第七十一話 追憶令嬢13歳
ごきげんよう。レティシア・ルーンですわ。
ステイ学園の2年生です。
平穏な生活を夢みる公爵令嬢です。
最近、アリス・マートン様とハンナとのお茶会が日課になってます。
アリス様はお友達を誘えず、ハンナがアリス様の懇願に負けて3人でのお茶会が定番になりました。
逢瀬を重ねるうちに気付きましたがアリス様はノア様が絡まなければ素直な良い子です。
今日もノア様とお話しできなかったと落ち込んでおります。
ハンナが必死に慰めてます。私では役不足なのでハンナの存在がありがたいです。
本当は恋には関わりたくありません。でもマートン侯爵家の了承があり、きちんとした方法を選んでいるなら、少しだけ可愛い後輩に協力しましょう。
「アリス様、平民の生徒を差別せずに関われますか?」
私を見つめて、キュッと唇を結んで眉間に皺を寄せて悩んでます。すぐに反対しないのは良い傾向だと思います。
「・・・・・・。ノア様は平民の友達がいますのよね」
悩んでいるアリス様にグランド伯爵家の情報を提供しましょう。有名な情報なので、ご存知だとは思いますが。
「そうですね。もしもグランド伯爵家に嫁ぎたいなら平民への差別意識を隠せないといけません。そしてノア様自身も選民意識が薄いです。一緒にいたいなら」
「今まで関わってきてないからどうすれば・・」
悩んでいるアリス様の言葉に目を丸くしました。
「ハンナも平民ですよ」
「え?ハンナ様が・・」
驚いた顔をするアリス様への驚きを隠してお茶を口にして、思考を巡らせます。私の提案はアリス様次第で危険なことかもしれません。念のため確認しましょう。
「態度を変えますか?私は危害は許しませんがそれ以外に口を出しませんわ」
「・・・。変えません。優しいハンナ様大好きです」
アリス様がハンナをじっと見て笑った顔を見てハンナが嬉しそうに笑いました。
迷いのないはっきりした物言いのアリス様はたぶん大丈夫だと思います。
「できそうですか?」
「頑張ります」
微笑む顔はお姉様と違って可愛く溺愛する侯爵の気持ちがわかりました。この笑顔が通じないノア様って大丈夫でしょうか?
「ノア様と会う場を設けるお手伝いをしますが、三つの約束が守れることが条件ですわ」
「レティシア様!!お任せを!!頑張ります。」
興奮するアリス様に大事な忠告をします。私はその勢いの良さは心配になりますわ。
「アリス様、条件を聞く前に了承するのはやめたほうがいいですよ。きちんと考えてから答えを聞かせてください。私の条件は
一つ目は前に下賤な平民と言ったノア様のお友達に謝ること。
二つ目はノア様のお友達を大事にすること。
三つ目は平民の生徒達に貴族の権力を使わないこと。二つ目に関しては表面的な意味としてとらえて下さって構いません。難しいことだと思いますが」
言いたいことのありそうなアリス様を見て言葉を止めました。
「もし私が権力をかざすことがあれば止めてくれますか?」
無意識に使ってしまうことに気付いているのは良い事ですわ。
「構いませんが、私は優しく止められる自信はありません。アリス様を泣かせてしまうかもしれませんわ」
「構いません」
迷いのないお顔に笑みがこぼれます。覚悟があるなら応援しましょう。価値観を変えるのは難しいことです。でも大事な人のために世界を広げる努力ができるのは誇らしいことだと思います。
「わかりました。まかせてください」
「レティシア様!!」
アリス様に尊敬の目を向けられているので、ケイトの真似をして悪戯っぽい顔を作ります。
「謝った後にお詫びにお菓子をあげると喜びますわ。ノア様も甘いお菓子が好きです」
「レティシア様大好きです!!」
純粋に慕ってくれる様子がくすぐったいですわ。
「ありがとうございます。がんばれますか?」
嬉しそうに頷くアリス様をハンナが優しく応援しています。二人の様子を眺めながら向上クラブの活動日を思い浮かべます。
「明日か来週ではどちらが都合がいいかしら?」
「明日がいいです。お菓子は何を用意すればいいですか!?」
「クッキーや焼き菓子を10人分程。お菓子は無理に用意しなくても大丈夫ですよ。ノア様はアーモンドのお菓子が好きですわ。侍女に頼みにくいなら厨房に頼めば作ってもらえますわよ」
「ありがとうございます」
「ハンナ、明日の放課後アリス様を迎えにいってくれますか?付き合わせてごめんなさいね」
「レティシア様のためならなんでもしますわ。それに私もアリス様を応援したいので大歓迎ですわ」
「ありがとうございます。アリス様、お菓子と宿題かお勉強道具を持ってきてくださいね」
「わかりましたわ。よろしくお願いします」
今日のお茶会はこれにて閉会ですわ。
落ち込んでいるアリス様が元気になって良かったですわ。
今日は向上クラブの活動日です。
事前にアナに頼んで全員を揃えて欲しいと頼みました。
扉を開け中に入るとアナが抱きついてきました。
「レティ様!!」
「ごきげんよう。皆を集めてくれてありがとうございます」
「レティシア様、お久しぶりです」
「全員集合って何かあるんですか?」
「お願いがあります。でもその前に一言言わせてください。試験の成績を聞きました。3組の生徒が優秀な成績を残し上位入りは学園始まって以来のことです。おめでとうございます。頑張りましたね」
一学年の生徒は大体90〜100人です。
