第七十話 追憶令嬢13歳
ごきげんよう。レティシア・ルーンですわ。
ステイ学園二年生です。
上級生の授業でロベルト先生達は留守のため武術の授業は自習でした。
体を動かしたいですが、今日は訓練室の解放日ではありません。監督生のリオに頼めば訓練できますが、会いたくありません。
監督生の知り合いはもう一人いましたわ。クラム様からエイベルが試験に合格したと聞きましたわ。今日は生徒会はありません。訓練好きのエイベルなら付き合ってくれるでしょうか?
悩んでも仕方がないので、聞いてみましょう。断られたら考えればいいですわ。
研究に夢中なセリアに手を振ってエイベルの教室を目指しましょう。
四年一組を目指して階段を登っていると目が合った茶色い瞳の持ち主に足を止めて礼をします。
「ルーン嬢?」
「グランド様ごきげんよう」
「リオなら教室にいないよ」
「いえ、エイベルを探しに」
笑顔のグランド様が目を見張るという珍しいお顔に首を傾げると、
「珍しいね。ビアードに用が?」
「約束はしてませんが訓練に誘おうかと。今日は生徒会は休みですし」
「俺でよければ付き合うよ」
「本当ですか?」
「もちろん。手続きしてくるから訓練室で。シエルは付き添わせて」
「ありがとうございます」
笑みを浮かべるグランド様の様子がおかしい気がしたのは気の所為でしたわ。
グランド様と訓練できるなんて、私にしては運がいいですわ!!
シエルを呼び出し、急いで用意を整えて訓練室に向かいました。
野外訓練の評価が壊滅的なのでどこかで挽回しないといけません。留年するわけにはいきません。
「武術の成績が壊滅的に悪いんですが挽回する方法ありますか?」
「野外訓練だけでそこまで評価はされないから大丈夫だよ。それに無事に過ごせたんだろう」
「エイベルやニコル様達のおかげです」
「ルーン嬢なりに頑張ったんだから大丈夫だよ。大事なのはチームワーク。はじめようか。何からする?」
準備運動を終えて優しい声で慰めてくれるグランド様は優しいです。先生に呼び出された私を呆れた顔で見ていたエイベルとは大違いですわ。
落ち込みそうになる自分を奮い立たせます。時間は有限です。
「剣か体術を」
「剣にしようか。いつでもどうぞ」
木剣を渡されて、振り下ろしますが難なく受け止められます。
「もう1回」
言われた通りに振り下ろすと
「そう。そう。よく止めたね。これは?」
穏やかな声とは正反対の鋭い剣に力で負けるのは目に見えているので、後ろに跳び躱します。
勢いつけて跳びかかり剣を振り降ろしても軽々と受け止められました。
私の軽い剣は体重を乗せるしか重たくする方法が見つかっていません。
「休憩しようか」
息を切らしている私の剣をグランド様が取り上げました。
シエルが休憩の用意をしていたので、座ってお茶を受け取り乾いた喉を潤します。
「ありがとうございます。上達しません」
「前より良くなってるよ。ちゃんとよく見て対応できてる」
グランド様がお茶の飲みながら、ポンと私の頭に手を置きました。慰めるように優しく頭を撫でる手に笑みがこぼれます。グランド様のアドバイスを聞いていると突然言葉を止めました。
「リオと喧嘩中?」
グランド様はリオのお友達です。いつもは私の訓練に付き合ってくれるのがリオなのでこの状況が不思議なのかもしれません。
「難しい質問ですね」
「何かあるなら話してみなよ。話すだけでも楽になるよ」
耳心地の良い優しい声に、私が勝手にイライラしている事情を話すと頭を撫でる手が止まりました。
「おかしいですよね。リオの言ってることは正しいのにどうにも受け入れられなくて」
「そんなに色々小姑みたいに言われたら嫌になるよ。ルーン嬢が怒る気持ちわかるよ。リオは相変わらず不器用だ」
楽しそうに笑っているグランド様の言葉に首を傾げます。私の味方をしてくれることにも、聞き慣れない言葉にも不思議でたまりません。
「不器用ですか?」
「不器用だよ。心配だったって言えばいい話しなのに」
「はい?私が弱いから心配ですか?」
「違うよ。ルーン嬢の強さは関係ない。大事だからだよ。ルーン嬢に避けられてからリオが荒れてるんだよ」
「荒れる?」
「うん。怖い怖い。想像できない?」
「はい」
「あんなにリオに群がる令嬢達が怯えて騒がない。先生方も授業中あてないよ。殿下は気にしないけどね」
「いささか想像できませんが、グランド様でも宥められないんですの?」
「無理無理。俺には手に負えない」
「そんなことがありますのね。驚きましたわ。体調が悪いんでしょうか?」
「原因はルーン嬢だから。初めて避けられたのショックみたいだよ」
「リオが?まさか」
「君、自分が思っている以上にリオへの影響力強いからね。落ち込んでるよ。原因もわからないって」
