2 聖女の選定日
「無事にこの日をお迎えになられまして、心からおめでとうございます。」
今日、朝からドルン侯爵家は忙しい。侍女達がフィスティアに常に付き添い、朝の支度を開始する。
「おはよう、今日も皆さん、よろしくね。ニーナ何か言付けはあるかしら?」
「はい、ございます。ルワン皇太子よりお花とカードが届いております。」
「まぁ!ルワン様から?」
ぱぁぁぁっと金の瞳が輝かんばかりに光を増す。聖女の血を受け継いでいるからか、感情の起伏と共にフィスティアの瞳の色が増す様に見えた。
忙しなく侍女頭ニーナを筆頭に侍女達が動き働いているには訳があった。本日は聖女の魔力の選定会だ。
成長に伴い、魔力量に増減がある事が長い歴史の中で分かっており、また聖女が持つ癒しの力も各々特色があり皆違うものを持つ。その為にガーナード国では数年に一度選定会を持ち聖女の血を引く貴族の令嬢達の能力を測り直している。その選定会が今日城で行われるのだ。
華やかな花と、明るい装飾で飾られた大広間に綺麗なドレスを身に纏った令嬢達が集められている。全ての令嬢が過去に聖女の力ありと認定された者達で、本日行われる選定会に集まって来たのだ。身分順に名前を呼ばれ聖女の遺品の前に立たされる。
ドルン侯爵令嬢フィスティアも同じで名を呼ばれ、静かに遺品の前に進み出る。と、同時に水晶球の中で木の装身具が眩い光を放った。
「おお!」
「まぁ!」
「凄い……!」
「いつ見ても、眩い事……」
本日参加の令嬢達やその付き添いの家族からの感嘆と、称賛の声が会場のあちこちから聞こえて来るのが分かった。
「はい、宜しいですよ。ドルン侯爵令嬢本日は誠にお疲れ様でございました。」
本日の選定会には聖女の墓守の一族イグランの孫に当たるカタスが選定人として出席している。
「まぁ、もうよろしいの?カタス?次は能力選定では…?」
聖女の遺品が光っただけでは聖女の力ありとされただけなので、どんな能力があるのかを確認する必要があるのだが…フィスティアはもう退席してもいいと言われてしまって疑問に思った。数年前には癒しの力が強い、と判定されたのだが…?
「はい……実はですね、皇太子様から選定が終わったら直ぐにフィスティア侯爵令嬢を部屋へお連れする様にと硬く言われてしまっていまして…それに、これだけの光の量です。この後の確認は要りませんよ。」
ただの臣下の彼には王族の命令に逆らう事などできなかっただろう…皇太子の我が儘には肯くしか無かった様だ。
「まぁ、ルワン様がそんな事を?終わりましたら挨拶に参りますとお伝えしていたつもりでしたのに……困った方ね…?」
白い頬を真っ赤に染めて、少しも困った様には見えないフィスティアの表情は溢れる笑みを必死に隠そうとして、わざと怒った顔を作っているとしか思えなかった。証拠に金の瞳はキラキラと輝いている。
「ですから、お早く行って差し上げてくださいませ。皇太子がここまで来てしまったらまた騒がしくなりますので。」
ここに集まっている令嬢達は名家の出身の者から地方の弱小貴族に至るまで多岐にわたり、全ての令嬢が聖女の力を引き継いでいる。そうであれば誰でも次期皇太子妃とななり得るわけで、ここに皇太子が足を運ぶと分かれば、必死の如くに自分の娘を売り込もうとする者達が大勢出てくる事になる。
今日は聖女の力の選定日であって、妃候補選定日ではないのだから、王宮側も要らぬ混乱を避けたいのは分からないでもない。
そして、時期皇太子妃候補としてはドルン侯爵令嬢フィスティアに決まったも同然の今日この頃、何としても側妃にでもと更に熱を上げて付き添った親達が押しかけるのが目に見えていた。
ガーナード国は周辺を他国に囲まれた小さな国だ。聖女の力を周囲に示す事によって国は侵略されず和平を保って来ていると言っても過言ではない。力ある貴族令嬢は王族に召し上げられる事もあるが、また和平の道具として周辺国に嫁がされる事も非常に多い。その為にどの家も王家に輿入れする事を強く望んでしまう。完全に戦禍が無いわけではない国同士、戦いが起こったらと考えれば、みすみす他国へなど嫁がせたいと思う親などいようはずも無いからだ。
「さ、お早く。」
城の侍女達にも促され、フィスティアは大広間を後にした。