表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/1

Rほどではないですが

卑猥な言葉があるので、苦手な人は注意してください

 とんとん。

 戸を叩く音が聞こえたので、私は鍋を掻き回していた手を止めました。

 こんな時間に誰だろう? 「は、はい……」と返事をして、戸を少しだけ開けます。


「こんばんは」


 そう夜の挨拶をした来訪者は、頭巾を被った青年でした。背が高く、世の女子が見たら頬を染めるのではないかと思うほど、目鼻の整った美しい顔立ちをしていました。


「あ、あの……何か、ご用ですか?」


 知らない人と話すのは久しぶりなので、緊張で声が上擦ってしまいました。


「旅の者ですが、道に迷ってしまい、いつの間にか夜に……無理なこととはわかっていますが、一晩泊めていただけないでしょうか?」


 真っ赤になった頬と指先。寒さで血の気を失った唇。長時間、山を彷徨っていたことが痛いほどにわかります。再び寒空の下に突き返すなんて出来ません。


「こ、こんな荒屋でよければ、どうぞ……」

「あ、ありがとうございます!!」


 火の揺れる囲炉裏の側に座るように促し、自在鉤に吊るされた鍋から、粥を二つの椀に盛りつけ、一つを青年に渡します。


「そんな、食事まで……悪いですよ!」


 そう断るも、正直な腹の虫が喜びの声を上げたので、青年は赤面しました。


「き、気にしないでください。お、多く作りすぎて、むしろ困っていたんです」

「すみません……それじゃあ、頂きます」


 刻んだ香草、一つ一つ気持ち込めてこねた団子が入った特製の粥。気に入ってくれるでしょうか?


「美味しいです! 冷え切った口と体に染み渡ります

!」


 私の心配は杞憂だったようで、青年はあっという間に粥を平げ、匙を置きました。


「食事まででごちそうになってしまい、本当にありがとうございました。

いやぁ、日が暮れた時はどうしようって、不安で泣いてしまいましたよ。この山には狼や獣がいるでしょうし……」

「お、狼は見たことないですが、山には神様がいますよ。ーーー神様に仕える神使もたくさん」

「神様……ですか」


 麓に山の神を祀る大きな社があることを伝えました。


「へぇ……それは興味深いですね。行ってみるとしようかなーーーーお前を喰った後で!!」


 突如、青年は狂気に満ちた笑みを浮かべましたが、すぐにそれは消えました。

 脂汗がぽつりぽつり浮かび、お腹を押さえて、床をのたうちまわります。

 頭巾が外れ、長い灰色の髪、犬を連想させる三角の耳が露わになりました。


「よかった、やっと効いた」


 そう呟くと、青年は怒りと困惑で滲んだ瞳で睨んできました。


「き、貴様……私に……何を……した……?」

「何って、食事をごちそうしただけじゃないですか。犬には毒のーーネギ入り粥を」

「そ、そんな……あの粥……からは……ネギの匂いなど……しなかった……はず……」

「実は団子の中に、細かく刻んだネギを入れていたんです。匂いは香り付けの香草で隠しました。ああ、あのお方の忠告がなければ、今頃、私はあなたの胃袋の中でしたね」

「あ、あの方……? ば、馬鹿な……私の計画は……誰も知らぬはずな、のに……」

「言ったでしょう? この山には神様がいるって」


 懐から、あの方からもらったものを取り出して見せます。

 それは大きな葉っぱ。

「狼、来たり。そなたを喰おうと企む。気をつけよ」

 と文字が刻まれています。


「ここはね、山そのものが神様として、崇められているんです。だから、山でのあなたの行動は、あの方には丸見えなんです」


 先程の粥と胃液が混ざったものが吐き出され、床を汚します。ああ、後で掃除をしないと。

 彼の耳に顔を近づけ、聞こえるように声を張り上げます。


「苦しい? ねぇ、どんな気持ち? 殺そうとした者に殺される気分は?」

「…………がっ」


 青年の姿が歪み、体長二メートルもある狼さんが現れました。

 普通なら逃げるべきですが、死にかけている狼さんなんて大きな毛玉同然です。恐怖よりも可愛く思えます。


「ねぇ、これなんだかわかります? 解毒剤です」


 懐から出してみせたのは、小さな壺。中には、狼さんの苦しみを解放させる薬が入っています。


「私ね、ワンちゃんが欲しいと思っていたの。私の言うことを何でも聞くお利口なワンチャンが。

ねぇ、どっちがいい? このまま無様に死ぬか、私のワンチャンになるか」


 狼さんは血走り、涙が滲む目で食い入るように壺を見つめ、空気を求める魚のように口をパクパクさせます。


「……な……なる……」

「嬉しい!! じゃあ、まず芸の一つでもしてもらいましょうか。出来たら、ご褒美として、薬あげますね」


 何をしてもらおうかな。そうだ! あれを披露してもらいましょっ!


「ーーチンチン、してください」

「…………?!」


 きっと今、私、とびっきりの笑顔をしていることでしょう。


「何度も言わせないでください。チンチンですよ。それとも、ワンちゃんになるのやめます?」


 中々動きを見せないのでそう言うと、狼さんは歯を食いしばり、ゆらゆらと起き上がりました。切れたのか、歯肉から垂れた血が床を汚します。


「……く、っそ」


 両手を前に伸ばし、後ろの足で立つ。

 固く閉じる瞳。小刻み震えるふぐり。

 ああ、可愛らしいを通り過ぎて、愛らしいこと。

 

「も、もう…満足…し…た…だろ…」

「そうですね。はい、ご褒美ですよ」


 壺を傾け、薬を床に零します。

「どうぞ」とにっこり微笑むと、狼さんは私を睨みつけましたが、這いつくばり、薬を舐めました。これぞ、絶景です。


「く……そ……」


 一滴残らず薬を舐め取った狼は、糸が切れた操り人形の如く、その場で倒れました。

 少なくとも、死のしがらみから解放されたので安心したのでしょう。


「おやすみなさい。私の可愛いワンちゃん」


 狼さんの頭を撫でた後、私は掃除に取り掛かるのでした。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