第四十七話 追憶令嬢12歳
おはようございます。レティシア・ルーンですわ。
平凡で気楽な生活を夢見るステイ学園1年生です。
魔法の授業の件を反省しシエルに情報収集を頼みました。
これからはきちんと自分の身辺に気を配ろうと思いますわ。安全な学園に監禁以外の危険があるなんて思いませんでした。
私に魔法を向けたのはモナ・ダナム伯爵令嬢、ミーナ・ライ伯爵令嬢です。二人は以前なハンナ・イーガン元伯爵令嬢に言いがかりをつけていた中心人物であるアリッサ・マートン侯爵令嬢の取り巻きです。マートン令嬢はパドマ様の取り巻きの一人です。
今回の件はマートン令嬢の指示という噂もあります。
彼女達はコントロールミスしただけで悪意はなかったと主張されました。
お2人が私に向かって魔法を放つのを目撃した生徒が少なく、立場の弱い生徒だったのでマートン様達に睨まれ証言を取り消しました。そして二人は先生の前で事故と主張しましたが先生の見てない所で魔法を使ったので反省文が与えられました。
生徒会でからは私にも怪我はなかったので厳重注意のみとなりました。
マートン侯爵家からの圧力もあったと噂もありますが、これはわかりません。
学園へ圧力をかけることは禁止されてますが、できなくはありません。お父様が動かれませんしルーンの隠密を使ってまで調べる必要はないので、そこは踏み込みませんでした。
私に向けて魔法を放ったのを見ていた生徒や私がリオに運ばれていたのを見た生徒達により噂が広がっています。魔力のないルーン公爵令嬢に魔法で攻撃をした説を7割、注目を集めたいルーン公爵令嬢の自作自演説3割。
今まで取り巻きが億劫で作ってきませんでしたが、味方を増やした方がいいですわ。
シエルに情報収集を頼み気付いたのが私は生前より令嬢達に嫌われてます。
原因は魔力がないのにマール公爵令息の婚約者、クロード殿下に気に入られている、周りに見目麗しい殿方が多いことですわ。
時々話すエイベルによく一緒にいるクラム様にニコル様にリオは確かに令嬢に人気のある殿方です。一緒にいるセリアはシオン令嬢なので嫉妬による敵意を向けられません。シオン伯爵家が羨ましいですわ。
同派閥の令嬢はカトリーヌお姉様やエイミー様のおかげもあり、私には好意的です。
敵対派閥の方はずっと敵意を向けられていたのでこれは放置します。私の学年には同派閥の令嬢は少ないので中立貴族の令嬢を味方につけるのが得策でしょう。
問題は方法ですわ。
夏休みは同派閥のお茶会は控えて、片っ端から今まで見送っていた親交のない家のお茶会に参加しますか?
うちの派閥は大きいので友好を深める家もそれなりに数があるので、ルーンに関係のない家は訪問していませんでした。家名さえも覚えていませんわ。
私の生前の取り巻きの令嬢達はすでに他のご令嬢の取り巻きになっているので関係を持つつもりはありません。まことに申し訳ないですが、あまりお付き合いをしたくない方々ですから。以前嫌がらせのお手紙をくださったのですでに記憶から消しましたわ。
夏休みになったら伯母様に相談しましょう。
とりあえず、か弱い庇護したくなる令嬢作戦でいきましょう。
今朝は職員室に寄ってから来たので登校するのが遅くなってしまいました。
教室の扉を開けるとクラスメイトの視線が集まりました。私の迂闊さで授業は途中で終わったことを謝罪しましょう。
「おはようございます。昨日は私の所為で授業を中断してすみませんでした」
公爵令嬢なので学園外ならむやみに頭を下げたりしません。でも平等の学園ですし、悪いことをしたなら頭を下げるべきですわ。
「恐れながら発言をお許しください。ルーン様、頭を上げてください。誰も貴方を責めませんわ」
息を飲む音や突き刺さる視線を受ける中、近づいてくる人の気配がありました。明るい声に顔をあげると微笑んでいるのはブレア・レトス伯爵令嬢。上位貴族ですがほとんど関わりのない令嬢です。
「お体は大丈夫でしたか?」
「ご心配いただきありがとうございます。大丈夫ですわ。風の結界に守られましたのに、驚き取り乱してしまいお恥ずかしい姿を見せてしまいましたわ」
「仕方ありませんわ。風の結界?」
「風の結界魔法を組んである魔石を身に付けておりました」
互いに微笑みながら会話を交しますが、リオの話題は令嬢達を敵にするので避けるべきなのに、余計なことを申しましたわ。目を丸くして息を飲む音が聞こえ、最初から自分のうっかりにため息を飲み込み笑みを崩さず、話題を逸らすかトンズラするか思考を巡らせます。
「風の魔石・・。マール公爵令息からのプレゼントですか!?」
レトス様の声が明るくなり、大きく開いた目が輝き期待に満ちた顔で見られています。想像と違う反応に驚き、崩れそうになった淑女の笑みを浮かべて頷く。
「はい。お守りとしていただきました」
結界が発動するまで知りませんでしたが・・。リオ、事前説明欲しかったですわ。
言ったら受け取らないだろうと言われそうですわね・・・。ブローチの結界に気付かなかった私のうっかりに笑っていましたがお説教が怖かったので抗議はできませんでした。
「さすがマール様。私は姉からルーン様とマール様の婚約話を聞いて憧れてましたの。お二人はお似合いで、入学式のやりとりも感動しましたわ!!」
レトス様が両手を祈るように組み、目を輝かせて熱弁してます。
入学式のやりとり?
