第三十四話 前編 追憶令嬢12歳
ごきげんよう。レティシア・ルーンですわ。
将来の平穏な生活のために謀略を巡らす公爵令嬢ですわ。
生前は気付きませんでしたが運が悪いみたいです。これはどうにもなりませんので前向きに頑張るしかありませんわ。
私は3日ほど療養していました。
高熱が出ましたがルーンの薬を飲み2日で解熱しました。初めて風邪をひいた所為かシエルが過保護になり登校を許してくれませんでした。
生前の王妃教育では毒耐性をつけるために毒薬を飲みながらも顔色を変えずに社交をするという恐ろしい訓練をしたため高熱くらいでも心は元気です。
せっかくなので自室でのんびりと読書をして過ごしていました。
今朝登校前にシエルからお父様からの手紙を渡されました。
親愛なるレティシア
手紙が届く頃には元気にしているだろう。
パドマ公爵令嬢の件は私は手を出すつもりはなかったが、止められなかった。
すまない。
体には気をつけなさい
充実した学園生活を送れるように祈っている。
父より
意味がわかりませんわ。心配してくださるのはわかりますが・・・。
お父様に図書室での一件が報告が行くのは仕方がないことですわ。お咎めがないのでそれで満足しましょう。
私はレオ様のための教育の本を探さないといけません。わからないことを悩むより時間は有意義に使いましょう。
登校すると視線を集めるのはもう諦めたので気にしません。
教室に入ると珍しくセリアが席に座っています。
まだ登校するには早い時間なのでクラスメイトはほとんどいません。
「セリア、おはようございます」
「レティ、おはよう。災難だったわね。体は?」
「もう大丈夫ですわ。まさか図書室でずぶ濡れは予想外でしたわ。本とノートが無事で良かったです」
笑いかけるとセリアの眉がピクっと一瞬動きました。
嫌な予感がします。まさかお説教が始まりますか・・。セリアが終わったことに興味を持つと思いませんでしたわ。セリアのお説教も中々、
「ルーン嬢、大丈夫か?」
「クラム、先に挨拶。おはようございます。ルーン嬢、シオン嬢」
明るい声に振り向くとスワン様がカーチス様を睨んでいます。明るい笑顔のカーチス様から表情が抜け落ち固まりました。カーチス様は表情豊かで楽しい方ですわ。
「お、おはよう」
カーチス様の挨拶を聞いてスワン様が満足そうに頷きました。スワン様はカーチス様の教育係ですか?
二人の様子に笑いを堪えて淑女の笑みを浮かべて礼をします。
「おはようございます。もう大丈夫ですわ」
「ルーン嬢、公爵令嬢なのに色々絡まれるな」
「クラム!!」
スワン様がカーチス様のお腹に肘を打ち込み、カーチス様がうずくまってます。ノロノロと立ち上がるカーチス様の顔色は悪くありませんが眉間に皺が・・。カーチス様のお顔を見ると音もせず、軽やかな一撃でしたがきっと相当痛かったんでしょう。
お二人のやり取りよりも気になるのは先ほどから向けられるセリアの呆れた顔。わかってますよ。
お説教を覚悟して笑みを消して、セリアに向き直ります、
「セリア、私はこれから呼び出されるんですね」
セリアが額に手を当てて頭を抱え長いため息をつきました。発明に失敗したのでしょうか?
「休み中に何をしてたのよ。シエルに探らせないと駄目でしょう?まぁ、お説教はリオ様に駄目だわ。頼りにならないわ。面倒だわ、」
セリアが呆れた声でブツブツ呟きはじめ、ニコル様が苦笑しました。
「僕が説明するよ。図書室で君達のやりとりを見ていた生徒達とレオ殿下の証言でね、ルーン嬢が拒否したのに無理にパドマ嬢が連れ出そうとしたことや君に魔法を使ったことが問題視された。パドマ嬢達は謹慎。この件に関わった令嬢達の婚約は破棄。もしも逆恨みして君に危害を加えるなら次は停学と修道院送り。ルーン嬢は被害者だからお咎めはなしだよ」
「スワン様ありがとうございます」
厳重注意と反省文程度だと思ってましたが謹慎ですか?
