第三十話 追憶令嬢12歳
ごきげんよう。
レティシア・ルーンですわ。ステイ学園一年生です。
公爵令嬢が視線を集めると言う理由は納得しましたよ。
納得しても心は付いていきません。
生前に向けられた羨望の眼差しではなく、様々な感情の籠った視線は決して受けていて気分のいいものではありません。生徒達に視線を向けないで欲しいと命令はできませんので、人の少ない場所や時間が好きになりましたわ。
視線を避けるために早朝に登校し一組の教室で読書をしています。
まだ登校時間としては早いのでクラスメイトも少なく有意義な時間です。教室にいるのは平民の生徒なので、話し掛けられることもないでしょう。
「レティ、おはよう」
セリアの声に顔を上げると徐々に生徒が増えていましたわ。
「おはようございます」
「昨日は大丈夫だった?」
セリアが研究に関係ないことを気にするのは珍しいですわ。
悲しい現実を思い出しましたわ。リオのためと必要なことと言われましても
「リオが特訓するって」
「特訓?」
「周囲の視線に慣れるのと言い寄られる訓練ですって」
「へぇ…」
「リオの令嬢避けに利用させて欲しいとも言われましたわ」
セリアが呆れた顔をしてますが気持ちはよくわかります。リオの可笑しい言動等はエセ紳士モードと名付けましたわ。私は令嬢達のように頬を染めることもうっとりすることもできません。外見を利用し空気を支配するのは大事なことです。リオの空気にのまれず主導権を渡さないのは確かに貴族の訓練には必要でしょうか?お父様達が私の教育をリオに頼んでいるとは思いませんでしたが、気にするのはやめましたわ。
「あのペテン師…。バカみたい。気にしないで。頑張ってね」
「セリアからリオを説得してくれませんか?私は必要性がわかりませんが、リオに敵いません」
隣の席に座ったセリアが机の上に紙を置きペンを持っていますが何か閃いたんでしょうか。
「無理ね。レティが望むなら私がお灸を」
「それは物理的に?」
「物理が簡単だけど、精神系もお任せあれ」
紙から顔を上げて私を見てパチンとウインクするセリアは可愛いです。物騒な言動さえなければ。そしてセリアは常に探しているものがあります。
今、セリアが書いているのは怪しい設計書。
「可愛いウインクされても……。リオを被験者にしないでくださいませ」
「残念。レティもリオ様に甘いんだから」
誰が相手でも止めますよ。目を伏せて残念そうに溜め息を吐くセリアは非常識の塊です。セリアの仕草に見惚れる生徒もおり、言動さえ聞かなければ美少女の仕草は美しく絵になりますわ。
「従兄妹ですから」
「リオ様もまだまだね」
「お嬢様方物騒な会話をしてますね」
カーチス様とスワン様が一緒に登校して来ました。
笑顔のスワン様と苦笑気味のカーチス様は対照的です。
「カーチス様、スワン様、おはようございます」
「おはようございます。ルーン嬢、シオン嬢」
「ニコル、よく入っていけるな」
「慣れ?昨日のやり取りで普通の令嬢じゃないのはわかったから。ルーン嬢、格好良かったよ。弱いだけのお嬢様じゃなかったね」
格好いい?
もう私の弱い令嬢作戦失敗ですか!?
うっかり忘れてましたが昨日は普通に窘めてしまいました。私の2年も頑張った設定が。生前の滲みついた習慣のせいですわ…。
「この子は二面性が激しいのよ。普段は子猫なのに貴族モードは虎。見てて飽きないでしょ?」
私の肩に手を置いて微笑むセリア。設計をやめて側にきてくれたセリアはフォローしてくれると言っていましたが、それはフォローと受け取っていいのでしょうか?
子猫?虎ってなんですか?
