第三十一話 後編 追憶令嬢12歳
ごきげんよう。
レティシア・ルーンですわ。
今日の授業が終わってしまいました。
放課後の予定を考えると、ずっと授業を受けていたい気分でしたのに…。
運悪く歴史の授業だったため質問をして、授業を引きのばせる内容でもありませんでしたわ。フラン王国の歴史なんて5歳の時には覚えてましたわよ。そんな幼子でも知ることを質問すれば醜聞ですわよ。
帰り支度をしていると周りから歓声が聞こえため息が溢れました。エイベルが来ましたのね。
エイベルも容姿端麗で名門公爵家嫡男なため令嬢達に人気です。例え中身が脳筋でも。
久々に本気で相手をしましょう。
エイベル、屈服させてさしあげますわ。
生前、伊達に王妃教育を受けてたわけではありませんのよ。
「エイベル様、お迎えありがとうございますわ」
令嬢モードの鉄壁の笑顔で迎えるとエイベルは顔を顰めて嫌そうな顔をしました。
「お前、どうした?」
「ビアード公爵家のエイベル様にわざわざ迎えにきていただけるなんて、感激で言葉もでませんわ」
エイベルが私の額にそっと手を当てました。
「熱はないな。変な物でも食べたのか?お前植物好きだもんな。解毒薬を後で届けさせようか?」
失礼ですわね。
拾い食いなんて、社交デビューしてから一度もしたことありませんわ。
ターナー伯爵家で食用の草を食べて寝込んだことを言ってますの!?
誰にも言ってませんのに、どうして知ってますのよ!?解毒薬って国内で一番医療が進んでいるのはルーンですよ。ビアードよりも質がいいもの揃ってますわよ。突っ込みは我慢ですわ。
今は気にしてはいけませんわ。
「エイベル様と御一緒できると思っただけで、光栄で」
「体調が悪くても殿下の命だから連れていく。背負ってやろうか?」
鬼ですわ。せめて最後まで言わせてくださいませ。
脳筋。具合の悪い人間を殿下の近くに連れて行くのはいけませんわ。そこは一度殿下に報告に戻り、日を改めるように進言するのが貴方の役目ですよ。大事な御身をお守りすべき立場を忘れないでくださいませ。突っ込みませんが。
「ご心配無用ですわ」
「お前も公爵家令嬢か。レティシア嬢、エスコートさせていただけますか」
どういう意味ですか!?相変わらず失礼すぎますわ。
また視線を集めてさらに目立ってますわ。
令嬢に人気の殿方といると視線の攻撃が痛いですわ。
エイベルに差し出された手を取るのは、
「不肖の俺などの手はとっていただけませんか。麗しのレティシア様」
気持ち悪くて鳥肌が…。
周りで悲鳴があがります。
エイベルは挑戦的な笑みを浮かべてますが負けませんわ。
「エイベル様にエスコートしていただくなんて光栄ですわ」
照れた様子でエイベルの手にそっと手を重ねます。
また悲鳴が…。嫉妬の視線が痛いですわ。是非代わって欲しいですわ。
エイベルが私の手を取って足を進めます。歩幅が違うためエイベルの歩くペースが速くエスコートとしてはありえませんわ。
「もうやめないか。お互い気持ち悪いだろ」
囁かれた言葉を優雅な笑顔で無視します。
私の令嬢モードが気持ち悪いって失礼すぎます。一度も言われたことがありませんが、脳筋の感受性はおかしいので今は聞き流してさしあげますわ。
生徒会室に連行され扉の前でエイベルが足を止めました。このまま引き返したいのに手は強く握られています。逃げないか警戒されてますわ。
「殿下、ルーン公爵令嬢をお連れしました」
「どうぞ」
足を動かしたくないのにエイベルにがっちり手を掴まれ力づくでエスコートされ入室すると椅子から立ち上がったクロード殿下が目を見開いてます。
驚いたお顔をするのは珍しいですわ。
「本当に二人は仲がいい。妬けるな。礼は取らなくていいから」
礼をするのを止められ、エイベルにエスコートされソファに座ります。
殿下が私の前に座り、エイベルが殿下の後ろに控えました。
殿下は笑顔ですが少し機嫌が悪そうです。
「ルーン令嬢。入学おめでとう。綺麗になったね」
「ありがとうございます」
「これから君に毎日会えると思うと嬉しいよ」
「殿下に毎日お会いできるのは光栄ですが、殿下の眩しさに私の目が潰れてしまいますわ。私は遠くからお顔を拝見させていただくだけで、」
「毎日見てたら慣れるよ」
