第五十四話 後編 追憶令嬢12歳
ごきげんよう。レティシア・ルーンですわ。
レオ様とエイミー様の畑でのバイオリンレッスンについてはカトリーヌお姉様達に任せ、リオの部屋に来てます。
部屋に入った途端にリオに詰め寄られてる現状に頭が追いつきません。
「フウタ、防音の結界頼む」
「任せて」
風の結界に覆われました。
「シア、どうした?レオ様と関わる時、様子がおかしい」
「気の所為ですわ」
「ビアードの前であんなに感情的になるのもシアらしくない」
両肩を握るリオの手の力は強く、真剣な顔で見つめられています。
エイベルとはいつもあんな感じですし、レオ様といるとテンションがおかしくなる理由はわかりません。
監禁された時の副作用?
自分の感情が制御できずにおかしくなったのはあの時からですわ。
感情の制御ができないのは貴族として恥ずべきことです。リオと二人っきりならともかくカトリーヌお姉様やエイミー様の前で曝した姿は醜態ですわ。
ルーン公爵令嬢としてあるまじき行為をリオに咎められているんですね。
でもどうにもできないんですもの。
目の前で真剣な顔で私を見るリオは見逃してくれません。
潮時ですわ。
優しいリオにこれ以上は嘘をつきたくありません。
騙すならおかしいって思われたほうがいい。それにもともと社交デビューしたら手を離す予定でした。居心地が良すぎて今まで甘えてしまいました。
遠ざけられても仕方ない。今までに過剰なほどの優しさをもらい、私は一人で立てるようになりました。
震えそうになる体に力を入れてゆっくりと息を吐く。いつでも優雅であれと話すお母様の姿を思い浮かべます。
令嬢モードの笑みを浮かべてリオの強い瞳から目を逸らさずに口をゆっくり開きます。
「昔の夢の話を覚えてますか?」
「ああ」
「今も時々見ます」
向けられているのは真剣な顔のままで、軽蔑の色はありません。
心を落ち着けるためにゆっくりと息を吸ってから穏やかな声で言葉を紡ぐ。
「夢の中では私を捕まえるのはレオ様とエイベルです。力も敵わず、話も聞いてもらえません。なすすべもなく、」
あの時の何もできなかった自分は許せませんわ。せめてシエルだけでも助けてあげたかった。
肩に置かれた手が解かれ、膝の裏に腕が伸びて抱き上げられてソファに降ろされました。口を利きたくないほど軽蔑され、立ったままは話しにくいので力づくで移動したんですね。
初めてのリオからの拒絶に心がズキンと痛みますが仕方のないことです。リオが横に座って肩を抱かれて頭を撫でているんですが、どういう状況ですか?
「もしシアが話せるなら覚えてるだけでいいから夢の内容もう一度詳しく教えてくれる?」
声を掛けられたことに驚きながら最後になる頭を撫でる優しい手の感触に目を閉じます。
ここまで支えてくれたリオに正直に話して、大事な従兄を解放してあげましょう。
人にも限界があります。水の精霊ウンディーネ様はどんなもの受け入れ包み込んで癒すと言いますが私達は人です。どんなに大きな器でも受け入れられないものが存在します。
感情を見せないように静かな声でクロード殿下の婚約者だった頃の話を始めます。
クロード殿下とルメラ様の恋、ブラコンのレオ殿下と無関心なクロード殿下の確執、エイベルの裏切り、レオ殿下に味方した薬学教授に傷つけられたシエルのこと。そして私が殺された理由を。
何度思い出してもレオ殿下の歪んだブラコンのために殺されたなんて悔しくて気を抜くと涙がこぼれそうになりますわ。協力するっていいましたのに。あの変態王子の勘違いで殺されるなら、クロード殿下を想う令嬢に刺されたほうが静かに眠りにつけましたわ。
リオの優しい手のぬくもりがなくなりました。
そっと抱き寄せられました。他国の文化の別れの抱擁でしょうか。
