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72 ハンガの憂鬱

 何と……?何と言っていて?皇太子オレオン殿下は何と?


 自室に下がってからも、最後に聞いた皇太子オレオンの言葉がハウアラ側妃の頭から離れない。


「死人に口なし…?死人……?国王が………?」


 愛妻家と名高いハンガの皇太子オレオンは、自分の妻達を住まわせている居城には外部の政治的な情報が入らない様に徹底させていた。そんな事をしていても手紙や面会者から情報や噂話は入って来るのだが、彼女達が穏やかに過ごせる様に、を名目に手紙の内容は宛先主に届く前には改められるし、面会は制限できるのだからほとんどと言っても良いほど他国の事は勿論、自国のハンガ内で起こった事も知らなかったりするのだ。


 主な外交には王妃が立つ。側妃達は王を喜ばせて子を産む事。これに徹すれば良いのであって、政治やつまらぬ噂話は不要なもの、とするのが皇太子オレオンの考えだ。


「知りませんでした…知りません……でした……ルワン国王陛下が……まさか……!!」


 皇太子オレオンから伝え聞いたことがあまりにも恐ろしくて、未だに頭の中でも何が起こっているのかハウアラ側妃には整理できないでいる。自室のベッドの側に蹲り、カタカタと震えてくる身体を必死に両手で抱え込む。



 あんな、方だった?あんな恐ろしげな事をサラッと何でもないものの様に言う方だった?



 皇太子オレオンがどんな人物なのか、最早ハウアラ側妃には分からなくなっている。


「第二側妃殿下?どうなさいました?」


 どうしてもこんな醜態は人目に晒すわけにはいかず、声をかけて来た侍女達を無理やりに自室から追い出して、ハウアラ側妃は再びベッドへと倒れ込んだ。


「どうなってしまったの…?何が起こって…?…………ジョルダン様………」


 ハンガへ嫁いで来てから一切口にしてこなかった愛しかった者の名前を今初めて呼んだ…ハンガへと嫁ぐ時どうしても嫌だ、と我儘を言えば良かったのか、二人で逃げて仕舞えば良かったのか、他の聖女が犠牲になるくらいならやはりこのままが良かったのか、頭の中がグチャグチャで何が何だか分からなくなってしまった……


「ジョルダン様……逢いたい……」


 優しくて、いつもゆっくりと側に寄り添って、日傘や極上の羽根布団の様に、少しの暑さや寒さからも守ろうとしてくれていたジョルダン。ハウアラは幼いながらも彼から人を愛する心を教えてもらったのだ。今のハウアラの心は?


 これは、違う…!皇太子オレオンに向かって動く心はあるけれども、絶対に敬愛や愛情ではない……!


 ハウアラ側妃の中には、言いえぬ恐怖に似た感情がただただ蠢いていた。

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