第三十三話 追憶令嬢12歳
ごきげんよう。レティシア・ルーンですわ。
ステイ学園の一年生です。
入学して一月が経ち視線を集めるのも令嬢に絡まれるのも慣れましたわ。
魔力を持たない公爵令嬢、令嬢に大人気のリオ・マールの婚約者は絶好の攻撃の的として色々言われますが全て流します。面倒なことはごめんですわ。誹謗中傷は相手にせず放置が一番。相手にすればするほど相手の思惑通り。私の相手をするお暇なご令嬢が多いようですが思惑に乗ってあげる義理はありませんから。
新たな生徒会役員も決まり、私は無事に回避できたことにほっとしています。
放課後は図書室に通っています。
学園の図書室は王宮書庫には敵いませんが広大です。
生前の学生時代は必要な資料は全てクロード殿下付きの優秀な侍従達が用意してくれていましたので私的に足を運ぶことはありませんでした。教養として必要な本はアリア様とお父様が用意してくれましたし、図書室を利用するのは授業の時だけでしたわ。
学園の図書室の蔵書は種類豊富で魔法関係の本も多いです。もちろん魔導書もあります。
昔、ベンに教わった魔法の特性についての資料を探していますが中々資料が見つかりません。
詠唱についてはたくさん資料がありますのに。
でも知識は宝ですわ。カトリーヌお姉様の自動翻訳機になったことで無駄なことはないと学びましたわ。
せっかくなので図書室の本を読破して魔法の幅を広げましょう。
私は治癒魔法は得意ですが攻撃的な魔法をあまり使えません。
学園の魔法の授業でも戦い方を教えてはくれません。
興味深い魔法を見つけページを捲る手を止めます。
水流爆弾?
紙に血で魔法陣を書いて置く。
同じ部屋の中なら遠隔からでも起動できるとは素晴らしいですわ!!
遠隔魔法は魅力的ですわ。ノートに魔法陣を写しましょう。今度こっそり試してみましょう。
新しい魔法を見つけると楽しくなりますわ。あまり魔法陣を使った魔法は学んでいないので調べてみるのも楽しそうですわ。
「あら?レティシア様?」
図書室でも入り口から一番遠く日の当たらない目立たない場所にある机をいつも使っていました。貴族令嬢は日当たりの良い席を利用するので正反対の人目の付かない場所は誰にも絡まれることなく有意義な時間を過ごせていました。
聞き覚えのある声に嫌な予感がします。図書室では絡まれることはありませんでしたのに。
急いで魔法の本を隠して、カモフラージュ用の医術の本を広げます。
魔法の本を借りたいですが、履歴が残るので控えています。無属性の公爵令嬢が魔力を求めていると思われないように。想像力が豊かな令嬢達に付け入る隙を与えないように。
「珍しいですわね。お一人?」
聞き覚えのある高慢な話し方。本から顔をあげたくありません。
寝たフリ?淑女は寝顔を人目に曝したりしませんわ。それこそ醜聞になりますわ。
痛いほど視線を感じ仕方がないので顔を上げるとルーンよりも色の薄い青い瞳と目が合い笑みを浮かべます。
「ごきげんよう。パドマ様」
「ごきげんよう。レティシア様」
挨拶はしたので、本に視線を戻します。このまま立ち去ってくれればありがたいのですわ。図書室は静かに本を読む場所です。
「話があります」
「申し訳ありません。私は課題が終わってませんのでご容赦くださいませ」
顔を上げて、綺麗な顔で私を睨んでいるパドマ様によわよわしい顔を作り見上げます。弱気な令嬢設定で相手をするのは疲れますが敵を増やさないために必要なことですわ。パドマ様の後ろの取り巻きは放置ですわ。
