第六十三話 追憶令嬢13歳
ごきげんよう。レティシア・ルーン13歳です。
将来の平穏で気楽な生活のために暗躍する公爵令嬢です。
私は2年生になりました。
カトリーヌお姉様は卒業され、女性初の司法官を目指すために留学されました。
留学に伴いレート公爵から出された条件を全て叶えたそうですわ。茶会の優勝と学年主席等私にとっては難題ばかりに思えましたが軽々とクリアしたカトリーヌお姉様は流石です。旅立たれる前にお茶の席で話を聞き驚きました。
私にとっては殿下の婚約者候補の筆頭でした。私の知る公爵令嬢で一番相応しいと思いましたのに残念ですわ。でも嬉しそうなカトリーヌお姉様の旅路に水は刺したくないので笑顔でお見送りしました。他国は医療がフラン王国ほど発達してないので、ルーンの回復薬と万能薬と魔石を贈りました。
これは殿下が外交に行く祭に必ず侍従に預けているものです。王族の出国にはルーンの治癒魔導士を同行させていますが、常にお傍で治療できる状況とは限りませんので。これらがあれば大体の傷や病は治癒もしくは軽快しますわ。王族の大事な御身を守るのに抜かりはありませんが、クロード殿下がマトモな令嬢に人気がなかったなんて知りたくありませんでしたわ。殿下にアピールされるのは非常識な方ばかりですもの。でも私でも殿下の婚約者が務まりましたし非常識でもなんとかなりますかね?きっとアリア様の恐ろしい教育のもとそれなりに、相応しくなるように育てていただけますわ。まぁ王家の事は私には預かり知れぬことですわ。考えるのはやめましょう。
去年の総合成績でクラス替えがありステラが1組になりました。
「レティシア様と一緒にいたくて頑張りました」と言われた私はイチコロされましたわ。
同じ歳なのにステラの可愛いさが羨ましい。そして小柄で可愛いステラとハンナが二人で楽しそうに話している姿に癒されますわ。苦境にも負けない二人を見てるとフラン王国の未来も明るいものに思えます。例え王族が変態と腹黒でも。レオ様の情操教育を頑張らないといけませんわ。ラウルとニコル様という心強い味方がいますので、きっとブラコンにも変態にも育ったりしませんわ。そんなことより今は私の味方作りですわ。可愛らしいステラの真似したら味方が増えますかね。ステラの可愛さも才能ですわ。私がしても似合わないから無謀ですかね…。
放課後の新クラスに珍しいお客様です。私の目の前の綺麗な銀の瞳の持ち主が目を細めて不満そうに見ています。
「おい、ちゃんと聞いてるか?」
視線を集めていることを気づかず、周囲に聞こえる声で話すポンコツにいささか呆れますが、穏やかな笑みを浮かべます。人目がありますので、淑女らしく。
「エイベル様、ここは教室なので声を押さえてくださいますか」
「お前、人前だとこれだもんな」
「エイベル様?」
私の令嬢モードに失礼なことを考えて苦笑しているエイベルに優雅な笑みを浮かべながらじっと睨みます。私の脅しにエイベルの開いた口が閉じました。
「私よりもリオに相談してください」
「マールには自分でなんとかしろって」
学期の始めは生徒会は忙しいもの。リオの机の上にはいつも書類の山があります。緊急性もありませんし、多忙なリオが動かないのは仕方ありませんわ。
「それで、私の所に・・・。ここでする話ではありません。場所を変えていただけるならお付き合いしますわ」
「俺とお前が二人でいたらまずいだろう」
教室でデリケートな話題を出したエイベルもなかなかまずいんですが、このポンコツに期待してはいけませんわ。呆れた顔のエイベルの態度に少し、いえ大分思うところがありますが一理あります。
婚約者のいる身で二人っきりはまずいですが、シエルは控えてません。もう一人の事情を知っている適任者に視線を向けます。こちらに見向きもせずに昼休みからずっと机の上で夢中でペンを走らせている関係者に。
「セリア、付き合ってくださいませ。嫌な顔しないでください。セリアの問題でもありますのよ」
顔を上げたセリアが抗議の視線を向けながら、明らかに嫌そうな顔をしていますが、笑顔で見つめます。研究だけでは生きられません。しばらく見つめ合うと大きな溜め息をついてペンを置きました。
