第四話 追憶令嬢5歳
ごきげんよう。レティシア・ルーンです。
座右の銘の目指せ!!平穏、穏やか、気楽な生活を!!のために日々精進しております。
昨日のダンスレッスンは、人生で一番難しかったです。
生前はダンスは得意でした。
5歳児のほどほどで下手なダンスはなんと難易度の高いことでしょう。
予想外ですわ。先生に体調不良を心配されたので好意に甘えて、途中で終わりにさせていただきましたわ。お母様のお説教は怖いですがそれよりも優先すべきことが。ダンスは要練習ですわ。
さて日課の日記を書きましょう。
第三目標脱貴族。
料理、洗濯、掃除、整理整頓、裁縫、園芸。
孤児院の手伝いを書き足しまして、日記を閉じます。
私は技術習得のために名案があります。
もし難しそうでしたら、うちよりも家格の高いマール公爵家に行儀見習いをお願いしましょう。
王家は断固拒否です。
そろそろシエルが来るので日記を片付けるとすぐに、ノックの音が聞こえました。
「どうぞ」
「お嬢様、こちらを」
シエルから紙を受け取りました。
「ありがとう。早くて驚きました」
「お嬢様のお役に立てて、光栄です」
ルーンの家臣は情報収集も得意ですのよ。どの家も諜報班は持っていますが。
シエルから受け取った紙を睨みつけます。
一週間分のお父様とお母様の外出予定。
私の予定と教育項目、使用人の職種と勤務時間と忙しい時間を調べてもらいました。
残念ながら私の教育に戦闘関係はありません。
ピアノの時間・・。
ピアノは弾けますし、持ち歩けないので不要ですわ。まず5歳児レベルのピアノの腕もわかりません。
持ち歩ける楽器で貴族の教養として相応しいものは・・・。
「シエル、ピアノ以外で嗜みになる楽器はどんなものが?」
「お嬢様なら、フルートやバイオリンもお似合いです」
フルートとバイオリンなら持ち歩けるので大道芸に使えますわ。
武器にもなり、力もついて、ベストですわ。
「素敵です!!ピアノではなくフルートやバイオリンを習いたいと言えばどう思いますか?」
「ご令嬢の嗜みとしてはピアノが多いですが、どちらもよろしいかと思います。旦那様はバイオリンが得意ですからおねだりしても、愉快だと思いますわ。旦那様は今日は晩餐には帰宅されるのでおねだりするのは最適ですよ」
愉快?
おねだり?
お父様に?
「おねだりって、はしたないって言われません?」
「食事のあとなら大丈夫です。旦那様と奥様にお時間を作っていただきますね」
シエル、本気ですか?
「お嬢様、失敗したら、奥の手を教えてあげますよ」
「先に教えて」
「奥の手はできるだけ隠しておくものですわ」
この楽しそうな感じは教えてくれませんわ。
覚悟決めるしかありませんわ。
「ピアノの予定は週の終わりに調整できますか?」
「確認してみます」
5歳の頃のピアノの腕なんて覚えていません。
予定調整が無理なら、逃げる理由を探さないといけません。
ダンスレッスンの二の舞いは避けたいですわ。
さて再開ですわ。あとは応用できるものはなさそうですわね。
語学と魔法の勉強もしたいですが、まだ先です。
全部においてですが、5歳のレベルが知りたいですわ。これも要検討です。子供の頃の私はもう少し日記をきちんと書いてほしかったですわ。天気とルーンの泉のことしか綴ってないんですが、日記の意味がありませんよ。
「お母様に見つからないように、皆のお仕事の見学をしたいんですが」
「奥様に隠してですか。庭師の仕事は、庭園でお茶か読書をしながら見学できますね。じっくり見たいなら朝早くですが、朝食の前に庭園の散歩とお茶なら自然ですね」
「早く起きる!!」
「早起きすぎても不自然なので、いつもより2時間早いのが限界です」
「ありがとう。明日から早起き頑張ります。庭で読書するからお茶の準備は要らないから」
「わかりましたわ。起こしに伺いますので、一人で行かないでください。あとは、奥様のいない時に厨房の隅で見ているくらいですかね」
「お母様が留守の日に、料理長達の邪魔にならない時間を調整してくれる?皆、お母様に内緒にしてくれるかな」
「厨房の見学のことは、先輩方に相談しても構いませんか?」
「うん。お父様とお母様に知られなければ大丈夫です。
もしシエル達が叱責されたら、私に命令されたと伝えて。庇わないで下さい。シエル達が私のために嫌な思いするほうが、お母様のお説教より辛いですから。命令ですよ」
「お嬢様。・・・わかりました。ですが心配無用です。ルーン公爵家の使用人は一流です。そしてお嬢様は皆の宝物ですから、お任せください」
「ありがとう。あとできれば、私の予定1日1つではなく1日に2つに調整を。お勉強を頑張る日と自由な日にしてもらえると」
そうすれば週に2日何もない日ができますわ。
「相談してみます」
「ありがとう。このマール公爵家は?」
シエルが視線を逸らして虚ろな目をしています。
「・・・。失礼しました。週に1度マール公爵家でお嬢様の教育をされるそうですわ」
生前、こんな日課ありませんでしたが。
私が覚えてないだけかしら。まぁいいですわ。
理由はわかりませんが、うちにいるより気楽ですわ。
リオにも会えますし、リオと一緒に訓練受けられたりは、しないかな・・・・。
見学させてもらって、こっそり練習しましょう。
「わかりましたわ。シエル、エドワードに会いにいっても?」
「エドワード様ですか。珍しいですね。奥様もいらっしゃいませんし、大丈夫だと思います」
エドワードはルーン公爵家嫡男、私の弟です。
愛称はエドとエディ。
生前は自分のことで精一杯でエドワードを気に掛ける余裕がなかったので、今世は大事にしたいと思います。
エドワードにルーン公爵家を全部押し付けるのは、申し訳ない気持ちもありますし・・・。弟は優秀でしたので、ルーン公爵家は安泰ですが。
***
弟の部屋に行くと、玩具で遊んでいます。ふさふさの銀髪と、くりっとした青い瞳、小さい体で座ってます。まだ1歳ですか?
