第六十五話 追憶令嬢13歳
ごきげんよう。レティシア・ルーンですわ。
平凡な生活を夢見るステイ学園二年生です。
最近は放課後は一年三組で勉強会を開いています。
後輩達は真面目に頑張ってるので上々です。入学試験合格に必要な座学は理解できるようになりました。
基礎が身に付いたので、もう授業にはついていけるでしょう。
応用や難問は授業では教わらないので、きちんと教えました。同じ教科書でも授業内容がここまで違うとは驚きましたわ。平等の学園なのに・・・。これは私が気にすることではありませんわ。
「レティシア様、勉強に関係ない質問をしてもいいですか?」
そろそろ飽きてしまいましたかね。シエルに目配せしてお菓子を配らせると後輩達の目が輝きました。お菓子は高級品なので中々手に入りにくいものです。
「休憩しましょうか。どうぞ。なんでも聞いてください」
「選択授業は、何を選択していますか?」
そろそろ選択授業を決めないといけない時期ですね。どんな授業を選ぼうか迷っているのでしょう。
「礼儀作法と教養と魔法以外です」
「どうしてですか?」
「私のうちは教育が厳しかったので礼儀作法と教養は入学前に叩き込まれました。魔法は魔力がないので」
「貴族様なのに魔力がないんですか?」
驚いた顔でお菓子を食べるのをやめた後輩達。
平民にとって貴族は魔力を持つのは常識です。平民の一番身近にいる貴族は領主一族です。領主一族をはじめ貴族は魔法であらゆることを対処します。天気でさえ自由自在に操れます。雨乞いもルーン一族ならお手の者ですわよ。求められる魔法のレベルは家に寄って違いますが。魔力のコントロールさえ身に付ければいいだけの家もあれば、うちのように魔法の継承をさせながら国のために役立つように鍛え上げられる家も。
「ええ。貴族は魔力の継承の義務を持ちますが、全ての者に魔力が受け継がれるとは限りません。時々魔力を持たない無属性の子が産まれます。学園には私以外にも魔力を持たない貴族はいます。魔力についてはわからないことも多いですから」
お菓子を食べる手を止めて私を見ています。誰一人お菓子を食べずに、心配そうな顔をする優しい後輩に私の胸が痛みます。侮辱ややっかみは気にしないんですが、こういう態度を見ると罪悪感が湧き起こります。でも無属性の貴族に蔑みや嫌悪を見せない姿は好ましく、本物の無属性の貴族は救われるかもしれません。
「気にしてないので、悲しい顔をしないでください。魔法は使えたら便利と思う程度です。魔道具もありますし、魔力がなくても生活に支障もありません。貴族として他の役目は真っ当できますから。魔力の継承は魔力を持つ方が頑張ってくれますので、私は他で頑張りますわ」
「武術も?」
令嬢が武術を選択するのは意外ですよね。お菓子を食べ終わり選択授業の一覧表を見て呟くのはロン。いつも元気で明るい少年です。
「はい。武術は自衛のために選択してます。拐われた時に自衛できないと困りますから。どんな時も備えは必要ですのよ。成績はあんまり良くないですが」
「魔力がないのに、武術の授業は困りませんか?」
ルーン領出身のロンの生活は魔法にありふれているでしょう。ルーン領は治癒魔道士の育成に力を入れており、領民の治療も治癒魔道士が修行の一貫として請け負っています。王都では高額ですが、ルーン領では良心価格です。税を納めてもらうかわりに、きちんと働けるような生活を支援するのは領主一族の務めです。行き届かない面はこれからの課題です。
ロンの言葉に頷きます。
「武術は努力と経験が大事なので本人の頑張り次第です。先生方も差別なく指導してくれますわ」
「俺、魔力ないけど、騎士になれますか?」
「貴方の頑張り次第ですわ。魔法の使えない騎士もいますわ」
「俺、頑張ります」
「頑張ってくださいませ」
「レティ様はどうして選択授業をたくさんとったんですか!?」
