第二十八話 後編 追憶令嬢11歳
おはようございます。
レティシア・ルーンですわ。
私の誘拐事件は中々大事になりました。
イーガン伯爵はお金に目がない生粋の商売人。派閥に所属せず、悪評の多い貴族でした。
イーガン伯爵家の御者は有名な暗殺集団の一員でした。
イーガン伯爵家は敵を暗殺者に始末させている容疑を持たれていました。残念ながら伯爵の関与は物的証拠はなく裁けませんでしたが。
お父様は私に護衛を付けていましたが、暗殺者に倒されてしまいました。重傷ですが国内一の治癒魔導士であるお父様の治療を受け今は療養しています。
ルーンの隠密が騎士との交戦の様子を報告にお父様のもとに走り、お父様と一緒にいたリオに騎士達を預けて討伐したそうです。
リオに任せたのは、お父様よりリオの方が戦闘に向いているからと。リオは未成年なのにすごいですわ。
イーガン伯爵家のお茶会はお父様はイーガン伯爵家を裁くきっかけが欲しかったそうです。
お茶会にお母様ではなく私を行かせたのは、相手を油断させるため…。
お父様、教えてくださったらよかったのに。
そしたら準備をして、もっとうまくできましたのに!!
私が拐われるのは予想外だったみたいですが。
主犯のライラ・イーガン伯爵令嬢はクロード殿下とリオを慕っていました。
殿下と唯一噂になった私がリオの婚約者に選ばれたのが許せなかったそうです。
私が傷物になればリオとの婚約解消。
自分にもチャンスができると考えていたみたいですわ。
下位貴族が王子と公爵家の婚約者?
殿下に見初められれば妾でしたら目指せると思いますが、妾を持てるのは成人して妃を迎えてからです。
マール公爵家の婚約者は…。リオが本気で望んで伯父様達を説得しても難しい縁談です。
私にはマール公爵家への利が見つけられません。勘違いに巻き込まれて災難でしたわ。
噂の立つ行動をした殿下の所為ですわ。王家とは関わりたくありません。
身分に厳しいフラン王国では伯爵令嬢が公爵令嬢を害するのは大罪です。
イーガン伯爵夫人もルーン公爵家への不敬で裁かれましたわ。
ライラ様は記憶さらしの罰を受け、イーガン伯爵夫人と共に僻地の修道院送りになりました。
記憶さらしは重罪人が受ける罰です。
全ての記憶を覗かれるため精神を壊したり覗かれた記憶を失ったり酷い副作用が伴います。ライラ様と侍女から私を傷つけるように指示したと証言が取れたので逃れられませんでした。
私を傷物にするように頼んだ相手が暗殺者。ライラ様は傍にいた家臣に命じただけで暗殺者とは知りませんでした。色々理不尽な命令をするご令嬢だったようですわ。
子供の罪は親の罪のためイーガン伯爵家は爵位剥奪。
イーガン家は爵位を取り上げられても商会があるので、生活には困らないそうです。
ただ上位貴族は罪を犯して爵位を取り上げられた商会とは絶対に関わりません。もちろん王家も。
そして派閥筆頭のルーン公爵家に無礼を働き私に手を出したのでうちの派閥の領地に出入り禁止。商会として生き残ってもさぞ生活しづらいと思います。うちの派閥は国内の6割の領土を抑えてますもの。
国内で一番力を持つルーン、国外で一番力を持つマール。この二家に睨まれただけでも商人として終わりだと思いますが。
もしも心を入れ替えて国王陛下のために尽くしていただけるなら、喜ばしいこと。貴族ではなく平民なら
私は厳しい言葉はいいません。打たれ強いイーガン家の皆様には是非王国の発展のために頑張ってほしいですわ。
私は拐われて一週間程お父様の命令でルーン公爵邸で療養していました。謹慎ではないのでダンと畑の世話をして、ケイトと料理をしたり作戦会議をしたりと有意義な時間でしたわ。
二人から話を聞くとロキ達は元気にしているようです。使用人宿舎で過ごすロキ達を私が見かけることはありません。療養中の夫人の世話を手伝うロキ達に内緒でお菓子を贈る手配をしました。協力者はもちろんシエルとケイトです。
たくさんのお見舞いや手紙に丁寧にお返事する以外は社交は求められずターナー伯爵家から帰ってからは一番有意義な時間でした。
お母様はターナー伯爵家に滞在しているので当分留守です。
イーガン家の事件が落ち着くまではお父様は大事なお母様を安全なターナー伯爵家に帰したんでしょうか?強い事と戦える事は違います。お母様を大事にされるお父様はきっと危険な目に遭わせることは望みません。夫婦の関係に私は関係ないので求められた役割をするだけですわ。知らなくていいことを考えるのはやめましょう。ついつい生前の癖で色々考えてしまうのは悪い癖ですね。
ノックの音に顔を上げます。先触れに了承の返事を出したので直接案内されたのでしょう。
「シア、入るよ」
「どうぞ」
机の上の手紙を片付け椅子から立ち上がり部屋に入ったリオに礼をして顔をあげると心配そうな顔で見られています。
「体は大丈夫?」
「治してもらいました」
「今回は俺の手落ちだ。悪かった」
「リオが守ってくれたので、手落ちではありませんわ」
いつもの余裕のある落ち着いたお声も笑顔もありません。それに無事でしたのはフウタ様のおかげです。
フウタ様がいなければ、変態にされていたことを想像すると悪寒に襲われますわ。
この世で一番恐ろしい物は変態だと思います。言葉が通じず、行動の意図もおかしく取引さえできない、わかりあえない生物です。
あの変態のことは忘れましょう。
私を見つめるリオの瞳が暗く、こんなリオは初めてですわ。
どうしましょうか。
そうです!!今朝覚えた新技がありますわ。
もちろんケイト直伝です。
リオの前に立ち利き手ではない左手に触れるといつも温かい手が冷たい。
冷たい左手を温めるように両手で包み込み、ゆっくりと上目遣いで見つめます。
「リオのおかげで無事でしたわ。助けてくれてありがとう」
最後に満面の笑みを浮かべます。昔のエディほど可愛い笑顔はできませんが。
リオが反応しません。でも包んでいる手は段々温かくなり、顔も赤くなりましたわ。
ケイト、これでいいんですの?