プッと吹き出したスワン様が楽しそうに笑って頷いてますが納得しないでくださいませ。
「シオン嬢が側にいる理由がわかったよ」
「スワン様、気が合いそうね」
「これからもよろしくお願いするよ」
「こちらこそ。この子の近くにいるならリオ様からお話があると思うから覚悟してね。中々の過保護の塊よ。慣れれば滑稽で愉快だけど」
スワン様の握手を求める手をセリアが重ねて頷きました。リオから特に話はないと思いますよ。生前にリオが口を出したのはレオ殿下とルメラ様のことだけですもの。リオは過保護ではありませんし、
「マール様とはお近づきになりたいから有り難いよ」
「リオ様はレティに対してはポンコツだけど、他は完璧。マール公爵家令息だから人脈も広く伝手としては美味しいわよね」
「これから楽しくなりそうだよ」
セリアとスワン様が楽しそうに話しています。
同じ伯爵家だから、親しくしやすいんですかね。セリアが親しく話す相手はリオとサラ様以外で初めて見ましたよ。
「なぁルーン嬢、シオン嬢って何者?あのニコルと気が合うなんてなかなかの曲者だよ」
カーチス様がセリア達を珍獣を見るようなお顔で眺めてます。カーチス様には特別に教えてあげましょう。
「セリアは普通の令嬢とは言えません。研究第一ですわ。もしセリアとお付き合いしたいなら、私を倒してからでないと認めませんわよ」
小首を傾げて挑戦的に微笑むとカーチス様の顔が青くなりました。
「ルーン嬢を倒したらマール様に殺されるよ」
「ありえませんわ。リオは優しいですよ」
「それはルーン嬢に対してだけだから。頭が切れる奴が権力もあるって、怖い」
大柄な体を長い腕で抱きしめ怖がるカーチス様のあまりに素直で似合わない仕草が楽しくつい自然に笑ってしまいました。
「あら?そしたらうちの弟なんて、もっと凄いですわよ。まだ幼いのに末恐ろしいですわ。おかげでルーンは安泰ですけど」
「公爵家って化物しかいないのか?俺、侯爵家の生まれでよかった」
「失礼ですわ」
安堵の息を溢したカーチス様に批難の視線を向け無礼にならない程度に睨みます。化け物って一括りにしないでいただきたいですわ。
今更ですがカーチス様の言葉遣いが変わりましたね。平等の学園ですし、気にするのはやめましょう。
「ごめん。なぁ、シオン嬢が生徒会を断った理由わかるか?」
生徒会長はクロード殿下。普通は殿下からのお誘いを断る貴族はいませんがセリアは特別です。貴族の概念に捉われないシオン伯爵令嬢ですから。
「セリアは研究の時間が削られることが嫌いですのよ」
「生徒会は名誉なのに?権力もあるし」
生徒会は学園を統率する唯一権力を持つ団体です。
ステイ学園生は学園内では爵位に関係なく生徒会役員の指示に従う義務があります。
貴族の模範となる生徒が任命される生徒会役員を任されるのは名誉なこと。
また3年生に在学中のクロード殿下が生徒会長を務めるのでお近づきになるチャンスもあります。殿下に気に入られれば側近に取り立てられる可能性もありますので。
生前の生徒会は上位貴族ばかりが役員でしたわ。今世は関わることはないので調べていません。リオと殿下しか知りません。きっとエイベルも役員でしょうが。
生徒会役員になりたくないと思う貴族は私とセリアくらいだと思いますわ。
戸惑っているカーチス様。昨日は殿下のお誘いをセリアは即答で断り颯爽と部屋を出ていくのを隣で見ていたんでしょう。セリアの態度にさぞ驚いたかもしれませんわ。
「セリアはシオン伯爵家のご令嬢ですわよ」
「なるほど」
「カーチス様は生徒会に?」
「まだ保留だけど受けようかと思ってる。権力はあった方がいいから」
保留と殿下に言えたカーチス様の度胸は凄いですわ。でも貪欲な所は好ましく、素直なカーチス様も貴族ですわね。
「あら?野心家ですわね。嫌いじゃないですわ」
「美人に好かれるのは光栄、いや、勘弁して。言葉に気を付けて」
「失礼ですわね」
笑うのをやめて、さらに抗議をこめて赤い瞳を睨むとカーチス様の顔が青くなりました。表情豊かでわかりやすく、中々素敵な方ですわ。
「可愛く睨んでも駄目だから。マール様に殺される」
「リオは無意味な殺生を好みませんわ」
「もう少し視野を広げてくれ」
昨日のリオは怖かったですが敵に回さなければ優しいですよ。
横からセリアとスワン様の楽しそうな笑い声が聞こえました。
「クラム、いつも迂闊な君にしては良い判断だと思うよ」
「カーチス様は今まで周りにいなかったタイプね」
「クラムは賢いはずなのに色々残念だから。空気読めないし」
「もしかしてレティと似たもの同士?」
「シオン嬢も苦労してきたんだね」
セリアはスワン様が好み?先ほどからずっと意気投合してます。
カーチス様はセリアに気がありそうですが相手にされていませんわ。セリアは研究以外は非常識なのでとりあえずは、
