9 暗雲立ち込める
ハウアラ嬢がハンガ国へと輿入れ後、ガーナード国内では他国と併合すべしとの声が上がって来た。国境間の諍いも鎮まり以前の農村と変わり無い長閑さを取り戻し、ハンガ国国王からも聖女への冒涜、暴言について正式な謝罪もあり問題は解決されているのにだ。
「陛下!良くよくお考えくださいませ!もう何年にも渡って我らは聖女なる娘達を他国へと渡して来たではありませんか!それも、我が国がこれ以上の軍備、軍力を持たぬが故!」
王城執務室に日参しては、新たな軍力、新たな後ろ盾を、と声高に求めているのはハウアラ嬢祖父にあたるソルダム伯爵だ。ソルダム伯爵も自身の娘を他国へと嫁がせている経緯もあり、この度可愛がっていた一番下の最後の孫娘まで、望まぬ婚姻を強要されハンガ国へと嫁ぐ事になった事に対し孫娘と共に胸を痛めた御仁だった。
「ソルダム伯爵、其方が健勝で何より。ハウアラ嬢の婚姻については急ぎ準備をさせた故、その点については謝罪しよう。」
ハウアラ嬢はヒルシュ国に許嫁として許可されていた相手がいたが、急遽ハンガ国皇太子の第三側妃として輿入れする事になった。ハウアラ嬢の為に実家のハドリー侯爵家もソルダム伯爵家も結婚に必要な嫁入り道具をあれこれと準備しつつ楽しみにもしていたのだ。相手の家の家紋を入れた物は全て持っていくことが出来なくなり、思い入れのある物だけにハウアラ嬢もかなりの気落ちをしていたとガーナード国王も聞いていた。
「最早、これ以上は我慢できませぬ!強い後ろ盾を持つなり、軍力を強めるなり、我が国が周囲に侮られぬ様にするべきではありませんか!」
「ソルダム伯爵。後ろ盾ならば婚姻によっても今までも作られて来ている。それ故我がガーナードも周囲の国から協力を得られ、小国であるが今まで侵略されずにここまで残って来ているのを忘れてはならない。此度の婚姻も国を強め国力を高める礎になると言う事を忘れてはならないのだ。」
「しかし……しかし、陛下……」
「陛下、それは聖女ありきで言える事にございましょう。ソルダム伯爵は聖女抜きでの国の刷新を仰っているのでは?」
「ほう…なるほど、其方もそう思うかね?ディンク?」
ソルダム伯爵の日参の折、必ず言い合いとなるこの話題に今日は宰相ディンクの助け舟が出される事になった。
「珍しいな?其方が陳情に口を挟んでこようとは…」
国内外の事にも細かく目を向けられることが出来る男、それが宰相ディンクだ。大抵の事には口を挟んでこないのだが老体に鞭打つ形で日参して来るソルダム伯爵を少々哀れと思ったのだろうか?
「恐れながら…陛下。聖女あってこその我が国ですが、国を守る為に二重三重の策は必要かと存じます。」
「おお!流石は、宰相の位に就いておられるディンク殿!私が言いたいことはそれに尽きまする!」
王は深く肯いて、そしてため息を吐く…
「それらの意見も重々承知しているのだ…」
ガーナード国の立ち位置。遥か昔より、周辺国と密に婚姻を結び関係を作って来た弊害とも言えようか、この様な案でどの国の手をとっても周囲に禍根を残す…戦を避けられ無い状態になる事が王の目には火を見るより明らかだった。