お願いする時の奥の手ですから使い方間違えましたか?
お願いではなく体を温める方法でしたの?反応しないリオの顔を笑みを浮かべたまま見つめていますが、私はこれからどうすればいいんでしょう。
しばらく睨み合い?を続けているとリオが目を伏せ乱暴に右手で髪を掻き上げました。乱れた髪を直すためにリオの手を解くと抱きしめられました。
身長差がありますので、腰を曲げたリオが私の肩に顔を埋めています。
「次こそは気をつけるから、俺の側にいてくれる?」
リオの所為ではありません。殿下の軽率な行動と私の判断ミスのせいですわ。でもこの件の全てを知った上でのリオの言葉なら否定しても受け取ってもらえないでしょう。
「もちろんですわ」
「ちゃんと守るから勝手にいなくならないで」
まだロキ達の件を引きずってるんでしょうか?リオは心配性でしたわ。リオの背中に手を回し宥めるようにそっと叩く。
「わかりましたわ。リオも気を付けてくださいね」
「イーガン家は今後一切ルーン公爵家とは関わらせないから。生き地獄への片道切符を渡してきたから。あと例の暗殺集団も手出しさせない。潰すから」
不穏な言葉ありませんでしたか?
リオの声に元気と余裕が戻りましたし、まぁいいですわ。
「俺と同様に怒ってるやつがいるからな。見せしめにも丁度いい。お手並み拝見。まぁ、俺も俺で動くけど―」
「リオ?」
私の肩から顔を上げてブツブツと呟くリオの顔を見上げると思考の海に潜ってますわ。
「ルーン公爵家は優秀な跡取りもいるし安泰だな」
頼もしく笑ったリオの溢した言葉に微笑み返します。話の流れは掴めませんが、我が家の安泰は確実ですわ。
跡取りの弟は悲しいくらいに優秀です。珍しくうちにいるお父様の執務室で連日一緒にお勉強をしていました。いつまでも弟の成長を寂しがってはいけないとわかってますが、心は簡単ではありません。貴族としては相応しくありませんが純粋無垢だった頃のエディが懐かしいです。どんな弟も大事ですよ。
「そうですわね」
「もうすぐ入学だろ?本当に飛び級しないの?」
「目立ちたくないので遠慮しますわ」
「虫がつくのが耐えられない。同級生に生まれたかったよ」
「私は害虫駆除くらいお手のものですわ。師匠がいますから」
「俺の育て方が悪かったのか」
「リオに育てられた覚えはありませんわよ」
リオを睨むと宥めるように頭を撫でられました。
リオの調子も戻って良かったですわ。いつもの調子に戻ったリオとお茶をしてお見舞いにと異国の物語集をいただきました。
療養生活明けの夜会には一緒に参加してくれるそうです。お母様が不在なのでありがたいですわ。ドレスを贈ると笑うリオはお断りしても贈ってきます。
私のドレスの3割はマール公爵家から贈られたものです。公爵家に相応しい素敵なドレスばかりなのでありがたく受け取りましょう。療養期間が終われば忙しい日々が待ってますわ。
学園入学前に長剣を仕込む方法を考えましょう。
エドワードにも心配をかけたので、お母様の留守中は晩餐が終わった後は眠るまで傍にいました。エディは優秀と教師達が褒めているので、私が両親の代わりにしっかりと褒めます。褒められるのは嬉しいことなので。ベッドですやすやと眠る可愛らしい寝顔に手を伸ばし顔にかかっている柔らかい髪を払う。どんどん成長していくエドワード。汚い貴族社会にも負けずに堂々とルーン公爵として君臨するでしょう。私と一緒にいるのが嬉しいと笑う弟のためにできることは限られています。私がいなくてもリオがエディを甘やかしてくださいますわね。エドワードにルーン公爵家嫡男らしさを求める私が脱貴族を目指していると知れば軽蔑するかもしれませんわ。脱貴族するまでは将来エドワードが率いるルーンの役に立てるように頑張りましょう。
明日からはお母様が不在のこともあり多忙な社交スケジュールが待っているのでそろそろ部屋に戻って備えましょう。
しばらくして暗殺集団が殲滅させられたと新聞に載っていました。
暗殺集団なのに新聞に載るってどういうことですか?
まぁ良いことなので気にするのはやめましょう。
国境付近が更地になったそうですが相当激しい戦闘が行われたんですね。
二週間ぶりに帰ってきたお母様からはお咎めはありませんでした。
これで私にとっては厄介な事件は終わりです。
そろそろステイ学園の入学試験の勉強を始めないといけません。
監禁回避の準備は何もできてません。気が進みませんがお母様の指示通りにお勉強を進めましょう。




