第七十七話 追憶令嬢13歳
ごきげんよう。レティシア・ルーンですわ。
平穏な生活を目指すステイ学園二年生です。
平穏な生活を目指すのに私の生活は平穏ではありません。
「ルーン様」
最近はリオのファンクラブの方々に追いかけられています。足を止めて目の前にいるご令嬢の名前は知りません。名乗らない無礼な方を覚えるつもりはありません。
ため息を我慢して笑みを浮かべて礼をします。
「ごきげんよう。どうされましたか?」
「マール様にご自分の時間をもう少し作ってあげてくださいませ!!」
堂々と私に述べる言葉の意味は同じです。
私がリオと一緒にいるからでしょうか?
それほど自覚はないんですが自覚がないことも問題ですかね…。リオと一緒にいるよりもアナ達と一緒にいるほうが多いですし。こないだ夜会でエスコートしていただいたことでしょうか?でもマール公爵家の夜会ですし、今度はエドワードに頼もうかしら・・。
最近は本当によく言われますわ。
「申し訳ありません。気をつけますわ。失礼しますわ」
笑みを浮かべて礼をして立ち去ります。
リオの時間を作ってと言われましても私にはどうにもできませんわ。
「ルーン様!!」
放課後に図書室に行こうとすると呼び止められる声にため息を飲み込みます。
「いい加減にしてくださいませ。マール様達の邪魔をしないでください」
目の前にいるご令嬢がは目を吊り上げて鋭い眼差しで睨んでいます。こんなお顔を向けられるのも慣れていますので動揺しませんわ。卒業されたパドマ様や非常識なマートン様のおかげですわね。
あら?いつもと違う言葉に首を傾げます。
「申し訳ありませんが、マール様達とは?」
「まぁ!?ご存知ありませんの!?」
大きな声を上げて、目を見開き批難の視線を向けられています。耳にキンキンと響く声は怖いですが、令嬢モードで動揺を隠して微笑みます。
「差し上げますわ!!ちゃんと読んでください!!常識ですよ」
令嬢は鞄から出した本を差し出しますが、見ず知らずの令嬢から物を受け取るのはいけません。特に家格の低い相手からの贈り物は気をつけないといけません。贈り物には正当な理由がないといけません。セリアからの贈り物は名目上は友人としてのものです。きちんと返礼もしてますし両家の当主の同意があります。私がリオに贈るのは婚約者として、リール公爵夫人からは教育の一環でありフラン王国の文化の発展のためと。
宰相一族に取り入ろうとする者も多いですが、ルーンは正当な理由のない物は決して受け取りません。欲しい物は全て取引で手に入れますし不自由はありません。
「お待ちください。いただくわけにはいきませんわ」
「これはマール様のためです。私が差し上げたことは誰にも話さないので、醜聞にもなりませんわ。大事なお話なので、お一人でしっかり読んでくださいね。約束ですわよ」
令嬢は私の手に無理矢理本を握らせ、颯爽と去って行きました。追いかけようとすると他の令嬢に声を掛けられ間に合いませんでしたわ。
あとで調べてお返ししないといけませんわ。控えているシエルに令嬢の素性を調べるように命じました。
とりあえず、この本はどうしましょうか。読まずに返してキンキンとした声を上げて詰め寄られるのも怖いですわ。
仕方ありませんね。とりあえず読みましょう。
悩んでも仕方ないです。もう疲れましたわ。
リオに聞きましょう。邪魔ならはっきり言いますし、今後のエスコートについても話し合わないといけませんわ。
今日はリオは生徒会で留守なので、リオの部屋で読ませていただきましょう。この本を学園から持ち出すのは怖いですもの。
彼女が私に取られたと言わない保証もありませんので、もしリオに会えたらこの本のことも相談しないといけません。窃盗になれば生徒会が動いてお説教されリオと殿下の機嫌が悪くなりますわ。
リオの部屋は鍵が閉めてあるので、お借りしている鍵を使って開錠しました。いつもリオは部屋の中にいるのでこの鍵を使うの初めてですわ。
いつものソファに座り薄い本を眺めます。
題名はグランド様の人生。グランド伯爵家のことはあまり知りません。お勉強になりますかね。
どうしてリオのための本にグランド伯爵家が関係するんでしょうか?マールとグランドに交流があるからですか?もしかしたらアリス様の役に立つかもしれません。貴族社会では情報は大事ですわ。怖いことは知りたくないですが、必要な情報は集めないといけませんね。
お話の主人公はサイラス様でした。
サイラス様は未成年なのに自叙伝が書かれるなんて優秀なんですわね。クロード殿下でさえもありませんわ。まぁ気にしてはいけませんわ。
ページを捲って読み進みましょう。
サイラスとリオは幼い頃より仲が良く信頼の絆で結ばれていた。ただ二人の仲を邪魔する悪役令嬢レティシア。レティシアは権力でリオの婚約者におさまり、二人の時間を潰していく。はてはサイラスの家族を殺すと脅しリオとの決別を迫ります。最終的にはレティシアがサイラスを殺し、サイラスはリオの腕の中で息絶える前に二人は来世こそはと誓い合う。
読んでいる話にゾクリと寒気に襲われました。レティシアの最期が書かれてないんですけど、きっと最後は監禁か斬首ですよね!?
