95 市中の噂 2
「ねぇ、見まして?」
「ええ、私、初めてですわ。」
室内に感嘆たる声が上がる。ハンガ国から共に来た侍女達だ。彼女達も目の前で聖女の力を目の当たりにした事は無いのだから驚く事は無理はないのだ。
ハンガ国から来たガーナード国国王代理ハンガ国皇太子夫妻の為に、ささやかながらの夜会が催された。勿論ではあるが、そこにはガーナード国内にまだ残っていた聖女達が招待されている。ハンガ国の者とガーナード国の者達で親睦を深めようという趣旨の元開かれたその夜会で、ハンガ国皇太子オレオンは一つの事を所望した。夜会会場にはガーナード国に残る貴族の面々、そして会場を囲む様に配置されたハンガ国の騎士の面々……一見華やかな和やかな夜会会場に、冷やりとした空気が流れる……
「聖女の力を仰ぎみたい…!」
皇太子オレオンの言葉に、皇太子妃サーランの背筋が凍る。
ザワザワ…とさざめき立つ会場内で一人平然と笑みを湛えるのは皇太子オレオンのみ………
分かっては下さらなかった………絶望にも近い皇太子妃サーランの胸中を、皇太子オレオンは慮る事はないだろう。断られはしないと言う絶対的な確信で、ニコニコと会場内を見回している。どこかの令嬢が名乗り出るのを待っているかの様だった。
「……恐れながら…皇太子殿下……どの様なお力をお望みで……?」
静かに進み出たのは一人の老紳士…皇太子オレオンにはまだどこの誰かも見当がつかないだろう。
「…どの様な…?か……ここに来ている聖女殿はどの様な方達なのだ?」
「……多岐に渡りますな……」
表情も固く老紳士は答えた。
「では!こうされてはどうでしょう?皇太子殿下?」
「ほう、なんだい?サーラン?」
何か案がありそうな皇太子妃サーランに皇太子オレオンは機嫌良く答える。
「ええ、本日はとても記念となる晩ですわね?」
「そうだね?」
「でしたら、まだ聞いた事のないものが見とうございます。」
「それはいいね!どんなものがあるだろうか?」
「私に選ばせてくださいませ。」
「あぁ!勿論だとも!君!このサーランの望む者を用意出来るかな?」
「……皇太子妃殿下は、どんな聖女をお望みで…?」
皇太子夫妻とは反対に紳士の声は沈んでいる。
「そうですわねぇ………」
おもむろに、皇太子妃サーランは立ち上がり、王座から下に降りていった。ゆっくりと周囲の人々を観察しながら、頭を垂れる紳士に近づく…
「こんな方はどう……………?」
コソッと紳士に耳打ちをすれば、ゆっくりとその紳士は皇太子サーランに礼をとった。
「畏まりましてございます。では…伯爵家ご令嬢、チェルシー様がよろしいかと……」
突然に名前を呼ばれた令嬢は驚いた事だろう。
「は、はいっ…!」
と上擦った声を上げて、人々の垣根から皇太子夫妻の前に進み出た…




