第四十八話 追憶令嬢12歳
ごきげんよう。レティシア・ルーンですわ。
自衛能力をつけたい公爵家令嬢ですわ。
ステイ学園には一月ほど長期休みがあります。休養日には時々社交のために帰ることもありましたが、ケイト達に会うのは入学以来初めてです。
久しぶりにダンやケイトと過ごせるのは楽しみですわ。
「姉様!!」
馬車を降りると弟のエドワードが抱きついてきます。わざわざ外で待っていてくれたエディは8歳になりました。魔力測定も社交デビューも終えましたが笑顔で抱きつく様子は変わりません。
あとどれくらいこんなに歓迎してくれるのでしょうか。会うたびに身長が伸び、私のお腹にあった頭は胸まで迫って来ております。まだ私のほうが身長が高いことに安心したのは内緒です。
生前の最後の記憶のエディは私より大きくなってましたわ。
あの頃は可愛げは全くありませんでしたわ。
「エディ、久しぶりね。身長が伸びたわね」
「姉様はますますお美しくなりましたね」
「ありがとう。将来は令嬢達にモテモテね」
「姉様以外にモテても嬉しくありません」
「あらあら」
うちの弟は昔から誉め上手なのできっと将来素敵なお嫁さんを迎えるでしょう。優しいのでお嫁さんを大事にしてくれると思います。どこかの無礼な嫡男と比べて将来有望ですわ。いつまでも抱きついているエディを引きはがして、うちに入ろうとすると手を差し出すので、まだ私よりも小さい手にエスコートを受けながら進みます。うちに入ると珍しく両親が揃っていました。嫌な予感がしますが、エディの手を放して礼をします。
「お父様、お母様、ただいま戻りました」
「おかえり、報告は聞いている」
無表情な両親が待っていたのは私の成績の話でしょうか。武術の成績は優秀な成績を残せず、学園でも問題ばかり起こしたので怒られる覚悟はできております。
「申しわけありません」
「責めてはいない。今日はゆっくり休みなさい」
「ありがとうございます。お父様」
「レティシア、茶会の話を聞きました。さすがルーン公爵家の令嬢です」
「ありがとうございます。お母様」
お母様が褒めてくれるのは珍しいです。お説教を覚悟してましたのに予想外ですわ。
お父様は執務室、お母様は外出されるので久々にケイトやダンに会いにいきましょうか。
うん?後ろに気配を感じ振り返ると、銀の頭が、
「エディ、どうしました?」
「今日は姉様とご一緒したいです」
「お勉強は?」
「今日の分は終わりました」
「お疲れ様でした。なにかしたいことがありますか?」
「姉様とご一緒できれば充分です」
エディが可愛らしい笑顔で抱きつくので頭を撫でます。大きくなったのでもう抱っこはできませんわ。久しぶりの子供らしい今世のエディは可愛いですわ。
やはりこのまま可愛いさも消さずに育ってほしいと願ってしまいますわ。
「お嬢様、旦那様が一度執務室にと」
「お父様の都合が良ければすぐに伺いますわ」
「かしこまりました」
シエルが確認に行きましたわ。
「エディ、ごめんね。お父様のお話が終わったらお部屋に行きます」
「姉様、僕も一緒に行きます。内容は知ってるので父上も許してくれると思います」
「楽しくありませんよ」
「貴重な姉様との時間です。姉様はお忙しいので」
確かにエディと遊んであげる時間は昔ほど多くは取れません。
シエルから了承の返事を受け、エディと手を繋いで執務室に向かいます。
「お父様、失礼します」
「礼はいらない。エドワードも一緒か。座りなさい」
来客用のソファに座るとエディが隣に座りました。
このソファに座るのは今世は初めてです。
エディと二人で座った記憶もありませんわ。私はルーン公爵邸での記憶よりも王宮で過ごした記憶のほうが多いです。
「ロキ達の話だ。母親のローナは記憶喪失のまま。ロキとナギを子供と認識しているが、他は思い出そうとすると発狂する。あれは心の問題で治癒魔法は効かない。素性も不明。ただローナの所作は貴族のものだろう。礼儀作法もしっかりしている」
「お父様はローナはさらわれた貴族とお考えですか?」
「その可能性も視野にいれてるが、うちも隣国も当てはまる人間がいない。私達にない色、国外の可能性が高いが手詰まりだ」
お父様が手詰まりなんて初めてですわ。諸外国のお客様は様々な色を持ちます。そして外交のない国もあり、ロキ達の素性を本気で調べるなら王家の力を借りるしかありません。うちの隠密では限界があり、そこまで労力をかける案件ではありませんわ。
「三人はどうしてるんですか?」
「使用人として保護している。ローナには事情を話し、3人とも屋敷の中で過ごさせている。不自由はさせているがこれがうちで保護する条件だ」
身元不明者の保護をしているのは危険なことなので知られるわけにはいきませんものね。
ルーン公爵家の使用人は優秀なので、外部に情報をもらすことはないでしょうが。