「殿方以外のお相手はしてくださいませんの?」
「おっしゃる意味がわかりませんわ」
学園に入学してから何度もお話しましたが全く話が通じません。よわよわしい笑みを浮かべながら首を傾げてみますが、どうしましょう。片付けて立ち去る?シエルを連れていないので自分で片付けないといけません。片付ける時に隠している魔法の本がパドマ様の目に触れるのは避けたいですわ。
やはりここを動く選択肢はありませんわ。
「いらっしゃい。話がありますの」
「申し訳ありません。私、課題が…」
「後で構いませんわ。私に逆らいますの?」
目を吊り上げて怖い顔で睨むパドマ様にも慣れましたわ。公爵令嬢として怒りを見せるなど嘆かわしいですわ。常に笑顔で感情を読み取らせないのは公爵令嬢の嗜みですよ。カトリーヌお姉様に負けない美しい顔立ちなのに勿体ないですわ。平凡顔の私もパドマ様のようなお顔に生まれれば生前も楽できたでしょうに。妖艶さも豊満な体も持たない私の社交の武器は決して多くありませんでしたわ。家柄だけの凡庸なお人形ってよく言われましたわね。まぁ家柄が全ての貴族社会で気にすることはありませんでしたが。
笑みを浮かべてパドマ様を見つめて口を開きます。
「従わなければいけない謂れはありませんわ」
「魔力もない公爵家の恥さらしがよく言いますわ」
眉がピクピクと動き、甲高い声を上げたパドマ様の声に人が集まってきましたわ。私は家格も高いですしパドマ様の命令に従う理由はありません。パドマ様に逆らう令嬢が少ないからと言って押し付けられたら困ります。魔力がない私よりご自分がお立場が上だと思っている残念な公爵令嬢ですわ。取り巻きの皆様もですが。
静寂な空気を壊すようなことをすれば図書室から追い出されるんですが…。この際、先生が介入してくださらないかしら?咎められるのはパドマ様ですわ。私は小さい声で話していますもの。
誰か先生を呼んでくださる方は、いないですわね。周りにいるのはパドマ様の取り巻きに家格の低い生徒ばかり。
パドマ様と取り巻き達の罵り声を聞き流している頭上から水の気配がします。
水の魔導士は水の気配に敏感です。水場を探すのも得意ですよ。って違いますわ。
目の前の本とノートを思いっきり押して私から引き離します。
パシャン!!
やはり水が頭の上から降ってきましたわ。
学園での魔法の行使が許されるのは授業中だけです。しかも図書室で本を駄目にする水魔法を使うなんて非常識すぎますわ。
本とノートが濡れてないのが奇跡ですわ。広範囲の水魔法ではなくて良かったですわ。
いつもは呼ばなくても現れるシエルはお使いを頼んでいるので不在です。やはり私は運がないですわ。
「何事ですか!!まぁ!?神聖なる図書室でなんてことを!!」
司書の先生が怖い顔をして近づいて来ました。でもこれだけ大きな音が響けば気付きますよね。
「ルーン令嬢に魔法を見せて欲しいと願われ、私は仕方なく。ねぇ?」
目を伏せ被害者のように話すパドマ様の切り替えの速さだけは貴族として相応しいと思います。
取り巻きの令嬢達が頷きますがその言い訳は無理がありますわ。
「学園内は授業以外で魔法は禁止です。どんな理由があっても行使した人間の罪ですよ」
パドマ様の美しい顔に動じずにきっぱりと言い切る司書の先生が格好良いですわ。
もう少し早くいらしてくだされば、何も言う事がなかったですが。
「パドマ令嬢、魔法を使わず片付けてください。殿下、ルーン令嬢こちらへ」
殿下?
