第四十四話 追憶令嬢12歳
ごきげんよう。レティシア・ルーンですわ。
平穏生活を目指すステイ学園の一年生です。
私はロベルト先生達のアドバイスで魔法の実技の見学をしています。魔法は使えなくても、知識は無駄にならないからと。
生前3年生までは授業を受けたので必要ないとは思いましたが、断れる雰囲気ではありませんでした。
ここで先生の印象を悪くするのも、良くないのでしっかり見学をするフリをしようと思いますわ。武術の授業では私は落ちこぼれですので…。
魔法の授業はクラスごとになります。私のクラスで魔力を持たないのに武術を専攻しているのは、私だけなので見学者は私だけ。
魔力の座学を終えたので今日から演習です。
初めて魔力に触れる授業に興奮している生徒も多く、期待に胸を膨らませている様子につい笑みが溢れますわ。
今日は魔力の覚醒の授業です。
魔力の覚醒とは自分の中にある魔力を見つけることです。魔力は自然に作られる物なので常に体の中に存在します。それを認識することで自由に使えますわ。これができないと詠唱しても魔法は使えません。
やはり魔力の保有量が多い名家は筋がいいですわ。魔法もセンスが必要なことなので器用なセリアやスワン様はもう魔力を認識していますね。
カーチス様はまだですが、頑張ってくださいませ。
魔力を認識できたら魔石作りです。
自分の魔力の流れをイメージして、手に魔力を貯めます。
魔石は大きさでなく純度が重視されますわ。純度の高い物ほど色が濃いものになります。
魔石の大きさもイメージ次第。大きくなるほど、魔力を均等にこめるのが難しいので価値が高くなりますわ。
純度が高く大きい魔石を作れる方は少ないです。
もちろん私は公爵令嬢なので作れましたわ。
名家は魔力が強い両親を持つので、もともと魔力の適性が高い子供が産まれやすいといわれています。
生前は殿下もエイベルもリオも純度の高い魔石を作るのはお手の物でしたわ。
今世は知りませんわ。
魔石の使い道は魔道具の作成や魔力の回復など様々です。もしも体の魔力が暴走しそうになった時は魔石を作り魔力を放出させれば治まります。この操作は魔力を持つ者全てが身につけさせるものですわ。もし身に付けられないなら魔封じを施し、魔法とは無縁の生活を送る処置が取られます。魔力のコントロールは魔力を持つ者の義務ですから。
セリアとスワン様は魔石の作成に入りましたわ。
たぶん器用な二人ならすぐに作成できますわ。ほら。
セリアは嬉しそうに笑いました。魔石の研究したがってましたものね。よくリオから魔石を貰ってましたね。
昔はいつも私を仲間はずれにして、二人っきりで話すのが少しだけ寂しかったのは内緒です。
頭の良い二人の話についていける気もしないので、気にするのはやめました。フラン王国語なのに、全く意味のわからないお話ばかりですもの。拗ねるよりも違うことをするほうが有意義だと気付きましたもの。
懐かしい思い出に浸っていたら、授業が終わっていました。
「わからない!!イメージってなんだよ」
「うーん。こればかりはイメージと感覚だからね…」
カーチス様は顔を顰めて悔しそうなお顔を嘆いています。
珍しくスワン様が苦笑しながら宥めています。
セリアは魔石の大量生産に取り掛かっていますが先生に見つかり怒られてます。
セリアが怒られるのは稀ですが魔力欠乏を起こせば命に関わるので当然ですわ。
セリアは反省したフリをしてますが、寮に帰ってこっそり魔石作りを再開しそうですわね。
カーチスのスワン様がこちらに歩いてくるので笑みを浮かべます。
「お疲れ様ですわ」
「ルーン嬢、クラムにわかりやすく説明できる?僕、無理」
心底疲れ果てて困った様子のスワン様。スワン様はいつも容赦なくカーチス様を叩きますが、物凄く面倒見がいいです。周囲に先生も他に生徒もいませんし、見つからなければいいですよね?悪戯っぽい笑みを作って小首を傾げます。
「私は魔力が無いんですが、試してみてもいいですか?」
「頼む。お前の閃き信頼してる!!」
珍しく真顔のカーチス様に不謹慎ながら笑みが溢れます。お友達は助け合うもの。お役に立てそうで嬉しいですわ。
「カーチス様、手を貸していただけますか?」
「おぅ」
カーチス様に差し出された左手を指を絡めて繋ぎます。目を閉じてカーチス様の体の中にある魔力を探ると量はきちんとありますわ。他人の魔力を探るのはルーンの治癒魔法の基本ですわ。
緊張しているカーチス様の心を沈めないといけませんわ。
「え?」
「目を閉じて力を抜いてください。今は何も考えずに。ゆっくり呼吸してください。そうです。力が抜けたら自分の体の感覚に意識を、音に耳を傾けてください。自分の中にふわふわしたものはありますか?」
「わからない。」
うーん。魔力が体に馴染み過ぎてわかりずらいでしょうか?私にはこの温かい魔力はわかりやすいんですが。
自分の魔力に気づくより魔石を作ったほうが簡単かもしれません。時々無意識に魔法を使う方がいます。天才と呼ばれる方は。物は試しですわね。
「わかりましたわ。では意識を切り替えてくださいね。大丈夫ですよ。きっとできますよ。右手に風を集めるイメージを。そうです!!そのまま集めた風を固めるイメージを。いい感じですわ。もう少しですよ!!風を固めてどんどん小さく丸めて、力はこめずに、丁寧に、イメージしてください。では、力をこめるのを、やめて目を開けてください」
カーチス様の手を解きます。魔力が暴走したら止めようと握っていたのですがもう大丈夫ですわ。
「魔石!?できた!ルーン嬢ありがとう!!」
!?
