第四十三話 追憶令嬢12歳
ごきげんよう。レティシア・ルーンですわ。
平穏な生活を夢見る公爵令嬢です。
学園の大行事、茶会が終わって一週間が経ちました。
私はカトリーヌお姉様からお礼に異国の魔術の本を頂きました。
精霊の力を使わず、実践できる魔術の本は大変貴重なものです。
カトリーヌお姉様は読めずに諦めたので譲ってくださいました。
辞書を探しに図書室の本棚を探しておりますが、古い本のためどこの国の言葉かもわかりません。
似てる文字を探すしかありません。
図書室で見つからなければ、リオにお願いして取り寄せてもらいましょう。
見覚えのない文字なのでルーンの書庫にはないのはわかっていますので。
クロード殿下の侍従が私を見て近づき礼をしました。頭を上げないのは私に用があるんでしょう。使用人が貴族に声を掛けることはマナー違反です。使用人同士でやりとりするか、このように意思表示して声を掛けるのを待つのが一般的です。緊急時は別ですが
「頭をあげてください。どうされました?」
「殿下がお呼びです」
きっと茶会の件ですわね。
殿下のお誘いをお断りするわけにはいきません。
「わかりましたわ。参りますわ」
シエルを呼び出し片付けてを任せ殿下のもとに向かいます。
生徒会長室に案内され、中に入ると見覚えのある部屋。
昔はよくここで殿下のお手伝いをしましたわ。
「殿下、お連れしました」
「ごきげんよう。殿下」
「頭をあげて。ルーン令嬢、来てくれてよかったよ。どうそ、座って」
頭を上げると目の前にいるクロード殿下にエスコートされ昔、よく座っていたソファに腰を下ろしました
私の前にお茶とお菓子が置かれます。カップもお菓子も物凄く見覚えのある物が、
「茶会では素晴らしい演奏だったよ。君にバイオリンの特技があったとは驚いたよ」
「ありがとうございます。殿下にお褒めの言葉をいただけるなんて光栄ですわ」
穏やかな笑みを浮かべる殿下の社交辞令に笑みを返してお礼を伝える。心の籠っていないやり取りです。
「人払いと結界を」
殿下が侍従に命じますが二人っきりはいけません。
「恐れながら殿下」
「君に危害は加えない。外聞も傷つけないと約束するよ」
金の瞳で静かに見つめられ、穏やかな笑みを消して真剣なお顔。このお顔は譲っていただけないですね。普段は優しく穏やかですが実は頑固な一面もありますから。
殿下は嘘はつきませんので、信頼しても大丈夫ですわ。
私には従うしか選択肢はありませんが…。
「わかりましたわ」
「今日は素直なんだね。調子が狂うな」
殿下が額に手を当てて苦笑してます。レオ殿下達に悩まされると時々されていた表情ですわ。
一見普通の笑顔に見えますが、このお顔は苦笑です。
殿下の笑顔はよく見ると違いがありますのよ。
殿下に命じられるまま、失くなったバイオリンの件を話します。
「わかった。ありがとう。ルーン嬢、今だけ名前で呼ばせてもらえない?」
真剣なお声に必死さを感じます。初めて聞く声色。
人前でなければ呼び方はどうでもいいですわ。
今は殿下と二人だけなので、噂を立てられることもありませんわ。
「かしこまりました。殿下のお心のままに」
「ねぇ、レティシア、君は私のレティじゃないの?」
聞き間違いですか?
殿下の両手が私の手を優しく包み込み、懐かしい感触に視線を落とします。
生前はいつも側にあった手なのに不思議ですね。温かい手は昔と変わりません。
緊張して冷たくなった私の手を包んで馬車の中で温めて微笑んでいた人。
視線を感じて顔を上げると真剣なお顔で見られてますが…。
心の中を読まれてませんよね!?
社交用の笑みを浮かべて誤魔化そうとすると殿下が口を開きました。
「昔話に付き合ってくれないか」
殿下が私の手を離して、隣に座ります。
近くありませんか?
