間話 ある公爵夫人の日記
覗いていただきありがとうございます。
読まなくても本編に支障はないです。
マール公爵夫人視点です。
ごきげんよう。
私はローズ・マールと申します。
武術に有名なターナー伯爵家長女として生を受け、ご縁がありマール公爵夫人を務めています。
主人は外務大臣を務めており、諸外国を飛び回っております。
息子は三人。長男は成人し主人の後を継ぐために修行中、次男はステイ学園生、三男は魔力認定を通過したばかりですわ。主人はほとんど家におらず、女手一つで育てております。うちの妹とくらべれば息子達は全然手がかかりません。
今日は王妃様のお茶会に招かれております。正妃アリア様は主人の妹。
最近は側妃サラ様をお見掛けしないのが気がかりです。アリア様とサラ様の不仲の噂も心配です。
お茶会は滞りなく終わり、帰路につくと主人と息子が執務室で話し込んでおります。
珍しいですね。三男のリオは主人が帰ってきても、執務室には近づきません。
主人は細かい人なので、小言を言われるのが嫌みたい。お年頃ですから仕方ありません。
「ただいま戻りました」
「おかえり、ローズ」
「おかえりなさい、母上」
「二人で珍しいですね。お茶でも用意させますか」
「いらない。母上、レティシアの様子がおかしい」
レティシアは私の末の妹の娘、姪にあたります。うちは殿方ばかりなかりなので、ついつい主人と一緒に可愛がってしまいます。ターナー家の銀髪を持ちルーンの深く青色の瞳。お人形のような顔立ちですが、にっこり笑うお顔は可愛くついつい贔屓してしまいます。お転婆な妹の所為でお淑やかで素直で可愛い姪は尚更。探り合いと騙し合い楽しさのカケラもない社交の後は一層に純粋な姪に癒されます。
「ローゼは、特に変わりはなかったですが」
「レティシアが貴族は嫌、自分のために生きられないのが辛いって泣くんだ。いつもは滅多に泣かないのに子供みたいに号泣。5歳で貴族の重圧に押しつぶされるのってどうなの?」
リオ、貴方はそろそろ貴族の重圧にもまれる準備をしないといけないと思いますよ。
末っ子は自由気ままで手が焼けますわ。
「私に会った時もきちんとしようとしたけど、楽にしていいって伝えたら泣き出した。お母様に怒られるって必死で涙をとめようとするレティは可愛くて」
「旦那様」
息子が呆れた視線を向けています。レティが絡むと旦那様は残念です。旦那様に憧れる夫人達が見たらどう思うかしら。
リオ、あなたはこうはなってはいけませんよ。
「レティは?」
「泣き疲れて寝てます。レティシアの部屋にいます」
「リオが運んだの?」
「最初は見守ってようか迷ったんだけど、あまりにも小鹿のようにプルプル震えて、レティが心配だから私が運んだよ」
「親父!!最初から見てたのかよ」
「父上だろ。息子よ、修行が足りない」
「母上、レティシアを見てくれないか?」
リオはお忍びが趣味の所為か言葉遣いがいけません。あとでお説教です。
でも、今は見逃してあげましょう。遊びに行かずに、レティのことで相談に来るなんて成長でしょうか。リオはレティの面倒を見るのは得意ですが、人の手を頼ることはありませんから。
「一人で抱え込まずに、相談にきたことは褒めてあげるわ。可愛い姪ですもの。お母様にまかせなさい」
「母上、ほどほどに。シアが驚くから。暴走しないで」
レティシアの部屋に向かうとぐっすりと眠っています。
顔色が赤く、額を触ると少し微熱があります。
リオ、レティは倒れたのよ。お昼寝じゃなくて具合が悪いの。
そっと襟元を緩めて、軽く汗を拭いて、冷たいタオルを額にあてる。
「おおけいやぁ」
「きぞく、しゅくじょ」
「ルーン・・・・・・ため」
「ま、も、ら・・・・きゃ」
「おかあ・・・・ご・・・さい」
レティシアは随分うなされてます。
時々聞こえるうめき声の内容が、王家、貴族、淑女、ルーン公爵家のためかしら?次は守らなきゃとお母さまごめんなさいかしら?
