第二十八話 前編 追憶令嬢11歳
ごきげんよう。レティシア・ルーンですわ。
謹慎が終わった私は連日お茶会や夜会に参加しています。
私はお父様の命でイーガン伯爵家へ向かっております。
王家のパーティで私にジュースをかけたことへの謝罪を強く希望されており、お母様より私が適任とのことです。
イーガン伯爵家は優先順位が低いのでお誘いはお断りしていました。
イーガン伯爵家は商家からの成り上がり。成り上がりとは爵位をお金で買った貴族です。
国王陛下の覚えも目出度く歴史も権力もある上位貴族。
貴族とは名ばかりの力のない下位貴族と分けられています。
フラン王国の重鎮は上位貴族ばかりです。
下位貴族のイーガン伯爵家はお父様が興味を持つほどの家には思えませんが…。
イーガン伯爵邸に訪問すると赤毛のイーガン伯爵夫人が迎えてくれました。
「本日はお招きいただきありがとうございます。イーガン伯爵夫人」
「ようこそお越しくださいました。お会いできて光栄です。レティシア様」
礼もせずに言葉だけの挨拶をして私の名前を許可なく呼ぶ行為は無礼です。
名前呼びは親しい証。
下位貴族が上位貴族を許可なく名前を呼ぶのは家をとり潰されても仕方のない行為です。不敬罪にあたります。
ですがお茶会が始まる前に咎めて空気を壊したくないので今は不敬は目を瞑ります。
サロンに案内されますが、イーガン伯爵はセンスがいまいちですの?
室内は全て金を贅沢に使ったきらびやかな家具で揃えられているため、目がチカチカします。高価な物は飾り方次第では下品に見えます。私の記憶の中で一番受け付けない雰囲気です。下位貴族の邸に入ったのは初めてですがこんなに酷くていいんですか?
令嬢モードの笑顔で内心の動揺を隠し案内される席に座ります。
お父様、このお茶会は本当に受ける価値がありましたの?
目の前に置かれたのは香りが強く濃い色合いのお茶です。
お茶に口をつけないのは無礼なので、そっと口をつけると渋いですわ。
もう早めに帰りましょう。
お父様の命はお茶会に参加すること。親交を深めなさいとも情報を引き出しなさいとも言われてません。お茶会に参加したと言う事実さえあれば、ここに用はありません。
「レティシア様、うちの娘が粗相を申し訳ありませんわ」
「初めてのパーティで緊張されたのでしょう。昔のことですわ。お気になさらず」
「ごめんなさいね。何をさせても駄目な子なのよ。末っ子だから甘やかしすぎたのかしら」
私の言葉を遮り笑顔で娘を貶めるイーガン伯爵夫人。
令嬢の価値は高めてこそ利用価値があがりますのに。口調も含め全てが不敬です。同調していると勘違いされると困るので笑みを浮かべて言葉を遮りましょう。
「ご謙遜を」
「レティシア様はしっかりされてるのね。お詫びの品を用意してるの。受け取ってくださる?このドレスは」
言葉が通じませんわ。
部屋に飾られている煌びやかな生地に染みのあるドレスを指差していますが、あれは着るためのドレスですか?趣味の悪い美術品だと思っていましたわ。
質もセンスもイマイチです。そして新品ではありません。どんなに素敵なドレスでも私は受け取りませんよ。イーガン伯爵夫人はご自身の立場をわかっていませんわ。私の言葉を遮る夫人にはきちんと言わないと通じないでしょう。上位貴族として直接的な言い回しは相応しくありませんが、伝わらない言葉に意味はありません。
笑みを浮かべてドレスを自慢するイーガン伯爵夫人の言葉を遮ります。
「ご遠慮いたしますわ。ルーン公爵家は伯爵家からドレスを下賜されるほど落ちぶれてません」
「まぁ!?」
眉をピクリとさせて、顔を赤くしているイーガン伯爵夫人。
上位貴族が下位貴族から物を受け取ることはありません。取引することはあっても。
公爵家が伯爵家に汚れたドレスの代わりに、ドレスを強奪したとなれば立派な醜聞ですわ。公爵家の財力が疑われます。しかもお古に袖を通すのは許されません。
私はこれでも公爵令嬢なのでドレスには気を使っています。
社交用のドレスは全てオーダーメイドで、誰とも被らず見劣りしないものを身につけてますよ。
お金は使いたくありませんが、ルーン公爵家をアピールするための必要経費だから仕方ありません。
明らかに権力の差を見せつけられるのは屈辱的かもしれません。うちとの財力の差に気付いてないことに驚きですが。
商人上がりなので貴族の常識がないのは仕方ないのでしょうか?