殿下は隣に座るの好きでしたものね。よくここに並んで書類と睨めっこしてましたわ。
私は了承してないのに始まりますの?お茶を勧められ、お茶に手を伸ばしますが緊張で味がわかりませんわ。
「お菓子もおかわりあるから、遠慮しないで」
できればすぐに撤退したかったのに…。笑みを浮かべてお礼を伝えお菓子に口をつけます。生前は好きだったお菓子を口にいれると覚えのある風味にふと力が抜けます。緊張してなければもっと楽しめた味なのに。
殿下も時々強引ですものね。やっぱり生前と変わらないんですね。
仕方ありませんからお付き合いしましょう。
殿下を見ると見慣れた笑顔を浮かべて話し始めましたわ。
殿下のこの笑顔は表面だけの顔ですわ。
私の社交の笑顔と同じです。このお顔の殿下は感情を隠しているのでなにを考えているかわかりません。
「ある国の王子には愛する婚約者がいました。婚約者は王子を愛していませんでした。それでも王子は婚約者が側にいてくれるだけで満足し、彼女と一緒の未来を信じていました。王子は王位に興味はなかったけど婚約者と一緒にいるために、必死に良い王を目指していました。婚約者を蔑ろにすることもあったけど、それは彼女も理解してくれると思っていました」
初めて聞くお話です。
王族なのに王位に興味がないってどういうことですか。
王位って義務ですよね?
継承者がたくさんいるなら話は変わりますが…。
そのお話の王子様、王族としてまずくありません?
王族である殿下には言えません。
穏やかな顔を作って静かに聞き流しましょう。
「ある日、彼女は突然姿を消しました。王子が見つけた時は彼女は意識不明。彼女を隠したのは王子の弟。周囲は弟と彼女の恋仲を疑いました。王子は彼女の目覚めを待っていたかった。でも周りは違った。不貞を働いた彼女を王妃にはできないと声が上がった。王子の弟は投獄され、彼女は決して目覚めない。彼女も牢獄にという声は王子が握り潰した。彼女は眠ったままでどんどん体が衰弱し、彼女のために王を目指した王子は王家の禁忌を犯し時の遡りの黒魔術を使いました。そして時を遡って、出会った彼女は別人になっていた。レティはこのお話をどう思う?」
困りましたわ。
王子様、怖いとしか言えませんわ…。
中途半端におわるお話ですが、後編はまだ書かれてないのでしょうか?
私は意識不明の婚約者と弟君の恋仲か疑われたのが不思議です。
おとぎ話ですから細かいことは気にしてはいけませんね。
でも王太子の婚約者に手を出した弟君への罰や醜態をさらした令嬢が王妃になれないことを描いているから教育用ですか?
陛下の命令には逆らってはいけないと伝えているんですか?
私にとってはおとぎ話ではなく怖い話ですが・・。
さすがにこの感想は殿下に正直に言えませんわ。
ただ不思議なのは
「難しいですね。王子様はどうして裏切ったかもしれない彼女のために禁忌を犯したのでしょうか?王家として国民のために生きるのが義務ではありませんの?」
「レティらしいね。王子には彼女のいない国なんてどうでもよかったんだよ。彼女が望むなら弟に、王位を譲っても良かった。彼女の婚約者になるために王太子の身分が欲しかっただけだから」
殿下が遠くを見てますわ。
同じ王族なので王子様の気持ちがわかるんですかね。
感情移入してるんでしょうか。
殿下がおとぎ話に感情移入しているのなんて初めてみましたわ。
いつも穏やかなお顔で読書されてますもの。まずおとぎ話を読んでる殿下も知りませんでしたわ。
「どうして、政略結婚の相手にそこまでの思いを抱けましたの?」
「王子は彼女が好きだったから、数ある婚約者候補の中から彼女を選びたいと陛下を必死で説き伏せたんだよ」
恋は人を狂わせますものね。
ルメラ様にイチコロされた殿方達は自分が捨てた令嬢達の気持ちも家のこともお構いなしでしたわ。
