第二十九話 前編 追憶令嬢12歳
ごきげんよう。レティシア・ルーンです。
平穏で気楽な生活を目指して、謀略を巡らす公爵令嬢です。
ステイ学園に入学する12歳になってしまいました。
12歳から6年間全寮制のステイ学園に通います。
ステイ学園は平等の精神を掲げる学びの場です。
貴族と魔力を持つ生徒は特別な事情がなければ入学を義務づけられます。入学試験に受かれば魔力のない平民でも通えます。
この学園を卒業するのがフラン王国で一人前の貴族として認められる最低条件です。
王家は貴族に最低限の教養を求めます。ステイ学園を卒業できなかった貴族はフラン王国の貴族を名乗れません。ですが国外に留学して、教養を高めることも認められています。
その際は成人までにフラン王国の卒業試験を受け認定証をもらえば王国貴族として認められます。
入学試験に落ちれば翌年の試験に挑戦することもできますが、その時点で貴族として醜聞持ち扱いです。
また魔力持ちで学園に入学を希望しない場合や入学試験に合格できなかった平民のために魔法の扱いを教える特別講習が義務付けられています。この講習はどんな理由があっても拒否はできません。
学園は平等精神を掲げていますが、貴族にとっては名ばかりです。
自分よりも家格の高い相手への無礼は許されないのはここでも同じです。私達貴族にとっては社交の学び場でもあります。
これが貴族が教えられるステイ学園の概要です。
ステイ学園入学は貴族としての義務なので逃げられません。
脱貴族を目指して入学試験を落とすことも考えましたがリオにもセリアにも賛同されなかったので諦めました。
今年も脱貴族の準備はできていませんので、ルーン公爵家の醜聞にならないようにきちんと入学試験は受けましたわ。
ステイ学園は広大な敷地を持つ全寮制の学園です。
申請すれば外出や外泊は可能ですが警備のため閉鎖空間。
王宮魔導士の結界が学園全体を覆っておりフラン王国では王宮の次に安全な場所と言われています。
ステイ学園内への馬車の乗り入れは禁止なので門に止めた馬車の中で待機しています。
新入生は手続きをします。
私の番になったので、御者にお礼を言い馬車から降ります。
門の前には教師と役人と騎士が手続きのために控えています。
まずは荷物検査です。
ステイ学園内に持ち込む物は全て検査がされます。
私とシエルは騎士の指示に従い台の上に上がります。
この踏み台は危険物の持ち込みがあれば弾かれるという先代シオン伯爵の発明品です。
事前に確認された荷物は寮の部屋に届けられています。セリアの物騒なポシェットは絶対に検査に引っかからないと言うので持っていますが大丈夫でしょうか?
大丈夫みたいです。
持ち物検査は通過したので次は登録です。
入学試験の合否結果とともに届いた入学許可書を役人に渡します。
「レティシア・ルーンです。ウンディーネ様に誓います」
簡易の精霊の誓約の宣誓をして机の上に置かれた書類にサインをして血判を押します。本人確認のための儀式です。嘘をつくと誓約書が破れます。王族と一部の者しか知りませんがこの誓約は正式なものではないので破けても加護は失いません。ですが誓約書が破れれば騎士に連行され厳しい尋問と処罰が待っています。
本来の精霊の誓約は神官の力を借りて行うか自身の大量の魔力を対価にして行うかの二種類です。
精霊の誓約のために用意された道具と神官の力を使えば簡単に行える行為です。寄付金さえ支払えば。
精霊の誓約が使われるのは魔力測定と王家の婚姻の時だけ。貴族は王家や家名に誓うので手間のかかる精霊の誓約を使うことはほとんどありません。
家名への誓いを破れば家の名を捨てる、王家への誓いを破ればか命を持って償うのが暗黙のルールになっています。
誓約書を役人が確認すると生徒と従者の登録がされます。
私には学生証、シエルには使用人証が発行されました。
学園内での身分証明書であり、門の通行証です。学園では命の次に大事な物です。
これで手続きは終わりになります。
入りたくありませんが、足を止めれば目立ち、なにより邪魔になります。
令嬢モードの笑みを浮かべて勇気を出して、門の中に足を踏み入れます。
周囲には新入生以外の生徒もたくさんいます。
面倒見の良い上級生が知り合いを迎えに来ているのかもしれませんね。生前はクロード殿下が迎えに来たため物凄く視線を集めた記憶がありますわ。
もうクロード殿下の婚約者ではない私が視線を集める理由もないんですがなぜか生徒達の視線を集めています。
ステイ学園はフラン王国で唯一平等を掲げる不敬罪を適用されない場所。
それなので、私に向ける視線も囁かれる声も無礼ですとは咎めません。私はルーン公爵家に関わること以外は全て流して平穏に学園生活を送ると決めておりますもの。
お父様にも何も命じられていませんので。
