78 忘れ去られた婚約者 3
ガーナード国は聖女の国。これはどの国の子供達でさえ知っている事実だ。目の前の男の話がなくとも、ジョルダンは嫌と言うほど知っていた。
「聖女……か…………」
「へぇ!そうですぜ!旦那!聖女様は大事にしないといけねぇっす!」
男に鼻息荒く力説されなくてもジョルダンにもよく分かっている。
「ああ、分かっている。聖女は尊い………」
「え?旦那にも聖女のお知り合いがいるんで?まさか、俺と同じ口ですかい?」
聖女に生き返してもらったことはないが、怪我を癒してもらったことならばある。怪我を癒やし、意欲を高める。そんな力だったのを、良く覚えているんだ。
「いいや、その方ではない…違う聖女殿だ。」
「ふぇ~~聖女様って何人もいらっしゃるんか~」
こりゃ驚いた、と言う顔を隠そうともせず素直な男は聞いてくる。
「知り合いに居たら心強いっすね!何があっても大丈夫そうだ!」
「そうでもないさ…会えないからな。」
「へぇ…なんか理由があるんで?」
「理由……それが今ここにいる理由だろうな。」
「へ…?」
キョトンとしてしまった男を見ずにジョルダンはジッと森の向こうにあるハンガ国王城を仰ぎ見る。
勿論城の全貌など望めもしないが、何度も何度も夢にまで見るその城内で、突然にジョルダンが目の前に立ったら、どんな顔をするだろう?驚くだろうか?嬉しさに泣いてくれるだろうか?泣きながらも笑顔を見せてはくれないだろうか?まさか、拒絶の表情はされはしまい…?
いや………分かっているのだ…十分に、本当ならば、まず思い出させてもいけない立場の方になってしまったのだから。きっと貴方は、記憶に残る全てのものを捨て去って王室に嫁ぐべき覚悟をしたのだろうから。こうしてここにいる自分の未練の為に、愛しい人を煩わせてはならない…忘れてもらって、ハンガで子を成し国を守る為に尽力しなければならない…
側妃の務めがなんたるかを知らないジョルダンではない。自分もここに居るべきではない。今直ぐに国へ帰って、家を守る為に妻を娶り後継を作るべきだ。
「そんな事は……分かっている。」
誰に言われなくても、毎朝毎昼毎夕と心を過るのだから。
「だが、諦めきれないんだ……!」
花の様なあの香り…白く澄んだ肌に、心地よい声……それが今も他の者の手にあるなんて!
「……旦那?」
「……忘れてられたままでいい……忘れれられたままでいいから………!」
せめて、一目……………