ステイ学園で罰を受けるのは貴族としてあるまじき行為であり醜聞です。しかも殿下が統率する生徒会に裁かれるのは貴族令嬢として致命的ですわ。
パドマ公爵家から圧力がかからなかったのでしょうか?殿下が統率するから圧力をかけられない?考えるのはやめましょう。とりあえず先生に謝罪に行かなくて良さそうですし、生徒会から呼び出しもないならありがたいですわ。仕事を増やしたので機嫌の悪いクロード殿下と顔を合わせたくありませんもの。
ほっと息をつくとスワン様の青い瞳に見つめられています。
「今回は運がよかったけど次はわからないよ。貴族社会は情報戦。現状把握して自分に有利になるように工夫しないと。今はマール様がいるから安心だけどマール様が卒業したら、自分でやらないといけない。きちんと気を付けてね。僕も友達だから協力するけど」
スワン様の言葉はその通りですわ。
私はもう殿下の婚約者ではないので気が緩んでましたわ。クロード殿下の婚約者ではないルーン公爵令嬢を陥れたい方はたくさんいますわ。もしもあの場にパドマ様達しかいなければ、パドマ様に危害を加えようとした私に正当防衛で魔法を使ったと証言すれば立ち位置は変わりますわ。
火のない所も火事を起こすのが得意なパドマ公爵家。
「ニコル、言い過ぎでは・・」
カーチス様が私の顔を覗き込みます。
「気遣いは不要よ。スワン様の言葉は正しいもの。レティの手落ち。落ち込むのも自業自得だわ」
「シオン嬢はルーン嬢に厳しいか甘いかわからないね」
「ルーン嬢、ニコルの言い方きついよな。俺もよく怒られるよ」
迂闊さに落ち込みそうになる自分に気合をいれます。貴族たるもの優雅であれ。感情を表に出してはいけません。私はルーン公爵令嬢ですもの。
精一杯の笑みを作り顔を上げます。
「大丈夫ですわ。3人ともありがとうございます」
セリアが満足げに笑い、スワン様とカーチス様が固まりました。
「それでこそレティだわ。二人ともレティに手を出すなら覚悟してね。私が手を出すまでもなく、二人に潰されると思うけど」
セリアが不敵な笑みで二人に何か囁くと髪を乱暴に掻き上げたカーチス様、可愛く笑うニコル様。
「ルーン嬢は可愛いけど、僕は家の利益になる子しか興味ないから安心して」
「俺の手にも余る」
「失礼ですわ」
うっかりエイベルに言うように睨みながら突っ込みを入れてしまいました。
慌てて笑みを浮かべようとすると肩をポンと叩かれカーチス様が明るく笑いました。
「友達でいようってことだよ。嫁には勘弁願うが友人としてなら大歓迎だよ。なぁニコル」
「そうそう。煩わしい婚約者より気楽な友人でいようよ」
煩わしい婚約者?
笑顔の二人の和気あいあいとした雰囲気にケイト達との時間を思い出すとセリアがふわりと背中から抱きつきました。パチンとカーチス様の手を振り払う動作に笑いがこみあげて、思わず笑ってしまいました。
「それなら構いませんわ」
「照れてる。昔のレティなら可愛い笑顔で私も大好き!!って言ったのに寂しいわ」
「お互い様ですわ」
私の頬を突っつくセリア。
優しいお友達ができましたわ。
笑い合える時間に胸が温かくなり幸せを噛みしめます。こんな時間を知りませんでしたわ。
私は同級生の異性のお友達は初めてです。
ルーンに帰りケイトとダンに話したら笑ってくれるでしょうか。
ケイト、楽しい思い出できましたわ。
1年生の授業は基本的な教養ばかりです。
今日も王国の歴史の授業です。貴族としての常識なので退屈な授業ですわ。
セリアは随分前から机の上に設計図を広げて書き込んでいます。
一番前の席なのに・・・。私には真似できません。品行方正な態度をルーン公爵令嬢は求められますので。
レオ様は元気でしょうか・・。
後でお礼に行かないといけませんわね。ぼんやりしていたらいつの間にか授業が終わっていました。
そして廊下から騒がしい声がしますわ。
見目麗しい殿方に騒ぐのは、淑女の嗜みとしてどうなのかしら?
でも殿下が指摘しないのなら私が言う必要はありませんよね。
気にせず食事にしましょう。
私には関係ありませんもの。これからはきちんと情報収集して平穏を目指しましょう。
パドマ様達が謹慎中なら当分は静かでありがたいですわ。
放課後は図書室で情操教育について調べましょう。