リオに似た爽やかな笑みを浮かべる落ち着いている弟はこんなに可愛かったのですね。
「エディ、ごきげんよう」
「あー、うー」
私に手を伸ばしますが・・。なんですの、玩具が欲しいの?持ってませんよ。
乳母が笑いながら、
「姫様、抱っこです」
こんな小さいのに抱っこですか?
大丈夫ですの!?こんな小さいエディの記憶はありませんわ。
「姫様、おかけください」
言われた通りに座りエディを乳母からそっと受け取ります。
怖い・・・。
「そうです。お嬢様、お上手です。落としても、床が柔らかいですし、エド様は強い子ですから、心配ありませんわ」
なにも大丈夫じゃないですわ。
落とせないから!!しかもルーン公爵家跡取りですよ。
扱いが軽すぎますわ。
エディ、柔らかい。可愛い。
エディ、これから大変だけど、一緒に頑張ろうね。
お父様とお母様の分も姉上が可愛がるからね。
できるだけ、お母様からも守るから。
「姫様、お上手ですわ。エド様ご機嫌です」
今ならエディにお姉さまって呼んでもらえるかな?
姉上よりお姉さまの方が可愛いですわ。
「エディ、ねえさまですよ。ね・え・さ・ま」
「えー、あー、」
「ね・え・さ・ま」
「えー、えー」
「姫様、さすがにまだ難しいですわ」
楽しそうに笑う乳母が、首を横に振りました。
残念ですわ。
「あー、うー」
何が言いたいかわかりませんわ。
頭を撫でるとうとうとしています。
エディ、眠いんですか?
「あら、あら、エド様、お昼寝ですわね」
乳母がエディを抱き上げ、ベッドにつれていきます。
落とさなくて良かったですわ。
かわいい。エディを起こさないように静かに立ち去りましょう。
うちにこんなに可愛い癒しがありましたのね。
エディを可愛がって、お姉様と呼んでもらうのは素敵ですわ。
やりたいことが増えましたわ。
***
とうとう決戦の晩餐の時間です。
敗戦したら、エディに癒されに行きましょう。
お母様の小言もお父様の視線も怖くありません。強がりではありませんことよ・・・。
「失礼します。お父様、お母様お帰りなさいませ」
「ただいま、レティシア」
「レティシア、変わりはなかったですか?」
「はい。変わりなく」
ダンスレッスンの失態、お母様に伝わってないかな・・。
自分から言わなくてもいいですよね。お説教が始まれば説得できなくなりますわ。
「わかりました。食事にしましょう」
お母様との食事は、テーブルマナーの時間です。
晩餐は一般的に会話を楽しみながら食事をしますが、ルーン公爵家の家族の食事は無言です。
話すのは、マナーの指摘の時だけ。
昔はお話して、はしたないと怒られました。
私はテーブルマナーは完璧ですので、昔ほど恐怖の時間ではありません。
今日の食事も見事です。
どうすれば、こんな美しいものが作れるのかしら。
良く見るとお母様達と盛り付けが違います。
一口サイズや切れ目、食べやすいように工夫してありますわ。
気づきませんでしたわ。
生前、一人で頑張ってるつもりでしたが、こんな風に助けてもらっていたのかもしれませんわ。
ルーン公爵家に迷惑をかけないように脱貴族をしなければいけませんわ。
食事が終わり、お茶の時間です。
いつもはお茶の時間は辞退していますが今日は同席します。
頑張りましょう。
「話があると聞いているが」
「お父様、お母様お願いがあります」
「言ってみなさい」
無表情の両親。お父様の顔を見ながらゆっくりと口を開く。
「バイオリンをお稽古させていただきたいのです」
「ピアノはどうしますの」
お母様に切れ長の目で静かに見られます。
「恥ずかしながらリズムをとることが苦手です。
ピアノも嫌いではありませんが、お父様と同じバイオリンのほうが頑張れると思います。もしご迷惑でなければ、いつかお父様と一緒にバイオリンを演奏したいですわ。そしてお母様とエディに聴いていただきたいです」