「二人でリオ様の所に行けばいいじゃない」
「すでにリオに断られてますもの。きっと忙しいんですわ」
「そう……。ビアード様覚悟はよろしくて……?わかったわ。レティ、付き合うわ」
「ありがとうございます。エイベル様、案内してくださいませ」
セリアがエイベルに美しい笑みを向けましたが、エイベルの眉間の皺は変わりません。クラム様がいれば羨ましそうに見る光景でしょう。セリアの笑みは珍しいので。私は人の恋路には関わりたくありません。それにセリアが興味を持ってないのでクラム様を見極めるために勝負を仕掛けたりもしませんよ。
エイベルに案内され着いたのはエイベルの特別室。エイベルも生徒会役員なので部屋を与えられています。リオの部屋ほど設備は整ってませんが執務室としては十分でしょう。
エイベルの部屋にある道具を使いお茶を淹れてソファに座ります。エイベルの部屋にはお菓子は常備されてません。美味しく淹れられたお茶に笑みをこぼすと、正面に座っているエイベルの眉間に皺が増えました。お茶を楽しみにきたわけではありませんでしたわ。
「エイベルはどうしたいんですか?」
「俺はレオ様とリール嬢の練習に付き合う時間がないんだけど、代わりに付き合ってくれないか?」
頻繁に行われているレオ様達のバイオリンレッスン。音楽が関係するとリール公爵家はおかしくなります。
「この件はエイベルに任せて手を出すなと言われてます」
「レート嬢が卒業したら事情が変わるだろう。それにレオ様は気付いてないけどリール嬢の態度を見てるのが気まずい」
エイベルに男女の機敏を感じる情緒があったことに驚きます。嫌そうな顔でお茶を口に淹れたエイベルに小首を傾げて、いたずらっ子のような笑みを向けます。
「エイベル、エイミー様がお好きなんですか?家格としても合いますし悪くはないかと思いますわ。妹弟子として協力してあげましょうか?」
「違う。空気が甘くて胸やけしそうになるだけだ。それに一緒にいるとリール嬢のファン達に絡まれるんだよ」
甘い空気がわかるなんて、成長しましたわね。後者は情けないですわ。
「ビアード公爵嫡男なんだから、撃退してしまえばいいですわ」
「阿保か。お前はなんでいつも好戦的なんだよ。だから令嬢達に嫌われるんだろう」
バカにした物言いに、笑みを消して睨みつけます。
「ひどい!!私は私なりに努力してますわ」
「実っているかは怪しいけどな」
「どうしていつも意地悪なんですの!!」
「現実を直視するのも大事だろ?兄弟子として鍛えてるだけだよ」
「それなら訓練で鍛えていただきたいんですが」
「伯父上の許可が取れたら考えてもいいけど、まだ・・無理だろ?」
「その顔、バカにしないでくださいませ」
隣から聞こえたガチャンと荒々しくカップを置く音に、エイベルへの言葉を飲み込み、不機嫌な顔をしているセリアを見ると、
「楽しそうなとこ悪いんだけど、適任者を呼んだから失礼してもいいかしら?」
「適任者?」
「もうすぐ来るはずよ。シエルが呼びに行ってるわ」
シエルは私の侍女ですがいつ命令しましたの?シエルにはお使いを頼んでいたのですが。
私に許可なくリオもセリアも頼りすぎですわ。
シエルは優秀なので頼りたくなる気持ちはわかりますが。
「来たわ。もう大丈夫ね。私、用事があるから失礼するわ。また明日ね。レティ」
セリアが先程までの不機嫌な顔とは正反対の笑顔で手を振って立ち去りました。
今日は閃きの神託があったわ!!っと盛り上がってましたものね。きっと頭の中は研究のことだらけですね。
セリア、あんまり物騒な物を作らないでくださいね。止める間もなく出ていったセリアと入れ違いにシエルともう一人。
「失礼致します」
「シエルご苦労様。リオ?」
「マール!?」
シエルの後には涼しげな笑みを浮かべる機嫌の悪いリオがいます。多忙なのに無理に呼び出したからですわ!!セリアずるい!!研究に専念するためにリオに押し付けて…。私も逃げたいですわ。
「ビアード、事情を説明してくれないか?俺、自分でなんとかしろって言ったよな」