殿下が金の瞳を細めて令嬢達が夢中になる甘さを含んだ笑みを浮かべました。残念ながら私は殿下の笑みは見慣れています。片手の数を超える笑みの種類も把握しておりますし、生前の記憶のおかげで殿下の機嫌も読み取れますわ。
「どんなに時が経っても太陽は眩いものですわ。王国の太陽となる方も同じく―」
「君の目が潰れるなら責任をとろう。相変わらずだね。時間はたくさんあるから君が慣れてくれるのを待つよ」
甘さを含んだ笑みは私には通じませんってわからないのでしょうか。互いに微笑み合いながら不毛なやり取りを続けています。無礼ですが私から切り出しましょう。
「殿下の寛大さに感服し言葉もありませんわ。恐れながら殿下、ご用件を承りたく存じます」
甘さを含んだ笑みが穏やかな笑みに変わりました。この穏やかな笑みは社交用です。感情を決して読ませない瞳を向けた殿下がゆっくりと口を開きました。
「せっかちだなぁ。まぁ君を困らせるつもりはない。生徒会に入ってくれないかな?」
学園で一番避けたいことですわ。念の為確認をしてみましょう。
「恐れながらご命令ですか?」
「平等の学園に身分はない。私は君に命令しないよ」
言質を取りましたわ。身分がないならルーン公爵令嬢ではなく一生徒に聞いてるんですよね?単なる先輩からのお願いってことですよね?無理な言い訳でも通しますわ。
「かしこまりました。ご命令でないならお断りさせてくださいませ」
「シオン令嬢に断られ、カーチス候子は保留。人員不足で困ってるんだよ」
人員不足でも私は不適任ですよ。カーチス様が受けるおつもりですが私がお伝えする権利はありません。令嬢モードの鉄壁の笑みを浮かべて口を開きゆっくりと言葉を紡ぐ。
「恐れながら、私よりもふさわしい方々がいらっしゃいますわ」
「成績も家柄も君が一番なんだけど」
「私には魔力がありません」
「仕事に魔力は必要ない」
殿下、実は頑固なんですよね。
柔らかな応対でわかりにくいですが・・。私は生徒会の内務のお手伝いはしていましたが全ての業務は知りません。あくまでも殿下のお手伝いの立ち位置です。
それでも負けるわけにはいきません。今世は王家と関わりたくありません。それに必死に頑張ってもその先に待っている結末が同じなら滑稽で耐えられませんわ。
「どうかご勘弁くださいませ。上位貴族の方々は他にもいらっしゃいます。そちらをあたっていただけると」
「差別意識が高い人間を生徒会に置きたくないんだよ。学園は平等だからね」
穏やかな笑みを浮かべる殿下は生前の私、差別意識の塊でしたが側に置いてましたよね?でもこれは今の殿下には言えませんわ。生徒会についてきちんと調べないと駄目でしたわ。
「殿下、私の妹分をいじめないでくださいませ」
聞き覚えのあるお声が聞こえ殿下の穏やかな笑みが一瞬固まりました。
「カトリーヌ?どうして君が?」
「殿下がレティシアを呼び出したと噂になってます。やり方が汚いと思いますわ」
「一年生の人員不足は深刻だよ」
「あら?そんな相談を受けてませんわよ。それにレティシア以外も候補はいますわ。どうぞ」
綺麗な笑みを浮かべた6年生のカトリーヌ様が殿下に紙を見せております。殿下の笑みが固まり押されています。カトリーヌ様はもしかして殿下より強いんでしょうか…。
「恋は人の目を曇らせるといいますが、ご自分のお立場をお考えくださいませ」
「カトリーヌ、彼女も有力候補だろ?」
「レティシアが望んでませんもの。強引に任命するには理由が足りませんわ」
殿下に見つめられても見惚れずに、カトリーヌ様が優雅な笑みを浮かべてピシャリと反論する姿が素敵ですわ。
「君は魔力なんて関係ないといつも言ってるじゃないか」
「あら?私情と貴族の顔は違いますわ。殿下が守るにしても全てからは守れませんわ。魔力のない令嬢を生徒会に迎え入れるのは危険です。魔法で自衛できない意味をおわかりですわよね?」
「公爵家の令嬢を害する者なんて、いないだろう?」
「あら?レティシアは狙われましたよね。貴方を慕う令嬢に」
「それは…」
「殿下、冷静になってください。もしレティシアを生徒会に誘いたいなら、私とマール様を納得させてからにしてくださいませ。もちろんルーン公爵家にも許可をお願いします」
「わかったよ。準備不足を認めるよ」
殿下が折れました。すごいですわ。偉業ですわ。初めて見ましたわ。
私は生前一度も殿下を負かせたことなんてありませんでした。
やはりカトリーヌ様が殿下の婚約者になってほしい!!
