第五十二話 追憶令嬢12歳
ごきげんよう。レティシア・ルーンですわ。
脱貴族を目指す公爵令嬢ですわ。
今日は長期休暇の最終日。
お父様からのご褒美のお休みです。久々に社交のない自由な日!!王都に遊びに行きます。
護衛とシエルとリオの同行が条件ですが。
お父様のリオへの信頼は厚いです。貴重な休みですが、リオに気を使ってお断りはしません。リオはお父様と話してますので、終わるのを待っています。ノックの音に扉を開けるとリオがいます。
「シア、用意できた?」
「ごきげんよう。リオ兄様。はい。付き合わせてごめんなさい」
「いいよ。俺も行きたかったし、ほら」
リオか懐から出したチケットを見て歓喜しました。
これは隣国から毎年訪問するサーカスですわ!!
チケットは入手困難。観に行くの諦めてましたので嬉しさ倍増ですわ。
「リオ、大好きですわ!!」
思いっきり抱きつきます。
休みの貴重な一日を付き合ってくれる上にサーカスの手配までしてくれるなんて感動です。
殿下はきっとリオを見習えばモテモテになりますわよ。
「喜んで貰えて嬉しいよ。もう行けるか?」
リオに抱きついて感動してる場合ではありませんでした。頷くとそっと出された手を取って外に待たせている馬車に乗り込み出発ですわ。馬車の中なので淑女はお休みです。顔が緩んで笑みがこぼれてもリオは無礼を咎めません。前に一緒に観たサーカスの話に盛り上がっていると馬車が止まりました。
馬車を降りると人が賑わってます。やはり王都もルーン領も賑やかで、ターナー領とは雰囲気が違いますわ。
「シア、手を離さないで」
賑わう人を見ながら馬車を降りるた時にエスコートしてくれたリオの手を解こうとするのをやめて、ギュッと握る。
この人混みははぐれたら合流できませんわ。シエル達の首のために気をつけないと…。
リオの手を強く握って歩き出すと市を見つけました。
見たことのない露店を見つけ凝視すると、隣から笑い声が聞こえました。
「シア、先にサーカスに行こう」
開演時間が近づいてきます。露店よりもサーカスですわ!!
リオの言葉に頷き会場を目指します。歩いていると視線を感じ周囲を見渡すと老若男女の視線がリオに。令嬢に人気なのは知ってましたが、まさか男性にまでとは。艶やかな濃紺の髪も美しい瞳も整った顔立ちも多くの人を魅了しますのね。
やっぱりリオはどこでも視線を集めますわね。美しいものに人は惹き付けられるものですわ。ついつい笑いがこみあげてしまいますわ。
「シア、なんで笑ってるの?」
「リオはどこでも視線を集めますのね。隣にいるのが私で申し訳ないですわ」
「は?」
リオは鈍いですわ。たまには私が年上らしく教えてあげましょう。小首を傾げてケイト直伝の遊びに誘うときの笑みを浮かべて、年上らしく伝えます。
「自覚ないんですのね。容姿端麗なリオの隣を平凡な私は役不足ですわ。特に女性の視線が痛いですわ」
「平凡?シアが?俺はシアより可愛い令嬢は見たことないけど」
サラリと平凡な私を褒めるリオは優しい。私は平凡だからリオにも殿下にもふさわしくないってよく言われてましたもの。嫌がらせのお手紙にもたくさん書いてありましたわ。もう気にするのをやめましたわ。生前は人並みの容姿だと思っていた自意識過剰な愚かな私のことは生涯誰にも秘密です。嫌がらせは気にしませんでしたが、あの時だけは心に響きましたわ。社交辞令に踊らされた生前の私はまだまだ未熟でしたわ。ルーンの美しい瞳以外は信じてはいけませんでしたわ。麗しの婚約者と笑う言葉は社交辞令でしたのね。恥ずかしい。
