。
タラルの顔は人の記憶に残らない。
ついさっきまで見ていたのに思い出せない。
何~~~んでか?
正解は!
顔の形が変わるからぁ~!
実際には光の屈折を使って、印象を変化させる事で脳を混乱させている。
モーフィングってご存じだろうか?
じわぁ~っと形が変化して、ぜんぜん別物になるやつ。
さすがに犬とか熊とかになったら、
「おいっ!お前どうしたんだ!」
ってなるけれど。
ちょっとずつ釣り目がタレ目になったり、
10歳くらい老けたりしても気が付かない。
更に巧妙なのは相手の特徴に寄せるのだ。
面白い事に人は自分の顔を記憶するのが苦手だ。
上手くイメージ出来ない。
もちろん鏡を見れば自分だと認識する。
しかしほとんど記憶していない。
声もそうだ。
録音した自分の声を聴くとぞっとする。
違和感が物凄い。
何故ちゃんと自分の声が聞き取れるように進化しなかったのか?
そんな必要が無いからであ~る!
自分の顔や声を正確に記憶なんかしなくても、
自分と他者とを区別できるからだ。
必要の無い事はしない。
脳は結構な横着者なのだよ。
だからタラルは毎回堂々と検問所を通る。
身分証は偽造したものだけれど、一度も止められた事は無い。
それだけでは無い。
タラルは絵も上手い。
画家として食べていけるレベルだ。
これがまた便利な技能なのだよ~
似顔絵を描いている振りをしながら、協力者に要件を伝えるとか、
風景を描いていながら実は調査対象の施設に出入りする人物を観察しているとか。
画材を抱えていれば何所をうろついていても不審者とは思われない。
万が一に疑われても、さっと絵を描いて見せれば納得して貰える。
協力者を作り出す為の話術にも長けている。
極めて優秀な工作員なのだ。
その彼が今。
亀甲縛りで天井から逆さ吊りにされている。
「うぅ~・・・
ふぅ~、ふぅ~、ふぅ~
おふっ・・・
うぅぅぅぅ~~~」
なんでぇ~?




