第五十五話 追憶令嬢12歳
ごきげんよう。レティシア・ルーンですわ。
ステイ学園一年生ですわ。
レオ様とエイミー様のバイオリンレッスンは音楽の先生やカトリーヌお姉様、エイベルが立ち合い演奏室、誰も立ち合えないときは、開放されている音楽室で演奏されています。
学園の先生は守秘義務があるので学園で起こったことを外に話すことはありません。
畑での練習は研究生の邪魔になります。また研究棟は人目のない場所にあり二人の身の安全のために場所が変わって良かったです。学園内で畑で逢瀬を繰り返していたのがレオ様とエイミー様という噂は立ちませんでした。私の教育不足でレオ様が迷惑をかけたので、ラウルの研究所にはルーンのお菓子と聖水を寄付しました。聖水は不純物のない水のことです。水魔法で作るものですがルーンの聖水は国内で最高峰と言われています。他領では高級品として扱われますがルーン領内ではありふれており良心的な値段。聖水は研究に役立つとセリアに聞いて用意しました。教授に大層喜んでいただき、お礼に野菜を分けてもらったのは感動しました。リオのキッチンを借りて料理もでき、折れた心は復活しましたわ。
聖水がルーン領以外では高価なのは価格の暴落を防ぐためです。聖水は水魔導士の収入源です。うちの聖水を格安で売ると他領の水魔導士の生活が困窮し、神殿でも使っているものなので高価なものでないと示しがつかないという事情もあります。
水魔導士の実力により聖水の質も変わります。
最高峰の聖水を作るのはお父様、次点が弟の叔父様です。私はこっそり練習していますがまだお父様の作る美しい聖水には追いつけません。聖水は最高級、上級、中級、初級とランク分けされています。最高級の聖水を作るのはルーンの直系一族だけです。ルーン領に溢れているのは上級で、他領では中級のものが。
お父様とシオン伯爵は仲が良いのでシオン伯爵領にはお友達価格で卸しています。ルーンの素材を卸値で提供する代わりにうちの高等研究所に定期的にシオンの研究者を招いてアドバイスをもらっています。シオン伯爵領は貧しいですがうちと手を組むことで最近は裕福になりつつあります。
ルーン公爵家がシオンの財政を管理し、マール公爵家が販売、シオン伯爵家が研究に専念するという最強の布陣ができました。これを提案したのはなんとエドワードです。今までどこの派閥にも入らなかったシオン伯爵家がうちの派閥に入りました。うちの派閥に入ってもシオン伯爵家は社交は参加しません。シオン伯爵家との縁を繋ぎたい家にはルーン公爵家かマール公爵家を通すことになっています。
シオン伯爵家が研究に専念できるための環境をさらに整えてからはシオン伯爵も研究に専念できると喜ばれていました。シオン一族を支えていたマトモな常識を持つシオン伯爵家の方々も限界を感じていたので喜ばれました。
うちの派閥の財源も増えたので、余剰のお金は領民の子供達への教育に回しました。
文字が読めない子供が多いので孤児院に教師の派遣や子供達への教材の配布をはじめ、ルーンはステイ学園への進学率トップを目指しますわ。もちろん宣伝するために定期的にエディと一緒に演説に行きますよ。ラウルのような良識のある優秀な臣下が育つように頑張りますわ。
そうすればフラン王国もルーン領も未来は明るいはずですわ。
いずれは殿下ではなく、エディを支えてくれる臣下の育成に手を抜きません。
学園は試験期間です。
試験期間は午前中は試験ですが午後は授業はありません。
私は3年生までの記憶はあるので1年生の試験は勉強しなくて問題ありません。
試験勉強はいらないというリオ兄様の言葉に甘えて訓練場に来ています。
隣にはリオ、後にはロベルト先生がいます。
訓練場の使用許可はリオが手続きしてくれましたがロベルト先生の同席が条件でした。
わざわざロベルト先生が付きそう理由が見つかりませんが、気にしません。
弓矢を構えるとリオが木片を投げるので、矢を放ちます。
ターナー伯爵家の騎士達が魔法で操る的よりは、起動が読みやすいですが命中確率は五割。
木片が小さいので、少しのズレで外れます。最初はかすりもしなかったので当たるようになっただけでも進歩です。でももう少し命中率を上げたいですわ。
「シア、ここまでにしよう。集中力が落ちてる」
「もう少し」
「集中できないなら意味はないよ。また付き合うから片付けよう」
「わかりましたわ」
リオの嗜める声に構えを解いて、矢を拾いに行きます。伯父様と訓練ではリオの言うことを聞くと約束しています。いつも優しいターナー伯爵夫妻も訓練においては厳格です。約束を破ればもう訓練をつけれもらえなくなるので不満でも従います。
「マールもできるのか?」
無言で見ていたロベルト先生が矢を拾っている私達に近づいてきました。
「男として彼女には負けられないですから」
「せっかくだから見てやろう。的を出してやろう」
「魔法は?」
「魔法は無し。身体強化も禁止」
「わかりました。シア、弓貸して。先生、準備運動しても?」
「構わん」
リオが魔法で落ちている矢を一気に集めました。
私は後ろに控えているように言われてたので邪魔にならないように座って見学します。
リオが設置してある練習用の的に向かって弓矢を構えて矢を放ちます。矢はシュっと風を切り力強い音で的に突き刺さりました。弓にも適正サイズがあり、小柄な私の弓はリオには小さいはずですが、的に全部命中させるから流石です。私は成人用の大きな弓はまだ扱えません。