さすがにこの機嫌の悪いリオはエイベルには荷が重いですわ。
セリア、適任者の選択間違ってますわ。
でも殿下を呼んでないだけマシ?王族への敬意を持っていない自由なセリアなら王族に押し付けるために呼び出しても驚きませんわ。リオを無理矢理呼び出すならシエルかエイベルの侍従を呼び出して立ち合わせればよかったですわ。後悔しても遅いですわ。
令嬢モードの笑みを浮かべて、動揺を隠してリオに向き直る。
「エイベルが困って私に相談しにきましたの。レオ様のことを思ってですし、リオ兄様、落ち着いてくださいませ」
「俺は落ち着いてるけど」
「リオ、怖いお顔をしてますわ。エイベルが怖がって泣いてしまいますわ」
「別に俺はビアードが泣いても構わないよ」
怖い笑みは変わらず、このままだとお説教が始まるかもしれません。私もエイベルもきっと心が折れますわ。ここで諦めたら終わりですわ。
効果はなくても奥の手ですわ。リオに近づき、左手を両手で包み込むように握って上目遣いで見上げます。
「いつものリオがいいです。今のリオ兄様は怖いです」
ここで目をそらしたら負けです。リオの不機嫌な銀の瞳は見つめ、わかっていても逸らしたいですわ。このままお説教が・・・。背中に冷たい汗が流れてますわ。動揺を隠すために微笑む。しばらくして、リオが額に手を当てて首を横に振りました。
「シア、ごめん。・・・あざとい。ビアード覚えとけよ」
リオの手が私の頭に置かれ、手で覆っていた顔は優しい笑みを浮かべているので大丈夫ですわ。お説教回避ですわ。
エイベルを見ると、眉間に皺を寄せて呆れた顔を向けています。感謝されるならわかりますが、その顔はなんですの?効果はあったかわかりませんがエイベルのために宥めましたのよ。
リオに手を引かれ、ソファに座ります。お茶を用意しようにもリオに指を絡めて手を繋がれて解けません。シエルに目配せすると頷いたのでお茶の用意は任せましょう。
「っで、どんな状況?」
エイベルが私をじっと見て固まってますね。本当に失礼ですね。そんなにお願いは似合わなかったでしょうか。エイベルは放置しましょう。
「リオ、大丈夫ですわ。私がなんとかします。お仕事に戻ってください」
「シア、大丈夫だから気にしないで。状況を教えて」
先程までの不機嫌が嘘のように優しく笑いかけるリオ。この顔は手伝ってくれそうな雰囲気ですね。
エイベル、リオへの相談するタイミングが悪かっただけかもしれませんよ。
リオは身内には甘いですし。固まっているエイベルに視線で伝えても反応しません。
「カトリーヌお姉様が卒業し、レオ様達のバイオリン練習に付き添ってほしいとと頼まれました」
「へぇ」
暖かい季節なのにゾクリと寒気が・・・。
「シア、寒い?平気?」
「大丈夫ですわ」
私を見て上着を脱ごうとするリオに首を横に振ります。この寒気はリオの所為ですわ。原因はエイベルが固まっている所為ですわ。事情説明はエイベルがすべきでしたわ。正面に座るエイベルをじっと見つめて、さっさと復活してくださいませと視線で伝えます。顔色が悪くなったエイベルに視線でのやり取りは諦めシエルが用意したクッキーを見ます。無理矢理正気に戻すためにエイベルが苦手な一番甘そうなチョコクッキーを手に取りエイベルの口に押し込もうとするとリオにクッキーを盗られました。リオの好きなチョコクッキーを選んだのはいけませんでしたね。そうすると、
「ビアードは根本的にどうしたい?」
クッキーを選んでいるとリオが助け舟を出しました。優しいリオはエイベルも放っておけませんわよね。後輩であり弟弟子を。エイベルの嫌がる甘いクッキーを食べさせようとしたので、止められたんですね。後はリオに任せましょう。いつの間にか冷えたお茶は温かいものに替わっており、お茶とクッキーを楽しみましょう。
「レオ様が楽しそうなのでそのまま練習させてあげたい」
「じゃあ、婚約させれば?」
「陛下の決めることだ」
「裏で手をまわせばいい」
「クロード殿下の婚約者が決まっていない状況でレオ様の婚約者を決めるのはまずいだろ」
「リール公爵家なら政治的な力を持たないから問題ないと思うが」