観劇にある決別の時というものですね。最後は凛と優雅にですわ。軽蔑した顔を向けられるのは怖いですが仕方のないことですわ。リオの優しさを利用し騙していたのですもの。得意な優雅な笑みを浮かべます。
「シア、辛いことを話させてごめんな。ちゃんと守るから」
「信じられませんよね。こんな夢を信じてるなんて」
「シア?」
「もう傍にもよりません。安心してください。今までありがとうございました」
「シア!!」
深く頭を下げようとするとリオの手に頬を力強く包まれ、無理やり目を合わせられます。
あら?軽蔑の色はありませんが、お説教するときのお顔です。目が据わっており、ゾクリと寒気がしました。
「俺はお前と一緒にいるって言ったよな!?シアの未来は俺のものなんだろう!?夢に怯えてようと昔の記憶があろうと構わないよ。もう少し俺のこと信じてくれないか」
リオの目が据わっていて怖いですわ。強い口調と意思の強さのある瞳。
「俺はシアにどんな事情があろうと一緒にいたい。俺の気持ちを信じてくれないか」
言葉ではどうとでも言えます。
殿下だってエイベルだって最終的には私の傍からいなくなりましたもの。
幼い頃から一緒にいたのに。
相談さえもしてくれませんでしたわ。エイベルがイチコロされたのは知りませんでしたが。私は殿下の気持ちを受け入れる準備はできてましたのに。
信頼してましたのに。
あれ?でもリオはまだイチコロされてませんでしたね。忠告されたのに、そのあとすぐに捕まりましたもの。
あの頃はもう近くにいませんでしたが、私の味方でいてくれましたわ。
「それは俺の行動次第か。今は俺の気持ちを信じられなくてもいいから、離れていかないで。傍にいてほしい。これなら通じる?」
リオの声が優しくなり、頬を掴む手が離れました。傍にいてほしい・・?
リオはいつも私の味方でした。
冷たい手が温かいリオの手に包まれ軽蔑されてないことに力が抜け、耐えていた涙がポツリと落ちました。
「傍にいてもいいのでしょうか?」
「あぁ。むしろいないと困る。離れても捕まえるから無駄だけど」
涙の痕を優しい指に拭われ顔を上げると優しい瞳に見つめられています。頷くとリオが満足そうに頷き笑いました。
手離さずにすんだ、まだ傍にある優しさに甘えてリオの胸に顔を埋めて抱きつくと、優しく抱きしめられ頭を撫でる手に目を閉じます。
「これですっきりしたよ。殿下について詳しいのも、レオ様の情操教育に拘るのもエイベルを屈服させたい理由も納得したよ。シエルを傷つけたらシアの逆鱗に触れるよな。協力するよ」
しばらくして頭の上から聞こえる声に首を傾げます。物凄く引っかかることがあり記憶を遡りますがやはり聞き間違えではありません。
「ありがとうございます。つかぬことをお聞きしますが、記憶って?」
「生前の15歳までの記憶があるんだろ?」
聞き間違えではない言葉に息を飲みました。
「なんで、」
「夢なのに怯えようが異常だったし、話す内容も明確すぎる。シアが知らないはずの情報も持っていたし。いくらシアが優秀でも難易度の高い治癒魔法を無詠唱で使えるのはありえないだろう?天才と言われた叔父上さえ無詠唱の治癒魔法を使えたのは13歳の時。ルーンの最年少記録保持者。時々シアがわからないはずの学園の話題も通じるし、俺の宿題も解けるし」
私はリオの前で高度な治癒魔法を使ったことはありませんよ。簡単な魔法しか使ってませんのに、
「リオの宿題?」
「学園の入学試験の時に問題出してスラスラ解いただろう?」
「いつからですの?」
「確証を持ったのは今だけど」
「どうして?」
「シアに負けないためにはシアの実力を知らないと。学園に隠密を仕込んでいるのかと疑ってた時期もあったけど、シアが使った形跡はない」
どうしてうちの隠密についてリオが詳しいんですか?