アナの純粋な質問に本音は言えません。脱貴族をするためとは言えませんので言葉を濁します。シエルに隠し事をするときのケイトの悪戯顔を作って笑います。
「将来、何が役に立つかはわかりませんわ。できることがたくさんあるって素敵ではありませんか?」
「流石です!!」
久しぶりに羨望の眼差しで見られます。後輩達の曇りのない瞳で見られるのは、くすぐったいですわ。騙している気がしますが……。気にするのはやめましょう。
「何を選ぶかは自分次第ですよ。学びたい生徒に手を差し伸べてくれるのが学園ですわ。私の真似はしなくていいですからね。さて、頑張りましたね。ここまでできればもう授業もテストも大丈夫ですわ。あとはきちんと授業を受ければ遅れることはないでしょう」
「レティ様、もっと色々教えて欲しいです」
「私も!!」
腕に抱きついたアナの頭を撫でると嬉しそうに笑います。アナはダンよりも素直な性格です。学園生活に相談できる先輩の存在はありがたいもの。
「週末の放課後はいかが?」
「嬉しい!!待ってます」
「もし都合が悪ければアナに伝えますわ、でも」
「もちろん、内緒にします。ね!!皆!?」
「当然です」
「ありがとうございます」
この時の私は想像してませんでした。
私の真似をして選択授業を片っ端から選択するなんて…。
責任を感じるのでちゃんとフォローしなければいけないですね。後輩の面倒は先輩の務めですものね・・。
そして来年には全員が1組入りをして周囲を騒がせるなんて思いもしませんでしたわ。
毎日の勉強会が週に一度になったので、自分の時間ができました。
最近は楽器を練習していなかったので、久々に演奏室を借りてピアノとバイオリンを練習しています。リール公爵家主催のお茶会に近々招待されているので真面目に練習しないといけません。エイミー様の指導は怖いのでお願いする気はありません。連日レッスンするのは耐えられません。
調律されたピアノの鍵盤の上に指を置いて簡単なワルツを奏でますが、滑らかに響きません。不協和音ですわ。生前はそれなりに弾けてましたのに指の動きが滑らかに動きません。
ノックの音が聞こえ、シエルに目配せして扉を開けさせました。目に映った髪色に開けては駄目な扉でした。
リオ、非常事態です!!ごめんなさい。混乱しただけです。気にしないでくださいませ。
うっかり腕輪に魔力をこめてリオに連絡したので慌てて取り消します。
久しぶりにお会いしたクロード殿下に椅子から立ち上がり礼をします。
「頭をあげて。楽にして。口上はいらないよ」
「ごきげんよう。殿下、エイベル様」
やはり見間違いではありませんわね。
令嬢モードで武装して笑みを浮かべてゆっくりと頭を上げます。
「弟の様子を見に来たら、ルーン嬢が見えて」
今日も二人は練習しているのでしょうか。レオ様とエイミー様のバイオリンレッスンはある意味有名です。王族の噂を立てるものはいないので今のところ問題視されてません。シエルの報告で事情を知っているだろうお父様からも探りを入れられたりしませんわ。平等の学園内ということで見逃されています。
そんなことよりも、クロード殿下がレオ様に興味を持っていることが驚きましたわ。
「仲がよろしいですのね」
殿下の後に控えているエイベルが眉間に皺を寄せて凄い顔で私を見ているのはなんででしょうか。令嬢モードなので、おかしいことはしてないはず。
「弟がバイオリンを弾けるなんて知らなかったよ。衝撃的でね」
フッと息を吐きクロード殿下の目が細められ弧を描いた唇。
殿下が疲れた笑みを見せるのは珍しいですわ。目の下に隈もなく、顔色も悪くありませんが。視線を下に向けた殿下の姿がさらに不安を煽ります。
「殿下、恐れながら休まれたほうがよろしいかと」
「大丈夫だよ。こうゆうところは私のレティなのになぁ・・。ルーン嬢、ピアノを弾いてくれないか?」
ブツブツと聞き取れない声で話す殿下は初めてです。もしかして弱ってるんでしょうか?気の所為ですよね。うん?ピアノ?
