第二話 追憶令嬢5歳
ごきげんよう。レティシア・ルーンです。
先ほどまでお茶を飲み、追憶に浸っておりました。
私はレオ殿下のブラコンのために亡くなりましたのね。
必死に頑張った15年間はなんだったのでしょうか。
魔が差しました。
生前は貴族として清く正しく生きましたので今世は平穏、穏やか、気楽に楽しく生きたいです。
民や家のために生きずに、自分のために生きたいですわ。
窓の外は青い空に白い雲に快晴。私の門出を祝福してくださっています。
うっかりお茶を飲みすぎてお腹がタプタプですが、これも貴重な初体験です。お母様が聞いたらお説教案件ですので内緒にしてくださいませ。
さてずっと気になっていたのですが、私は手足が短くなっており小さくなっています。
部屋に置いてある日記を読むと5歳。
懐かしいですわ。
幼い頃は難しい勉強にお母様の叱責、ルーン公爵令嬢として相応しくなるための教育が辛かったですが、今の私には簡単。
心は15歳ですし、王妃教育も受け終わっております。
どんな目的のためにも情報収集と綿密な計画が大事ですわ。
目指すは平穏な人生!!
日記に大きな文字で書きました。
目標は、
第一は監禁回避!!絶対シエルを守ります!!
第二は王家に関わらない!!王太子殿下との婚約回避です。王子の婚約者は平穏から遠く、多忙ですわ。
第三は脱貴族!!
三大目標ですね。
目標を日記帳に書き込んで文字を睨んでもどうすればいいか皆目見当もつきません。
「お嬢様、お嬢様、大丈夫ですか」
シエルに後ろから覗き込まれ急いで日記帳を閉じる。
これは絶対に見られてはいけません。
「シエル、驚かさないでください」
「日記帳を見て、ブツブツおっしゃっておりましたので。お嬢様、何かご心配が?」
穏やかなお顔で見つめるシエルに聞いたらわかりますかね。
「シエル、王子様の婚約者はどんな方が選ばれますか?」
「すみません。私にはわかりません。旦那様に聞くのが一番でしょう。お嬢様は王子様がお好きなんですか?」
「違います!!私は王子様苦手です。どうしたら婚約者に選ばれないか知りたいです」
「珍しいですね。申し訳ありません。お嬢様お食事です」
「お腹すいてません」
「お茶をたくさん飲みましたものね。朝ご飯もほとんど召し上がらなかったので、お昼は駄目です。食べてください」
「シエルの意地悪」
「お嬢様の為ですわ」
瞼の腫れ引いてますし、笑みを浮かべるシエルは折れてくれませんね。
使用人は主の命令に絶対です。シエルは物心ついた時から一緒にいるので、私が相応しくない行動をすれば諫めます。主と家臣の関係はそれぞれです。ルーン公爵家で私の行動に口を出すのはシエルと執事長だけです。決して他人の前では私の命令に逆らうことも諫めることもありません。使用人に諫められるなど恥ずべきこと。他人の目がない場所で、他人には通じないようにやりとりするのは常識ですわ。
家臣は主の意図を察して動き、視線で意思疎通。主の命令がないと動けない使用人は二流です。
そしてルーン公爵家は宰相一族。情報漏えいを防ぐためにきちんと教育されたルーン公爵家を第一に考える家臣特に専属侍女や執事を名乗れるのはルーン公爵夫妻に認められた者だけです。
食事に向かうと誰もいません。
この頃はお母様とお食事をしていた記憶がありますが・・。
「シエル、お母様は?」
「奥様は王妃様のお茶会です」
チャンスですわ。今日を逃せばいつ機会があるかわかりません。お願いなどしたことがありませんが、私は脱貴族するので、醜聞なんて気にしません。怒られても構いません。
それにお母様は恐ろしいですがもう一人の恐ろしいアリア様はいらっしゃいません。
「マール公爵家に行きたいです!!お勉強は明日頑張るからお願い!!」
はしたないですが、シエルのスカートを引っ張り見上げます。シエルが一瞬固まり、頬に手を当てて珍しく真顔で悩んでます。