勢いよく腕が伸び、抱きつかれて後ろによろけますがスワン様が支えてくれました。
「クラム!!自分の体格考えろ!!っというか令嬢に抱きつくな!!」
「ごめん、つい」
パコンと頭を叩く音が聞こえカーチス様の腕が離れました。
さすがに突然勢いよく抱きしめられたら驚きますわ。この二人は仲良しですわね。
「大丈夫ですわ。スワン様、ありがございます」
「いえいえ、こちらこそクラムがごめんね」
「気にしないでくださいませ」
感動して抱きつく気持ちはよくわかります。
カーチス様がまた魔石を作ろうとしてます。
「カーチス様、復習するのは構いませんが、あまりやりすぎると先生に怒られますよ」
「クラム、魔力欠乏になるから、もうやめて」
先生のいない場所での魔法の使用は禁止です。
特にうまくコントロールできない下級生は危険ですので。
魔力の暴走も欠乏も、生死に関わりますわ。座学で習っているはずですが…。
「やっぱり体の中の魔力がわからないから、体で覚えようかと」
「カーチス様は感覚が鋭いですから、いずれ見つけられますわよ」
「魔石作れたからいいだろ?ほら戻るよ。今日はここまで。わかった?」
スワン様の言葉にカーチス様が頷きました。
セリアはすでにいません。セリアは協調性にかけますが、シオン伯爵令嬢なので問題ありません。先生にカーチス様の作った魔石を見せ、合格をもらったので教室を目指しました。最初に作った魔石の使い方はさまざまです。すぐに使用する方もいれば記念として保管する方も。私はルーン公爵家のウンディーネ様を祀る部屋に献上しました。魔力をくださったウンディーネ様に感謝をこめて祈り捧げるのは大事なことです。
教室に戻るとリオがセリアと話しています。
また二人で難しい話をしているんでしょうか。容姿端麗な二人はお似合いですわ。
リオがこちらに向かってきますね。
「すみません。マール様、深い意味はないんです」
カーチス様が怯た顔で慌てていますが、リオは穏やかなお顔で普段通りですわ。
「何が?」
「いや、あの…」
珍しくカーチス様が口籠り、リオはカーチス様を気にせず私の前に立ちました。
「シア、これを」
「なんですか?」
「プレゼント。武術の授業の時以外はずっと付けてて欲しい」
リオの手の上には銀色のブローチがあります。
魔石のような綺麗な色。高級品?
ドレスと装飾品を贈られることはよくありますが、単独では初めてですわ。
「もらう理由がありませんわ」
「愛しい婚約者に俺の魔石を身につけてほしいだけ。虫除けだよ」
虫除け?
「最近は畑に行ってませんわ」
「シアのために作ったから、もらってよ」
「自分で作ったんですの!?」
これ手作りですか?
買ったのではなく、作りましたの?
これが魔石なら今世もリオは魔法の才能に恵まれてますのね。
器用なのは知ってましたが…。
「まだまだだけどな。いつかもっと立派な物を贈るから、今はこれを受けとってほしい」
すごいですわ。珍しくはにかんだ笑みを浮かべるリオに笑みがこぼれますわ。
十分立派ですわ。初めての魔石での手作りでしょうか。
いつか作り方を教えてもらいましょう。
リオ兄様はなんでもできますわね。これより立派って…。
細工師にでもなるのかしら…。
「ありがとうございます。大事にしますわ」
「大事にするより、身につけてくれれば俺は満足。ブローチは壊れたら直すから教えて。時間がないから、俺は行くよ」
身に付けてほしいと言いながら私の胸にブローチを飾っています。
リオが私の頭を撫で、去っていきましたが相変わらず令嬢達の視線が凄いですわ。
いつの世もリオはモテモテですわね。
「相変わらずリオ様は見事ね。レティ、ブローチ見せてくれる?」
すでに私の胸元のブローチを見てます。
セリアもリオも行動と言葉が合っていません。
この二人って似た者同士なんでしょうか…。
「へぇ。おもしろいわ。レティ、これ高く売れるけどどーする?」
「売りません」
人からの贈り物を売るのは非常識ですわ。
それに私に付けて欲しいだろう理由を思い浮かべるとリオらしくない理由につい笑みがこぼれてしまいますわ。リオも可愛いところがありますわ。リオにとっては貴重な物なので大事にしましょう。
「純度の高い魔石だけでも高額。そこに仕掛けも、これは」
ブローチを見ながらブツブツ呟くセリアの言葉に視線を向けます。
魔石が高額?
「セリア、魔石ってどこに売るんですか?」
「研究所や魔法具作成店、武器屋、薬屋、売るとこなんていくらでもあるわよ。リオ様の魔石なら私が買い取ってもいいけど」
「リオの魔石は売りません」
「あら、残念。気が変わったらいつでもどうぞ」
失念してました。
魔石は売り物になるんです。
もしお金を稼ぐ方法が見つからなければ、魔石を売ればいいのです。
私はこれでも魔石作成は得意でしてよ。
保険は手に入れましたわ。
ありがとうございます、セリア!!感動してセリアに抱きついたらベリッと剥がされました。セリアはまだリオのブローチの観察中でしたわ。
それからシエルの確認が増えました。
登校前にセリアのポシェットとブローチを忘れていないか毎回確認します。
気にするのはやめましょう。
私の侍女のシエルが動くのはきっと私のためですから。
シエル、今世はシエルだけは絶対に守りますからね。
対策が思いつかなければ、15歳になったらシエルを公爵邸に帰しましょう。
とりあえずすばらしい保険が見つかって気分が明るくなりました。