視線を集める理由は魔力のない公爵令嬢だからでしょう。
ルーン公爵令嬢は常に民や貴族の模範となる行動をとお母様に昔から言われてます。それは学園内でも同じです。目立ちたくありませんが視線は気にせず、淑女らしく足を進めましょう。
誰にも声を掛けられないなら応対する義務はありませんもの。
残念ながら私の方に歩いてくる取り巻きを連れた見覚えのあるご令嬢に嫌な予感がします。何度か夜会でお会いしてその度に色々言われましたわ。
私がクロード殿下のお心を惑わしていると勘違いしているご令嬢です。
殿下の婚約者ではありませんのに、殿下関連で絡まれる現実にため息をつきたくなりますわ。相手をするのは面倒ですが後ろは門なので逃げ道はなく、気付かないフリをして歩調を速め距離をとりましょう。
運が良ければ避けられますわ。もしかしたら私が目当てではないかもしれませんし。
「シア!!」
聞き覚えのある声がしました。
足を止めて声の方に視線を向けるとリオが近づいて来ました。
「入学おめでとう」
「ありがとうございます」
「これを」
リオが私の左手を取って銀の魔石が飾られた腕輪をはめました。
視線がさらに集まり物凄く目立っています。足を止めましたが移動したいですわ。
リオに視線を戻すと不敵に微笑んでいます。門から入ってきた令嬢達も足を止めどんどん視線が集まっています。そういえばリオは令嬢達に人気がありますわ。背中に痛いほど突き刺さる視線の正体はリオを見たい令嬢達ですか?
手を温かい手に包まれてリオを見ると、企んでる時の笑みで見返されています。初めてリオの顔を見て不安に襲われましたわ。リオ、この状況に気付いてませんの?
「俺からのお祝い。これから毎日会えるなんて嬉しいよ。学年が違うからずっと傍にいられないから。せめて俺の代わりにレティシアを守ってくれるように願いを込めて作ったんだ」
よく通る声で音になるリオの言葉はおかしいです。美しい銀の瞳を細めて微笑んでいますが明らかに様子がおかしい。
変な物でも食べました?
「感動で言葉も出ない?俺のレティシアは可愛いな。遠慮しないで。俺がしたくてやってることだから。愛しいシア。どうか受け取ってくれないか」
すでに腕にはめてますよ?
私の左手に軽く口づけを落として微笑む様子のおかしいリオ。他国では挨拶の時に紳士が淑女の手にそっと口づけを落とす文化がありますがフラン王国ではありません。リオは時々他国の文化をエスコートにいれていますが、ダンスの時以外で口づけを落とされたのは初めてですわ。
顔色は悪くありません。こんなに様子のおかしいリオ兄様は初めてですわ。誰か助けて・・。見渡すとセリアがいますわ!!なにか口パクで言ってます。
「弱気な令嬢」
設定を忘れてましたわ。
入学が決まり現実逃避にケイト達と修行しましたわ。弱気な令嬢は従順なので反抗しません。
声は小さめで静かに微笑む顔を作り、
「ありがとうございます。ですが・・・」
「ごめん。嬉しくて配慮が足りなかった。移動しよう。案内するよ」
私の意図を察したリオがいつもの笑みを浮かべて、自然な動作でエスコートし歩き出しました。
周りから歓声や悲鳴が聞こえ、視線も突き刺さって痛いです。
バタンと倒れた生徒や顔が赤い生徒も多く風邪でしょうか・?特にルーンには学園への治癒魔導士の派遣はなかったので、そこまで重症ではないでしょう。気にするのはやめましょう。人生は知らなくて幸せなことばかりですわ。
ゆっくりと歩きながらリオにしか聞こえないように囁きます。
「私は目立ちたくありません」
「怒るなよ。牽制。俺のお気に入りだってアピールすれば不埒な輩が近づかない。
シアが安全に過ごすためだよ。これは肌身離さず持ってて。例の魔石で作ったから。これなら忘れないだろ?」
時々魔石を置き忘れてしまうこと、どうして気付いたのでしょう・・・。気にするのはやめましょう。物騒な物ではないなら構いませんわ。余計なことは知りたくありませんわ。人生は知らなければ幸せなことばかりですから。
「わかりましたわ。これを」
ポシェットからようやく仕上がった腕輪を取り出します。セリアの道具が危険物と認識されなかったのがやはり不思議でたまりません。なぜかセリアの道具は物騒なのに常に検査を通ります。危険物の持ち込み禁止の王宮や神殿でさえも止められたことはありません。
「セリアに魔力増幅の力を付与してもらいました。露店で見つけて、似合いそうでしたので。皆でお揃いです」
「皆か・・・。まだまだ道は遠いな。ありがとう。大事にする」
リオが腕輪をじっと見て苦笑しながら左腕にはめました。セリアの作品をリオが警戒せずに使ったのは初めてですわ。
「もし男子生徒から手紙を貰ったら、見なくていいから俺に回して」
「どうしてですか?」
「叔父上やエドワードに頼まれてるんだ。ルーン公爵家のためだってさ」