「レティシアにもうご用はありませんね?ビアード様、マール様が後で話があるそうですよ」
カトリーヌ様の優雅な笑みが素敵ですわ!!
今まで自動翻訳機になっていた成果がありましたわ。
お姉様とお呼びしたくなりましたわ。
殿下の後ろに控えるエイベルの顔が青くなりましたが、気にするのはやめましょう。
「殿下、私はこれで失礼しますわ。レティシア、行きましょう」
「失礼いたします」
カトリーヌ様の声に立ち上がり礼をして退出します。部屋を出て隣を歩く素敵なカトリーヌ様にお礼を言わないとですわ。
「カトリーヌお姉様、ありがとうございます」
カトリーヌ様が固まりました。うっかり間違えましたわ。
「失礼しました。カトリーヌ様」
「あら?お姉さまで構わないわ。災難だったわね」
茶目っ気のある笑みを浮かべるので失礼ではないようです。
「お姉様のおかげです。助けていただきありがとうございます」
「こちらこそ殿下の暴走を止められなくてごめんなさいね」
暴走って言いましたか?カトリーヌお姉様の口から似合わない言葉が。
「いえ、入学早々目立ってしまいましたわ」
「それは、どうにもならないわね。慣れるしかありません」
同じ公爵令嬢。きっとカトリーヌお姉様も常に視線を浴びているんでしょう。綺麗な笑みを浮かべていますが嫌そうな様子はありません。やはり受け入れるしかないんでしょうか。
「お姉さま…」
「私は殿下にお灸を据えてくるわ。もし困った時は力になるから相談しなさい」
優雅な笑みを浮かべるお姿は頼もしいですが、助けていただいたお礼にせめて忠告を。
「ありがとうございます。お姉様。殿下は不機嫌なんでお気をつけてくださいね」
カトリーヌお姉様が目を見張り驚いてます。
「不機嫌?」
「ええ。目とあの笑顔は絶対に機嫌が悪いと思います」
「レティシア、あなた殿下の機嫌わかるの?」
カトリーヌお姉様が見抜けていないことに驚きです。でもよく観察すればわかることです。リオも読み取れますし、もう殿下の婚約者ではないので教えてもいいでしょう。
「目と笑顔の違いでなんとなく。基本は何も興味なさそうですが自分の仕事を邪魔されると機嫌が悪くなると思います」
「よく見てるのね」
「いえ。いつも笑顔で隠していますので、お気をつけくださいませ。早く殿下を支えてくれる方が現れるといいですね」
是非カトリーヌお姉様に隣に立っていただきたいですわ。美男美女で絵になりますし、3歳差なら何も問題ありませんわ。
「レティシアが生徒会に入って支えてくれる?」
「私には荷が重いのでご勘弁願います。助けていただきありがとうございました。」
「気にしないで。またゆっくりお茶しましょう。もう一人で戻れるかしら」
「はい。ありがとうございます。失礼いたします」
カトリーヌお姉様が踵を返していきました。
カトリーヌお姉様が殿下の婚約者になれば理想ですのに…。
殿下の魅力がないばかりに、残念ですわ。
でも殿下と対等に渡り合える令嬢がいるなんて有り難い発見ですわ。
明日からは静かに過ごしたいですわ。
今日は疲れたので寮に戻って休みましょう。学園に安全な場所はないのでしょうか。