「レオ様はリール嬢に惚れていないが」
「貴族の中にお互いに恋して結婚するなんて稀だよ。限られた箱庭の中で自分に見合う存在を見つけるものだろう?」
「お前が言うのか」
「俺は運が良かったのと努力の結晶。まだ道は長いけどな。そろそろレオ様の生きる道筋を真剣に考えた方がいいと思うが?臣下として殿下の傍に仕えるか、領主となるか」
「せっかくレオ様が楽しそうに過ごされている。学園くらい羽を伸ばしてすごしていただきたい。できれば好きな相手と添い遂げていただきたい」
エイベルも復活しましたわ。でもレオ様のことを考えられるなんて成長しましたわね。
実は非常に気になるのは隣のリオが興味のなさそうな顔をしています。
貴族としてはエイベルの言葉が駄目な理由はわかりますよ。学園とはいえ本当はクロード殿下のように常に王族らしく過ごすことが理想なのも。でもレオ様は体は大人でも心は子供ですわ。
リオはレオ様の教育にはあまり頼りにならないので、やっぱり私が頑張りましょう。
成長した兄弟子へのお祝いですわ。
リオがエイベルを窘めるために口を開くのでチョコクッキーを無理矢理口に入れます。お行儀の良いリオはクッキーを食べ終わるまでは口を開けません。
驚いた顔をしているエイベルに勝気な笑みを向けます。
「私はエイミー様の恋を応援する会を立ち上げますわ」
「は?」
訳のわからないと言うエイベルには詳しく説明しないといけませんわ。
「令嬢達は恋の話が大好きです。エイミー様の恋を応援するために二人の時間をつくる協力をしてくださいとお願いすれば、立ち合ってくれる令嬢もいますわ。エイベル、私にお任せ下さい。私が令嬢達に協力をお願いしますわ」
「本気?」
「こんなことで騙しませんわ。本気なのでご安心ください。エイベルがレオ様のお友達に昇格したお祝いに協力しますわ」
私が快く協力する態度に困惑している失礼なエイベルの無礼は見逃してあげますわ。
「シア、ほどほどにな。報告は俺にしてくれればビアードに伝えるから。ビアード頑張れよ」
クッキーを食べ終わったせいか穏やかな顔のリオが戻ってきましたわ。リオも賛成してくれてますし中々の名案ですわ。変わってますがエイミー様にイチコロされてくださればブラコンも監禁も回避できますわ。音楽さえ関わらなければ立派な公爵令嬢ですし、第二王子妃としても相応しい教養もあります。人の恋路に関わりたくありませんが、これは必要なことですわ。
「マール、本当に名案と思ってるのか?」
「俺はシアのやりたいことは応援するって決めてるから。シアが困ったら俺がなんとかするよ」
「周りのことはいいのか?」
「シアに害がなければ。あとうちとルーン公爵家に影響がなければな」
「お前・・・」
「報復しようと思ったけど、保留にするよ。シア、そろそろ帰ろう。寮まで送るよ。リール嬢を応援する会は明日から、今日は遅いから終わり、聞いてる?仕方ないか」
誰に協力をお願いしましょうか・・。セリアは頼りになりませんし、恋愛小説が好きなブレア様達が適任ですかね?
突然風を感じふわりとした感覚に顔を上げると楽しそうな顔のリオに抱き上げられてました。
「リオ、自分で歩けますわ」
「俺が寮まで連れてくから考えてていいよ」
「視線が気になって無理ですわ」
「俺と仲良しに見えるには名案だと思うけど?」
「それはそれですわ。降ろしてくださいませ」
「仕方ないな」
「エイベル、私にお任せくださいね。ではまた」
床に足が着いたので言いたいことがありそうなエイベルに笑いかけます。まぁ私の提案はエイベルには理解できないかもしれません。でもエイベルの用件は解決していますので、事情を理解できずとも結果さえわかれば問題ありませんよね。私の提案にリオがいつでも力になると頼もしい笑みを浮かべて頭を撫でてくれました。やはり中々の名案ですわ。
明日はブレア様達に相談しましょう。寮まで送ってもらいリオの帰っていく背中を見送りました。
寮のセリアの部屋には面会謝絶の札がありました。研究の邪魔はするつもりはありませんわ。自由なセリアが羨ましいですわ。