手紙を一緒に読んだ伯母様のお顔が一瞬怖かったのは見間違いですわ。いつも穏やかな伯母様ですものね。心を読まない限り私の隠し事は見つかってないはずですわ。
外見はどうにもなりませんが、優しいリオにさらに笑いがとまりませんね。
「慰めなくて結構ですわ。平凡な私はふさわしくありませんもの」
「頑固だよな。俺が隣にいてほしいのはシアだけだから、それはちゃんと覚えておいて」
はぐれるなと言うことですか?確かにさらに人が増えたのでリオの言葉に頷くと銀の瞳が細くなり浮かべた笑みに周囲の悲鳴が聞こえた気がします。笑いながら歩いていると、サーカスの看板を見つけました。
「そろそろ静かにしないとな。興奮しても離れるなよ」
宥めるように私の頭を一撫でしなリオがチケットを職員に渡すと真っ暗なテントの中に案内されました。暗闇でも歩みを止めることなくリオにエスコートされ席に座り賑やかな音楽に耳を傾けます。
サーカス楽しみですわね。
隣国は使役魔法の使い手が多いのでまた魔法で動物を操るんでしょうか。
ステージがパッと光に照らされ明るくなりましたわ。
犬が二足歩行し、猫が玉乗りを。
熊が太鼓を叩いて鳥と一緒に踊ってますわ。
すごいですわ。今世はフラン王国から出た事がありません。サーカスも時々聞く伯父様の外国の話も楽しいものばかり。諸外国を周るのも楽しそうですわ。
将来、旅人を目指しましょうか。フラン王国を出て色んなものを見学して、変わった食事に蜂蜜の美味しい国を探すのも楽しそうですわ。蜂蜜ばかり食べたらリオが嗜めるかもしれません。違いますわ。その時は…。
リオに握られている温かい手を見ます。
リオは将来どうするんでしょう。
ずっと一緒にいてくれると言いますが、従兄にこんなに頼るのはどうなんでしょうか……?
いつかリオにも素敵な人が現れますわ。いつかこの手を離さないといけませんね。
きちんと自立しないといけません。
リオには幸せになってほしいです。私といても幸せにはなれません。
どうしてか心が沈んで悲しくなってきましたわ。
まだ従兄離れできませんのね。
今世はずっと傍にいてくださるので、甘えが出てるのかもしれませんわ。
生前はこの頃はもう側にはいませんでしたもの。マール様と呼び向き合ってましたわ。
「シア、シア、どうした?」
呼ばれる声に我に返りました。沈んだ声を出さないように明るい声を意識して口を開く。
「ぼんやりしてましたわ。どうされました?」
「疲れた?」
「元気ですわ」
会場には静かな音楽が流れ、明るい周囲に立ち上がる人々。もうサーカスは閉園ですわね。
心配そうなリオに見つめられ、精一杯の笑みを浮かべます。
「遠乗り行くか」
「名案ですわ!!」
せっかくのサーカスですのに集中できなかったですわ。気づいたら終わってるなんて勿体ない。
馬で駆けて、モヤモヤした気持ちを吹き飛ばしましょう。
ルーン公爵家ではなくマール公爵家に帰ったのは気にしませんわ。乗馬服に着替えている間にお昼をバスケットに詰めてもらいました。着替えて護身用の剣を持ち準備完了です。ターナーほどではありませんが、マールの立派な駿馬を借りて騎乗します。久しぶりの馬の上から見上げる景色に髪を揺らす風に自然と笑みがこぼれます。
風を楽しみながらリオの一歩後ろを馬で駆けます。しばらく走り
リオが馬を止めたのフウタ様と出会った湖。
馬を繋いで祠を探しました。見つけた祠をリオに魔法で綺麗にしてもらい祈りを捧げます。
澄んだ湖を眺めながらシエルが用意してくれたお昼を食べました。好物の蜂蜜ケーキもあり思わずうっとりとしてしまいました。蜂蜜を堪能し、上機嫌で湖の周りを散策します。
