60 ヒルシュの王
「よく来た……」
豊かだったであろう濃茶の髪は大部分が白髪へと変わってしまった体格の良いヒルシュ国王に迎え入れられたルワン一向。ヒルシュ国王は老齢ながらも背筋はすっと伸び、全盛期の王の威厳をそのままに垣間見る事が出来るほど、その瞳は生き生きと輝いていた。ルワンを見つめる王の碧眼の瞳はガーナードへ残してきた母の面影を色濃く写す。
キュッと胸を締め付けられる感覚を飲み込みつつ、ルワンはヒルシュ国王の前に膝をつく。
「お久しぶりに御座います。」
最後に会ったのはいつぶりであろうか?やっと物心ついた時期に目の前の祖父に抱き抱えられた事は覚えている。
「ルワン、立ちなさい。其方はガーナード国王であろう?」
フッとヒルシュ国王の瞳に柔らかな光が宿る。
「ガーナード国はヒルシュの属国では無い。堂々としていなさい…」
「有り難きお言葉…感謝いたします…」
ヒルシュ国王の言葉を受けてルワンは立ち上がる。
「母上は健在かね?」
ヒルシュ国王も王座を降り、然も親しい者にする様にルワンの肩を抱いた。
「大きくお成りだ……」
ポンポンと優しく労わる様にヒルシュ国王はルワンの肩を叩く。愛情深い王の名は伊達では無い…ルワンはグッと込み上げてくる物を堪えながら、今のガーナードの状況を話し出した。
「母上の安否が未だ掴めておりません。」
ガーナード王家の森を抜けてより、着の身着のままの様な王ルワン一向。この度の反乱を良しとしない者達から陰ながら衣類や食料を、路銀を援助てもらいここまで来れた。城に残っている者が誰であるか、どうなっているのか一番知りたい立場にいるのはルワンだろうに、それさえも把握出来ていない……
「大変な事に巻き込まれましたな……」
ヒルシュ王に促されるままルワンは王の執務室から応接室へと連れられて行く。
ここは、見覚えがある………?
「懐かしいか?昔はここで其方を何度も肩にかつぎあげたものだ…」
そうだ……幼い頃に両親の外交についてきた折、ここで祖父であるヒルシュ国王に遊んでもらった記憶が蘇ってくる。父王も健在で……皆で笑いあって…………今はその父も毒殺され、母の安否も分からない………
「さあ、座りなさい…」
勧められるがままに革張りのソファーに腰を下ろす。供された暖かい茶に口をつけながらヒルシュ国王が口を開いた。
「ガーナードの事はある程度此方にも入って来ていてね…」
はっとルワンは目を上げた…
「余りにも向こう側の手筈が良すぎた。その為こちらは傍観一方だ。悪かったな……」
ヒルシュ国王の瞳の中には悲痛な色がある。目に入れても痛くない程可愛がっていた娘の嫁ぎ先で反乱が起こり、そしてその安否も分からないと実の孫に言われては平然としている様に見えるヒルシュ国王の心中も穏やかでは無いのだ。
「セイレンはガーナード王城にて監禁されている………」