「失礼をお許しください。ですが無礼ですわ。わが公爵家は伯爵家からドレスを下賜されるほど、落ちぶれていません」
大事なことですので二回言いました。
「私達は誠意を見せようと」
目を吊り上げ甲高いお声で話さる姿が伯爵夫人とは嘆かわしいですわ。溜め息を我慢して穏やかな笑みを浮かべます。
「不要ですわ。私はすでに手紙での謝罪を受け入れ許しております。誠意を見せてくださるなら、私ではなく国王陛下のために貴族としての嗜みを身につけていただきたいですわ」
公爵令嬢が謝罪は不要と手紙を送ったのに何度も謝罪したいとうちに招待状を送るのも無礼ですわ。伯爵夫人が公爵令嬢の要望を無視するなんてありえませんわ。
是非王族の目に触れる前に最低限の礼儀をお勉強してほしいですわ。
「魔力もない、単なる公爵家の娘が」
伯爵夫人の発言を許すわけにはいけません。
私は上位貴族。そして派閥筆頭のルーン公爵令嬢です。単なるではありませんもの。
「私はルーン公爵家の令嬢です。おわかりいただけて?」
真っ赤な唇を噛んだ伯爵夫人に優雅な笑みを浮かべて圧力をかけます。
「気の弱い、守られてばかりのくせに」
「争い事は嫌いですが、ルーン公爵家や陛下のためなら話は別ですわ。私達の意見は相容れませんわね。失礼させていただきますわ」
子供のように感情的に怒るイーガン伯爵夫人。
これは駄目ですわ。
お父様には謝罪しましょう。子供ならともかく、伯爵夫人の無礼はルーン公爵家として見過ごせません。立ち位置のわからない害にしかならない伯爵家。お父様の判断にお任せしましょう。もしも親睦を深めなさいと命じられたら策を考えましょう。
礼をして部屋を後にしましょう。
イーガン伯爵が怒っても問題ないですわ。
私は被害者ですもの。
お父様とお母様には…。
このことを話せば情状酌量の余地がありますわ…。
公爵家が伯爵家の侮辱を受け入れるわけにはいきませんもの。
お父様の命はお茶会を受けることです。
親交を深めろとは命じられてません。
お父様、このお茶会は本当に私が適任でしたの?
外に出ると待機しているはずの馬車がありません。変ですわね。
「失礼いたします。ルーン公爵令嬢、お連れの御者の容態が悪いので、私が送らせていだだきます」
イーガン伯爵家の使用人に声を掛けられます。
普通は私ではなく後に控えているシエルに話しかけるべきですが…。
まぁいいでしょう。
「うちの者はどちらに?」
「医務官に診察させて帰らせました」
おかしいですわ。
体調を崩しても勝手に帰ることはありえませんわ。別れた時は顔色に問題もなく元気でしたわ。
シエルを見ると警戒していますわ。
「ありがとうございます。ルーン公爵家に連絡をいれていただくだけで結構ですわ」
「奥様の命なのでお送りさせてください」
シエルに視線を向けると頷きました。
ここで断るのも不自然。仕方ありませんわね。シエルもいますし大丈夫でしょう。
「わかりましたわ。お願いします」
馬車に揺られます。
うん?外の景色がおかしいですわ。
シエルが御者に声を掛けますが、間違ってませんと断言されました。
ポケットに入れてある魔石に魔力を流す。
リオ、ごめんなさい。厄介事に巻き込まれましたわ。
どうしましょうか。
訪問したのは王都にあるイーガン伯爵別邸。王都から離されるのは困りますわ。
飛び降ります?降りたあとは?
馬車を奪う?
馬車を奪って、馬で逃げればいいかしら?
武器は短剣しかありません。
「ルーン公爵令嬢着きましたよ。降りてください」
「こちらは?」
「お嬢様の命でしてね。ついてきてください。侍女の命が惜しければ、言う事を聞いてくださいね」
抜身の刀身を向けられ逆らうなとアピールされてます。目的は私なら…。シエルを人質に取られたら逆らえません。それなら今は従いシエルから離れる方が安全です。
シエルには静かにしてと目配せします。
私だけ馬車から降ろされ古い汚い屋敷に案内されます。
「私は貴方に恨みはないんですが、お嬢様の命令には逆らえません」
「自分の行いの意味をわかってますの?」
「私にもお貴族様にはわからない事情があるんですよ。傷物にとの命なんですが、希望はありますか?」
「帰してくださると光栄ですわ」
御者の剣を奪えないかしら?
この方はスキがなく強そうです。そしてこの屋敷を使うなら仲間がいるかもしれません。
「それはできない相談です。美しいお顔に傷をつけるのは忍びないんで、最後にしましょう。私は仲間の中では優しいので安心してください。」
「その前に教えてください。誰の命令ですか?」
「ライラ様だ。知ったところで何もできない」
「伯爵はご存知ですか?」
「さぁね。私は末端ですから」
笑い出した御者が剣を鞘に戻す。伸ばされる手が触れる前にポシェットを開けて目を閉じてセリア新作閃光弾を投げる。そして部屋の出口に向かって駆け抜ける。見張りの青年の手を躱して廊下を全力疾走します。
伯父様達の修行のおかげです。ありがとうございます。
ドレスは走りにくいですが仕方ありません。
玄関に鍵をかけられたら私の力では壊せません。窓なら割れますわ!!