楽しそうに話すグランド様から視線を逸らします。やはり信じられない話ですわ。でももし本当だとしても、
「リオに言っても伝わりませんもの。私自身、理不尽だと思います」
「そこは俺がお灸を据えてあげるから、許してあげてくれない?」
優しく耳に響く声。グランド様はリオのために言ってるんでしょう。
「リオは君の行動を制限しようなんて思ってないから。ほら」
目の前に見せられたのはクラブの申請書です。
向上クラブと書かれておりアナ達とノア様の名前が記入されています。生徒会役員の認可のサインはリオの名前。
反対していたのに、勉強場所を作ってくれたんですね。相変わらずネーミングセンスがありませんわ。
イライラする気持ちよりも、気遣いに笑みがこぼれました。
「その顔なら大丈夫そうだね。最後にもう一戦だけやろうか」
「お願いしますわ」
貴重なグランド様との時間を有意義に使うために立ち上がり剣を合わせていると、辺りは暗くなっていました。
名残惜しいですが今日の訓練は終わりですわ。
「グランド様ありがとうございます。また付き合ってくださいますか?」
「いいよ。今度はビアードを誘う前に俺に声かけて。打倒ビアードなら手の内は見せない方が賢明だよ」
確かに一理はあります。そしてグランド様が付き合ってくれるなら嬉しいですわ。
「わかりましたわ。よろしくお願いします」
「後輩の指導は先輩の務めだから。気を付けて帰ってね。鍵は俺が返しとくよ」
「ありがとうございます。失礼します」
グランド様に挨拶をして別れます。更衣室で制服に着替えて足早に進みます。
玄関を出ると冷たい風が吹き、空には綺麗な星が輝いています。近くの木に佇んでいる見覚えのある人物がいました。私を見ているだけで動きません。首を横に振って、髪を乱暴に掻き上げて確かに挙動不審ですわ。
今までなら視線を無視して素通りしました。
足を止めたまま私を見つめているリオの方に足を進めて、目の前に立ちます。
「待っててくださいましたの?」
「まだ靴があったから…」
気まずそうな顔をする頼りないリオは初めてで、笑いがこみあげてきました。
グランド様の言う通り確かに様子がおかしいですわ。私の所為とは思えませんが
「送ってくださいますか?」
「いいの?」
私の顔を見つめる銀の瞳は暗く確かに落ち込んでます。
リオの左手を握るといつもの温かさが嘘のように冷たい。氷のように冷たい手に私の手の温もりが分けられるように両手で包み息を吹きかけます。
「いつから外にいたんですの?どうしてわざわざ外に」
「俺を見たら逃げるかと思って、でももう暗いし」
グランド様の言う通りで不器用な従兄に笑いが我慢できません。ふっと噴き出して笑う私を茫然と見ているお顔も初めてですわ。
「風邪を引きますよ」
「それは、」
気まずそうに視線を逸らす、どんなことも卒なくこなすのにリオらしくない姿に笑いが止まりませんわ。
「自分のお体を大事にしてくださいませ」
「ごめん。なぁ、あのさ、」
氷のように冷たかったリオの手もいつもの温かさに戻りましたわ。リオの手を離してリオの頬に手をあてるとやはり冷たい。体調管理にうるさいのに、らしくもない頼りないリオが可愛いく思えてきましたわ。
「リオ、大好きですわ」
「!?」
リオの頬も温かくなったので、頼りない手を握って寮に足を進めます。
寮に着いても様子がおかしいのも、不安そうな様子も変わりません。周囲には誰もいません。
不安な時に効果的な方法を私は知っています。リオの手を解いて、ギュっと抱きつきます。不安な時はこれが一番ですわ。
恐る恐る背中に手をまわすリオに笑みがこぼれます。
「リオ、風邪ひかないでくださいね」
「あぁ」
中々いつものリオに戻りませんね。
リオを元気にするには…。グランド様のアドバイスを思い浮かべます。
「リオ、用事がなくても会いにいってもいいですか?」
「え?」
これは違うみたいです。グランド様でも間違えることはありますのね。
「いえ、忘れてくださいませ」
「ごめん。嫌じゃない。嬉しいよ。シアならいつでも大歓迎だ」
「お邪魔では?」
「ありえない」
意思の強そうな口調で即答され、調子が戻ってきましたね。
「武術の成績が壊滅的でこのままだとお母様に怒られますわ」
「訓練も付き合うよ。俺に任せて」
見つめる瞳は明るくなりいつもの頼りになるリオ兄様に戻りましたわ。
「ありがとうございます。さすがリオ兄様は頼りになりますわね。風邪ひかないでくださいね。お休みなさいませ」
「ああ。お休み」
リオが元に戻ったので別れました。
今日のリオはおかしかったですわね。
風邪をひかないといいんですが。可笑しいリオに笑みは込み上げ、セリアの言う反抗期は幕を閉じました。