興奮されてますが、どこにそんな要素がありましたか・・?
先程とは違う意味で嫌な予感がしてきました。
「レトス様?」
「ブレア!!抜け駆けですわ」
近付いてきたのはサリア・サエル伯爵令嬢です。
「サエル様?」
「驚きますわよね。お二人の婚約話を聞いてから、憧れる令嬢が多いんですの。ブレアもその一人ですわ。いつも冷静沈着、完全無欠で令嬢達に見向きもしないマール公爵令息の予想外の純愛物語」
興奮しているレトス様の輝かしい笑顔を見て、淑やかに微笑みながらよくわからない言葉を静かに溢したサエル様。
完全無欠?冷静沈着?リオではなくお父様の間違いでは?
「純愛物語?完全無欠?人違いではありませんか?」
「当事者はわからないものですわ」
右頬に手を当てて、小首を傾げ意味深に笑うサエル様。
「マール様とルーン様を応援する会もありますのよ。会員証です!!」
レトス様が堂々と見せた下さった会員証、美しい青色と銀色の薔薇が描かれたカードに名前が書かれており、非常に嫌な予感がします。カードに書かれている絵にも見覚えがあります。
そしてレトス様の興奮する様子は、一部のご夫人達に似てます。
もしかして・・、
「会長は?」
「リール公爵夫人ですわ!!」
悲しいことに当たりですわ。
リール公爵夫人に贈られた楽譜の表紙には同じような薔薇が描かれていましたわ。
眩暈がしてきましたわ。すでに心が折れそうですわ。
伯母様、止めて欲しかったです。
でも応援する会なら嫌われてはいないんでしょうか?二人からは敵意は感じられません。
「私はリオの婚約者なのでご令嬢方に嫌われていると思っていましたわ」
「もちろん嫉妬する令嬢がいるのは否定しません。でもお二人を応援してルーン様とお話ししたいと思ってる方々もたくさんいますのよ。公爵令嬢に話しかけるのは恐れ多く遠慮してしまいますが」
思わず溢した本音をレトス様の熱弁で否定されました。
「ハンナを庇ってからは、憧れる令嬢も増えました。気弱なルーン様が勇気を出して立ち向かう姿は手に汗握りましたわ」
楽しそうに笑うサエル様。あの時は恐怖で教室が支配されたと思ってましたわ。
「怖がられていると思っておりましたわ」
「そんなことありませんわ。武術の授業で殿方相手に圧勝の場面も見たかったですわ。茶会での演奏も素晴らしく、ルーン様のファンは多いですわ」
一度も圧勝したことなどありませんが・・。
でも私を嫌ってない方もいますのね。二人の顔には嘘はありません。
魔力がないこと以外は特に長所もない単なる公爵令嬢ですのに。生前のように羨望を集めるような活動もしてませんわ。
不思議ですわ。でもそんな何も持たない私を好意的に見てくださる変わった方もいるんですね。敵意ばかり向けられていると思っていました。話を盛られている感じがいなめませんが頑張りを認められた気がして思わず自然に笑みがこぼれます。
「嬉しいです」
「サリア!!照れたルーン様が可愛いすぎますわ」
「ブレア、落ち着いて」
目の前の二人の様子がおかしくなりました。助けを求めて周囲を見渡すとスワン様が笑って手を振りました。
「ルーン様」
後ろから声が聞こえ振り返るとハンナ・イーガン様です。
「イーガン様?」
「ずっと謝りたかったんです。王家のパーティの時のこととお姉様のこと」
小さい声で話されたのは、2年前のことです。イーガン家のことはすっかり忘れてましたわ。
もう済んだことですわ。それにあの時は前方不注意だけでなく気配を消していた私がいけないのです。下手なことは言えませんので、
「イーガン様、貴方は十分罰を受けましたわ。謝罪はいりません。気にしないでくださいませ」
「あと、前に、助けていただいてありがとうございます」
震えながら謝罪されるイーガン様をこれ以上怖がらせないように優しい微笑みを作ります。
これは生前身に付けた慈善事業の視察の時の表情です。
「当然のことをしたまでです。私は貴方を認めています。フラン王国の未来を担う大事な臣民と思っていますわ」
「あ、ありがとうございます。貴族ではないので、ハンナで構いません」
「わかりましたわ。ハンナと呼ばせていただきますわ」
ハンナの瞳からポロポロと涙がこぼれました。うっかり生前によく使っていた言葉をこぼしましたわ。明らかに間違えました。泣くほど私の笑顔が怖かったんですか?
