第六十一話 追憶令嬢12歳
ごきげんよう。レティシア・ルーンですわ。
ステイ学園一年生です。
今日は訓練室の解放日です。
リオは監督生の資格を持っています。
監督生は武術と魔法に優れた生徒が与えられます。
監督生がいれば先生無しでの訓練が許されます。そして自然豊かな訓練の森の使用許可が取れるのは監督生だけです。
能力に応じた訓練場所の提供等色んな理由がるあるようですが詳しくは知りません。
使用前に申請書で申告して先生の許可をもらえばですが訓練好きのロベルト先生が許可をくれないことはないそうです。
リオはニコル様とクラム様の魔法訓練に付き合ってます。
ニコル様は水属性なので覚えてほしい魔法をリオを通して指導していただいています。
私は水属性の魔法は詳しいので作戦が考えやすいですわ。脱貴族と監禁回避に向けて水の魔法はたくさん調べておりますので。
クラム様は火属性です。リオはどの属性の魔法にも詳しいので試合に役に立つ魔法を覚えさせてくれると頼もしく笑っていました。
生前も私の周りに火属性の方はいなかったので戦い方や魔法についての知識はありません。生前は治癒魔法と結界のお勉強ばかりで戦うお勉強などする気はありませんでした。戦う必要ありませんでしたし、学園で習う嗜み程度の自衛の魔法で充分でしたもの。
リオにはお世話になってばかりですわね。
リオへのお礼もこめて贈り物を用意しようと思いますが何がいいでしょうか?
定番のお守りですか?
大会は魔道具の使用は禁止ですが、魔石は許可されてます。規定にかからない弱い魔石でお守りを作りましょう。魔石なら使い道も多いですし、邪魔にはなりませんわ。
贈り物も決まりましたし、私も訓練しましょう。
準備運動を終えて立ち上がると近づく人の気配に振り向くと綺麗な茶色い瞳と目が合い礼をします。
「ルーン嬢。頑張ってるね」
「グランド様。お久しぶりです。いつもリオがお世話になってますわ」
高身長で引き締まった体で耳心地のよい低い声の持ち主はサイラス・グランド伯爵令息。リオのお友達で、武門名家のご出身です。同じ武門貴族なのにエイベルと違って物腰柔らかで空気も読める紳士なご子息です。
「いえいえ。ルーン嬢が一人なんて珍しいね。あぁ。納得。リオ取られたのか。俺が付き合おうか?」
「ありがとうございます。是非お願いします!!」
笑みを浮かべるグランド様の誘いに歓喜します。グランド様の指導を受けられるなんて嬉しいですわ。
剣を見て下さるとおっしゃるので木剣を持って向き合います。「いつでもどうぞ」と言われたので、自分のタイミングで剣を振り降ろすと難なく受け止められます。
「ルーン嬢、相手の動きをよく見て。そうだね。せっかく躱すなら相手を誘導してみようか。うまくいけば場外が狙えるよ。そうそう。そんな感じ。もう一回。大会はちゃんと自分の立ち位置を確認しながら戦うんだよ。剣の受け方も工夫しようか。どうすれば最小限の力で受けられるか。まだ難しいか。ちょっと休憩しようか」
「はい。グランド様、凄いですわ!!」
息を乱さず、剣を受け止めながら助言をくださる余裕。しかも偉ぶらずに優しいお顔ですわ。どっかの無礼な騎士とは大違いですわ。グランド様こそ殿下の近衛騎士を目指して欲しい。エイベルなんかよりよっぽどって違います。私は王家とは関係ないので殿下の側近の心配はしなくていいのです。
「これはリオが溺愛するな。剣は苦手じゃないから」
シエルが用意した休憩スペースにグランド様を誘い座ります。
冷茶を渡すと柔らかく微笑みありがとうと受け取る姿もどっかのポンコツとは大違いです。冷茶で喉を潤し、グランド様とゆっくりお話できる機会は貴重なので思い切って相談しましょう。
「私は渾身の一撃がないんですがどうすればいいですか?」
「戦いなら隙を作って急所をつけばいいんだけどね。まだ難しいけどそのうち相手の弱点を見抜けるようになるよ」
「道が遠いですわ」
「1年生にしては強いと思うよ」
最近は同級生にも負けてばかりですわ。社交辞令でも慰めてくれる優しさに甘えられるほど心の余裕はありません。
「剣で全然勝てません」
「経験の差かな。まだ体格や力の強い相手には勝てないよね。リオには俺も中々勝てないから比べちゃ駄目だよ」
耳心地の良いお声から聞こえる言葉に驚きグランド様を凝視してしまい慌てて淑女の笑みを浮かべました。
「グランド様が!?リオ、強いんですね」
「強いよ。本気になったリオには一度も勝てないだろうな。珍しいけど」
「珍しいんですか?武術大会なら、」