「わかりました。ありがとうございます。お父様」
「素性が明らかになるまではレティシアとエドワードの傍に置くことは許さない」
「承知いたしました。近づきませんわ」
「話はそれだけだ。レティシア、学園で優秀と聞いたよ。さすがルーン公爵家の娘だ。今後も励みなさい。話は終わりだ」
「かしこまりました。失礼します。お父様」
「失礼します。父上」
ロキ達に会えないのは残念ですが仕方ありませんわ。
お父様が保護を許してくださるだけでもありがたいです。求めすぎてはいけませんわ。
それに私と関わることで、危険なこともありますから。何も知らなければ安全ですもの。
「姉様、ケイトやダンと仲が良いことは知ってますので、僕に気にせず会いに行ってください」
エディ?隣にいる弟が笑顔で凄い事を言いました。
「父上や母上はご存知ないです。ご安心してください」
事実確認が必要ですわ。エディが庭仕事をしていても構いませんわよ。でも私の秘密を知っているのはまずいですわ。
確実に居場所がわかるケイトのいる厨房に向かいます。
「お嬢様お帰りなさい」
厨房に顔を出すと料理長達が手を止めて礼をして出迎えてくれました。私の見学席はいまだに用意されてますのね。ありがたいことですわ。
学園では料理長のお菓子にたくさんお世話になったのでお礼を言わねばなりませんわ。
「頭をあげて。ただいま戻りましたわ。お務めご苦労さまです。私のお願いを聞いてくださりありがとうございました。ルーンの料理人は一流なので非常に助かりましたわ。ケイトを借りてもいいかしら?」
「もったいないお言葉です。構いませんよ。ケイト、お嬢様がお呼びだ」
料理長は笑顔ですが、ケイトが嫌そうな顔をしました。
「お嬢様、お久しぶりです。改まってなんですか?あぁ。わかりました」
ケイトと一緒に廊下に移動し、エディに聞こえないように小声で囁きます。
「どうしてエディが知ってますの?」
「お嬢様よりエドワード様の方が一枚上手だっただけです。お嬢様に送った荷物を手配したのはエドワード様です」
ケイトの面倒そうに、エディに聞こえるようにこぼした言葉に息を飲みました。
嘘でしょ…?
手紙はケイトの文字でしたわよ。ケイトは意地悪でも嘘はつきません。エディに視線を向けました。
「エディ、いつから気付いてましたの?」
「記憶にありませんが、姉様が楽しそうに料理したり、畑を耕す姿は目にしてましたよ。姉様が隠していたので知られたくないのかと思ってました」
そんな前から気付いていたんですの!?
うちの弟はやはり恐ろしいですわ。両親には見つかっていませんのに。
「今度、僕も姉様の作ったものをいただきたいです」
「お、お父様達には内緒ですよ」
「もちろんです」
可愛い笑顔なのにどうして鳥肌がたつのかしら・・・。
でも内緒にしてくださるのなら構いませんわ。
エディに一緒にやりましょうと言ってはいけないことはわかってます。
ルーン公爵嫡男のすべきことではありませんもの。庭仕事をしてたのではなく、私の様子を見てたのですね…。
気にするのはやめましょう。見つかったならもう隠す必要はありませんわ。
とりあえずせっかくケイトに会ったのでお願いしましょう。
「ケイト、三巻は一人で作れるレシピの本が欲しいですわ」
「お嬢様、あれらは全部一人で作ることを想定して書いてありますよ」
「時間がかかるのは、私の手際が悪いからですか?」
「否定はしませんね。お嬢様、その顔はやめてください。エドワード様が怖いから。時と場合をしっかり考えて使ってください」
悲しい顔は素ですわよ。
ケイトには効きませんもの。それにうちでは弱気な令嬢をするつもりはありません。迷惑そうな顔をする所は相変わらず失礼ですわね。それがケイトですものね。エディがケイトを静かに見ているので念の為伝えておきましょう。
「エディ、ケイトに危害を加えてはいけませんよ。使用人への礼儀も」
「姉様が嫌がることはしません」
「エドワード様もぶれませんね。失言でした。失礼しました。そろそろ厨房に戻っても」
「構わないわ。ありがとう。ケイト」
「失礼します」
ケイトが慌てて去っていきました。
いつもは私と一緒を理由にこっそりサボっていますのに。
ケイトも責任感を持ったのかしら?
厨房は忙しい時間なので、邪魔をしないように遊びに行くのは後日にしましょう。
良いお天気なのでエディと一緒に庭園を散歩しました。
その後はエディのバイオリン演奏を聴きのんびりと過ごしました。
私の可愛いエディはやはり可愛くなくなりましたわ。
それでもルーンのためにお勉強を頑張り頼もしく成長するのは誇らしいこと。お母様の代わりに精一杯褒めると嬉しそうに笑いました。脱貴族するまでは精一杯貴族の世界で生き抜く弟のためにできることをしてあげたいと思います。でも私がいてもいなくてもわがルーン公爵家は安泰ですわ。




