第四十話 追憶令嬢12歳
ごきげんよう。レティシア・ルーンですわ。
平穏な生活を夢見る平凡な公爵令嬢ですわ。
茶会が近づき私は毎日エイミー様と一緒に演奏室で練習してます。
リオは多忙なためいません。リオとエイミー様はクラスメイト、カトリーヌお姉様とは生徒会で一緒なので3人の間で話し合いがなされています。
私に求められる役割はきちんと演奏することです。
エイミー様の演奏があれば私の拙い演奏も素晴らしい曲に変わりますが、下手でいいわけではありません。リール公爵家は音楽が関わると豹変します。普段の可愛らしい空気ではなく優雅な空気を纏うエイミー様の厳しい指導を受けながらバイオリンの腕を磨いています。
演奏を終えるとパチパチと拍手が聞こえました。ここには私とエイミー様とシエルだけ。シエルは従者なので声をかけない限りは存在を主張しないように静かに控えるため拍手はしません。
「素晴らしいな。こんなに美しい演奏は初めて聞いたよ」
聞き覚えのある感心している声が聞こえ視線を向けると驚きました。
え!?なんでですの?
リオ兄様、目の前にレオ様がいますわ。混乱してリオに連絡してしまいましたが報告すべき案件ではありませんわ。
ごめんなさい。気にしないでくださいと念じて魔力を送り伝えます。
拍手の主は気配もなく部屋の中にいる笑顔のレオ様です。
「光栄ですわ。ありがとうございます」
エイミー様は動揺もなく可愛らしい笑みを浮かべて答えました。
エイミー様が気にされなくてもレオ様の行動は非常識です。きちんと教育しないといけませんわ。レオ様を見て、優しく見える顔を作りゆっくりと言葉を口にします。あからさまに叱ると人は反抗したくなるものです。特に身分の高い人ほどと教育学の先生がおっしゃっていましたわ。
「レオ様、勝手に入ってはいけません」
「ごめん。綺麗な音色だからつい。弾いてるのがレティシアだから」
「時と場合によります。親しき仲にも、」
レオ様を窘めているとふふふと笑い声が聞こえ、肩をポンと叩かれました。
「レティシア、構いませんよ。甘美な音色に引き寄せられるのは仕方のないこと。演奏家にとっては喜ばしいことよ。
お初にお目にかかります。リール公爵家長女エイミー・リールと申します」
「頭をあげて。レオ・フラン」
エイミー様にはレオ様のことを説明したほうがいいですわ。表面的には動揺は見せずとも心の中は違うかもしれません。無断で殿方が令嬢しかいない部屋に許可もなく入るのは無礼ですもの。王族であっても
「エイミー様、ごめんなさい。レオ様は人慣れしていないので距離の取り方がおかしいんです。きちんとすればできるんですが」
「構いませんわ。よければ殿下も聴いていってくださいませ」
「ありがとう」
レオ様が可愛らしいエイミー様からの誘いに嬉しそうに笑いました。クロード殿下と違って腹黒さも裏表も感じられない笑みが素敵ですわ。
レオ様の満面の笑みにエイミー様の頬がほのかに染まっています。もしかして、
「殿下はやめてほしい。俺は臣下に下りるから」
レオ様のはにかんだ笑みでそっと呟く言葉に、エイミー様の頬がさらに染まりうっとりとレオ様を見つめてます。このお顔はリオのファンのご令嬢がリオに向ける顔と同じです。
レオ様、将来のお嫁さん候補見つけましたよ。凄いですわ!!
しかも殿方に大人気のエイミー様です。拍手したいですが空気が壊れるので我慢ですわ。
「レオ様とお呼びしても?」
エイミー様が顔を赤らめて小さい声でレオ様に問いかけます。レオ様は嬉しそうに無邪気に笑って頷きました。レオ様はうっとりする様子はありません。これに落ちないレオ様おかしいですわ。
まだそこまで情緒が発展してないのかもしれませんわ。急ぎ過ぎてはいけません。今のレオ様はきっと心は3歳くらいですもの。好奇心旺盛などんなことも興味を持って手を出す領地の子供と同じですわ。
「ありがとう」
エイミー様がお顔を手で隠していますわ。
エイミー様ならレオ様をお任せしても安心です。エイミー様の可愛いらしさがあればブラコンには育たないかもしれませんわ。これは監禁回避成功ですか!?
