第五十七話 追憶令嬢12歳
ごきげんよう。レティシア・ルーンですわ。
平穏な生活を目指す公爵令嬢ですわ。
午前の武術の授業での手合わせの勝利が嬉しく教室に戻りセリアに抱きつくとべリっと引き離され、顔を引き締めなさいと怒られました。
ニコル様の言う通りこの感動をリオと分かち合いたいですが、リオはお昼は忙しいので放課後まで我慢ですわ。
いつもの四人でお昼を食べてます。
廊下から歓声が聞こえますが今日は気分が良いので誰が来ても気にしませんわ。今なら殿下でもエイベルでも笑顔で応対できそうですわ。お茶を口に含むと、新しい茶葉の甘みにさらに気分が良くなります。今日はいい日ですわ。
「レティ、後ろ」
セリアの声に入口を振り向くと濃紺の髪色を見つけ、椅子から立ち上がり、思いっきり跳びつき抱きつきます。
リオがよろけましたが、転んでないから大丈夫ですわ。今日は書類を手に持ってないので汚すこともありません。
放課後まで我慢するつもりでしたが、また良いことが起こりましたわ。
「会いたかったですわ!!」
「え?」
「私、」
不思議な顔で私を見つめるリオを見て気づきましたわ。
武術の天才のリオに言っても笑われるかもしれません。今更、初勝利とか恥ずかしいですか?思わぬ事実に顔に熱が籠もります。
「シア?どうした?」
肩に手を置かれ怪訝そうな顔で見られてます。恥ずかしくてもいいですわ。記念すべき初勝利ですわ!!そうですわ。笑われても構いません。今日はいい日ですもの。
リオを見て笑みを浮かべたまま口を開きます。
「初めて剣の手合わせで勝利しましたわ!!」
堂々と告げるとリオが固まりました。やっぱり笑われます?
「そっちか。シアだもんな」
失礼なことを呟くリオを抗議を込めて睨みつけます。
「ごめん。頭が追いつかなくて。おめでとう。すごいじゃん」
優しく笑ったリオの手が肩から外れ、ポンと頭の上に置かれました。
「はい。初めてです。苦手な剣で奇跡です!!」
「よかったな」
「はい。嬉しくてこの感動をリオと分かち合いたく、会えたのも奇跡ですわ」
「俺も嬉しいよ。ご機嫌なシアを可愛がりたいけど、場所わかってる?」
笑うリオの言葉に突き刺さる視線と悲鳴。そっと周囲を見渡すとクラスメイトの視線が集まっています。
ここは教室でした。はしゃぐ公爵令嬢なんてありえませんわ…。羞恥で顔に熱が籠もり、誰にも見られないように目の前の胸に顔を押し当て隠します。
「リオ、もう駄目ですわ」
「保健室まで運ぼうか?」
「これ以上目立ちたくないですわ」
「俺は構わないけど、この状況も目立つことに気付いてる?」
楽しそうな声がこぼした言葉が頭の中をぐるぐる周り、マナー違反の連続、淑女らしくない姿に息を飲む。
「しゃがみこむなよ。俺はこのままでも大歓迎だけど」
力が抜けそうな体に気合いをいれて胸を押して慌てて離れる。
「残念。渡したい物がある」
楽しそうに笑っているリオが私の手を掴んで小袋を手の上に置きました。馴染みの重さに袋を開けて中身を見ると魔石と魔法陣です。
「使い方はわかる?」
「想像していた魔法陣とは違いますわ」
リオが企んでる顔を一瞬して涼やかな笑みを浮かべ周囲を見回しました。
「前に魔法の授業の見学中に魔法攻撃を受けただろ?今後も同じことがあったら、相手の家を取り潰すから。先生に結界を使う許可をもらってきた。この中にいれば安全だ。もし攻撃を受けたら相手に2倍で跳ね返るようになってる。本当は10倍だったんだけど、先生が2倍までじゃないと許可しないってさ。先生は俺を心配しすぎって言うんけどが二度目がないとは限らないだろ?故意でも事故でも報復するけど。」
よく響く声で笑顔で言われた言葉を頭の中で復唱します。
10倍って、死にますわよ!!
2倍も過剰防衛では…。
「リオ?」
リオの非常識に顔を見ると浮かべる笑みは変わりません。
休憩時間ももうすぐ終わるので生徒ほぼ戻り視線が集中しています。
「まさか優秀なクラスの生徒達がそんなコントロールミスするとは思えないけど念のためにな。
もし俺の渡した魔石が盗まれても相手の家を潰すから。ルーン公爵家の優秀な跡取りは証拠がなくても疑いだけでも動く準備はできてるってさ。ルーン公爵令嬢に手を出すことは全面戦争の覚悟を持ってくださいと伝えてって頼まれたんだが誰に伝えればいいんだろうな。俺だけには任せてもらえないみたいだ。まだまだルーン公爵家の信用を得るには先が遠いな。俺も頑張らないと。そろそろ戻るよ。予備も入ってるけどいつでも補充するから声かけて。名残惜しいけどこれで」
私の頭を撫でて、リオが颯爽と去っていきました。クラス中の視線が集まり微妙な空気が流れてます。この空気どうしろと…?
「素敵ですわ!!さすがマール様ですね」
興奮したブレア様の声が聞こえますが、気にする余裕がありません。もう思考を止めていいでしょうか?
フラフラした足取りで席に座ります。
「愉快でしょ。リオ様の空回り感とか特に」
「シオン嬢は悪趣味だね」
「あのリオ様が、笑いが止まらないでしょ?」
セリアとニコル様の楽しそうな笑い声が羨ましいですわ。リオの物騒な言葉が頭の中に響きます。
「レティシア、大丈夫か」
「クラム様、私の可愛い弟が…」
「子供の成長は早いよな。元気だせ」
クラム様だけが明るい笑顔で必死に慰めてくれました。
エディ、どうして事情に詳しいの!?
お父様でなく、どうしてあなたが処理しますの!!
仕事をしてるのは知ってますよ。頑張っているエドワードはルーンの誇りで宝と言いましたわよ。
私の初勝利の幸せは一瞬で砕け散りましたわ。
私の可愛い弟の成長が悲しく、頼りになるはずの従兄の非常識に午後の授業は何も頭に入りませんでしたわ。