今の私は二日分のお勉強なんて簡単ですわ。一週間分のお勉強を課題に出されても余裕ですわ。
なんのお勉強をしているかはわかりませんが。
日記には日付と天気しか記載してませんでした。5歳の私は何を思って日記をつけていたのでしょうか。正直、全く覚えておりませんわ。
「後日では?」
「お母様に怒られても我慢しますからお願い」
「お嬢様がお食事をきちんと食べたら相談してきます」
「食べます!!」
私は食事をするために気合いをいれました。エスコートされて椅子に座るとサラダにスープにお肉が一切れに小さいパン。
料理がいつもより少なく拍子抜けしましたわ。
懐かしい味がしますわ。温かいスープなんていつぶりでしょうか。
思わず頬が綻んでしまいます。毒を気にせず食事ができるなんて幸せですわ。
お腹がすいてないことを料理長に伝えてくれたシエルの優しさも嬉しいです。今世は絶対シエルを守ります。食後のお茶は断り、食事をすませて厨房に行きました。
「お嬢様!?どうなさいました」
料理人達が手を止め、一斉に視線が集まりました。用があれば料理長を呼びますが、私が厨房に足を運んだのは初めてです。
「邪魔してごめんなさい」
「お嬢様なら大歓迎です。なにかお願いですか?」
料理長が膝を折り、視線を合わせてニコニコと私を見ています。距離の近さに驚きますが、無礼を咎めたりしませんよ。他の料理人達から生暖かい視線を感じますわ。
「お願いがあるの。これから、リオ兄様に会いにいきたいから、チョコのお菓子が欲しいです。できれば」
突然のお願いに非常識な自覚はありますので、だんだん声が小さくなるのは仕方ありません。脱貴族のために醜聞は気にしないと思っても非常識はよくありませんよね。
いつも予定通りに動いていたので、急遽お願いすることはありませんでした。
「おまかせください。リオ様のお好きなチョコクッキーと他にも色々ご用意しますよ」
「本当!?お仕事を増やしてごめんなさい。嬉しいです!!ありがとうございます」
「お嬢様のお願いならいつでも大歓迎ですよ。遠慮せず、いつでもお越しください。できればシエルと一緒にお願いしますね。出来上がり次第お持ちします」
笑顔の料理長や頷く料理人の皆様の優しさに胸が暖かくなり笑みがこぼれます。感動している場合ではありません。
シエルに厨房に行くのを伝えてないので急いでお部屋に戻らないといけません。勝手にいなくなれば心配しますわ。いつもは食事のあとは自室で過ごすので。
「ありがとうございます」
礼をして急ぎ足で部屋に向かいます。お母様もシエルもいないので、はしたないと怒る人はいません。
後ろで雄たけびが聞こえますが気にしません。この世界には知らないほうがいいことがたくさんあります。第二王子が変態なんて知りたくありませんでしたわ。
うん。知らなければ幸せなことだらけですわ。
自室に戻るとシエルが待っていました。遅かったですわ。
「お嬢様!?どちらにいらしたのですか」
きっと、私がいなくなったので驚かせたのでしょう。
つい勝手に動いてしまいました。膝を折って私の肩に手を置いて真顔のシエルに笑いかけます。
「厨房にお願いに」
「私が行きますよ。料理長、喜びすぎてお嬢様に危害を加えませんでした?」
危害?きっと厨房にも私の知らない世界が広がってるんですよね。
気にしませんわ。怖いことは知りたくありませんわ。
「大丈夫です。今度はシエルと一緒においでって。シエル、午後の予定は」
「お嬢様の初めてのおねだりなので頑張りました。今日はマール公爵とリオ様がご在宅なので、いつでもいらっしゃいとのことです」
「シエル、ありがとう!!支度をお願いします」
笑顔のシエルに微笑み返します。
料理長が用意してくれたお土産を持って馬車に乗りマール公爵家へ向かいました。
マール公爵家はルーン公爵家と親交が深いです。
お母様とマール公爵夫人は姉妹のため、幼い頃から良くしてもらいました。
