第五十話 追憶令嬢12歳
ごきげんよう。レティシア・ルーンですわ。
自衛能力を身に付けたい公爵令嬢ですわ。
私の社交のお茶会地獄がようやく終わりました。お母様の名代が多く、夫人達と親交を深めましたわ。
令嬢達とは残念ながら全く仲良くできませんでしたわ。
お茶会では成人した方々ばかりで学園生の味方は増えませんでした。
ですが情報収集の腕は上がり、お父様に頼まれた情報もしっかり手に入れてきましたわ。
せっかくのお休みなのに脱貴族計画も味方を増やそう作戦も全然うまくいきませんでしたわ。
優先すべきはルーン公爵令嬢の務めですから仕方ありませんわ。
馬車の窓には見覚えのある景色が広がり始め、ようやくターナー伯爵家に着きましたわ。
馬車を降りるとターナー伯爵夫妻が迎えてくれました。
「レティシア、ようこそ」
「お久しぶりです。またよろしくお願いいたします」
「歓迎するよ。今日はエドワードは付いてこなかったんだね」
伯父様が苦笑されてます。エディも同行したいと言ってましたがお母様が許しませんでした。
「エドワードはお母様と修行中です。まだターナー伯爵家は早いと」
「ローゼ嬢も母親になったんだな。ローゼ嬢の修行に耐えられるとは将来が楽しみだ」
「ありがとうございます。伯父様、友人がお世話になりました。無理な頼みを聞いてくださりありがとうございました」
先週はクラム様とニコル様がお世話になりました。私もお会いしたかったんですが、予定が合わずに残念ですわ。
「向上心のある若者は歓迎するよ。若者の育成は私の務めだからね。中々おもしろい二人だったよ。将来有望だ」
「ありがとうございます」
「レティシア、残念だったわ。あと三日早くこれたら良かったのに」
伯母様が頬に手を添え名残おしそうなお顔をしてます。
「エイベルも来てたのよ。リオ対エイベルの一戦は見ものだったわ」
「残念ですわ。私もエイベルに一本とれるようになりたいです」
「あら?勝敗は聞かないの?」
「リオ兄様がエイベルに負けるわけありません。聞かずともわかりますわ」
「これはリオは頑張るしかないわ」
「まだレティシアではエイベルに一本は難しいだろうな」
伯父様は笑ってますが私は本気ですわ。
伯父様に無礼にならないように、それでも抗議の意味を籠めて睨むと大きな手で頭を撫でられました。
「励みなさい。今日はどうする?」
「できれば訓練させていただきたいです」
「わかった。準備をしてきなさい。訓練場で待っている」
「レティシア、まだ初日だからほどほどにしなさいね。部屋は同じよ」
「はい。ありがとうございます」
二年前に使用していた部屋に足早に行き、シエルに手伝ってもらい訓練着に着替えます。
馬車に座っていただけなので疲れてませんよ。昨日はエディよりも早くに眠り、ターナー伯爵家に早く着くために明け方に出発しました。食事も馬車ですませられるように料理長に用意してもらいました。拗ねていたエディの対応が面倒だったわけではありませんのよ・・。エディは今頃はお母様と一緒でしょうか。二人はルーンの訓練室に閉じこもって訓練しているので、何が起こっているかは見せてもらえません。私は近づくことを許されませんでした。
護衛騎士に挨拶をして、訓練場に向かいました。
準備運動が終わる頃には伯父様が訓練場に来られたので礼をします。
「準備は万全だな。今日は軽く、剣からいこうか」
伯父様が木剣で斬りかかってくるので、必死で受け止めます。次の動きを予想できればいいんですが、そんな余裕はありません。伯父様の速くて強い剣戟に手が痺れますが、剣は絶対に手放しません。躱せず、受け流せずに歯を喰い縛って耐えますが、すぐに一本取られましたわ。
尻餅をつきましたが、すぐに立ち上がります。
「筋力も付いてきたな。今は受け止めるだけで精一杯だが前回よりも、成長しているよ。もう少し余裕があればいいが、あとは経験だ。思考を止めてはいけないよ」
「ありがとうございます」
「次は弓」
渡される弓矢を構えて的を狙います。全部真ん中に命中しましたわ。
次は伯父様が風の魔法で操る木の的を狙いますが全く当たりませんわ。
動きを予測しても、タイミングが合わずに外れます。
駄目ですわ。ゆっくり狙うのはやめて早打ちしてみますがかすりもしません。
「動くのはまだ難しいか。落ち込まないで精進しなさい」
「ありがとうございます。伯父様お願いがあります」
「なんだ」
「自分よりも腕力のある方に捕まった時に逃げる方法と隙をつくる方法を教えていただきたいですわ」
いつも穏やかなお顔の伯父様が真顔になり肩を掴まれ、詰め寄られました。
「リオか!?」
「いえ、以前さらわれた時に……」
「そっちか。安心したよ。まだ先に教えようかと思ってたが、明日からの訓練内容に加えよう」
