*第2話 取り憑かれた男
いくら食べても空腹で
どんな贅沢にも満たされず
手にしたものは価値を失う
最高級の衣装に身を包み
肥え太り
大勢に傅かれていたとしても
真実の鏡はその者の干からびた
卑しい姿を映すだろう
かの命の有様を”餓鬼”と呼ぶ
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オバルト金貨200枚。
大層な金額である。
都で堂々たる屋敷が買えるほどだ。
ユバルが用意した支度金を前にして、
コイント貴族のトリオゴは更に欲が出た。
「これじゃぁまいねが、仲介もたんだでねぞ。」
「したはんで、こりゃぁ手付ですだよ。」
やっぱりそう来たかとユバルは身構えた。
上乗せを要求されるのは予想していた。
だから準備していた額の半分を見せたのだ。
トリオゴは中央貴族の外交部に顔が利く、
オバルト王国に設置した花嫁募集の窓口から優先的に話を貰える。
但し、それなりの返礼を担当者にしなければならない。
「んだばえがね。」
「もう100枚だば用意すてらっせ。」
残りの100枚は用心して隠す。
「えがえが、すても話すさ聞いとるがの、
お前んどこ倅にゃ許婚さおっだべな。」
痛い所を突かれた。
調べられていたのかと少し焦る。
「ちゃんちゃと縁切りしたはんで。」
「そいじゃがの、舞姫が娘でねが?」
「んだす。」
「めんごい娘がや?」
「んだすな。」
にやりと笑ったトリオゴが身を乗り出す。
「さる公爵閣下と面識さあるべな、
がっぱしオナゴ好きじゃわいなぁ。
舞姫が娘だば大喜んびだべさ。」
公爵ならば男爵位の徐爵が出来る。
覚え目出度くあれば夢が叶うかも知れない。
「お任せすてけろ。」
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シオンの母ケイコールは踊り子である。
夫は演舞場の支配人。
家族全員が観光で収入を得ている。
嘗ては小作農家であったが、地主の意向により農地は潰され、
その場所には宿屋が建っている。
地主でもある演舞場のオーナーは村長だ。
惨い仕打ちを受けても泣き寝入りをする他は無い。
ここで働く以外に生きる術を知らないのだ。
「あ、あんまりだぁ~
オラえやだぁ~
貴族が愛人さなるくれぇなら死ぬべさ。」
「堪えてけろ、ここを追い出されたら生ぎてげね。」
ユバルに呼び出された父エダンが戻り、悲痛な顔で告げたのは、
シオンを高位貴族の愛人に差し出せと言うものだった。
想い人に捨てられて、唯でさえ壊れそうな心にこれでもかと石を投げる。
人は何所まで残酷になれるのだろう?
「あんだぁ、あが子さめごぐねが?」
「さっしねじゃ!おめさ黙っちょれ!」
「とと様ぁ~堪忍すて呉りゃれ~」
「もう返事さすたでば、どもなんねべさ。」
涸れたと思っていた涙が溢れ出す。
まるで命が零れる様に。
この涙が尽きる時、心も死んでしまえば良いのにとシオンは思った。
もう悲しむのは嫌だ・・・