私に興味のない両親よりもマール公爵夫妻に可愛がってもらった記憶が多いです。マール公爵は外務大臣のため、国内にいることが珍しく伯父様と会うのはいつぶりでしょうか。
馬車に揺られ、マール公爵家の門を通り見慣れた懐かしい景色に顔が緩んでしまいます。
馬車の扉が開き、立ち上がり馬車を降りようとすると、体がふわりと浮き上がりました。
「レティ!大きくなったね」
「おじ様!?」
「旦那様、突然抱き上げたら、レティシア様が驚かれます」
記憶よりも若いマール公爵が地面にそっと私を下ろして頭を優しく撫でてくれました。
濃紺の髪と銀色の美しい瞳、整った顔立ちで爽やかな雰囲気を持ち、巧みな会話術で多くの女性を虜にしたマール公爵の話はアリア様付きの侍女から聞いてます。どんなに女性に好かれても夫人以外とは適切な距離を保ち、期待をさせないようにきちんと振舞う紳士。いまだにマール公爵に憧れる女性も多いそうです。内緒ですよ。
「ごめん、ごめん、久しぶりで嬉しくて」
「マール公爵、突然の我儘を受け入れてくださりありがとうございます。」
「レティ、うちでは楽にしていいよ。伯父さんに姪っ子を可愛がらせてくれないかい」
淑女の礼をすると社交の笑みではなく優しく笑って膝を折り視線を合わせてくれる伯父様。隣の執事も優しく微笑んでいます。
「おじさま、会えて、嬉しい」
久々に会う伯父様と形式ではなく、歓迎されている雰囲気が嬉しくて、目頭が熱くなり我慢できずに涙が溢れます。
昔のように伯父様に手をのばすと、抱き上げてくれます。お父様に抱かれたことはありませんが伯父様はよく抱き上げてくれましたわ。私に温もりを教えてくれたのはマール公爵家です。
「レティ?」
「おじさまに会えたのが嬉しくて、涙が止まりません。お母様に怒られしまいます」
「そんなに喜んでくれて感激だな。やっぱり女の子はいいね。お母様には内緒にするから心配しないで。もちろんレティのお父様にも」
「旦那様、ウインクはちょっと。顔を直してください。だらしない」
陽気な伯父様を執事が諫める懐かしい会話のやり取り。身内にしか見せない光景です。ルーン公爵家ではありえないやりとりについ笑みがこぼれました。
「おじさまも怒られることがありますのね」
「レティ、笑うなんてひどいなぁ。泣き顔も可愛いけど、女の子は笑顔が一番だよ。
リオが書庫にいるから、遊んでおいで。リオに意地悪されたら伯父さんのところにおいで」
「おじさま、ありがとう。行ってきます」
「レティシア様、どうぞ」
マール公爵邸の中に入ると伯父様が書庫の近くで降ろしてくれました。執事にリオへのお土産を渡し涙を拭いて、優しく笑う伯父様達に礼をして書庫を目指します。
「行ってらっしゃい。レティがいなくなった途端に冷たい視線やめてくれないか。やっぱりかわいいなぁ」
「旦那様、犯罪です。奥様に言いつけますよ」
***
マール公爵邸は幼い頃からお世話になっていたので自由に出歩くことが許されてます。他の家では必ず案内人が付き添い決まった場所への出入りしか許されません。
書庫の扉をノックするも返事はありません。
「失礼します」
マール公爵家は外交官が多い家系です。書庫もルーン公爵家より広く蔵書も種類豊富で多いです。蔵書が多いのはマール公爵の収集癖のせいでもありますが。
「リオ、リオ兄様?」
広い書庫なので呼んでも返事がないなら地道に探すしかありません。奥に進むと懐かしい色を見つけました。
「リオ兄様!!」
本を読んでるリオに思いっきり抱きつきます。
「シア、危ないよ。離れて」
咎める声に手を解いて、不満を込めてじっと見つめます。マール公爵家は風属性の一族です。風属性は銀や灰色の瞳を持ちます。リオの瞳のように美しい銀色、ここまで純粋な銀色を持つ一族は国内でも二家だけ。
よく見るとリオが小さくてかわいいです。いつも余裕のあるお顔で爽やかな笑みを浮かべていたリオ。目を見張って驚くなんて、かわいい頃がありましたのね。