「ありがとうございます」
伯父様の顔がいつものお顔に戻りましたわ。
「今日はここまでだ。ゆっくり休みなさい」
「はい。ありがとうございました」
疲れましたわ。礼をしてお母様の使ってた部屋を目指します。
武術の才能はありませんが、頑張るしかないですわ。
部屋に入り、ふかふかのベッドに飛び込みました。
シエルはいないので、礼儀を咎められたりしませんわ。礼儀を咎められない久々の日々に笑みを浮かべるとノックの音がしてベッドから起き上がります。結い上げていた髪が乱ているので、髪を整えていると扉が開きました。
「入るよ、お疲れ様シア」
中に入ってきたのはリオでしたわ。リオなら急いで髪を纏めなくても大丈夫ですわ。少し身長が伸び、肌が焼けましたわね。
「お久しぶりです。リオ兄様。クラム様達をありがとうございました」
「久しぶりだな。俺は仲介しただけだから。髪、直すよ」
手を伸ばすリオに思いっきり抱きつきます。
「どうした?なにかあった?叔母上に怒られた?」
見当違いな心配をするリオの顔をじっと見上げます。ギュッと抱きついてのお願いがポイントでケイト直伝ですよ。今回の作戦にはリオの協力が必要です。
「リオ兄様と仲良くなりたいです」
「待って、どうした?落ち着いて!!」
リオの手が肩に置かれて、珍しく焦った声が聞こえます。
「私は落ち着いてますわ」
「離れて、座って。頼むから」
言われた通りリオから腕をはなして椅子に座ります。無理強いはいけないので、引き際も大事です。
リオが隣に座り私の顔を凝視しています。シエルが帰ってきたので視線を送りお茶の用意をお願いするも、
シエルが一瞬驚いた顔をしましたが、すぐにいつもの顔で頷きました。
「シア、どういうことか聞いてもいい?」
「私は学園で嫌われています。リオと仲良くすると令嬢達の味方が増える可能性があります」
リオが大きな溜め息をつきました。ブツブツ呟いていますが聞こえません。
「シアだもんな。期待した俺が…。今更か。言いたいことはわかったけど、仲良くするって?」
具体的に何も考えていませんでしたわ。
「名前で呼び合う?」
「すでに呼んでるよな」
「どうすればいいんですの。仲良く見えるってどうすれば……」
生前も殿下が恋されるまでは私との不仲の噂はありませんでした。国王陛下夫妻は共に散歩される風景を侍女が仲が良いと言ってましたわ。
「一緒にお散歩しましょう。でもリオは忙しいから駄目ですわ。誰に相談すれば…。殿下は、ファーストダンスが婚約者の特権?」
社交辞令のお似合い、仲睦まじいはあてになりません。恋人同士ではないので、過度の触れ合いはできませんし、淑女としても駄目ですわ。
「周りの視線がまた集まるけど?」
「構いませんわ。見られることを利用します。」
リオの声に顔を上げるとリオが目を閉じて、口元を手で隠して
考え込んでいますわ。
しばらくして頬に手が伸び、リオの温かい手に頬を包みこまれました。リオの美しい瞳に見つめられ、久々の美しい色に笑みが溢れます。やはりマールの瞳は吸い込まれそうなほど美しいですわ。長きに渡り継承し続けた瞳は特別ですわ。王家が一番と聞きますが、引けを取らない美しさと言ったらアリア様は怒るでしょうか。
「シア、俺に触れられるの嫌?」
リオの美しい瞳を堪能していて、聞こえる声に我に返りました。いけませんわ。私はリオを説得中でしたわ。
ありえない質問に驚きながらも、頬に触れられる手に己のものを重ねます。
「いえ、安心します」
「ふーん。わかったよ。俺に任せて」
さすが優秀なリオですわ。頼もしい言葉にさらに笑みが深くなりますわ。
「方法が見つかりましたの?」
「自分で言い出したの忘れないでね。発案はシアだよ。」
リオが企んだ時の悪いお顔をして、思わずリオに触れていた手を降ろします。
「怒ってないし怖いこともしないよ。ただもう少し意識して欲しい」
リオの手が頬から離れ、爽やかな笑みにゾクリと寒気がしました。
「いずれわかるから、俺に任せてよ。シアの願いは俺が叶えてあげるよ」
「わ、わかりましたわ」
リオの笑顔に悪寒が止まりません。
シエルのお茶に手を伸ばし、口をつけても心は落ち着きません。シエルの咎める視線に着替えと乱れた髪を思い出しました。伯母様が服を持って訪問され、晩餐の前に久々に着せ替え人形になりました。
着替えが終わり、リオに髪を結い上げられながら、嫌な予感がしました。
私はもしかして選択を間違えましたか・・?
でも他に策はありませんし、やってみるしかありません。
駄目なら次の手を考えましょう。
とりあえず今は学園のことは忘れて強くなることだけに集中したいと思います。
打倒エイベルですわ!!