久々に作った所為かうまく作れませんでしたの!?
「私、ずっとルーン様に謝りたくて。頑張って一組に入ったけど、話しかけられる立場じゃないって思ってたんです。まさか、こんなに優しくしていただけるなんて」
あら?
これは私の表情でも言葉の所為ではありませんわ。
きっと事件の後、大変だったんでしょう。
罪人の家族として生きることは。
ハンナに罪がないからここにいます。事件に関与していたならお父様は修道院送りにしていますわ。
中傷を受けるのは家族を止められなかった罰と言えばそれまでですが。
でも当時のハンナはまだ子供でした。彼女の心が軽くなるように祈りましょう。でも辛い環境の中、ここまで這い上がってきたことは凄い事だと思います。
怖がらせないように優しい笑みを浮かべます。
「ハンナ、貴方は罰を受けました。もう気にしなくていいんです。ここでは私と貴方の立場は同じですのよ。泣き顔よりも笑顔を見せてくれたら嬉しいですわ」
「ルーン様」
「笑った方が可愛いわ。レティシアで構いません。私は同世代のお友達はセリアしかいないので、お友達になってくれたら嬉しいですわ」
ハンナに平民の挨拶、片手を差し出します。
ハンナが両手で握りかえしてくれます。
「私なんかでよければ光栄です。レティシア様」
「やっぱりハンナは笑顔が可愛いわ。よろしくお願いしますわ。目元が赤くなってしまいましたね」
シエルが無言で冷たいハンカチを渡してくれます。さすが私の優秀な侍女ですわ。
「これで冷やしてくださいな」
ハンナの目元にそっとハンカチを当てるとさらに涙が溢れ出しました。
「ありがとうございます」
ハンナは貴族ではないので、ここで泣いても醜聞にはなりませんよね。さすがにロキのように抱きしめてあやすわけにもいきませんし、
「サリア、ルーン様のファンクラブ作ってもいいかしら!?」
「レート様あたりに相談した方がいいと思うわ。すでにあるかもしれません」
「1年1組、ルーン様を愛でる会なんてどう?」
「悪くないですね。会長はブレア?」
「もちろん!!副会長はサリアやる?」
「うーん、スワン様に相談したほうがいいかもしれないわ。ルーン様の周り強烈ですもの。その前に・・」
ハンナを見ながら不審な会話が耳に入ってきますわ。突然、サエル様の視線が突き刺さりましたわ。
「ルーン様、私ともお友達になってくださいませ」
「ずるい!!サリア!!ルーン様、私もお友達になりたいですわ」
物凄い勢いにドン引きしそうになりますが、好意なんですよね?
「お友達は光栄ですが、ファンクラブはやめてくださいませ」
「ご安心ください。愛でる会にしますわ。」
「普通にお友達になることはできませんの?」
「戸惑ってるルーン様可愛いですわ。ハンナばっかりズルいです。私もブレアと呼ばれたいです」
「私もサリアでお願いしますわ」
目を輝かせている凄い勢いの二人、
「ブレア様?サリア様?」
「ありがとうございます!!」
嬉しそうなお顔を見たらもう思考を放棄したくなりました。
名前を呼ぶのは親愛の証です。
「私もレティシアで構いませんわ」
「光栄です。よろしくお願いします。レティシア様」
「感激です!!」
友達が3人増えましたわ。
ハンナ、そろそろ泣き止んでください。
ブレア様も落ち着いてくださいませ。
そろそろ先生が来て授業が始まりますわよ。
教室の扉の前で話していた所為で先生が教壇に進めずにいたのはニコル様に言われて気付きました。もう少し早く教えてくださいませ。