体に合ったものを使うことが大事なので気にしてません。
それでも大きい弓を軽々と構えて力強い矢を放つ伯父様は素敵です。ターナー伯爵領内の武術大会で国内屈指の弓使いの本気の矢を見た時はあまりの美しさに見惚れてしまいました。隣で見ていたエイベルの目も輝いていました。エイベルは伯父様が大好きなので伯父様の前では生意気ではなく借りてきた猫のように従順です。伯父様以上の弓使いもいますが誰かは教えてくれません。エイベルは毎年ターナー伯爵領の武術大会は見学に訪問するそうです。私は2度しか見たことがありません。残念ながらルーンにとっての社交シーズンに行われる行事のため見学に行けることは当分ないと思います。この時期はお母様も留守が多いため、休養日は必ずルーンに帰ります。
「先生、お願いします」
リオの声が響くと先生が大きな葉を魔法で作りました。
地属性の魔導士は植物と土を操ります。自由自在に木々を操るので木の小屋を作るのもお手の物です。
宙に舞う葉っぱをリオが射貫きました。
ロベルト先生の笑い声が聞こえました。
葉が見えたと思うとすぐに消えました。
規則性のない動きで葉が神出鬼没に現れます。
リオは弓矢を構えたままじっと見つめるだけで矢を放ちません。
葉が出てないのに弓矢を放つと弓の軌道に葉が現れ撃ち落とされました。
リオの放った矢は全て葉や木を撃ち落としています。
見送った的を合わせると七割の勝率。
「魔法を使っていい」
いつも無詠唱なのにリオがブツブツと詠唱をしました。リオの周りに一瞬だけ風が起こりすぐに消えました。リオが目を閉じました。
「先生お願いします」
リオが目を閉じたまま弓を構えて矢を放っています。
目を閉じたままなのに的に矢が吸い込まれているようです。
九割の的中率!!
やっぱりリオは凄いです。私は消えない的でさえも五割の的中率。
いつか勝てるのでしょうか…。
「ここまでだ」
「ありがとうございます」
「マール、風読みできるのか?」
「まだ修行中です」
「お前、俺の研究生になるか?」
「ありがたい申し出ですが生徒会で忙しいので。卒業したら考えさせてください」
「残念だ」
ロベルト先生が残念そうな顔でリオを見ています。ロベルト先生に声掛けられるのは優秀な騎士を目指す生徒だけです。私は武術の授業ではいつもエメル先生が指導してくれます。
「ルーン、お前も中々筋がいい」
「私は誘っていただけませんでした」
「俺のもとで学びたいなら歓迎するが、ルーンの保護者達が許さないだろ?保護者を説得できたら歓迎する」
ロベルト先生の社交辞令はわかってますわ。試しにリオを見つめると首を横に振られました。
わかってますわ。
公爵令嬢が武術の先生の弟子に志願するわけにはいきません。それに社交辞令を本気にしてはいけないことも。
「マールとは比べるなよ。あいつは天才肌だ」
「でも勝ちたいです」
「方法次第だな。励め」
「わかりました。ありがとうございました」
礼をしてロベルト先生の背中を見送りました。
リオとの実力の差に心が折れそうですわ。柔軟体操をしているとそっと背中を押されました。
「俺は魔法を使ってるし、そんなに落ち込むなよ」
「弓は一番得意なのに、リオとの差が…」
「俺は物心ついた時から剣も弓も鍛えられた。それに風使いの家系だから弓は得意なんだよ」
「でも…」
「焦るなよ。まだまだこれからだろう?成長期だし。俺は物心ついた時から訓練してたんだ。シアとはかけた時間が違うよ」
それはわかってます。リオはずっとマール公爵家でも剣を握っていました。カナ兄様にボロボロにされてましたもの。そしてレイ兄様に慰められてましたもの。伯母様には内緒と言われた光景ですが。
「一年ならシアが一番の弓の使い手だよ。国一番の騎士を目指すわけじゃないだろ?今のシアなら狩りも余裕だよ。熊に会っても心臓撃ち抜けるだろ。充分じゃないか?」
「いつかはリオに勝ちたいですわ」
「私生活はシアに負けっぱなしだから、武術くらいは俺に花を持たせてよ」
ありえない言葉に顔を上げると、リオが苦笑しています。
「リオに勝てることなどありませんわ」
「俺は花束も作れないし、野菜も育てられない。美味しいお茶も用意できない。茶葉の選定も。他にもたくさんあるけど、全部話したら一晩はかかるよ」
確かにリオはお茶に拘りはありません。飲めればいいと思っているので、お客様に合わせたお茶選びは丸投げです。リオに任せるとずっと同じお茶ですわ。お菓子は種類豊富なのに。さすがに勿体ないので私の茶葉を置かせてもらっています。
「リオにもできないことがあるんですね」
「シアの中の俺ってどうなってるんだよ。適材適所。俺が得意なことは俺がやるから、シアも得意なことを伸ばせばいいんだよ」
「わかりましたわ。頑張りますわ」
「そろそろ戻るよ」
柔軟体操は終えたので道具を片付けてリオと一緒に寮を目指します。寮に帰って、教科書に目を通して休みました。試験勉強を全くしていないとお母様に報告されたら大変ですので。
全然強くなれません。エイベルには弓だけは勝てますのに、リオとの差は想像以上のものです。
頑張りましょう。
後日クラム様に抜け駆けと怒られましたが気にしませんわ。
試験期間中ですし、クラム様は必死に勉強してました。誘うことは思いつかなかったのは内緒です。
クラム様があそこまで必死に勉強するとは思いませんでした。私達の中で必死に勉強していたのはクラム様だけでした。