「よくわかりませんが、わかりましたわ」
「令嬢からの手紙はセリアと一緒に読んでな」
「招待状しかいただかないと思いますが」
「そうだといいけど。もしもだよ。わかった?」
「わかりましたわ」
お父様はリオを気に入っているので、きっと私の知らない何かがあるんでしょう。私と違いリオは優秀です。よくお父様に呼び出された帰りに私に会いにきますもの。学園でもらう手紙は学園内のお茶会の招待状くらいでしょう。リオはご令嬢達からの恋文が届いているかもしれません。平等の学園なら下位の生徒が身分の高いリオに直接お手紙を渡し声を掛けるのも許されます。王族だけは別ですが。王族への贈り物は全て侍従が安全確認と毒味をします。殿下への不敬は本当なら臣下が止めるべきでしたが、昔のことですわ。気分が沈みそうなことを考えるのはやめましょう。私はもう関係のない人間ですもの。
しばらく歩くと入学式を行う講堂に着きましたわ。
リオは生徒会役員です。学園の行事と治安は全て生徒会が取り仕切ります。
「リオ。ここにいて平気ですか?」
「仕事は終わらせた」
「相変わらず過保護ね」
セリアが近づいてきました。
「レティ、上手だったわよ。修行の成果かしらね」
囁かれる言葉にほっとしました。セリアの部屋でも弱気な令嬢の演技をたくさん練習しましたわ。
「ありがとう」
「リオ様、レティは私が。生徒会にお戻りいただいて結構ですよ」
「任せるよ。シア、一人での行動は避けるんだよ」
心配性ですね。学園内は安全なので襲われることは普通はないんです。変態王子が異常なだけですもの。笑みを浮かべてリオの手を解いて礼をします。
「わかりましたわ。行ってらっしゃいませ」
「行ってくるよ。また後でな」
笑みを浮かべるリオの耳にセリアが囁きました。
「リオ様、幸せですね」
「余韻に浸らせろ」
セリアとリオは昔から仲良しです。
美男美女でお似合いなのにお互いに好みでないとは勿体ないですわね。両家の縁談なら家の利もあるので整いますのに。
リオが颯爽と立ち去って行ったので、セリアと一緒に空いている席に座りました。令嬢達がリオを見つめる熱い視線には気付かないんですわね。
しばらくすると講堂に先生方や生徒会役員の皆様が現れたので入学式が始まります。
学園長の挨拶が終わると、生徒会長であるクロード殿下の挨拶です。なぜか目が合い微笑まれた気がするのは気の所為ですよね。きっと美人なセリアを見たんでしょう。
次は新入生代表挨拶。
本当は入学試験主席のセリアの役目ですが、セリアが辞退したので、次席のクラム・カーチス侯爵令息が行っています。
がっしりとした体に誠実そうな顔立ちに令嬢達が見惚れてますわ。
令嬢よりも殿方の挨拶の方が波風たちません。身分に厳しいフラン王国は男尊女卑の概念があり女性の士官は認められていません。唯一許されるのは研究者だけ。それは類まれなる天才を輩出するシオン一族のおかげです。女性に求められるのは夫人や令嬢という立ち位置で家と王家の利になるように動くこと。平民は女性も働いておりますが頭の固い貴族は受け入れられません。
フラン王国が諸外国に遅れていることだと思いますが、それらを考えるのは王族の皆様です。国の大きな在り方を変えるのに必要なのは王族の声。それを叶えるのが臣下の務めですから。
入学試験の順位表では私の名前は3番目にありました。7位を狙っていたのにおかしいですわ。入学試験についてはお母様に1組に入るように言われただけです。公爵家なので10位以内に入ればいいかと計算したんですが失敗しましたわ。試験前に部屋に閉じこもり大量の課題をこなしましたが、1位になれと言われずほっとしました。天才のシオン伯爵令嬢にはどんなに頑張っても敵いませんので。
気付くと入学式が終わっていました。
成績順に組み分けされ3組編成。
私は最下位の3組が希望だったのですが、お母様に1組以外ありえませんと恐ろしい圧力をかけられ屈しましたわ。
3組で自由気ままに過ごしたかったですが、ルーン公爵令嬢には許されない世界でした。
教室の席は自由なので、セリアと一緒に一番前の窓際の席に座ります。
学園生活は平等精神なので、多少の無礼は許されます。
ですがそれは表向きだけ。
貴族の一員には変わりはなく、身分の差は当然あり公爵令嬢の私の前に座りたい方はいないでしょう。一年生で一番家格が高いのは私ですから尚更ですわ。
セリアはシオン伯爵令嬢なので特別です。王家の覚えも目出度い、社交さえ厭わないなら公爵家として迎え入れられても申し分ない功績を持つ家ですから。研究一家で社交を嫌い権力に興味のないシオンには関係の話ですわ。
私はクラスメイトの邪魔をしないように多少は気を配って生活しないといけません。
「ルーン嬢、シオン嬢、後の席をよろしいですか?