私はそんなことした覚えはありませんのに。
今世も邪魔してるんでしょうか。確かに立場はお話と同じですし、学園以外ではリオの時間もたくさんもらってますわ。意地悪すればお話し通りです。これは周囲から見た私の話?
だから邪魔するなって言われましたの?
シエルからハンカチを受け取ります。
嫌な記憶が蘇ります。私は誰の邪魔もしたくはありません。今世はもしも殿下がルメラ様と結ばれるなら口を出しません。私は結局、邪魔しかできないんでしょうか。
耐えきれずに涙がこぼれました。リオにもグランド様にも幸せになっていただきたいです。私は誰の邪魔もしたくありません。邪魔したくないのに、
「シア、どうした?シア!?」
頬に手が添えられ、顔を上げると銀の瞳と目が合います。
私は邪魔したくありません。リオの顔を見て、ゾクリと寒気に襲われました。まさか・・。
私は邪魔するつもりはありません。リオの幸せも願ってますのよ。でもどうしてか胸が痛い。私の涙腺が狂って、涙が止まりません。嗚咽で言葉が出ずに首を横に振って、リオの添えられている手を掴んで離します。
「シア?」
「私は、邪魔しません。お二人の幸せを願ってます。本当です」
「は?シエル」
「お嬢様はご令嬢に渡された本を読まれて突然泣き出しました。」
リオに本を取られました。リオが読んでますわね。
私も覚悟を決めましょう。このままだと監禁が待ってるかもしれません。お父様のお説教よりも監禁の方が怖いです。邪魔する気がないときちんと伝わるように、涙を拭い優雅に微笑みます。
「失礼しました。リオ、安心してください。ルーン公爵令嬢としては許されませんが、リオのためならお父様を説得しますわ。決して邪魔することはないと約束します。醜聞も私が引き受けますし、リオ達に迷惑をかけないようにお約束します。どうか信じてくださいませ。私はリオ兄様の幸せを願ってます。お父様にもすぐに手紙を書きますわ。失礼しますわ」
方針が決まりました。
お父様は怖いけど頑張りましょう。リオ達に監禁されるのも殺されるのも勘弁してほしいですわ。私の敵は王家だけではありませんでしたわ。
「シア、待って、座って」
真顔のリオに睨まれています。逃げたいですが、きちんと話し合わないといけませんよね。ここで誤解されれば私は・・・。もしかしてマール公爵家の説得を心配されてます?
立ち上がりましたが、一旦座りましょう。
「まさかと思うけど信じてる?」
「今世こそは幸せになってほしいと思いますわ。絶対に邪魔しません。どうか信じてくださいませ。伯父様達も説得したほうがいいですか?」
「俺は今、充分幸せだよ」
「いえ、遠慮しないでくださいませ。私も反省しておりますわ。私も成長しましたし一人で大丈夫ですわ。今までの御恩はいつかお返しできるように」
「それは物語だ!!内容が現実的でも想像上の話。信じるのも馬鹿らしい」
「でもあまりにも…。それにもしかしたら」
「俺はシアとサイラスならシアを選ぶよ。名前が同じだけの別人の話」
これはリオがレティシアからサイラスを救うために言った言葉と同じですわ。
「私はグランド様の家族の命は握ってません」
「知ってるよ。その話は忘れて。どこに泣く要素があったか不思議で仕方ないよ。シアが自らやらなくても、シアが望むなら俺がグランド伯爵家潰してあげるよ」
それ笑顔で言う言葉ではありませんわ。私よりリオの方が悪役みたいですわ。
「望んでいません。でも、グランド様はもしかして」
「ありえない。事実ならそんな気持ち悪い友人いらない。俺の言葉が信じられない?わかった。仕方ない。グランド伯爵家を潰そうか」
リオの目が据わって涼し気な笑みを浮かべました。これ本気ですわ。
マール公爵家なら伯爵家なんて簡単に潰せてしまいますわ。背中に冷たい汗が流れていきます。
「信じます!!グランド伯爵家を潰さないでくださいませ」
「本当に?」
「はい。お願いします。」
「ルーン公爵に手紙は?」
「書きませんわ。」
「父上達の説得は?」
「しません。申し訳ありませんでした」
よく考えれば私が口を出していいことではありません。
両公爵が決めたことです。私が婚約破棄したいと説得に回ればリオも呼び出されて事情を聞かれます。一度整った婚約を破棄するのは簡単なことではありません。私が醜聞を引き受けてもリオにも迷惑がかかります。それに令嬢が他家の当主の判断に口を出すのは許されないことですわ。リオが怒っても仕方ありませんわね。お父様に反抗するよりも家格の高いマール公爵にルーン公爵令嬢が抗議なんて許されない行為ですわ。マール公爵家に不敬と捉えられても仕方ない。親しき中にも礼儀ありですわ。優しい伯父様にお願いするのとは勝手が違いますわ。