そっと振り向くとびしょ濡れの蜂蜜色の髪、クロード殿下よりも高い身長、第二王子であるレオ殿下がいました。
気配がなく、気づきませんでしたわ。
パドマ様迂闊過ぎません?図書室で魔法を使うのも非常識ですが、巻き添えに殿下を巻き込むなんて…。不敬罪というか王子に冷水をかければ王宮なら斬られてましたわよ。
先生に促されるままに足を進めて司書室に入りました。パドマ様の睨む視線よりも恐ろしいのは後ろを歩く気配。
先生が魔法で全身を乾かし椅子を勧めてくれたので座りました。そのまま部屋を出ようとしましたが止められました。
季節外れですが暖炉に火が灯り、淹れてくださった温かいお茶を飲んでいます。
体が震えるのは寒さか恐怖からかはわかりませんわ。
隣に座る存在に視線を向ける勇気はありませんわ。とりあえず冷静に、お師匠様である伯父様、ターナーの教え、思考を止めたら終わりですもの。比喩ではなく終焉ですわよ。
パドマ様、無詠唱で冷水を浴びせるとは中々の魔法の腕ですわ。水を出すことは簡単ですが水温は外気の温度と同じ。温度変化を加えるのは長い詠唱と繊細な魔力のコントロールが必要です。
先生は暖まるまでここにいなさいと言い図書室に戻っていきました。
謝罪すると苦笑して許してくださる心の広い先生でしたがそのまま寮に返して欲しかったですわ。
震えが止まりません。
それでも隣に座っているレオ殿下にもお伝えしないといけません。深呼吸して令嬢モードを装備して震えを止めます。どんな時でも優雅であれとお母様の言葉を思い出し穏やかな笑みを浮かべカップにの中のお茶を全部飲み干す。お茶を飲んでもカラからに乾いていた喉を潤し息を吸って口を開く。
「無礼をお許しくださいませ。このたびは御身を危険にさらし申し訳ありませんでした」
「頭を上げてくれ。俺も迂闊だった。気にしないでいい」
顔を上げるとサラ様によく似たお顔に見られています。
「ご挨拶が遅れて申しわけありません。ルーン公爵家長女レティシア・ルーンです」
「本当だな。レオ・フランだ」
「殿下、申し訳ありませんでした」
名乗りを終えたので再度レオ殿下に頭を下げます。
「ルーン嬢も被害者だろう。頭をあげてくれ」
「殿下のお優しさに、感動の極みでございます」
「俺は将来は臣下に下るから、その態度は必要ない。普通にしてくれ」
「尊い王家の、わかりましたわ。そのお顔をやめてくださいませんか」
レオ殿下の嫌そうな声に顔を上げると心底嫌そうな顔をされているので態度を改めます。
レオ殿下は変態ですから敬意いらないですわね…。
「素直だな。俺の言葉なんて誰も聞かないのにな。形式的に敬意を払うだけだ」
自嘲的な笑みを浮かべるレオ殿下の瞳は暗く同じ金色なのにクロード殿下とは正反対です。
「殿下?」
「兄上と同じ呼び方やめてくれ」
お揃いが嬉しいのではなく?
クロード殿下と違う呼び名?殿下という敬称が駄目なんですか?
王族の言葉に臣下は応える義務がありますが、
「フラン様?」
「名前でいい。フラン様って初めて呼ばれたな」
私も初めて呼びましたわ。
フッと息の吐く音が聞こえ金の瞳を細め口角が上がっています。なぜか暗さを持つ金の瞳に見られていますがまさか、監禁?
動揺を隠して笑みを浮かべながら必死で瞳を逸らさず見つめ返します。
「レオ様?」
沈黙が続いてしばらくするとレオ様が口を開きました。
「魔力のない公爵令嬢は惨めか?」
意図がわかりません。瞳は暗いですが感情を読ませないお顔はさすが王族。
「パドマ様達の言葉は気にしておりませんわ。魔力がなくても生活に困りませんもの」
前言撤回です。レオ様がきょとんとされました。こんなに間抜けな顔をする方が監禁しそうには見えないんですが。
以前のような意地悪で感じの悪い雰囲気もありません。でも念のためアピールしておきましょう。私はクロード殿下と何も関係ないことを。興味のないことも。
「貴族令嬢は良縁を結ぶための道具です。魔力の有無に関係なく求められる役割は変わりません。王家に嫁ぎたいという野心も我が家にはありませんわ」
「俺の利用価値はなんだと思う?」
言葉が通じませんの?でも王族の言葉は流せません。
「私ごときにはわかりませんわ」
「お前だったらどう思う?」
難しい質問ですわ。意図もわかりません。真顔で見つめられていますが、陛下に聞いてくださいとは私は言えませんし、
「王太子殿下を支えて、フラン王国の繁栄を築く?違いますわね。レオ様の立場ではないからわかりません。レオ様がやりたいようにやればいいと思いますわ」
口にしていて気づきました。レオ殿下にクロード殿下は期待しておりませんでした。王家の迷惑にならないように好きにされるのが一番ですわ。でもこれはブラコンのレオ様に言えばきっとすぐに監禁が迫ってきますわ。
「ルーン令嬢、考えが男前だな」
感慨深い様子で頷くレオ様、
「罪にならない範囲でですわ。監禁や軟禁はいけません。正当防衛なら仕方ありませんが、監禁も軟禁も絶対にいけません。王族でも従うべき道理はありますわ」
「監禁、軟禁に拘るな。そっか、お前、誘拐されたもんなぁ。悪い。配慮が足りなかった」
レオ様が眉を下げて申し訳なさそうな顔で見つめてきます。あら?まだ人の心はあります?