カーチス侯爵次男クラム・カーチスと申します。以後お見知りおきを」
爽やかな笑みを浮かべ礼をされたので笑みを浮かべて礼を返します。
フラン王国には3つの派閥があります。
ルーン公爵家筆頭派閥とパドマ公爵家筆頭派閥と中立派閥。
カーチス侯爵家は派閥の争いに関与しない中立を保つ派閥。カーチス侯爵夫妻とは面識がありますがクラム・カーチス様とは初対面です。大柄な体に紺色の真っ直ぐな髪と赤い瞳を持つカーチス侯爵によく似た精悍な顔立ち。これは令嬢受けするイケメンですわ。
「どうぞ。カーチス様。はじめまして。ルーン公爵家長女レティシア・ルーンです。よろしくお願い致します」
「セリア・シオンです」
「二人と同じクラスになれるとは光栄です。クラムで構いませんよ」
「カーチス様、この子の婚約者が許しません」
「愛らしい婚約者を持てばマール様も苦労されますね。俺はシオン嬢のが好みですが」
「お断りいたします」
「手厳しい。まさか試験で負けるとは思わなかった。次は俺が勝つけどな」
「頑張ってください。私は順位に興味はありません」
「さすがシオン伯爵家の天才」
セリアが人気なのは仕方ありません。伯爵家が侯爵家に無礼ですが学園ですし、シオン伯爵令嬢なら許されますわ。セリアがリオ以外の殿方とこんなに話しているのは初めて見ましたわ。
「クラム!!抜け駆け」
パチンと良い音が響きカーチス様が頭を手で押さえています。カーチス様の頭を叩き、軽やかに登場したのは、
「先手必勝だ。ルーン嬢は売約済みだが」
「言い方に気を付けて。僕は君と違って友達になりたいだけだから。お初にお目にかかります。スワン伯爵家三男ニコル・スワンです」
礼をしたのは小柄でふわふわの菫色の髪で大きな青色の瞳を持つ中性的な顔立ちの庇護欲を刺激しそうな殿方なのが勿体無い容姿の持ち主。ご令嬢に生まれましたらさぞ人気が出ましたでしょうに。スワン伯爵家は記憶にありませんが笑みを浮かべて礼をします。カーチス様のお友達ならたぶん中立派閥でしょう。
「ルーン公爵家長女レティシア・ルーンです。よろしくお願い致します」
「セリア・シオンです。」
「さっき同じことしたばかりだけどな」
「自己紹介は大事だよ。クラム。ルーン嬢、僕も後ろの席に座っていいですか?」
「どうぞ」
可愛らしい笑みを浮かべるスワン様と話していると先生が来ました。気付くと各々席に座っています。前に座るのは見覚えのある上位貴族ばかりですね。
先生からは挨拶と明日からの予定のお話しです。
選択授業の申請書が配られました。
1年生は7割が必修授業で残りは選択授業です。学年が上がると選択授業が増えていきます。
選択授業は来週までに決めなさいと言い、先生が去っていき今日はこれで終わりです。
選択授業どうしましょうか・・・。
せっかくですからお金が稼げそうな脱貴族に役に立つものを選びたいですわ。
生前に選択しなかったものは。
でも令嬢として選択すべき授業は取るべきでしょうか?
武術の授業に大変興味を引かれます。
私は強くならないといけませんし、隠れて剣を持ち込む方法は見つかりませんでしたわ。