最低ですわ。当人である殿下には流石に言えませんね。
殿下も同じでしたもの。
「恋ゆえですわね。私には王子様の気持はわかりませんわ」
家を犠牲にしてまで、恋い焦がれ愚かな行動をして醜態をさらす意味がわかりませんわ。
捨てる側は捨てられる側の気持ちはわかりませんよね。
冷笑を浮かべそうになり、慌てて表情を取り繕います。
「レティが姿を消した婚約者だったらどう思う?」
殿下の真意はなんでしょうか。
このお話にこだわりますわね。
「私だったら・・。ルーン公爵令嬢としてありえませんわ。たとえ弟君を愛しても陛下とお父様の命に従います。恋ゆえに弟君と一緒になることを譲れないなら、根回しをして公爵と陛下を説得しますわ。恋ゆえに、貴族としての務めを果たさないなんて許されませんが。それでも想いを遂げたいなら遺書を書いて自決しますわ。そんな自分本位な考えで自分の務めを疎かにする公爵令嬢は生きてる価値はありませんもの」
自分で言いながら胸が痛いですわ。
ただ生前の私ならきっと迷いなくこう言いますわ。
私は貴族の務めから逃げるかわりに貴族位を返上しますわ。
できるかぎりルーン公爵家のお金を使わないように気をつけてますのよ。
物も大事に使って、私がいなくなった後に売ってもお金になるように気をつけています。
いずれ、私のために使われたお金はお返ししたいと思います。
ちゃんと領民の税で暮らさせていただいた分は必ずお返ししますわ。
お金を稼ぐ方法を早急に探さないといけませんわ。
「レティ?」
ぼんやりしてましたわ。
「申し訳ありません。続けてくださいませ」
「彼女は王子のことをどう思ってたんだろうね」
「わかりません」
「レティなら?」
「私でしたら立派な王となろうとする王子様のお手伝いができるように、努めたいと思いましたわ」
殿下の婚約者であった頃はそう思ってましたもの。
殿下は私の思いなど不要だったと思いますが。
「彼女は弟を愛していたのかな?」
「それは彼女にしかわからないことですわ。物語ですもの。殿下の好きな解釈でいいと思いますわ」
「うーん。私のレティの面影があるんだよな」
殿下に見つめられます。フラン王国で一番美しいといわれる王家の瞳。
この綺麗な瞳が昔は好きでしたが今は複雑ですわ。
「殿下?」
「私が立派な王を目指せば君は私の側で支えてくれる?」
「物語のお話ですか?」
「違う。現実の話」
「私の忠誠は国王陛下とルーン公爵家のものですわ。臣下として王家と民のために精一杯務めさせていただきますわ」
「模範解答だね。私は君に側にいて欲しい。魔力がないことなんて気にしなくていい」
「申し訳ありません。恐れながらその申し出は受けられませんわ。私をお側におくことはルーン公爵令嬢の立場として反対ですわ」
「友人としては?」
「殿下を友人なんて恐れ多いですわ」
「弟は?」
殿下が不機嫌な目で見てきます。
付き合いは長いので殿下の笑顔の裏の感情は読めますわ。
「レオ様は特別ですわ。殿下は周りに優れた方々がたくさんいらっしゃるではありませんか」
「私は君に側にいてほしい。他はいらないよ」
「殿下、その発言はいけませんわ。私より優先すべき方を大事にしてください」
「言い出したら聞かないところは変わらないね。君を困らせるのは本意じゃない。ルーン令嬢ありがとう。君と話しができてよかったよ」
「お役に立てたなら光栄ですわ。失礼いたしますね」
「あぁ。気を付けて。またね」
礼をして退出します。
今更ですが、御伽話ですよね?
時を遡れるなんて、ありえませんよね?
ルメラ様を思うあまり禁呪を?
さすがにあの殿下がそんな軽率なことをするとは思えません。
あまりにも殿下が婚約者の意見を聞いてくるので感情移入してしまいましたわ。
きっと御伽話です。
深く考えたらいけないです。気にしませんわ。
さて、寮に帰りましょう。