湖に太陽の光が反射して綺麗ですわ。さぞ泳いだら気持ちが良いでしょう。
「シア、湖に入るなよ」
「足をつけるくらいは」
「却下」
「残念ですわ」
リオのお許しが出ないので、お行儀が悪いですが湖のふもとに座ります。
シエルは置いてきたので、礼儀を咎める人もいません。
リオは私の行動を咎めることなく隣に座りました。
「フウタ、結界を頼む」
「任せて!!」
「ありがとう」
「お安い御用だよ。人が来たら教えるね」
一瞬フウタ様が現れ、周囲を旋回すると風の結界に覆われました。
風の結界の中でリオと二人っきり。こんな時間ももしかしたら最後かもしれませんわ。ふと沈みそうになる心を隠すために令嬢モードで笑みを浮かべます。
「どうした?」
「どうもしないですわ」
「自分の顔見てみろよ。なんでもない顔してないだろ。無理に笑っても無駄だ」
心配そうな顔のリオにさらに笑顔を作り微笑んで向けられる視線は変わらず駄目でしたわ。騙されてくれませんね。私の令嬢モードが効かないとは…。感情を隠すのは得意でしたのに。でもいつの世もリオ兄様は鋭いから仕方ありませんね。リオから視線を逸らして生前は知らなかった湖をぼんやりと眺めます。
「話したくないならいいよ。懐かしいな。ここにくるの」
しばらくして先に口を開いたのはリオ。
「ええ。邸を抜け出して来たこともありましたわね。あれは立派なお忍びですわね」
「お忍びなんて言葉を知ってるんだな」
さすがに知ってますわよ。
「本当のお忍びは護衛も撒いて、一人で出かけるものですわ」
「やるなよ」
「やりませんわ。私は弱いですもの」
「これから強くなればいいだろ」
「先が見えませんわ」
「シアが弱くても俺が守るから心配するな」
はっきり弱いと言われ心がえぐられました。傷ついたので抗議を籠めてリオを睨みます。
残念ながらリオの顔に動揺はありません。やはり効果はありませんのね。私はまだ殺気を出せません。
「いつまでも、リオに甘えるわけにはいきませんわ」
「おとなしく守られてくれないもんな。お前は」
やっぱり効果はありませんね。
苦笑してるだけです。私の笑顔を怖がる令嬢もいるのに、リオは全然ですわ。
ため息がこぼれるのは仕方がありませんわ。ふぅっと長い溜め息を一つだけつき、口を開きます。
「いつかはリオも離れていきますわ。私より優先する方ができますわ」
「ありえない」
断言するリオの現実を知らないことが羨ましいですわ。
未来は不確かなものです。私が信じていたものは崩れましたわ。根底から。共に過ごした時間も積み重ねた思い出も消してしまう存在を知っています。
「未来はわかりませんわ」
「俺はずっとシアの傍にいるよ。もし王妃になりそうになったら、連れ出すよ」
膝の上に置いていた手にリオの手が重なりました。
あたたかい。
懐にいれた者や身内に優しい所は生前も今も変わりませんね。求めなくても与えてくれる人。幸せの塊みたいな人。
「従妹にそこまでする必要はありませんわ」
「俺は従妹だからじゃなくて、シアだからだ。シアは俺がいなくて平気なの?」
この暖かい手がずっと傍にあれば心強い。
でも、それは…。
望んではいけないこと…。
「頑張って自立しますわ」
「泣きそうな顔してよく言うよ…。でも、悪い気はしないな。俺の未来はシアのものだよ」
隣から嬉しそうな声が聞こえます。意味がわかりませんわ。
水面に映る私達の姿は歪んでいます。
「ありえませんわ」
「かわりにシアの未来を俺に頂戴」
リオが何かを欲しがるなんて初めてですわ。
でも、私の命はあと三年かもしれません。結局全然準備が進んでいませんもの。
