5 皇太子ルワンの帰城
「皇太子妃殿下、こちらの物でしょうか?」
整えられた王城の庭園では、朝露の降りている緑の中を朝の早い時間からあちらこちらと動く人影があった。
「ええ、ニーナ。それが良いわ!あ、あちらの物は?もう咲きそうではなくて?」
「良さそうでございますね。ではこちらもご用意しましょう。」
婚姻後実家の侯爵家よりニーナはフィスティア皇太子妃付きの侍女として王宮に入った。少しでも心穏やかに過ごしてもらいたいとこれはフィスティアの両親からのささやかながらのプレゼントであって、婚礼の当日までフィスティアには知らされずに、それはそれは驚かされた事は今も婚礼時のいい思い出だ。
そのニーナと侍女数名を伴って皇太子妃自らが庭園で花を摘んでいる。専属庭師に任せないのは、今日、ルワン皇太子が帰って来るとの知らせがあったからだ。何かある度に花を送ってくれるルワン皇太子の為に、自分の手で花を選び寝室へ飾ろうと考えたのだった。
「フィスティア皇太子妃殿下。見事に咲いておりますわね。こんなに沢山摘めましたわ。」
「えぇ、喜んで下さるといいんですけど……」
両手でしっかりと抱えられる位の花をそっと撫でる。爽やかな香りが胸にいっぱい広がって更に嬉しくなってきた。
「おや?誰のためにこんなに朝早くから花を摘んでいるのかい?」
突然、背後から声がしてフィスティアはビクッと肩を震わせた。
「殿下!ルワン様!!」
勢いよく振り向いた先には、未だ軍服に身を包んだままの皇太子ルワンの姿。帰国後直ぐにこちらに向かってくれた様で供に付いていた騎士数名も皆同じ姿だ。
「ただいま!フィスティア!今帰った…!」
皇太子ルワンが全て言い終わる前にフィスティアはその胸に飛び込んでいた。仕事と分かっていても、それが王族の使命と分かっていても、やはり心は寂しかった…誰もいない寝室で、夫である皇太子ルワンの無事を祈るくらいしか出来なくて眠れぬ日もあっだのだ。
「お帰りなさいませ!!」
「困った妃だね?私はまだ帰ったばかりで身体も清めてはいないのに…」
困ったと言いながらもしっかりとフィスティアを受け止めて、クスクスと楽しそうに皇太子ルワンは笑う。
「ま!私ったら…申し訳ありません。つい……」
フィスティアは頬を染めて俯いた。
「ふふふ…寂しい思いをさせてしまった様だね?ごめんよ?今日は王への報告が終われば後は自由だ。」
チュッと頬に軽くキスを落として、皇太子ルワンはフィスティアと共に仲睦まじく城へと入っていく。
「よろしゅうございましたわね?フィスティア皇太子妃殿下。」
ここ数日の寂しそうなフィスティアの表情とは打って変わって、ニコニコと嬉しそうに花を花瓶に生けているフィスティアにニーナは声をかけた。
「ええ、本当に。お元気に戻ってきて下さってよかったわ…」
これで暫くゆっくりとは言わないもののこの城で共に過ごす事ができると思うとホッとため息が出るフィスティアだった。
その様子をそっと、部屋のドアの外から窺う者がいた。
「殿下、お声をお掛けになっては?」
皇太子ルワンだ。お付きの騎士が声をかけるが、皇太子ルワンは静かに首を振っただけだった。先程フィスティアと共に笑顔で笑い合っていた表情とは程遠く、皇太子ルワンは硬く厳しい表情を崩さないまま皇太子夫妻の寝室を後にしたのだった。