「お耳汚しになるかと」
「構わないよ。お願い。駄目かな?君の音を聴かせてくれないか?」
腰をかがめ、私の目と同じ高さにある金の瞳に見つめられ、お願いする姿に頷くと金の瞳が細くなり微笑みました。殿下の懐かしい姿に思わず微笑み返してから気付きました。うっかり条件反射で頷いてしまいました。習性って怖いですわ。殿下は私に命令はしませんがお願いはする不思議な方でした。
「殿下のお心のままに。お耳汚しをお許しくださいませ。曲のリクエストはありますか?」
「ありがとう」
一瞬殿下が目を見張ったように見えましたが、すぐにいつもの笑みを浮かべられました。
殿下にリクエストされた曲は昔、得意だった曲ばかり。おかげで酷い演奏ですが、耳を塞ぐほどの出来栄えではありませんでした。でも殿下の前でピアノを演奏したことはありません。殿下は私の得意な曲を知らないから偶然ですよね。有名な曲ですもの。演奏中は目を瞑って何も言わずに音に耳を傾けられていました。
「ありがとう」
演奏を終え立ち上がり礼をすると、私を見るいつもは余裕のある殿下の瞳が揺れている気がします。
マトモな令嬢にはモテない殿下はレオ様の件にそこまで衝撃を受けたんでしょうか?でもクロード殿下がその程度のことで動揺します?
「殿下、大丈夫ですか?」
「大丈夫だよ。無礼講だ。正直に答えて。ルーン嬢、今は幸せ?」
やっぱり様子がおかしいです。でも殿下の言葉は無視できません。色々不安がありますが、
「幸せですわ」
殿下の顔が歪んで、泣きそうに笑ってます。
こんなお顔は見たことありません。サラ様に意地悪を言われても、レオ殿下が問題を起こしてもアリア様が無理を言っても。
「そっか。それはよかった」
殿下の心がわかりませんが、聞こえる声は寂しそうです。いつもの温かみのある穏やかな声のはずなのに寂しそうに耳に残ります。
間違いない。殿下がおかしいですわ。
エイベルに視線を向けると何もわかっていない顔。本当に気付いてないんですか?脳筋はやはり役に立ちませんわ。昔からエイベルは殿下の変化がわからないおバカでしたわ。殿下の表情が読めるリオはいません。
アリア様直伝の優雅な笑みを浮かべます。
「殿下の笑顔は国の宝ですわ。心の憂いは私達臣下にお任せくださいませ」
殿下の瞳から視線を逸らさずに、
「殿下、ですからどうか今はお休みください。私達は殿下の臣下であり味方ですわ。どうか御身を大事にしてくださいませ」
「レティ!?」
殿下の手に両肩を掴まれ、金の瞳に至近距離で見つめられています。
「殿下?」
頬に手が添えられて真剣な金の瞳にじっくりと見つめられいます。相変わらず殿下の瞳の金は美しいですわ。暗さはなく、覚えのある色を見つけて、安堵の笑みをこぼします。
「恐れながら殿下、レティシアを離していただけますか?」
「あ、すまない」
殿下の手が離れると腕を掴まれて強い力で引かれ体が傾く。ゴツンと頭がぶつかり振り向くとリオがいました。
リオに腕を引かれて抱き寄せられます。
「平気か?」
「リオ、どうして?」
「邪魔してごめん。ルーン嬢ありがとう。」
殿下の声にリオの腕を解いて礼をします。
「殿下のお役に立てたなら光栄です。殿下、どうかお休みください。御身を大事に」
「わかったよ。また」
殿下が去っていくので礼をしたまま見送ります。
殿下の様子が変でしたが本当にどうしたんでしょう?エイベルに言うべきですか?いえ、お父様にお伝えします?でも殿下は頑固なので、仕事を放棄して王宮に帰るでしょうか?
疲れてるんでしょうか?