「私はいつまで生きれるかわかりませんのよ」
「いいよ。死なせないけど、明日命がなくなってもシアの未来をもらえるなら俺は幸せだ」
「貴族を辞めるかもしれませんわ」
「どこの国に行こうか?海の向こうの国なら見つからないか。うちと取引のない国、そうだな―。シアに苦労はかけないから安心して」
具体的な国の名前に冗談に聞こえず隣の顔を見ると、意志の強い瞳に捕らえられました。目が合い頼もしく笑う顔、
「伯母様達を捨てますの?」
「シア以上に大切なものなんてないからな。守るために権力はあってもいいけど。権力がなくても守れるように強くなるよ」
重ねられた手に指が絡められ、温かい手に強い力で手を繋がれました。痛みはなく、ただ手を繋いでいることを主張するような強さ。
「マール公爵家の子息が」
「うちは優秀な兄上達がいるから大丈夫だよ」
「リオが一番優秀なのに」
「俺は領主にも公爵にも興味はない。シアが望むなら、マール公爵でもルーン公爵でも目指してもいいけど」
私は権力なんていりません。
でももしずっとリオと一緒にいられるなら……。
一人は寂しい。あの場所は―。
嫌な記憶が蘇りそうになり首を横に振り、消します。
まだ大丈夫。一人ぼっちで嫌な声が響く部屋などここにはありません。
「国盗りでもいいけど」
物騒な言葉に我に返りました。今のリオには冗談は通じなそうですわ。
「望みませんわ」
「シアは我儘言いながら、俺の傍にいればいいんだよ。シアの未来を俺にくれる?」
優しく笑いかけられ体の力が抜け、繋がれている手を。指と指の間に長い指が絡まり、意志の力で繋がれたような手。義務ではなく。この手にどれだけ心が救われたか……。
そんな不確かで価値のないものでリオが喜ぶならいくらでもあげますわ。
優しいリオには幸せになってほしい。
「リオが幸せなら構いませんわ」
「嬉しいよ。今までもらった物の中で一番」
「リオは無欲ですね」
「俺は貪欲だよ」
リオは自覚ないんでしょうね。
自分がどんなに優しいか。いつも誰かのためばかり。
もう少し自分勝手になればいいのに。
自分のことしか考えてない私を見習ってほしいですわ。
リオの優しさに甘えてる人間の筆頭が言うのもおかしいかしら?
「信じられませんわ。もの好きですわね」
「シアが傍にいてくれれば幸せだから。傍で笑ってくれれば尚更」
「簡単ですわね。もっと欲張りになってくださいませ」
「そう?俺は俺以上に欲張りな人間を知らないよ。シアの依存は大歓迎だよ。自立なんてしなくていいから、俺と一緒の未来だけを考えて」
「いつまでも子供のままではいられませんわ」
「寂しいな」
言葉と顔が合ってませんわ。極上の笑みを浮かべるリオの笑顔が眩しいですわ。
「笑いごとではありませんわ」
「俺がいなくなると思って落ち込んでたの?」
「いつかはリオの手を離すべきだと……」
「無駄な時間だったな。俺の手はシアのものだよ。せっかくシアの好きなサーカスに行ったのに。サーカスに圧勝したのは嬉しいけどな」
「なんの話しですか?サーカスに勝つ?」
「元気になってよかったよ。そろそろ戻らないとな」
リオが物凄く機嫌が良いです。
辺りが暗いのでそろそろ帰らないと怒られてしまいますわ。シエル達と合流して急いで帰りました。
明日から学園に戻らなくてはいけません。
夏休みはあっという間に終わりましたわ。
私の脱貴族計画にリオが加わるとは予想外でしたわ。
リオも脱貴族したかったとは驚きましたわ。
遠乗りのおかげでモヤモヤはすっきりしたので、付き合ってくれたリオに感謝ですわ。