「仕方ないな。おいで」
苦笑して手を広げるリオに抱きつきます。
久しぶりですわ。また会えるなんて思いませんでした。リオに抱きつくなんていつぶりでしょうか。安心して力が抜けました。
「どうした。お前、泣いてる・・?」
「うっ、うっ、」
「いいよ。存分に泣きな。家だと泣けないんだろう?シア頑張ってるもんな。小さいのにえらい、えらい、リオ兄様が甘やかしてやるよ」
頭を撫でてくれる手も懐かしい。私の涙腺が変ですわ。5歳ってこんなに泣きますの?体に引っ張られて心も退行!?悲しくないのに涙が止まらない。いいですわ。脱貴族しますもの。外聞なんて気にしませんわ。
「リオ兄様、貴族は嫌です。家と王家と民のため。私は私のために生きたらいけないの?どーすればいい?王子様も怖い」
頭を撫でる手が止まりました。抱き上げられ椅子に降ろされ、リオが隣に腰掛けました。
抱き上げた時にリオがフラフラしたのに笑いそうになったのは内緒ですわ。
「貴族がどうして嫌なの?俺も貴族だよ」
「民の税金で生活してるから、いつも民のために生きないといけない。ルーン公爵家の娘として恥じないように、頑張りつづけることが疲れました」
「シア、ずっと頑張んなくてもいいんだよ。仕事の時や他人の目があるときは、貴族として振舞わないといけないけど、休憩中や信頼できる人の前では力を抜いてシアのままでいていいんだよ」
「はぅ!?」
口の中に蜂蜜の甘さが広がりました。
「美味いか?」
口に入れられたクッキーを咀嚼して飲み込みます。リオ、いつの間に私のお土産を開けましたの?
お土産を渡したが記憶がありません。抱き着くときに落としたのを拾ったんですね。手が早いですわ。私の一番好きなクッキーを選ぶのも流石。また食べれるなんて思いませんでしたわ。
「おいしい」
リオがいつのまにかチョコクッキーを食べてます。リオは昔からチョコが好きでした。
「美味いものを食べれば元気になる。これは貴族だろうと平民だろうと関係ない。シアはシアだ。貴族のシアは素のシアが仮面を被っているだけだよ。上手に手抜きしながら、最低限の義務だけこなせばいいんじゃないか?」
言ってる意味はわかりません。貴族なのに貴族の仮面を外すことが許されるんでしょうか。どこでも視線を意識して、ルーン公爵令嬢として民や貴族の模範であるように、感情を見せずに優雅に振る舞うことを常に教えられてきましたわ。手抜き?仮面?
「リオ兄様の前なら、泣いたり怒ったりしても嫌いにならない?失望しない?」
「しないよ。うちの父上なんて、大人なのにシアの前じゃデレデレだろ?シアが泣いたら心配するけど、失望しないよ。泣き顔も可愛いって叫ぶかもしれないが・・。泣かせた奴に報復しそうだ」
リオが遠くを見つめています。意味がわかりませんが、
「報復?」
「気にするな。いい年したデレデレの父上だって公爵家当主、外務大臣を立派に務めている。もし、シアが貴族が嫌で逃げ出したくなったら、一緒に逃げてあげるよ。しっかり修行して強くなって、勉強すればなんとかなる」
「お金はどうしますの?」
「物を作って売ってもいいし、魔法で大道芸してもいいし、外国で冒険者になってもいい。能力があればいくらでも稼げる」
脱貴族が見えてきましたわ。やはりどんな時も頼りになるのはリオですわ。
「リオ、すごいですわ!!」
「やっと笑ったな。シア、行動する前にちゃんと俺に相談して」
この言葉はリオの口癖です。
お蔭で活路が見えましたわ。
「返事は?」
「努力します。リオ兄様、質問です!!」
ごまかした私を怪訝な目で見てますが、気にしません。
「王家に関わらずに生きるにはどうすればいいですか?」
「無理だろう。一番嫌なのは?」
「王子様の婚約者になること。できるだけ王子様と関わりたくないです」
「シアは魔力があれば、殿下の婚約者に選ばれる可能性はあるな。
