第六十話 追憶令嬢12歳
ごきげんよう。レティシア・ルーンですわ。
気楽で平穏な生活を目指す公爵令嬢ですわ。
最近は令嬢達との厄介事も笑顔で流せるようになってきました。
品行方正な令嬢を心がけていますが時々は令嬢モードの淑女の仮面が外れます・・。
生前は品行方正な令嬢そのものでしたのに不思議ですわ。羨望の眼差しも集めていたのですが、あればクロード殿下が一緒だったからですね。私ではなく王太子の婚約者への羨望の視線と気付きましたわ。影で殿下に相応しくないと囁かれていた意味も今ならわかります。私は完璧な公爵令嬢という存在を知りませんでした。カトリーヌお姉様やエイミー様ならきっと相応しいと全ての方が絶賛したでしょうに。まぁ国内で一番家格の高いルーン公爵家という肩書で選ばれただけですもの。お2人がクロード殿下の婚約者になってくださればフラン王国の未来も安泰ですし、私の心の憂いも・・。他力本願はいけませんね。
ライ様との件も完璧に収束しました。
仮病から復帰した後に、リオがずっと傍にいてくれましたので絡まれず気弱な令嬢設定を通したことが勝因ですわね。リオの隣にいれば絡まれることも少ないですし、私よりも賢いリオが上手く受け流してくださいますので。
ですが、体調不良なのに気丈に振舞い、侍女にも気取らせず婚約者に会いに行った瞬間に気が抜けて倒れる令嬢という不名誉な噂が広がりました。
私の自己管理不足を責める方々三割、リオと私の仲を称賛する方七割ですね。もちろんブレア様達は後者ですよ。
後者の多さに驚いてます。やはりリオと仲良くすると人気が出るんでしょうか?
噂はありますが、私の生活は落ち着いております。
来月に卒業式を控えております。
卒業式はパートナーが必要です。パートナーは婚約者か身内が務めます。
成人前に婚約者を決めることが多いのですが、まだ婚約者がいない方は必死に駆け引きをしています。
一番の出会いの場である学園で良縁探しも最終段階。
私は1年生なので関係なく厄介な令嬢達が忙しいおかげで平穏に過ごせています。
平穏でも悩みはあります。
目の前には武術の授業の時に配布された参加申込書があります。
今月末に学園の大行事である武術大会があります。
個人戦と団体戦の部があり、初日は団体戦、二日目は個人戦になります。
自由参加ですがこの大会の成績は将来に関わります。
優勝は名誉なことで、王国騎士団試験の実技も免除されます。
国の軍部に一目置かれる存在になりエリートコースへの道が開けます。
もちろんフラン王国の武門名家であるビアード公爵やターナー伯爵も優勝経験がありますのよ。
武術は経験が大事です。
上級生には勝てなくても経験を積むために参加したほうがいいとの先生方の見解です。言いたいことはわかります。私も是非参加したいです。ですが問題があります。
私は体力がないので両方への参加は難しいと思ってます。
参加をしたいですが、不甲斐ない結果はルーン公爵令嬢として避けたいです。
魔法を使えば勝算はありますが、設定上私は使えませんし・・・。
セリアの道具を使うのは規定違反です。
大勢の生徒の前で落ちこぼれを披露するのは躊躇われます。
「レティシア嬢、大丈夫? これで悩んでるのか」
顔を上げるとニコル様が笑っていました。可愛らしい顔立ちは非常識な令嬢よりも魅力的ですわ。優しく気遣い上手で気立ての良い人柄は令嬢に生まれたらさぞ・・・。
「僕はそんなに興味がないんだけど、せっかくだから一緒に出る?」
ニコル様に笑顔で誘われるのは嬉しいんですが、
「私は足手まといですわ。嗜み程度の弓しかできませんもの」
「嗜み・・?」
「レティシア!!一緒に出ようぜ!!」
明るい声で近づいて来たのはクラム様です。
「俺が誘わなくても他から声がかかると思うけど。頭使うの苦手だから代わりに考えてくれよ」
明るい笑顔のクラム様の言葉に首を傾げます。私に声を掛けるのは目の前の二人だけでしょう。頭を使うのが苦手?
「学年次席様が?」
「親父に怒られるから必死なんだ。成績落ちれば、休みは勉強地獄。俺の自由のために必死なんだよ」
どこの家も事情は同じですのね。クラム様が必死にお勉強していた姿を思い出し笑みがこぼれました。
「侯爵家も大変だよね。クラムは個人戦も参加するんだろう?」
「あぁ。リオ様みたいな化け物と戦う貴重な機会だ。授業じゃ物足りないしな」
クラム様、うちのクラスで一番強いです。武門名家の子息相手でも勝ちを譲りません。伯父様が筋が良いといってたので才能もあるんでしょう。じっとしているよりも体を動かすほうが好きですものね。
化け物?