レオ様のお世話が億劫なわけではありませんのよ。
ここは恋のお手伝い作戦の出番でしょうか?人の色恋に関わりたくありませんが王族は別ですわ。
シエルの嗜めるような視線が痛いですが気にせず笑顔を作ります。
人は同じ時間を共有することで絆を深めると習いましたわ。
「レオ様、バイオリンは弾けますか?」
「多少は」
「私のバイオリンをお貸しますので、エイミー様と一曲聴かせていただけませんか?」
「俺はレティシアほど弾けない。エイミーの迷惑にならないか?」
「レオ様、リール嬢ですわ。許可なくご令嬢の名前を呼びつけにするのはいけません。お名前を呼ぶなら敬称をつけてください」
「ごめん」
「構いませんわ。エイミーが嬉しいですわ。レオ様」
ほのかに頬を染めてうるんだ瞳のエイミー様にレオ様が見つめられてます。
可愛いらしいですわ。
クロード殿下もルメラ様にイチコロされてましたものね。
レオ様もイチコロされますかね。
「レオ様、私はレオ様とエイミー様の演奏を是非聴きたいですわ。エイミー様との演奏気持ちが良いですわよ」
自慢すると好奇心旺盛なレオ様がわくわくした顔をエイミー様に向けました。
「エイミー、いいか?」
「光栄ですわ。レオ様のお好きな曲を弾いてください」
エイミー様が深呼吸して気持ちを落ち着けてますわ。
お顔が赤いのはかわりませんが。
レオ様の演奏に合わせてエイミー様が音を乗せていきます。
あら?この曲は歌劇に登場する求愛の曲。エイミー様はうっとりとレオ様は楽しそうに演奏してます。レオ様が嬉しそうに笑うお顔は可愛いです。エイミー様の指をレオ様がわくわくした顔で見つめたり、エイミー様と視線が合い嬉しそうに笑っている姿は子供のようで微笑ましい。
レオ様は曲の意味を知らずに弾いてそうですわ。レオ様の演奏も上手で目を閉じて演奏に耳を傾けると昔見た歌劇が浮かびます。騎士がお姫様に恋をして、手柄を立てて求婚して下賜してもらう話です。クロード殿下があまり好きではなかったお話です。後宮に入り王様のお手付きになりながら、騎士に心を捧げていた描写は王族に見せるべきお話ではありませんわ。クロード殿下は温厚な方なので視察の中での小さな無礼は見逃します。決して不満を口に出さずに歌劇もお褒めの言葉を授けてましたわ。
曲が終わったので拍手します。
すばらしい演奏でしたわ。
もしレオ様がエイミー様と結ばれれば監禁なんてしませんか?
ブラコンを拗らせないでしょうか・・・。
「レオ様、お上手ですわ。手ほどきはどなたに?」
「宮廷からきこえる音楽を真似しただけ。あとは弾くと母上が喜ぶから独学で」
はい?王族も音楽の教養はありますよ。クロード殿下はバイオリンもピアノも素晴らしい腕前の待ち主です。
レオ様ってまさか・・・。
生前はクロード殿下と私には優秀な教師がついていました。
レオ様を王宮の授業で見かけたことは一度もありません。私は公式行事以外でレオ様にお会いした記憶はありませんよ。
将来、臣下になるとはいえ陛下酷すぎませんか?放置されたからあんな変態に育ってんですか?
王族のことは気にしてはいけませんわ。考えてもどうにもならないことですわ。
「レオ様、独学でここまで!!素晴らしいです。楽譜を見ずに弾けるなんて才能の塊です。私でよければお教え致しますよ!!」
エイミー様のお顔が恋する乙女が教師に変わりました。
恐ろしいですわ。リール公爵家の血筋・・。音楽で豹変するのはエイミー様も同じなんですよね。
「レティシア、楽器が上手くなったら母上喜ぶかな」
レオ様の声に現実に戻されます。戸惑う顔のレオ様に満面の笑みを浮かべて激励しましょう。
「もちろんですわ」
「エイミー、時間があるときで構わないから教えてもらっていいかな?」
「もちろんです。レオ様、一流を目指しましょう」
盛り上がっている二人を眺めると先ほどまでの甘い雰囲気は微塵もありませんわ。
エイミー様の恋は終わりですか?