昔ほどレオ様も問題を起こしてないと思いますが。
気にするのはやめましょう。今の私にはどうもできませんから。
あとでエイベルにだけ一言伝えておきましょう。殿下の顔の見分け方を説明したら伝わるでしょうか・・。
「なんで殿下が?」
リオの声に頭を下げたままだったのに気付いて顔を上げると銀の瞳に見つめられています。
「レオ様の様子を見に来られたようですわ。偶然、ピアノを弾いてる私が見え寄られたようです。ピアノが聴きたかったと。クロード殿下の様子がおかしかったんですが、レオ様のことショックだったんですかね」
「ルーン公爵令嬢ではなくシアにとって殿下は?」
お仕えすべき相手ですが、私個人にとっては
「要注意人物ですわ」
「昔は?」
リオの意図がわかりません。昔の私にとって、色んな複雑な感情がありますが、
「難しいですね。幸せになってほしい方でしたわ」
「そう。昔は楽器やってた?」
「ピアノを嗜み程度に」
リオの瞳が暗いですわ。
最近、気付きましたが落ち込んでるみたいですね。
アナを真似して思いっきり抱きつきます。
「リオ、大好きですわ」
今世になって知りました。好きって言われると嬉しく、元気も出るんです。
見上げた顔は暗いまま。やはりあの無邪気さが必要ですの?私には真似できませんわ。リオの顔を見て優しい笑顔を作ります。
「傍にいますわ。泣きたいなら胸を貸しますわ」
「ありがとな。せっかくだから少し付き合って」
そっと体を放されバイオリンを渡されました。
リオと一緒にバイオリンで2曲ほど弾きましたが暗い顔のままでまだ落ち込んでます。
バイオリンを置いて、リオに抱きつきじっと見つめます。
「リオ、笑ってください」
社交用の明らかな作り笑いを浮かべました。そんなの笑顔と認めませんわ。
「ちゃんと笑って」
「笑えって言われて素直に笑えないだろ?」
「リオに不可能などありません」
「あるから。どうした?」
リオは私にいつも優しさをくれて暗い気持ちを明るくしてくれました。
いつもはリオに甘えてばかりの私はなにもできませんのね。自分の無力さに悲しくなってきましたわ。
「私、落ち込んだリオを慰める方法がわかりません」
「シア、泣かないで」
リオの手が頬に添えられ親指で目元を拭われました。ポタリと零れる涙に気づいても、流れる理由はわかりません。歪んだ視界でリオをじっと睨みます。
「リオが悪いんです」
「ごめんって」
心の籠ってない謝罪を聞いて閃きました。
「グランド様を呼んだら元気でますか?」
「無理かな。それに今のシアは見せられない」
ニヤリと笑ったリオの顔が近づき、頬がヌルっとしました。ターナー伯爵家の猫の真似をしているリオを睨みます。
「リオ、舐めないで。くすぐったい」
「涙が止まらないから。ほら驚いて止まったろ?」
「猫の真似はよろしくないと思いますわよ。心配してますのに」
「ありがとな。シア、顔、真っ赤」
指摘された言葉にさらに顔に熱が籠り、睨み返します。
「誰の所為ですの?」
「俺の所為だな。俺のシアは可愛いな。うん。もう大丈夫。ありがとう」
あら?優しく笑うリオの顔に暗さはありません。宥めるように優しく頭を撫でる手に力を抜いて胸に顔を埋めます。優しく抱きしめる腕もいつものリオですわ。
「今度、ちゃんと慰め方教えてください」
「俺の得意分野だから。おいおいな。でも他の男には絶対やらないで。エディも駄目」
悔しいですが事実ですわ。慰め方は人によって違いますもの。顔を上げるといつも通りのお顔に安堵します。殿下もリオも様子がおかしいなんて、ありえない日ですわ。
「リオ専用ですね」
「そう。俺専用。目が赤いな」
「泣いてないから舐めないでくださいね」
「シアの目、飴みたいで美味しそうなのに残念。さすがにその目はまずいか」
「エディを食べたら怒りますわよ」
「ありえないから」
リオの手に目を覆われて風に包まれました。治癒魔法ですわね。
「内緒な」
「ありがとうございます」
「せっかくだからこのまま抱えて送ろうか?」
「歩きますわ」
「残念だ」
リオに手を引かれて寮に帰りました。
よくわかりませんがリオが元気になってよかったです。殿下のことはポンコツエイベルにお灸を据えますわ。近衛騎士を目指すのに殿下の表情が読み取れないなんてありえません。
殿下はエイベルに任せて、リオの慰め方はグランド様に相談しましょう。
リオのことはグランド様に聞くのが一番ですから。今日は疲れたのでそのまま眠ります。
食事をする気力もありません。余裕のある二人がおかしいなんて相当生徒会は多忙ですのね。リオには断られますし、殿下には近づきたくないので私は問題を起こさないように祈りましょう。