「スワン様、私と決闘しませんか?」
「レティ、勘違いよ。やめなさい」
セリアにポンと頭を叩かれました。
「ルーン嬢、心配しないで。シオン嬢とは友達になっただけだから」
「令嬢は決闘なんて申し込まないわよ。レティ」
セリアの嗜める声に設定を思い出しました。
弱気な令嬢目指すの忘れてましたわ。この設定なかなか大変ですわ。
「わかってるなら、良かったわ」
「スワン様、失礼しました。忘れてください」
「うん。わかったよ」
スワン様に向けた挑戦的な笑みを消して頭を下げると可愛い笑顔で許してくれるスワン様は優しいですわ。
エディも可愛く優しく成長して欲しかったですわ。
もう遅いかもしれませんが…。
先生が来たので授業の準備を始めました。
今日はクラス委員を決めます。
委員長は立候補か推薦で他の役員は委員長が任命します。
クラスをまとめ雑用を引き受ける委員長は大変なので希望者はいません。
「先生、ルーン令嬢を推薦しますわ!!」
「賛成ですわ!!」
昨日のハンナ様を取り囲んだ侯爵令嬢が挙手してます。
名前は存じませんが、取り巻きの令嬢達も賛成してますわ。
目立ちたくないですが先生の視線が向けられたので首を横に振ります。
先生に笑顔で圧力をかけたいですが、弱気な令嬢はそんなことできません。
セリアが設定を忘れないように警告の視線を送ってくれたので忘れてませんよ。
よわよわしい顔をして困っている様子を作りましょう。
「先生、クラムが立候補します!!」
スワン様の声が響きました。
「ニコル?」
後からカーチス様の戸惑った声が…。
「クラム、やりたいって話してたよね。怖気づいたの?」
「俺、一言も」
「クラム」
そっと振り向くとスワン様が逆らってはいけない笑顔を浮かべています。
この二人の関係がわかった気がしますわ。
身分は逆なのにスワン様の方が強いんですのね。
「…。先生、俺が立候補します」
「いいのか?」
「はい。皆の承認が得られればお任せください」
不満そうな令嬢方もいましたが、反対の声はあがりませんでした。
カーチス侯爵家も名門ですし、ここでは逆らえる生徒も少数ですわ。
「ニコル、副委員長やれよ」
「仕方ないなぁ」
「お前…」
「何か?」
「なんでもない。会計にシオン嬢を書記はルーン嬢にお願いしても?」
嫌ですけど、断れる雰囲気でもありません。委員長は生徒会との伝達係もありますが、書記なら大丈夫でしょう。
「わかりましたわ」
「カーチス様、覚悟はよろしくて?」
セリアがカーチス様をじっくりと見つめ赤い瞳を細めて小首を傾げながら妖艶に微笑みました。
カーチス様は赤面してセリアに見惚れています。セリアが鞄を開けています。
セリア!!落ち着いてください。
物騒なもの出さないでください。
セリアは小瓶を手にとり、極上の笑みを浮かべて微笑んでます。
セリア、容姿は極上の美少女なんですから気を付けてください。
「無事に決まってよかったよ。午前の授業はここまで」
先生の解散の合図に後ろでバタバタと音がしました。まだ先生いらしたんですね。私はセリアの様子に動揺し授業中ということが頭から抜けていましたわ。
昼食の時間ですが、隣で怪しい小瓶を並べているセリアをなんとかしないといけません。
「セリア、その小瓶しまいましょう」
「カーチス様の食べ物に混ぜようかと」
「学園は平等でも侯爵子息を暗殺すれば裁かれます」
「証拠は残らないし、殺さないわ。ちょっと気持ちよくなって、下僕になるだけよ」
笑顔のセリアの発明にしては物騒ではありませんね。人体に害がないなら
「それくらいなら・・?きちんと正気に戻りますか?」
「ええ。無害でしょ?」
赤い唇が弧を描き、小瓶の蓋を開けようとしているセリアはやはり止めたほうがいいかもしれません。このお顔は危険ですもの。
「駄目だから。ルーン嬢も納得しないで」
「傍から眺めれば美少女の談笑。優雅なのが不思議だよね」
「今日は持ち合わせが少ないのが残念」
「食事に行こうよ。二人は?」
「私達はここで。セリアの分もありますわ」
「じゃあ、また後で」
真っ青な顔のカーチス様をスワン様は強引に連れて去っていきましたわ。にこやかに手を振られるので振り替えしました。
二人は食堂ですかね。
私達は教室でお昼にします。シエルが用意してくれる間にセリアは名残惜しそうに小瓶を見ながら片づけをはじめました。
学園には大きな食堂がありますが、人が多く絡まれそうでなので使いません。
シエルの用意したお茶を口に含みほっと息をつきます。セリアを止められて良かったですわ。
教室が爆発なんて笑えませんもの。入学前にセリアの邸宅に行くと、引っ越してました。前の邸宅は全焼させたそうです。
シオンではよくあることと笑っていますが私はドン引きです。
ちなみにセリアの引っ越しは4回目。シオンに常識を求めてはいけませんわ。