妹よ、五歳児をどこまで追いつめていますの。五歳の頃なんて、馬と戯れてばかりの野生児でしたよね。貴方が嫁いで苦労したのは、それまで勉強から逃げてきたからですよ。
きっと10歳の時の貴方より、レティシアの方がしっかりしてますわ。マナーも含め。
他家のことに口を出すのは良くないですが、不肖の妹のフォローは必要ですね。
ローゼは嫁いでも手がかかります。
レティシア、貴方は王家に嫌な思い出でもありますの。
すでに王子殿下の婚約者候補に名は上がっています。どうしても、嫌なら候補から外れるように・・・、私の力では無理ですね。
瞼が揺れて、ゆっくりと目が開きました。
「レティ、目が覚めた?」
「伯母様!?」
きょとんとして女の子は可愛い。
妹は可愛いとは思わなかったのにどうして姪はこんなに可愛いのかしら。
ローゼの娘とは思えないわ・・。
この頃のローゼはいつも泥だらけでした。ほとんど部屋にいることはなく、ベッドから勢いよく起き上がり、飛び降りて窓からいつも出て行き騎士達と遊んでましたね。
「レティ、顔が赤いわね。ちょっと微熱があるわ。今日はうちに泊まっていきなさい」
「ご迷惑をかけられません。突然の訪問だけでも非常識ですのに」
妹よ、やっぱりレティのマナーは貴方の学園卒業時レベルかしらね。
「レティ、うちは大丈夫よ。いつでもいらっしゃい。ルーン公爵夫妻にはうまく言っておくわ。」
「ここに来るとき、明日はお勉強がんばるって約束したの」
妹よ、これ以上何を頑張らせるの。五歳児がうるっと涙目で、勉強頑張るって震えてるのはどんな状況ですか!!
「レティはえらいわね。いつも頑張ってるから、神様がお休みしなさいってお熱がでたのよ。お母様のことは伯母様に任せない」
貴方のお母様にはしっかりお灸を据えます。貴方が怒られることはないから安心なさい。
「伯母様、眠るまで傍にいてくれる?」
「可愛い我儘ね。うちの愚息にも見習わせたいわ。もちろんよ。レティシア。安心してお休みなさい」
寂しそうに笑う顔を見なくても、眠るまで離れる気はありません。
レティ、具合が悪い時はいつも独りなのかしら?これはあとでゆっくり妹夫婦とお話が必要ですわ。
久々にターナー伯爵家の血が騒ぎます。
翌日にはレティシアの熱は下がりました。
旦那様は休みを取り、ピクニックに行く用意をしていました。リオと遊んで、髪を乱してお母様に怒られると泣きそうになったレティシアの髪を綺麗に整えるとほっとした笑みを見せました。
お外での食事は初めての笑顔で旦那様の膝に座っている姪は可愛いですがこの子の教育が心配でなりません。帰る時間になるとお上品な笑顔でお礼を言い馬車の中では静かに外を見つめていました。お母様のお説教という呟きを拾い、ため息を飲み込みました。
ルーン公爵邸に着くと使用人達に出迎えられました。無表情のルーン公爵夫妻にレティシアはお淑やかな笑みを浮かべて綺麗に礼をしました。
「伯母様ありがとうございました。ただいま帰りました。お父様、お母様、ご迷惑をおかけしてすみません。今日はお部屋で休ませていただきます。おやすみなさいませ」
「あぁ、おやすみ」
「おやすみなさい」
最後にもう一度礼をしてレティシアは部屋に向かっていきました。
この頃のローゼは挨拶なんてできなかったわ。
「お姉様、レティシアが迷惑をかけてごめんなさい」
「ローゼ、話があります」
「今日は遅いですし、義兄様やリオも心配します」
「大丈夫よ。変わらないわね、ローゼ、話があります、ルーン公爵も一緒にお願いします」
