初出社日
「………お、おはようございます!!!。」
二重扉の内側を開け、大きな声で挨拶をする。
「……あら、昨日入社した新人さんね?。ピッタリ5分前なんて偉いわねぇ。………名前を聞いても良いかしら?。」
受付に座っている胸の大きな女性が朗らかな笑顔を向けてくれた。
始業5分前には既に仕事をできる状態になっているこの人の方が私よりもずっと偉いと思う………が、今は聞かれた事に反応しなければ。
「あ、はい!。暦治 明です。」
名前を言うと受付の女性は手元に視線を落とした。
「……明さん………はい、確認しました。じゃあ、案内するから着いてきて……後これ、無くさないでね。」
女性は受付のカウンターから出てくると手帳を渡してくれた。
偽皮だが、耐水性は勿論のとても頑丈に出来た手帳だ。
表には赤色の文字で大きく『ホオヅキ電気』とその下に『保安事業部』と書かれている。
「……これが………、私の『電技証』…………。」
……1つの夢が叶い、それを実感出来た瞬間だ。
心做しか目元が熱い。
「ふふ、無くさないでねって言ったけど……大丈夫そうね。さあ、先輩達の所に行きましょ。」
女性はそう言うと歩き始めたので、私も一歩後ろを着いていく。
「……それにしても……こんな可愛い子が保安事業部にねぇ。意外だわ。」
「そ、そんな………私は別に可愛くないですし。それに技術者として電力会社に就職できる程器用でもないので。」
受付の女性はすごくスタイルが良い。
胸とお尻は形が良いし、ウエストは細い。指はスラッとしていて、女の私が見ても文句の付けようがない美人だ。
……それに引きかえ、私は化粧なんて殆どした事がないし。髪もセットが面倒だから短めにしているし……胸のサイズだって………、
「ふふ、自分の魅力に気付くのは難しいわよね………さあ、着いた。事務所は案外小さいでしょ?。」
受付からそう離れていない所のドタの前で受付の女性は止まった。
ドアの上には黒字で『保安2課 二班』と書かれたプレートがある。
「固くなる必要は無いからね。聞こえる程度の声で挨拶すれば……後はなるようになるから。」
「は、はい!……聞こえる程度の挨拶聞こえる程度の挨拶聞こえる程度の挨拶…………。」
言われた事を心の中で復唱し……
「……よしっ、行くぞ。」
コン、コン、コン………
「失礼しますっ!!。」
ドアをノックし、入室の許可を問う………
……………
……………
返事が無い。
(………あ、あれ?!………き、聞こえてないとか?!?!。)
焦りが一気に膨らんできた瞬間。
「………ど、………どうぞ…。」
男の人の声で返事が返ってきた。
良かった聞こえていたのだ………なんて安心する暇は無い、きっと朝礼の最中だったのだ……それを中断してくれたのだから迅速に入室しなければ!!。
ドアノブをひねり、勢い良くドアを開け放ち………
「失礼しますっ!!、本日からご一緒させて頂く 暦治 明 でぇ……す。…………」
「お、おぉ………この部屋にノックしてから入って来た奴は久しぶりに見たぞ。」
中には3人の男女が居た。
その中でも1番年長らしき男性が苦笑いをしながらこちらを見ていて、
他の2人は耐えきれず笑っていた。
「あ、すいません?!…ノックはダメだったんですか?!。」
「優等生すぎっ!!、この子ここに来ちゃまずいでしょ!!。」
部屋の隅でトーストを食べている帽子を被った男の人がとうとう声を漏らして笑い始める。
「ちょ、ちょっと………笑いすぎよライ。ほら、キョトンとしちゃってるじゃない……………。でもノックは面白いわ。」
背の高い女性……受付の女性よりも更にスタイルの良い人が笑いながらも手招きをしてくれる。
見てみるとその人が座っている隣に空いた椅子があった。
「あっ、ありがとうございます!。」
「ありがとうって………もう、そんなに固くならないの。」
自分が笑われている雰囲気に耐えきれず、居場所を求め逃げ込むように女性の隣に座り込む。
隣に座るとふんわりとした香水の匂いが何故だか羞恥心を更に煽る。
「はいはいもう笑わなーい。新人さんが来てくれたことだし……もう朝礼初めて早い所自己紹介してもらお」
ジリリリリン………ジリリリリン…………、
年長の男性が朝礼を再開しようとした時、目の前の机に置いてある黒い電話が鳴り出す。
「あー……マジかよ。はいもしもーし…………はい………えぇ〜……………。……………まあ、分かりました。」
いかにもダルそうに電話を取り、そのまま生返事で電話を終える男性……。
「よし、……俺は林堂、そのトースト帽子がライ、君の隣のダイナマイトがセツ。時間が無いからフルネームは後………それで君は?。」
いきなり始まった自己紹介に一瞬反応が遅れる………が、自分の名前を聞かれただけだ……焦る必要は無い。
「わ、私は 暦治 明 です!。」
「オッケー、明ちゃんね。急で悪いんだけど仕事だわ……とゆう事で新人研修その1!!。『まずは仕事を見てみよう!!』………さあ野郎共行くぞぉ!!!。」
そう言うと林堂さんは立ち上がり奥にある扉から出ていってしまう。
その後ろからライさんがトーストを咥えながら着いて行った。
「全く……私達は『野郎』じゃ無いのにね。ビックリしてると思うけど着いてくるだけだから。気軽に……ね?、行きましょうか。」
そう言うとセツさんが私の手を握り立ち上がる。
冷たく細い指だが、なんとも言えない力強さを感じる。
………この人なら任せても問題無い……そう思える手だ。
「……よく分かりませんけど………、頑張ります!!。…………あ、き、気軽に頑張ります!!。」
私の意気込みに優しく微笑み返してくれるセツさん、きっと優しい人に違いない。
扉を抜けると……そこはまるで軍隊の備品置き場ののようになっていた。
「明ちゃんはそのままでいいよ、2人は巡回装備ね。場所はいつも通りDブロック外周、数十メートル範囲の街灯の反応が一斉にロスト。……あ、明ちゃんはあの車に乗っといて。」
指さされた方にはタイヤが大きな4ドアのSUVがあったので後部座席に乗り込む。。
その直後に他の人達が乗り込んできた。
「ちょっとライっ!!。あんたは前!、明ちゃんの隣に座ろうとしてんじゃ無いわよ。」
「はぁ?、別に前も後ろも変わんねーじゃんか。」
「落ち着け落ち着け、ほら前の方が暖房の効きが良いだろ?。…そんじゃ行きますか。」
林堂さんが運転席に座り、後ろからは見えないが何かのボタンを押す。
すると目の前の壁が上に登っていき、いつも通りの外が見えてくる。
「『午前8時37分』………即応保安業務開始っ!!。」
完全に開かれるや否や、一気にアクセルを踏み込まれた車が加速し、外に飛び出す。
今日もいつも通りの日だ。
いつも通り…………『陽の昇らない朝』だ。