試験結果は合計点で順位がつけられ30位までの生徒の名前は貼り出されます。上位貴族はここに名前が入らないといけません。
ノア様以外のメンバーは30位以内に名を残し先生方を驚かしていました。そしてこの結果を受けて、各派閥をまとめている生徒達から上位貴族は優秀な成績を残すようにとの通達がありました。うちの派閥の警告係はリオでした。そして成績を抜かれて貴族が愚かなことをしないようにとの警告も。
学び合い高め合うのは大事なことなので、私は全力でアナ達を褒めたいと思います。
後日お祝いにお菓子を用意しましょう。
近くにいるアナとリナの頭を撫でます。
「レティシア様のお蔭です」
「いいえ。私はお手伝いしただけですわ。皆が頑張ったからですわ」
「レティ様嬉しい!?」
「はい。感動しましたわ。このままなら来年は一組入りも夢ではありませんわ」
「大袈裟ですよ」
照れたり、喜んだり反応はそれぞれです。でも入学当初よりも明るくなった気がします。
成績優秀であれば将来の幅も広がります。これからも励んでくれると嬉しいですわ。自主性が一番なので言葉で期待をかけることはしません。でも誰にも言われなくてもぐんぐんと伸びていくだろうこの子達の未来が楽しみなのは内緒ですわ。
この頃の殿下が隣にいたなら穏やかな笑みで王国の宝を眺めているでしょう。
「お願いってなんですか?」
課題をしていたノア様が顔を上げました。
「以前にアナ達への言葉を後悔している方がいます。絶対に酷いことはさせないと約束します。怖いなら断ってもいいですよ。でも私は一度だけは話を聞いてあげて欲しいと思います」
ゆっくりと話した私の言葉を聞いて目をパチパチとさせたアナが最初に頷き、後ろに振り返りました。
「レティ様の頼みなら、ね、みんな?」
「はい」
「もちろんです」
一人だけ嫌そうな顔をする後輩を除いて笑顔で了承してくれる後輩に頬が緩みそうになります。
「ありがとうございます。ノア様は強制参加ですよ。この意味わかってますか?」
今にも逃げ出しそうなノア様に優雅な笑みを浮かべます。謝罪しようとする令嬢の誘いを断るのは紳士としてどうかと思いますもの。
「わかりました」
嫌そうな顔のノア様は気にしませんわ。
ノックの音に廊下に行くとバスケットを持ったアリス様とハンナがいます。
「この教室は向上クラブが活動しています。前に教室で勉強会をしていた子達のいるクラブです。頑張れそうですか?」
「もちろんです」
ハンナとアリス様を連れて入ると、アリス様は部屋に入ってすぐに頭を下げました。
「この前は失礼なこと言って申しわけありませんでした」
頭をさげるアリス様に後輩達はぽかんとした顔で見ています。
目を見開いてい驚いているのはノア様。私もきちんと頭を下げるとは思わなかったので驚きましたが嬉しい誤算です。
沈黙の中、小さな笑い声が聞こえました。アリス様にリナが近づきました。
「顔をあげてください。もう充分ですよ。それに恋ゆえにですよね」
お淑やかなリナが一番最初に動いたことに驚きました。
「お貴族様のおかげでクラブ作れたし、こちらこそありがとうございます」
「気にしてないです」
アナも無邪気な笑みを浮かべて近づいていきました。
「アリス様、顔をあげてください。頑張りましたね」
ハンナが頭を下げたままのアリス様の肩にポンと手を置くと、ゆっくりと顔をあげるアリス様。
「ごめんなさい」
反省しているアリス様に笑みを浮かべます。私もよく言われます。謝罪よりも欲しい言葉があると。
「アリス様、笑顔でありがとうが言えたら素敵ですわ」
「ありがとうございます」
笑顔でお礼を言うアリス様は完璧ですわ。アリス様の笑顔に部屋の中の空気が変わりましたわ。ノア様が一人だけ固まってますが。変化に追いつかない気持ちもわかりますので、紳士らしくない態度は目を瞑りましょう。
「お貴族様、その中身って」
お菓子が大好きなロンがアリス様の持っているお菓子に気付きました。
「お詫びになればと」
「嬉しいです!!ありがとうございます」
さすがお菓子効果ですわ。お菓子を配るアリス様に警戒心が一切なくなりが打ち解けてます。
最後におそるおそるアリス様がノア様にアーモンドクッキーを渡しました。
「よければ・・」
「ありがとうございます」
ノア様を笑顔で見つめると固いお顔でクッキーを受け取りました。
ノア様、笑顔作ってくださいませ。心のうちはどうであれ、表面上は取り繕ってくださいませ。アリス様が嬉しそうな顔でハンナに抱きつきました。
「部員ではありませんがアリス様もこれからここで一緒に勉強してもいいですか?」
「もちろんです!!」
「でも私のことと一緒でアリス様のことも」
「内緒ですね!!」
「優秀な後輩を持って幸せですわ」
アリス様が向上クラブの一員になりました。お菓子のおかげもあり無邪気なアナを中心に徐々に打ち解けました。慣れれば純粋に好意を示してくれるアナ達にアリス様も自然な笑みを浮かべるようになりました。
ここならノア様との恋を応援してくれる友達もできると思います。
問題はノア様が逃げないかですが、そこはお兄様のグランド様の力を借りようと思っております。
別にアリス様との痴話喧嘩?を私に押し付けたことは怒っていませんよ。
いずれ報復したいと思っていますが。
先輩として可愛い後輩の頼みに協力しただけですわ。アリス様にとっては大きな一歩だと思います。ここからはアリス様次第です。