レオ様のモテ期は短かったです。恋のお手伝い作戦は失敗しましたわ。
地道に情操教育を頑張りましょう。私の監禁回避は短い夢でしたわ。
「どんな状況?」
「わかりませんわ」
「大丈夫か?」
「どうでしょう」
私は誰と会話してますの?横を向くとリオがいました。
全然気づきませんでしたわ。どうして皆様、気配がありませんの?もう疲れましたわ。
優しく撫でられる頭を撫でる手につい力なく笑ってしまいました。
「いつからいましたの?」
「さっき」
苦笑していますわ。時々向けられる仕方ないなって顔で見られています。
「マールどうしたんだ?」
「レティシアとリール嬢が練習しているので、様子を見に来ました。たまには混ざろうかと」
「マール様、お仕事は?」
「片付いたから顔出しに。いつもレティシアをありがとうございます」
「あら?レティシアのためですわね。溺愛してますのね。お可愛いらしいので気持ちはわかりますが」
「だろ?俺のだからね」
「わかってますわ。では練習しましょうか。レオ様、聴いていてくださいね。レティシア、好きなタイミングで弾いてね」
リオが二人の空気に入りいつの間にか練習が再開しました。
状況はよくわりませんが、レオ様からバイオリンを受け取り構えます。
エイミー様に微笑まれ、リオに頷かれ、レオ様にわくわくしたお顔で見られ弾き始めます。
エイミー様の美しい音が加わり、リオの音色が・・・。
あれ?リオの音色がいつもと違います。
いつもの明るく軽やかな音ではなく静かでも力強い綺麗な音色が響きます。バイオリンを弾いているのはリオで間違えありません。
もしかして今まで一度も真剣に弾いていなかったんですか・・・?
銀の瞳が細くなり微笑みかけられ、目を逸らします。なんで?
視線を感じますが恥ずかしくて顔が上げられません。
疲れているんでしょうか?エイミー様の嗜める視線を受けて切り替えます。
集中しましょう。
エイミー様との演奏は夢見心地な気分になり気持ちがいいですわ。
曲が終わるとレオ様が目を輝かせて拍手してくれました。
エイミー様は教師のお顔で控えめに微笑んでます。レオ様にやはり春は来ませんでした。私の作戦は失敗ですわ。
「マール様、流石がですね」
「リール嬢のおかげです」
「ご謙遜を」
「遅いのでここまでにしましょう。俺はレティシアを送るんで、レオ様はリール嬢をお送りいただけますか。暗いのでしっかり送り届けてくださいね」
なんか変な言葉が聞こえませんでした?
お伺いではなくてほぼ命令してません?聞き間違えですか?
「わかったよ。二人ともまたな」
レオ様が笑顔で手を振っています。
レオ様、リオに使われてるんですよ!?素直なのは美点ですが将来騙されないか心配ですわ・・。
しっかりしたお嫁さんが必要ですわ。臣下に下りても上位貴族であることに間違いはありません。
「シア、行くよ。お先に失礼しますね」
いつの間にか私のバイオリンが片付けられてリオの手にあります。荷物はシエルが持っています。
バイオリンを渡した記憶はありませんわ。とりあえずリオにそっと出されている手を取ります。
「失礼します」
レオ様とエイミー様に礼をしてリオに促されるまま足を進めます。
「あの二人は?」
「エイミー様がレオ様に恋に落ちましたが、レオ様の音楽の才能に教師に変わってしまった。台無しです。説明するの難しいですわ」
「シアが巻き込まれないならいいよ。今日はゆっくり休んで。練習は今日はしなくていい」
「おやすみなさいませ。リオ兄様」
これ以上は練習する気力はありませんわ。
寮に着いたので礼をして離れていく背中を見送りました。
レオ様に一時でも春が訪れたかもしれないことを喜びましょう。一瞬とはいえあのエイミー様の心を奪いましたわ。しっかりしたお嫁さんを迎える日がくるかもしれませんわ。
今日は疲れたのでもう休みます。
眠ろうとしたらシエルに食事をするように窘められました。