魔力がない、成績が悪い、評判が悪い、あたりの条件を満たせば候補から外れるかな。あとはすでに婚約者がいるとか操を守れなかったくらいしか思いつかない。父上に相談してみるか?」
正妃アリア様はマール公爵の妹君。お父様も詳しいけど、怖くて聞けないです。王族の婚約者に選ばれれば光栄と喜ばないといけません。王族に不満を持っていると思われればきっと恐怖のお説教。
「不敬だと呆れませんか?」
「ないない。父上はお前に甘いから。叔父上にも内緒にしてくれるよ。聞きにくいなら俺が聞いてやるよ」
成績、評判ほどほどに。悪すぎても目立ちますわ。平均くらいなら無難ですか?魔力を隠せればいいのですが。
「ありがとう。リオ兄様、魔力判定のときに自分の属性を隠して、魔力なし、無属性には、なれないでしょうか?」
8歳になると魔力測定があります。水晶に手を当てると水晶が属性色に光ります。私は水属性を守るルーン一族なのでもちろん水属性でした。
「魔力測定は義務だからな。魔力を持ってるように偽装することはあっても、その逆はな。
シアが無属性なんてありえないし。どのみち結果偽装はまずいよな。時間はあるし、調べてみるのはいいけど、他言無用。何かわかっても、勝手に行動するなよ。俺を巻き込みたくないって一人で行動するな」
「・・・善処しますわ」
「前科持ちだからな。あきらめる気ないだろう?まだ魔力測定まで3年ある。協力してやるから、勝手に行動するな。いいな?」
「わかりましたわ」
「いい子だ」
ちょっとだけ目的達成に近づきましたわ。
「リオ兄様、ありがとう。突然訪問してごめんなさい。」
リオに抱きつきます。子供の特権ですわ。
生前、最後にリオ兄様に抱きついたのはいつだったかな。
当分は許されるから嬉しいですわ。
「今更だろ。お前が元気になったんならいいよ」
頭を撫でる手に眠くなってきましたわ。お母様にはしたないと怒られます・・。
***
目を開けると、見慣れない天井。
また監禁でしょうか。
「レティ、目が覚めた?」
聞き覚えのある声。視線を向けると、お母様と同じ銀髪と銀色の切れ長の目なのに冷たいお母様の雰囲気とは正反対で朗らかな空気の持ち主。
「伯母様!?」
マール公爵夫人を見て力が抜けました。
私はマール公爵家で眠ってしまいましたの。監禁ではなく良かったです。
「顔が赤いわね。ちょっと微熱があるわ。今日はうちに泊まっていきなさい」
「ご迷惑をかけられません。突然の訪問だけでも非常識ですのに」
「レティ、うちは大丈夫よ。いつでもいらっしゃい。ルーン公爵夫妻にはうまく言っておくわ」
「ここに来るとき、明日はお勉強がんばるって約束したの」
「レティはえらいわね。いつも頑張ってるから、神様がお休みしなさいってお熱がでたのよ。お母様のことは伯母様に任せない」
伯母様はお母様のお姉様。同じ姉妹なのに、伯母様は優しく穏やかなのに、お母様はどうして厳しく気難しいのでしょう。伯母様、ごめんなさい。きっと知恵熱です。でも本当のことは言えないので内緒にして思う存分甘えましょう。帰ればお母様のお説教が待ってますもの。
一人で知らない部屋で眠るのは怖い。今は、
「伯母様、眠るまで傍にいてくれる?」
「可愛い我儘ね。うちの愚息にも見習わせたいわ。もちろんよ。レティシア。安心してお休みなさい。」
伯母様のとんとんとお腹を叩く手が心地よくて気づいたら夢の中でした。
***
「レティシア様、ご気分はいかがですか」
聞き慣れない声が聞こえ目を開けました。
体を起こすとマールの制服を着た侍女がいました。そういえばお泊まりしましたのね。
「おはようございます。特に問題ありせんわ」
「かしこまりました。お仕度をしましょう。お洋服はどうされます」
侍女に手を差し出されたので、手を重ねてベッドから落りて、案内された衣装棚を見て固まりました。
「この服は?」
女の子の衣装が色とりどり揃っていますが・・。