隠密部隊はお父様に頼まないと動きません。私はシエルに情報収集を頼み、シエルの手に余るならルーンの諜報部隊が動き、それでも駄目ならお父様の判断でルーンでも最高の精鋭部隊の隠密部隊が動きます。王家の影みたいなものですわよ。
あんなに隠したのに見つかっていたとは思いませんでしたわ。私なりに気をつけて行動してましたのに。
「疑ってるのはリオだけですか?」
「シアはこの話を誰かにしたの?}
「してませんわ」
「なら俺だけだ。厄介だから他には言うなよ。王宮魔導士や研究者に漏れたら」
「こんな非常識な話は誰にもできません。頭がおかしいと思われ治癒魔導士を紹介されますわ」
「勇気を出してくれてありがとな」
「まさか信じてもらえるとは思わなかったです。軽蔑されて、視界に入るのさえ拒否されるかと・・。」
「信用ないな。話してもらえただけいいとするか。俺も気合いが入ったよ。俺もまだまだ手ぬるいな。シア、覚悟して」
「軽蔑の?」
「そっちじゃない。どんなシアも好きだから心配しないで。軽蔑するなんてありえない」
頭を撫でる優しい手といつもと同じ声。
でももう嘘をつかなくていいことに安堵し本当の意味で力が抜けます。
「リオ兄様、嘘をついてごめんなさい」
「今回は許すけどもうやめて。俺がシアを軽蔑することも遠ざけることも絶対にない」
お説教はありませんのね。怒らないリオ兄様に最後の不安がなくなりました。体に力も湧きました。
これまで通り頼りにさせていただきましょう。リオの胸から顔を上げ優しい瞳を見つめます。
「ありがとうございます。お願いがありますの」
「頼まれた辞典はまだ時間がかかるよ」
カトリーヌお姉様から頂いた本の辞書を手に入れて欲しいと頼みましたが、それではありません。
「ありがとうございます。違います。欲しい物があります。駄目なら断ってください」
「シアが望むなら国盗りもするけど」
頼もしい笑みを浮かべる顔に首を横に振ります。優秀なリオなら簡単にできそうで怖いですわ。
「そんな物騒な物はいりませんわ。純度の高い魔石が4つ程欲しいんですが、」
「大きさと用途は?」
「授業中に結界を。魔法が飛んできますので」
「は?」
「すごい才能ですわ。先生にも周りにもコントロールミスと思わせる軌道で私を狙ってきます。ニコル様さえ気づきませんわ。約束通りきちんと避けてますから安心してください。これ以上実力があがると避けきる自信が。伯母様のように拘束魔法を四方から繰り出され、合同魔法で攻撃されたら厄介ですし」
リオの目が据わってきましたわ。
やはり高価な魔石は駄目ですか?自分で作れるんですが、無属性設定なんですよね。入手経路を調べられたら危険です。
「忘れてくださいませ。高価な魔石をお願いするのは」
「魔石はいくらでも作ってやる。シア、その状況を俺に知らせなかったのは?」
これって報告が必要なことでしたの?
「証拠がないですし。確証を持ったのは最近です」
「次からは証拠も確証もなくても、疑った段階で相談して。魔石はあとで渡すよ。魔法陣も俺が書く」
「さすがにそこまでは・・」
リオが怖い笑みを浮かべました。これは逆らってはいけませんわ。一歩間違えれば恐怖のお説教ですわ。
「ありがとうございます。できれば重たくない物が」
「次の授業は?」
「来週です」
「わかった。あとで持っていくよ。結界のことは先生に俺から話すよ」
「ありがとうございます」
「もう遅いから、寮まで送るよ」
リオに送られて寮に戻りました。
今日のリオは怖かったです。
魔石の件を引き受けてもらってよかったですわ。
これで安心して授業を見学できますわ。さすがに先生の首がなくなるのは避けたいですわ。
明日こそは平穏な日でありますように。
でも嘘をつかなくて良くなったのは有り難いですわ。