「内緒だよ。リオ、途中でわざと負けるからね。気付いてる生徒は少ないけど」
グランド様の囁いた言葉に首を傾げます。武術大会の好成績は名誉なことですわ。
「どうしてですか?」
「武術大会で高成績だと軍部に目をつけられるから嫌なんだって。だからいつも個人戦しか出ないんだよ。今回は尚更ね」
「尚更?」
「君が団体戦に出るからね。近くにいて手助けできないのが耐えられないってさ。条件反射で、君を優先するって、リオらしい」
「?グランド様はリオと一緒に組みたくないんですか?」
「リオとの連携は楽だけど、どんな相手でも連携をとれないといけないからね。学園というミスが許される場では色んな人と組みたいね」
グランド様はリオのことを良く知っていますね。さすが親友ですわ。
気心しれた相手と組むのではなく、誰とでも組めるようにって凄いですわ。私には思いつきもしませんでしたわ。グランド様の考え方は勉強になります。それにアドバイスもストンと心に落ちます。ターナー伯爵家は遠いですし、こんなお師匠様が近くにいればきっともっと強くなれるかもしれません。グランド様に後光がさしている気がしますわ。
「さすがですわ。素敵です!!私はグランド様に弟子入りしたいですわ」
「ルーン嬢、素直なのは知ってるけどあんまりその顔、男の前でやらないでね。勘違いするやつがででくるから。リオの前だけにしてあげて。・・・まずいな。ルーン嬢俺の後ろに隠れて静かにしてて」
グランド様に手を引かれて立ち上がり、大樹の裏に誘導されます。グランド様の視線の先にいるのは大柄な体と美しい赤い瞳が有名なデール・スミス公爵令息です。スミス公爵とはお会いしたことがありますがデール様とは初対面ですわ。同じ公爵家でも武門貴族は嫡男以外はあまり社交に出てきません。家によって求められる役割は違いますが。リオ達に近づいていきますわね。
「マール、お前、他人の訓練してる余裕あるのか?」
礼もなく訓練中に声を掛けるのは無礼でありませんか?ニコル様が空気を読んでリオに近づくクラム様を連れて距離を取りました。
「後輩の指導も先輩の務めですから」
「今年こそは本気出すんだろうな」
「私はいつも本気ですが」
「いつも手を抜いてるだろう」
「スミス様と違い武術は苦手でして、おっしゃる意味がわかりません」
「お前・・・。大事な婚約者に無様な負け試合を見せるのか?」
苛立ったお顔のスミス様にリオは社交の笑みで流しています。
「彼女は私の無様な姿など見慣れてますのでご心配なく。スミス様はもうすぐ卒業ですがパートナーは見つかりましたか?」
リオは涼し気な笑みを浮かべ始めました。リオ兄様、敵と認識した方を挑発する癖はどうにかなりません?普段は温和なのに敵には容赦ありません。穏便にすませられるなら、穏便が一番だと思いますが・・。
「俺が勝ったらルーン嬢に申し込んでも?」
「人の婚約者をパートナーにするのは非常識かと」
「ルーン嬢、気が弱いって噂だよな。年上で公爵家の俺からの誘いを断れるかね」
気が弱くても断りますけど?卒業式のパートナーにしたいならお父様に申し入れてくださいませ。もしかしてスミス様も非常識な方なんでしょうか?
「どうして彼女なんですか?スミス様なら周りに令嬢達いらっしゃるのに」
「家柄も良く、美人で優秀、従順な嫁なんて魅力的だろ?俺のパートナーになればお前の婚約者として傍におけないだろ?」
「わかりました。お相手しましょう。彼女を引き合いに出したこと後悔しますよ。まぁたとえどんな醜聞があろうと彼女を傍に置くことに変わりはありません」
「楽しみだ」
公爵子息同士が笑顔で睨み合っています。私はなぜかグランド様の背中に隠されています。
空気を読んで背伸びをしてグランド様の耳に囁きかけます。
「グランド様、行ってきますわ。私がパートナーをお断りすれば穏便に収まりますわ」
「無理かな。ルーン嬢、ここで静かにしててね。お願いだから!!」
「リオが望んでないのに、強要されるのはちょっと・・。それにうちのほうが家格が高いですし、お断りしても何も問題ありませんわ」
「あれくらいリオなら簡単になんとかするよ。お願いだからスミス様に近づかないで。リオ、宥めるの大変だから。ルーン嬢は応援してあげるだけでいいから。頼むよ」
慌てているグランド様は初めて見ましたが、初めて何が言いたいのかわかりませんでした。
「グランド様?」
「令嬢避けに気弱設定やってるんだっけ?リオのために何かしたいなら…。スミス様がいなくなったら、そっと近づいてリオの服の裾つかんで、心細げに見つめて。リオが宥めるからそこで、リオじゃないと嫌って言ってみな。リオ、喜ぶから」