リオ兄様に女装趣味が?レティシアはどんなリオ兄様の趣味も受け入れますわ。私に害がなければ・・・。
知りませんでしたわ。
「旦那様のお土産や奥様のご趣味です。レティシア様に着ていただきたいと。このお部屋レティシア様専用なんですよ」
リオの趣味ではなくて、ほっとしましたわ。
部屋を見渡すと女性好みの内装。伯父様と伯母様に感謝しかありません。こんなお部屋があるとは知りませんでしたわ。
「失礼しました。話しても驚きますよね」
子供相手なので、饒舌なのかしら。伯父様達は使用人に好かれていますのね。
「教えてくれてありがとう。伯父様と伯母様はまだいらっしゃる?」
「いらっしゃいますわ。お仕度してご挨拶されれば喜びますわ」
支度をおえて案内された部屋につきましたわ。開けてもらった扉の中には朝食中のマール公爵夫妻。
礼をします。
「失礼致します。伯父様、伯母様おはようございます」
「レティ、おはよう。気分はどうかな?」
「元気です。お洋服をありがとうございます」
「私の見立てに間違いはなかった。レティ、似合っているよ」
「旦那様、レティを座らせてあげてください。レティ、顔色が良くて安心したわ。似合っているわ。旦那様に負けたのは悔しいですが、まだまだチャンスはあるわ」
笑顔で伯父様と伯母様がお話されてます。ルーン公爵家の無言の食事とは雰囲気が違いますわね。
「母上、レティシアが驚いてますよ。抑えてください」
「リオ、おはよう。今日は早いのね」
「おはようございます。母上が早く起きろって、いえ失礼しました」
リオが伯母様に睨まれてます。ごまかすように笑って私の隣に来ました。
「シア、もう大丈夫そうだな」
「リオ兄様、おはようございます」
「おはよう。父上と母上の服見たんだな。驚いたろ?」
「お洋服は嬉しかったですよ。リオに女装趣味がなくてよかったです。私はどんなリオ兄様も」
「お前、なに考えてるんだ」
リオに頭を乱暴に撫でられました。せっかく髪も綺麗に整えてもらったのに、髪の乱れはマナー違反ですのに。
「髪をくしゃくしゃにしないで」
「リオ!!食事中にはしたない。座りなさい」
リオが怒られてるの初めて見ましたわ。苦笑するリオに手を引かれて椅子に座ります。
昔からエスコートも得意でしたのね。手櫛で髪を整えてくれるリオに笑みがこぼれました。
マールのお家は賑やかです。
うちの無言な食事と違い新鮮で楽しいですわ。
「父上、こんなにゆっくり食事されるの珍しいですね」
「今日は休みだからね」
「は?」
「リオ、言葉を選ぶのも大切だよ」
「レティ、今日は皆でピクニックに行きましょう。お母様は楽しんでらっしゃいですって」
「息子よ、言葉に気をつけなさい」
リオが何か言いたそうに、無言で食事をしています。
「伯父様、お仕事は?私はお邪魔では」
「大仕事を終えたばかりで休暇中だ。レティなら大歓迎だよ」
「シア、うちの両親はお前を構いたいんだ。甘えとけ」
「ありがとうございます。楽しみですわ」
ピクニックに行った記憶はないので楽しみです。
お外で食べる礼儀を気にしないご飯は美味しく、マール公爵夫妻とリオに甘やかしてもらい楽しい時間を過ごしました。こんなに笑ったのはいつぶりでしょうか。
楽しい時間はあっと言う間に終わってしまいました。
ピクニックを終えて、伯母様がルーン公爵家まで送ってくれました。
恐れていたお母様のお説教はありませんでした。
お父様とお母様は伯母様と夜遅くまで話していたようで、翌日の朝食の席でげっそりとしたお顔をしていました。
伯母様は最強ですの?もしかしてマール公爵家に入り浸っても、伯母様を味方につければ、許されますか・・?
レティシアは5歳の体に心が引っ張られて、行動や言葉が子供返りしています。
そのため、敬語で話せたり、敬語が難しかったり不安定な状態です。
レティシアが心と体のバランスがとれるまで、まだまだ時間はかかりますが暖かく見守ってもらえると嬉しいです。