「それにレティシアがいれば、リオ様が俺達のことも鍛えてくれるだろ?」
リオはクラム様のお願いなら聞いてくれると思いますが。
結局ターナー伯爵家の仲介もリオが伯母様と一緒に動いてくれましたし。
スパンとニコル様がクラム様の頭を叩きました。
「クラム、その言い方はレティシア嬢に失礼だ」
「悪い。お前と組みたいのは本当だよ。三人だと気楽だしな」
クラム様だから嘘ではなさそうですね。誘っていただけるなら嬉しいです。
「わかりました。よろしくお願いしますわ」
「目指せ。優勝だな!!」
「優勝は無理だと思うけど・・。」
きっとエイベルも参加しますわ。これはチャンスですわ。
「打倒エイベルですわ!!」
「レティシア嬢、ビアード様も強敵だから。僕、もしかして選択間違ったかな。でも彼女は僕たち以外と組ませるの心配だし、仕方ないか」
「今日から毎日訓練だ!!ニコル逃げるなよ」
「使用許可がないから無理だよ。生徒同士の訓練は監督が必要だよ」
「ロベルト先生に頼めば問題ない」
「先生も忙しいから。クラム、落ち着いて!!」
生徒だけの訓練は危険なので禁止されてます。
訓練室の解放日に行くしかありません。意気込むクラム様に負けないように私も気合を入れますわ。
私も体力作りをしないといけませんわ。部屋でできる訓練メニューをエメル先生に相談してみましょうか・・。
リオは多忙ですし、うん?
クラム様がここにいるのはおかしくありませんか?
「クラム様、今日は生徒会ではありませんか?」
「やばい!!忘れてた!!行ってくる」
「行ってらっしゃいませ」
クラム様が荷物も持たずに走って行きました。クラム様の侍従は落ち着いたお顔で荷物を纏めて私達に礼をして追いかけていきましたわ。
慌てたクラム様は去っていきました。
「賑やかですね」
「基本ハイスペックで優秀なのにポンコツなのが残念だよね」
ニコル様はクラム様に容赦がありませんわ。
なぜか私を可哀想な目で見られています。ニコル様がクラム様に向けるお顔と同じです。
「ニコル様?その顔やめてくださいませ」
「ごめん。ごめん」
心の籠ってない謝罪ですが許してさしあげましょう。ケイトとのやり取りを思い出しますわ。元気かしら?元気ですよね。ケイトが元気でないわけないですもの。ケイトの真似をして悪戯顔を作ってニコル様を見つめます。
「クラム様は頼りにならないので、一緒に作戦考えてくださいね」
「任せて。出るからには不甲斐ない結果は残せないからね」
クラム様の擁護がないのもニコル様らしいです。頼もしい答えに頷くと小柄な令嬢が近づいてきました。
「レティシア様、武術大会参加されるんですか!?」
ハンナとステラでしたわ。ステラはよくうちのクラスに遊びにきます。
「ええ。不甲斐ない結果にならないように頑張りますわ」
「精一杯応援します!!」
「気持ちは嬉しいですが、あなた達には刺激が強いですわ」
「レティシア様のファンとして譲れません。私も武術の授業を選択すれば良かったです」
ファン?
手を握って意気込んでいるステラは明るくなりました。
最近気弱な令嬢には見えなく、本来は明るい人柄なのかもしれませんわ。笑顔は増えたので喜ばしいこと。気弱な令嬢では貴族社会は生きづらいですもの。本当に。本物の気弱な令嬢を尊敬しますわ。
「旗がいるかな?」
「さすがハンナ様!!一緒に作りましょう」
ハンナが楽しそうな姿を見るのも嬉しいです。ただ聞き間違えであってほしい言葉は残念ながら現実。旗を制作するための話し合いを始めたステラとハンナ。
「二人とも落ち着いてくださいませ。応援してくださるだけで充分ですわ。二人とも目立つの苦手でしょう?」
「レティシア様のためなら!!」
ハンナとステラの可愛い笑みに思わず了承しそうになる自分に気付いて慌てて制止しました。旗ってなんですか!?
この二人が見学って大丈夫ですか?武術大会の観客は殿方ばかりですのよ。
可愛く笑いながら盛り上がっている二人をどうすればいいでしょうか。ニコル様は傍観の姿勢に入ってます。
ブレア様とサリア様が近づいてきましたわ。
リオが関わらなければマトモなお二人。
空気も読めますし、頼りになりますわ!!きっと二人を上手に止めてくださるはずですわ。
「レティシア様、マール様に贈り物は用意しました!?」
目を輝かせるブレア様は頼りになりませんでした。私の期待を返してください。
「武術大会は令嬢から殿方に贈り物をします。無事を祈ったり、勝利を願ったり理由は様々ですが。私のために頑張ってくださいっと願う令嬢もいますのよ。大事なイベントですわ。もし希望があれば、私達お手伝いしますわ」
「お気持ちだけで充分ですわ」
すごい勢いで話すブレア様の言葉にドン引きですわ。武術の技を極めるための場所に、そんなことが?
私のためにって…。おこがましくありません?
「もしかしてもう用意されてるんですか?」
「リオが大会に出るとは限りませんし」
「マール様はロベルト先生のお気に入りだから勝手にエントリーされてますよ」
どんな状況ですの?
リオ、お気に入りって初耳なんですが・・。武術大会の責任者はロベルト先生でしたわ。
「ちゃんと贈ってくださいね。もしお困りなら私たちが!!」
「自分で用意しますわ」
贈らないって言っても任せてもまずい気がします。大体ブレア様に対する嫌な予感は当たります。
「マール様への贈り物はご自分で用意されたいなんて…。愛されてますわね!!」
愛?二人がうっとりされてます。
妄想を始めたブレア様達は止まりません。ステラ達の白熱している話も。
もうこれはトンズラするしかないですわ。
ずっと設計図に夢中だったセリアが顔を上げて楽しそうに見てるのは気にしません。
「私、これで失礼しますね」
優雅に撤退します。
贈り物?
ブレア様達の様子だと贈らないと面倒なことになりそうです。
リオにはいつもお世話になってますし…。
まだ時間もありますし、ゆっくり考えましょう。




