*第31話 聖女の秘術
カーラン王国第三王子ミラーム。
国王セトルには五人の子が居る。
その末っ子だ。
性格は温厚で思慮深く、声を荒げた所など終ぞ見たことが無い。
煌めく様な美貌と、優雅な仕草。
すれ違う者は皆が見惚れてしまう。
だが・・・
「ネフェルぅ~~~。僕って魅力ないのかなぁ~?」
侍女の膝枕でゴロゴロ甘える。
これが彼の素顔である。
優等生を演じるストレスを癒して貰うのだ。
「殿下は世界で一番に魅力的ですよ。」
ミラームを独り占めしている幸せを、
優しく頭を撫でながらネフェルは嚙みしめる。
「じゃぁなんで断るのさぁ~どうして良いのか分んないよぉ~」
国王からは引き続き努力せよとの指示が来ている。
「あの娘は頭が悪いのです。紅玉と石ころの区別も出来ないのですよ。」
殿下からの求婚を袖にするなど正気の沙汰では無い。
「馬鹿なの?」
「えぇ、馬鹿なのです。」
「そんなの妃にするなんてやだなぁ~
ネフェルだったら良かったのになぁ~」
あぁ!殿下!殿下!殿下!
嬉しゅう御座います!
「まぁ殿下、お戯れを。」
殿下の立太子さえ叶えば・・・
「聖女の秘術が手に入れば
ネフェルが聖人に成れるんじゃないの?」
「さぁどうでしょうね。」
そんな事が出来るだろうか?
もしそうなら・・・
あの小娘など必要が無くなる。
どうすれば手に入る?
聞いたところで教えては呉れまい。
なにせ”秘術”なのだから。
あの小娘は大聖女の数少ない友人の娘だから、特別に教えて貰えるのだろう。
大聖女エルサーシア。
これまでに二度だけ対面した。
非礼を詫びに出向いた時と、呼び出されて求婚を断られた時だ。
思い出すと背筋が凍る。
我らを見る時の、あの無関心な目。
例え目の前で死にかけていても、平気で通り過ぎて行く目だ。
よくあんなのと友人に成れたものだ。
正攻法での入手は不可能だ。
やはり一族の力を借りる必要が有る。
ネフェルは本家に手紙を書いた。
”あの男”を派遣して欲しいと。
本家の当主、カヒ・ゲライスに宛て。
*********
精霊教総本山の大聖女執務室。
エルサーシアは御庭衆頭のマイクから、
カーラン王国に関する調査報告を受けていた。
「ゲライスが絵図を描いていましたのね。」
第一報でカーランの王宮にカヒが出入りしている事は聞いていた。
ミラームの求婚がそれと関係が有るのかを調べさせていたのだ。
「はい姫様、まず間違いないかと。」
王宮に潜入している者からの報告では、
ミラームから手紙が届くと、必ずカヒが執務室に呼ばれている。
「侍女のネフェルはゲライス一族の者に御座います。」
ゲライスとカーランの深い繋がりを表している。
「王宮勤めの者達の噂ですが、シオン殿をお妃に迎えれば、
ミラーム王子が王太子に指名されると。」
下働きの者達の噂話を馬鹿には出来ない。
王室の細々とした内情やら、
時には国家機密の類まで流れる。
調理場や洗濯場までは統制が行き届かないのだ。
「ちょっと小耳に挟んだんだけどよ。」
「ねぇねぇ、あんた知ってる?」
それが会話の始まりの定番だ。
「意図は分かりまして?」
シオンを王室に取り込もうとするのは何故だ?
「確証はまだ掴めておりませんが、お嬢様方では無く、
わざわざシオン殿に目を付けるとなると、
恐らく”聖女の秘術”が目当てではないかと。」
「まぁ!無駄な事ですのに。」
そう、シオンを手に入れても無駄なのだ。
方法が解っても大した効力は無い。
精霊言語が流暢に話せても、
それはただ外国語が堪能になるだけである。
精々が魔法の発動効率が上がる程度だ。
人型精霊との契約が可能な程に、精霊との親和性、
つまり精霊遺伝子を活性化させるには、
直接的に聖女か人型精霊から教練を受け、
波長を同期させなければならない。
圧倒的な影響力でもって、眠っている遺伝子を発現させるのだ。
ルルナ達の本体である観念世界ではそれを、
”直達正観の法”と呼んでいる。
「何やら色々と画策している様です。引き続き調査を致します。」
「えぇ、お願いね。」
「ではこれにて失礼いたします。」
報告を終えたマイクが退室する。
「はぁ~、厄介なお方ですわねぇ。
のんびりと余生をお過ごしになれば宜しいのに。」
「なかなかの執念深さですね。」
「ねぇルルナ。やっぱり殺してしまった方が手っ取り早いのではなくて?」
「もう少し道徳を身に着けましょうね。」