眉を下げた素直なお顔は可愛らしい。もしかして正しく教育すれば間に合います?兄上に近づくなとも言われていませんし。私の言葉に耳を傾けるお姿も・・。生前と違い私はクロード殿下側の人間ではありませんわ。
情操教育をきちんとすればマトモに育ちますか?
「レオ様、お友達はいらっしゃいますか?」
「いない。俺の周りにそんな奇特な人間はいない」
奇特?
「エイベルは?」
「あいつは兄上の側近だろ?」
エイベル、役に立ちませんわ。何してますの!?レオ様のこと気に掛けてましたよね!?
仕方ありませんわ。私が頑張るしかありません。
自分の身は自分で守るものですもの。言葉は通じますし、パドマ様達よりもマトモですわ。クロード殿下のように笑顔で退路を断つ様子もありません。
「わかりましたわ。私とお友達になりましょう。私はレオ様の従妹のセリアとお友達です。今度三人でお食事をしましょう」
「お前、俺の派閥と思われてもいいのか?」
驚いた顔をしているレオ様に微笑みかけます。
「大人の世界の話ですわ。お父様の後見目当てなら話は別ですが。私は平等の学園ではルーンの力を使うつもりはありません。繋がり役は果たしませんので、」
「いらない。俺は母上と穏やかに暮らせればそれでいい。いつか母上を王家から連れ出して、自由に研究させてやりたいんだ」
あら?マトモですわ。ブラコンではなさそうですわ。これは今から頑張ればきっと大丈夫ですわ。絶対にブラコン回避ですわ。
「素敵な夢ですわ!!私、個人としては応援しますわ」
「お前、俺の考えをおかしいって言わないのか?」
「そんな悪趣味ではありませんわ。サラ様はシオン伯爵家のご出身。セリアと同族ですもの。王宮なんて、狭い場所は似合いませんわ。不敬罪はやめてくださいね」
レオ様といるとなぜかテンションがおかしくなりますわ…。
生前の後遺症でしょうか?
「お前、おもしろいな。不敬罪にはしないよ。俺にはそんな権限ないしな」
貴重な言質をいただきましたわ。不敬罪にされないなら動きやすいですわ。自然に笑みがこぼれますわ。
「私の周りは変わった人ばかりですわ。将来サラ様に思う存分研究させてあげたいなら人脈は大事ですわ」
「人脈ってどうすれば?」
首を傾げる素直なレオ様。
「ここはステイ学園ですわ。王国の未来を担う優秀な人材が豊富にいます。必要なのは親交。あればいいのは友情、交友を深めて関係性を手に入れるべきですわ!!」
「親交と友情?」
「はい。お互いに名前を覚えて顔を認識されることが大事ですわ。私も人脈はありませんから人のこと言えませんが」
「偉そうに言うわりにないんだな。お前が初めての友達だよ。よろしくな、レティシア!!」
「こちらこそよろしくお願いしますわ。光栄ですわ。レオ様」
「様はいらない」
「私が周りの方々にいじめられるから呼び方は譲ってください」
「友達の頼みなら仕方ないな」
素直に笑うレオ様は可愛らしいです。変態になるとは思えません。
私がきちんと情操教育しますわ。そして監禁回避ですわ!!
「失礼します。お嬢様、いらっしゃいますか」
シエルが戻って来ましたわ。いつの間にか寒気も震えも止まりましたわ。シエルに心配をかけないように笑いかけます。
「大丈夫ですよ。ノートの回収と片付けをお願いします」
「かしこまりました。エドワード様に報告します」
落ち着いた顔のシエルが部屋を出て行きましたが、おかしい言葉が。
エディに報告はいりませんわ。
もしかしてシエルの定期報告はお父様ではなく、エディ宛ですの!?
考えるのはやめましょう。世の中知らない方が幸せなことばかりですわ。
冷たかった手も温まりましたし寮に帰りましょう。
レオ様に礼をしてシエルと合流して戻りました。ありがたいことに誰にも声掛けられることはありませんでした。明日は教育の本を探しにいきましょう。
監禁回避のために頑張りますわ。