「それならよかった。中々手怖いな。どうすれば信じてくれるんだろうな」
「私はリオを信じてますわ」
「言葉と行動があってないんだよな。わからないだろうけど。…昔のトラウマだろうけど。中々俺の道も険しいな」
「リオ?」
「いや、なんでもない。この本は俺が返しておくよ。今まで気にしてなかったがシアの教育上よくないから規制かけるかな」
「私はこの本をいただいたご令嬢の名前を知りませんわ。シエルに調べるように頼んでますが」
「それは俺に任せろ。悪いようにはしないから」
なんかブツブツ言ってますわ。
これからどうしましょうか。婚約は破棄の申し入れは断念しますがリオの邪魔はいけませんよね。
「シア、今日はどうした?俺がいないのは知ってたよな」
「リオの邪魔をしないようにと忠告されまして」
「は?」
「今後のエスコートはエドワードにお願いしますわ」
「え?」
「リオに自分の時間を作ってあげてと。やはり甘えすぎてましたね。反省しますわ。きちんと自立しないと。訓練もエイベルに頼みますわ」
ゾクリと寒気に襲われました。
空気が冷たく、正面には怖い顔のリオがいます。
思考に夢中でリオの様子を確認するのを忘れてましたわ。
相談するタイミング間違えましたわ。
リオを宥めるには、グランド様は確か…、
「ごめんなさい。邪魔をしてはいけないってわかってたんですが、リオに会いたくて、いないのわかってたんですが、会えたらいいなって」
シエルの視線が咎めるような視線が痛いですわ。わかってますわ。効果ありませんわね。
よわよわしく微笑みます。
「やっぱりお邪魔でしたか…?」
リオが固まりました。
このまま撤退?名案です。撤退しましょう。
「失礼しますわ」
立ち上がり退出しようとすると腕を掴まれて失敗しました。リオの顔は怖くて見れません。
「邪魔じゃない」
冷たくない声にそっとリオの顔を覗くと片手で顔を覆っています。
「落として上げるとかあざとすぎる」
声に怖い感じはありません。もうひと頑張りすれば機嫌が直るでしょうか。このまま後日長いお説教を受けるのも嫌ですし。
リオに抱きつき、顔を見上げ精一杯の笑みを浮かべます。
「リオ、大好きですわ」
リオの顔を覆っていた手が外れました。真っ赤な顔で凝視する珍しいリオに恐怖はなくなり笑いがこみあげてきましたわ。
「これで手を出すなって拷問だよな。いや、結婚するまで手を出すなって言われてるし」
先程からなにかブツブツ言ってますが大丈夫ですか?いえ、聞こえない言葉は気にしません。
「俺もだよ。シア、もう少し手を抜いてくれると助かる。なんでもないから気にしないで。シアは今まで通りでいいから」
「はい?」
「令嬢達の言葉は気にするな。もう二度とそんなこと言われないと思うよ」
リオの言ってることの意味がわかりません。
「どうすれば?」
「自立なんてしなくていいから、俺の傍にいて。俺としてはシアとの時間が全然足りないよ」
「リオの自分の時間は?」
「俺はずっとシアと一緒にいたい。エスコートも訓練に付き合うのも譲りたくない。だからちゃんと会いに来て。見知らぬ令嬢の言葉より俺の言葉を信じて、」
言ってる意味はわかりませんが、私を見つめる瞳に嘘の色はありません。
邪魔じゃないのかな。
「邪魔になっても監禁したり殺したりしませんか?」
「俺にとってシアが邪魔になることはないよ。なにがあっても俺がシアに危害を加えることは絶対にない。そっか。大丈夫だよ。怖くない。邪魔じゃないよ。俺はシアにだけは嘘はつかないよ」
優しく頭を撫でられ、耳に響く優しい声に体の力が抜けました。
リオは私には嘘はつきません。リオの言葉を信じればいいんです。どんな時も味方でいてくれますもの。
リオが恋する人を見つけるまでは大丈夫です。今は甘えましょう。
リオが傍にいてくれるのは心強いですわ。
「わかりましたわ。ありがとうございます」
優しく笑いかけられ機嫌も直りましたわ。
とりあえずこれで一安心ですかね。
時々リオが変な気がするのは私の気のせいですか?
リオ、最近疲れてるんでしょうか…。長い付き合いですがリオのことはよくわかりません。
でもグランド様の言う通りにすれば間違いないですわね。
さすがグランド様ですわ。
翌日からリオのファンクラブの方々に絡まれることはなくなりました。
これからは平穏な日々を過ごせるといいんですが…。




