第五話 後編 追憶令嬢5歳
ごきげんよう。
私の今日の予定はマール公爵家に訪問です。
ベンが作った可憐なブーケとリオへのお菓子を持って、マール公爵邸に入りました。
玄関ではマール公爵夫人である伯母様が朗らかな笑顔で迎えてくださいました。
「伯母様、ごきげんよう。本日はお招きいただきありがとうございます」
「レティ、いらっしゃい。楽にしていいわ。今日は元気そうでよかったわ」
礼をしましたが伯母様の言葉に顔を上げてブーケをお渡しします。
「ありがとうございます。その節はお世話になりました。伯母様、こちらを」
「あら?可愛い花束。嬉しいわ」
「庭師のベンと一緒に選びました。お母様には内緒です」
「わかったわ。お花を選ぶのも教養よ。レティが選んだ初めてのお花をもらえるなんて光栄ね。リオはお稽古中だから、伯母様とお茶にしましょう」
伯母様に手を引かれて一緒にサロンに行きます。伯母様と手を繋いで歩くのは懐かしいです。お母様に手を引かれて歩くことはありませんよ。
マール公爵邸は輸入品の家具が多く見慣れない物が多いのでいつ訪問してもワクワクしてしまいます。久しぶりの訪問なので尚更ですわ。生前が学園に入学してからは王宮や諸外国、視察と忙しくマール公爵邸には夜会でしか訪問してませんもの。
椅子に座り、用意されたお茶に伯母様が口をつけたので、私も口をつけます。
お茶には毒味の意味も込めて主催者が先に口をつけるのがマナーですわ。久しぶりのマールの紅茶は美味しい。伯母様も穏やかなお顔でお茶を楽しまれています。そういえば確認することが
「伯母様、毎週会えるの嬉しいですが、どんなお勉強を?」
「お母様はなんて?」
「お母様からは何も。私の予定管理はシエルがしています」
「そう。頑張りすぎないことをお勉強しましょう」
優しく微笑む伯母様の意図がわかりません。
「・・?最近はお勉強の時間が減ったので、十分なお休みがありますよ」
「レティ、今までのあなた忙しすぎたのよ。これから覚えていくから、焦らなくてもいいわ。
今日の伯母様からの課題はレティが好きなように過ごすこと。貴族や淑女らしくは忘れていいわ」
「はい?」
「いずれわかるわ。これも素敵なレディになるのに必要なことよ。伯母様に任せなさい」
よくわかりませんがコクンと頷くと優しく頭を撫でられます。
「正解よ。レティ、なにか聞きたいことがあるでしょ?」
「どうしてわかるんですか?」
「可愛い姪のことはなんでもお見通しですよ」
さすがマール公爵夫人。社交上手な公爵夫人である伯母様はすごいですわ。私はまだまだ足元にも及びません。お父様のお許しはいただきましたが、お母様は納得されてませんでした。ルーン公爵令嬢として間違っていないか不安もありましたので、聞いてみましょう。
「あの・・・」
昨日のバイオリン騒動のことを話すと伯母様は頬に手を当てて目を閉じました。しばらくして穏やかなお顔で口を開きました。
「正しいのはお父様の見解ね。お母様は時々非常識だから気にしなくていいわ。もし納得できなかったり、困ったら伯母様に相談して。
伯母様はレティのお母様とは付き合いが長いから、お母様の考えは大体わかるわ。レティのお母様は不器用なのよ」
非常識?不器用?
伯母様が苦笑されてますがどういうことですか?
「不器用?」
「大人になったらわかるわ。自分のやりたい楽器をするのが正解よ。これからもやりたいことがあるなら、我慢しなくていいわ。
ルーンでできないなら、うちで叶えてもいいわ。色んな経験の積み重ねが素敵なレディに繋がるわ。そろそろリオの稽古も終わるわね。庭園にいるから行ってらっしゃい」
伯母様の言葉の意味がわかりません。でも優しく気遣っていただいていることはわかります。
「はい。ありがとうございます。伯母様。ご馳走様でした。失礼します」
礼をして庭園に行くとリオが一人で剣を見つめています。
まだお稽古中でしょうか?お稽古中ならこっそり見学したいですわ。是非。
影からこっそり見守ろうとするとすぐに動き近づいて来ました。
「シア、来てたのか」
「はい。ごきげんよう。リオ兄様。お稽古は終わりですか?」
「今日は終わりだ。構ってやるよ。着替えてくるから待ってて。書庫にいる?」
正直稽古の見学ができないのは残念ですが相談がありますのでまぁいいですわ。
悪戯っぽく笑うリオに甘えましょう。貴重なリオの時間を分けていただけるのはありがたいですし。
「はい。書庫でお待ちしています」
マール公爵邸に一緒に戻り書庫の前で別れました。
相変わらず大きい書庫です。属性の本があればいいのですが。
ルーンでは貴重な魔導書は使用人の入れない結界で覆われた特別な場所に保管されています。マールも同じでしょうか?探してみても中々見つかりませんわ。魔導書ではなく風属性についての伝承的ななにかならあるかも知れませんね。蔵書が多すぎて全然見つかりません。
「シア、いるか?」
リオの声の方に近づき、抱きつくと今日は嫌がらずに抱きとめてくれました。やはり落ち着きますわ。
「今日はどうした?」
「週に1回のお宅訪問です」
「その日か。忘れてた。納得したよ。だから止められたのか」
「リオは知ってますの?」
「母上から聞いた。シアを遊ばせる日だろう。今日は何したい?」
遊ばせる日?やはり意味がわかりません。でもありがたいですわ。
明日のレッスンまでに身につけなければいけないことがありましたので。
「一緒に下手なダンスレッスンの受け方を練習してほしいです。リオ兄さま」
お願いすると怪訝な顔で見られました。なんでですか?