そっと立ち去ろうとする気配に笑い掛けるとルーン公爵の動きが止まりました。ローゼ、昔からお説教から逃げようとするところは変わりませんね。逃がしませんよ。
何から始めましょうか。まずは
「あなた達、特にローゼ、具合の悪い娘を放置とはどういうこと?」
「放置してないわ。ちゃんと様子を聞いたわ」
「使用人に様子を聞くのも、部屋の扉からこっそり覗くのも、気にかけたとは言えません。まだ5歳ですよ」
「義姉上、レティシアは私が近づくと怖がるのですよ。そんな様子も可愛いですが」
「貴方がレティをわかりやすく可愛がらないからよ。レティは貴方達が自分に無関心と思ってるわよ。もう少し、レティとの時間を作りなさい。影でこっそりレティを愛でずに、本人を可愛がりなさい。無邪気に笑うレティはかわいいわ」
「お姉様、親としての威厳が・・・」
「娘を警戒させてどうするの。威厳じゃなく、尊敬や信頼が優先よ。幼い頃の自分を思い出しなさい」
「うちの両親は威厳の塊だったわよ」
「それは、貴方が問題ばかり起こすからよ。お母様は穏やかよ」
信じられないような顔で見てますけど、あなた怒られた記憶しかありませんの?両親のため息が目に浮かびますわ。ローゼは記憶力も良くないから忘れているかもしれない。
「これ以上目に余るなら、レティを私が引き取ります」
「それはご勘弁願います。義姉上、レティを愛でられないなんて拷問です」
「そうよ。大事な娘と引き離すなんてひどい!!」
「もっとレティと話し合いなさい。レティのお勉強についても話があります」
「なにか粗相が?」
レティの予定を使用人に確認したときは驚きましたわ。学園の授業よりも予定がぎっしり。
休養日もない。なんの冗談かと思いましたが事実のようですね。
「できすぎですわ。あなた、レティに厳しすぎよ」
「私が公爵家へ嫁ぐときと同じですよ。就寝時間が早いから、夜のお勉強は入れてないけど。それに椅子に縛ってもいないわ。公爵家令嬢としてこれくらいは当然でしょう?」
確かに学園の入学試験前に妹を椅子に縛り勉強させましたわ。入学試験に落ちるなんてターナーの恥。逃げ出す妹を掴まえて無理矢理勉強させたわ。ターナー騎士を総動員して。
「椅子に縛られたことのある令嬢は貴方だけよ。逃げずに授業を受けるのよ。ローラにもリオにもこんなに勉強をさせてません」
「教育の鬼のお姉様が!?」
駄目です。信じられないような顔をしていますけど、非常識は貴方だけですよ。妹のおかげで捕縛が得意になりましたけど。
「貴方には特別です。貴方は昔から勉強やマナーから逃げ回っていたから、嫁ぐ前に詰め込むしかなかったのよ」
ルーン公爵家に嫁入りなんてうちは顔が真っ青になりました。野生児が公爵夫人。
あの時は大変でしたわ。お断りもできませんし、マールに嫁いだ私がフォローをということでターナーの騎士総出で教育し直しました。
妹夫婦には任せられません。妹の話に頭が痛くなりましたわ。
気付いたら、周りは明るくなっておりました。レティの予定は組み直させましたわ。週1回、うちに行儀見習いに来させます。妹夫婦では頼りになりません。私が情操教育します。時々妹夫婦に抜き打ち検査も必要ですね。ふふふ。
さて、そろそろ帰りましょうか。ルーンの使用人の態度が変わりましたね。ちょっと怖がらせすぎたかしら?まだ妹へのお説教は遠慮したほうですのに・・。
何はともあれ可愛いレティの成長を傍で見守れるのは楽しみですわ。