「グランド様?」
「そんな感じで大丈夫。これで機嫌が直る。大丈夫だから行ってきて」
いつの間にかスミス様はいなくなりました。追いかけてお断りしようとするとリオに向けて思いっきり背中を押されました。
私の背中を押したグランド様を見ると笑顔で手を振っています。
リオに近づくと、ゾクリと寒気がしました。駄目ですわ。今のリオは近づいたらいけません。リオから逃げようとするとグランド様が目で行けって言ってますわ。お世話になりましたし、これからもできれば訓練に付き合っていただきたい。ここで逆らって心象が悪くなるのは避けるべきですわね。
仕方ありませんわ。気配を消してリオに近づきそっと袖を掴む。
勢いよく腕を振り払われ、見たことのないような冷たい顔と殺気に膝が震えて、力の入らない足は役に立たず、傾いた姿勢を直せずパタンと尻餅をつきました。グランド様無理です。鳥肌が立ち、体の震えが止まりません。
「シア!?ごめん。気づかなかった。腕平気?痛くない?怪我は」
焦った顔のリオが目の前に膝をついています。
「保健室に」
伸ばされる手に首を横に振ると触れる前に落ちました。
「こ、怖かった?」
頷くと心配そうな顔で見られています。体の震えが止まりましたわ。
「ごめん。シアだと思わなくて、ごめんな」
必死で謝っているこのリオなら大丈夫ですわ。もう怖くありませんわ。
グランド様に言われた通りじっと見つめます。
「リオじゃないと嫌です」
リオが目を見張りました。
「は!?聞いてたのか。大丈夫だよ。シアに手出しはさせないよ」
「リオが怪我したり、無理するほうが嫌ですわ」
目を閉じて考えます。グランド様との縁は大事にしたいですがリオに迷惑をかけてまで紡ぎたい縁ではありません。うちとはお付き合いはないですし、答えは考えるまでもありませんわね。グランド様に従う理由もありませんしスミス様にお断りしましょう。
目を開けてリオに笑いかけます。
「大丈夫だから、俺に任せて。俺のためを思うなら近づかないで」
「リオ、大丈夫ですよ。私はきちんと」
「シアに勝利を捧げるよ。あんな奴のことは考えないでいい。頼むから近づかないで。な?」
本気でリオが嫌がっています。男が戦うと決めた時は笑顔で送り出す。女には理解できないような戦う理由をたくさん持っている。たとえ私達にとってはくだらないことでも、止めてはいけないとターナー伯爵家で教わりましたわ。男と女は違う生き物なので分かり合えないことも多いと。私にできるのは、リオの左手に手を伸ばして両手で包み祈りを捧げます。どうか怪我をしませんように。
「怪我にはお気をつけください」
「え?ああ。わかったよ」
「リオ兄様、ご武運を、信じてますわ」
「任せろ。俺じゃないと嫌なんだろ」
「はい。リオ兄様の勝利を誰よりも信じてます。でも怪我しないでと願ってしまうのはお許しください」
ポンと頭に置かれた手に目を開けて精一杯の笑みを浮かべます。頼もしく笑ったリオならきっと大丈夫ですわ。怪我をしたらこっそり治してあげましょう。
「シアの願いはどんなものでも叶えるよ。怪我はないな?」
「ありがとうございます。はい。大丈夫ですわ」
リオの握っていた手を解き立ち上がります。情けない姿を曝してしまい恥ずかしいと思っていたら、視線が突き刺さっています。殿方からの痛いほど注がれる視線に耐えきれずリオの背中に隠れます。
「お見事だね。さすがルーン嬢。リオ災難だったな」
グランド様が微笑みながら近づいて来ました。
「あぁ。本当にしつこい。シアが見つからなくてよかったよ。サイラス助かったよ」
「いや、宥めるの大変だったよ。リオに嫌な事させたくないって。良かったな」
「そろそろ戻るか。シア、出てこれる?無理なら運ぶよ」
リオの言葉に首を横に振って背中から顔を出します。
「大丈夫です。自分で歩けますわ」
「そう。残念だ」
リオとグランド様が楽しそうに笑ってます。
クラム様を見つけて手を振ると固まってます。
「クラム様?大丈夫ですか?」
「レティシア嬢、そのうち復活するから行こう」
リオ達の武術大会の話を聞きながらニコル様と一緒に帰ろうとするとクラム様は復活しました。そして目を輝かせてグランド様に武術大会の話をさらに強請っていました。
この時の私は知りませんでした。
まさかスミス様のファンに目をつけられるとは。
令嬢がいなかったので、噂にならないと思っておりました。
念のためシエルに情報収集させてよかったです。
どんどん味方を作ろう計画から遠のいて行く気がします。