「シア、意味がわからない。なんで下手な練習が必要なんだ?」
「私は王子殿下の婚約者候補に選ばれたくありません。ですから全てにおいて、ほどほどになりたい」
リオが黙って考え込んでます。しばらくすると肩に手を置かれて真顔で見つめられました。
「レティシア、俺がいつも言っていることを覚えてるか?」
このゆっくりした話し方と目は、間違えたらお説教ですわ。
リオ兄様がいつも言うのは・・。
「相談しろ?」
「そうだな。リオ兄様は、王子の婚約者にならない方法を相談してほしかったな」
「前に話しました」
「突拍子なさすぎて、冗談か気の迷いだと思ってたんだよ」
「私はいつでも本気です」
大きいため息つかれています。こいつに言っても無駄って思ってるときの顔です。
失礼ですね。じっと睨みつけると肩に置かれた手が離れました。
「わかったから、怒るなよ。可愛い顔が台無しだ」
宥めるように優しく頭を撫でて、令嬢達が見惚れた爽やかな笑み。
これが将来の令嬢泣かせになるのですね。大人気なのに決めた相手を作らない、令嬢達の憧れのリオ・マールに。
気づきませんでしたが、この頃からすでに始まっていたんですね…。
「シア、今までダンス踊れただろ?突然踊れなくなったら不自然だ」
今までの踊れてたレベルがわからなくて困ってるんですが。それに踊れてもまずいです。
「ルーン公爵令嬢はほどほどですって言われたいのに」
「ほどほどで、お前のお母様が許すと思う?」
忘れてましたわ。絶対無理です。
地獄のスパルタコースですわ・・。思い出したら寒気がしました。震えが止まらず、リオの温かい体にギュっと抱きつくと背中を優しく叩かれる。
「わかってもらってよかったよ。ダンスのレッスンは普通に受けたほうがいい。踊れなかったら、毎日ダンスレッスンにされかねないだろ?」
「わかりました。ちゃんと真面目にダンスのレッスンを受けますわ。どうすれば、王子殿下の婚約者候補に選ばれないかな?」
「母上に相談しよう。王子殿下の婚約者が決まるのは当分先だから、焦らなくて大丈夫だよ。さて、あとは何を企んでるんだ?」
疑われてます。企むなんて人聞きが悪いですわ。せっかくなので、やりたいことがあるので相談しましょう。
「孤児院にお手伝いに行きたいです」
「は?どうして?」
「料理や掃除、なんでもできるようになりたいです。うちだと絶対に教えてもらえませんから」
「必要があるのか?」
「将来、貧しい辺境伯に嫁いでも困らないように」
「・・・・公爵令嬢のお前が?ありえないだろ」
「人生何が起こるかわかりません」
「レティシア、本当のことを言ってみて」
リオには昔から隠し事できませんでした。シエルのように信じてはくれませんか。確かにルーン公爵令嬢が辺境伯に嫁ぎたいは無理ですよね…。
「将来、貴族をやめた時に困らないようにです」
「頭が痛くなってきた。本気なんだよな?冗談じゃなくて。シアに色々教えた過去の自分を呪いたい」
リオがブツブツ言っています。空気がよどんでいく気がします。
「リオ、人を呼ぶ?」
「心の問題だから大丈夫だ。本当に貴族、嫌なの?」
「うん。自分のために生きたい」
「自分のためって具体的には」
そう言われると困ります。
生前あんなに頑張っても捨てられましたし、王家から逃げられればなんでもいい気がしてきました。貴族として生きると王家とは関わらないといけませんし、変態にも・・・。平穏に過ごしたいですが具体的には何も思いつきません。
お金を稼ぐ方法を探さないといけませんね。曖昧に答えましょう。
「わからないから、色々やってみたいなって」
「わかったよ。一緒に色々やってみよう。それでシアの望む生き方を探していくか」
「私のためにリオが付き合うのはおかしいです」
「シア一人だと心配で心臓に悪い。俺も一緒に俺のやりたいことを探すからいいんだよ。嫌になったら降りるから気にするな」
「私にばっかり構ってると、婚約者できませんよ」
「心配無用だ。マセガキ」
もしかして、もう気になる人がいるのかな。いるわけないですね。
リオは人気があったけど、特定の相手は誰もいませんでしたもの。どんな令嬢に迫られても靡かないって有名でしたわ。難攻不落の貴公子ですものね。リオのファンクラブも令嬢達の牽制も凄かったですわ。どんなに牽制してもリオに相手にされないから余計に。私はその頃は距離を置いていたので関わらずにすみましたが。
「リオ兄様。お願いがあります」
「ん?」
「強くなりたいので、方法を考えてください」
「は!?」
「いざって時に自分の身を守れるようになりたいです。物理的に」
「や、やりたいことが色々あるのはいいことだ。それも母上に相談しよう。くれぐれも一人では行動するなよ。孤児院は今は無理だけど、そのうち、外に連れて行くから」
「はい。リオ兄様ありがとうございます。」
外?お散歩ですか?まぁいいですわ。
リオは頼りになります。心は年上なのに敵う気がしません。
満足したのでリオの腕から離れてお茶をしました。上機嫌にチョコクッキーを食べるお顔は子供らしくて可愛らしい。マールの料理人よりもルーンの料理人のほうがリオ好みのお菓子を作るそうです。お世話になっているのでいくらでもお菓子は献上しますわ。
今日も気づいたら一日が終わっていましたわ。
時が経つのは早いです。
2回目の人生ですが、初体験ばかりで新鮮です。
お母様は怖いですが毎日楽しいです。
今世こそは平穏な人生を掴みます!!