お父様とお母様無言で無表情ですわ。やはり言い訳に無理がありましたか…。好きなことなら苦手なことも頑張れるとよく教師が言ってましたわ。苦手意識は持ってはいけないと長いお説教が続きましたが。
学園ではお揃いが流行しておりました。やはり私に興味のないお父様にお揃いのお願いは効果はありませんね。
「ピアノの成績は問題ないと報告を受けていますが」
「恥ずかしながら、授業以外に隠れて練習していました。先生に次回の課題を事前に聞き、練習した上でのぞんでいました」
「苦手から逃げるのは、いけません」
「お母様、勘違いしないでくださいませ。どんな楽器も基礎は同じですわ。バイオリンで音楽センスを磨けば、ピアノも演奏しやすくなると思います。ステイ学園入学までに嗜み程度のピアノ演奏は身に付けます。ですが今はバイオリンのお稽古をさせてくださいませんか?学園に入学すれば寮生活。卒業すれば私は嫁ぐでしょう。お父様と一緒に過ごせる時間は今だけです。どうかお願いできませんか」
お母様が固まっています。今まで口答えなんてしたことないから、驚いてますかね。
二人とも怒ってる様子はなさそうですわ。
「お父様、嫁ぐ前に一度一緒にバイオリンを演奏したいんです。ルーンでの思い出として。我が儘を言ってごめんなさい。
バイオリン、お稽古させてもらえませんか・・・?」
お父様の顔をじっと見つめます。
うるっと涙目は難易度高くて無理です。
殿方の心を掴むルメラ様は、ある意味社交能力に優れていたのかもしれませんわ。無言の睨み合い。ここで引いたらいけません。
「ローゼ、私はバイオリンを習わせてもいいと思うが」
「旦那様、ピアノは令嬢の嗜みです。レティシアは公爵令嬢です」
「音楽の教養を身に付ければいい。楽器の種類に爵位は関係ない。公爵家出身のアリア様はピアノが苦手だが、フルートの名手。レティシアの初めてのやりたい事だ。私は叶えてやりたい。」
「旦那様」
お父様が味方につきましたわ。
奇跡です。お母様は不満そうですが。アリア様がピアノが苦手とは知りませんでした。楽器を弾いているのは見たことありませんわ。
「レティシアは苦手だから逃げたいとは言ってない。準備を整えてから取り組みたいと言っている。レティシア、いつかはピアノの稽古もするだろう?」
「もちろんです」
「レティシアはまだ5歳。社交界デビューまで時間がある。レティシアに苦労させたくないローゼの気持ちもわかるが、焦らず見守ってあげないか」
お父様、さすが宰相!!お母様が揺らいでますわ。
「お母様、お願いします。いずれピアノも頑張ります。ルーン公爵家の恥になることは絶対に致しません」
「レティシア、その言葉を違えることは許しませんよ。覚悟はありますか?」
楽器のお稽古に覚悟っておかしい気がします。ピアノは嗜み程度に演奏できますから問題ありません。ルーン公爵令嬢として相応しいかがお母様にとっては一番大切なこと。
「もちろんです。お母様」
「わかりました。手配します。自分の言葉に責任を持ちなさい。途中で逃げることは許しませんよ」
「わかりました。精一杯がんばります」
「もう遅いから、おやすみなさい」
「わかりました。お父様、お母様ありがとうございます。お休みなさいませ」
「あぁ。お休み」
礼をして、部屋を出てシエルに笑いかけます。
勝ちましたわ。
人生初、お母様に勝利ですわ!!
初めて戦いましたが。お父様は話せばわかってくれる方かもしれません。まさかお父様が味方してくれるなんて思いませんでした。
宰相ですから、交渉はお手の物。
お父様をうまく味方につければ、心強いですが・・・。
お父様はお母様と仕事しか興味がないから無理ですね。
今日は運が良かっただけですわね。
お父様とお母さまの部屋で物騒な音がしますが気にしませんわ。
さて、休みましょう。
初めての反抗は疲れましたわ。
明日はマール公爵家にお出かけです。
どんなお勉強をするかは、わかりませんが楽しみですわ。
幸先良好です。目指せ!!平穏、穏やか、気楽な生活です。