助けを呼ぶにも、場所がわかりません。
困りましたわ。逃げながら武器を探すしかありません。
「お転婆なお姫様ですね。あんまり俺の手を煩わせないでください」
気配ありませんでしたわ。
腕を強い力で拘束されてます。
「触らないでくださいませ。」
「泣き叫んでもいいよ。助けは来ない」
この厭らしい笑みを浮かべるのは変態ですわ!!
力が強く、振り解けずに部屋に引っ張って連れて行かれます。腕の拘束さえ解ければ…。
どんな相手にもスキはあるはずです。暴れるのはやめます。大人しく歩くと厭らしい顔を向けられますが、ゾクリとする寒気は我慢して穏やかな顔を作ります。
「逃げませんから、腕を離してくださいませ」
「諦め早いんだな。まぁ女は従順が一番だ。お姫様は綺麗だから優しくしてあげるよ」
「抵抗しないので、お祈りだけさせてください」
厭らしい顔を静かに見つめると手が解かれて腕が楽になりましたわ。
なんとかしないと…。肌に触れる冷たい感触はリオからもらったお守りのペンダント。
物は試しですわ。お祈りをしているフリをして指を咬み切り石に血をつける。
駄目ですわ!!何も起こりませんわ。
ふわりとした風を感じ顔を上げると強風が吹き、私を中心に大きな竜巻が起こり御者が吹き飛ばされましたわ。
リオ、これすごいです!!
竜巻が消えると御者が倒れています。腰の剣をそっと拝借しますわ。
これで戦えますわ。終わったら返しますわよ!!
窓から逃げましょう。
「やぁ。レティ」
この声は?辺りを見渡すと白い小鳥。
「フウタ様?」
「主がもうすぐ着くよ。それまで結界で隠してあげる」
「ありがとうございます。さっきの風もフウタ様が?」
「もちろん。主から伝言。護符を見えるところに持っておけって」
これですか?
ポシェットから護符を出します。これの効果はわかりません。あの風はお守りの力ではなかったんですね。
でもリオが来てくれるならもう大丈夫ですわ。
フウタ様の結界に包まれ、ふぅっと息を吐く。
カキン、ガシャンと荒々しい剣の混じり合う音が響いてきます。
「座って護符を持って、怯えたフリしてだって」
意味はわかりませんがリオの指示なら従いましょう。床に座り護符を抱いて悲しい顔を作ります。
「シア!!」
扉からリオが駆けてきますわ。腕が伸び勢いよく抱きしめられ後に倒れそうになるのを力強く引き寄せられてリオの胸に頭がぶつかる。床に頭を打たなくて良かったですが、強く抱きしめられすぎて苦しいですわ。
「賊を捕らえろ。殺すなよ。一人たりとも逃がすな。自害もさせるな」
リオが部屋に入ってきた騎士達に命令を出すと、騎士達は御者を縛りあげ二人程残して引き上げていきます。
まだ残りの方の討伐ですかね?
やはり仲間がいらしたんですね。
リオの腕が解かれ、体が自由になりましたわ。
真顔のリオに全身をじっと見られ拘束された手形が残る腕の下をそっと掴まれる。
「怪我は!?赤くなってるな。ほかは?」
「大丈夫です」
「よかった。傷は帰ってから治すよ」
「シエルは?」
「気絶しているけど無事だ」
「気絶!?」
「暴れたらしい…」
シエルには静かにしててと言いましたのに。でも無事なら構いませんわ。
今回も迂闊でしたわ。
「…。無事なら良いですわ。どうしてここに、学園は?」
「気にするな」
「よく場所がわかりましたね」
「連絡もらってフウタに探らせた。叔父上も網張ってたから、合流しやすかったしな」
「網?フウタ様は万能ですわね。二人とも助けてくれてありがとう」
「無事で良かった。帰ろうか」
たぶん学園を抜け出して探しに来てくれたんでしょう。頼もしく笑う顔に力が抜けるとそっと抱き寄せられ抱き上げられました。
リオに抱かれてルーンの馬車に乗るとシエルがいました。
馬車に座った私をシエルがギュっと抱きしめます。シエルが無事で良かったですわ。心配するシエルを宥め終わる頃にはルーン公爵邸に着きました。
ルーン公爵邸に帰ると玄関にお父様が立っていました。
お父様の真剣なお顔を見て頭を下げます。今回は迂闊でしたわ。イーガン伯爵邸を徒歩で出て、どこかで馬を借りて帰ればこのようなことにはなりませんでしたわ。馬車に乗ったのが間違いでしたわ、
「お父様この度は申し訳ありません」
「頭を上げなさい。私の手落ちだ。危ない目に合わせてすまない」
お父様の声に冷たさはありません。お咎めがないと安心してはいけません。もう一件報告があるんです。
「お父様、申し訳ありません。私はお茶会で、」
「気にするな。後は私に任せて今日はゆっくり休みなさい。リオはここに」
「わかりました。失礼します」
お父様の命に従い自室に戻り休みました。
殿方に一人で立ち向かえるようにならないといけません。
シエルが無事で良かったです。
今度は長剣を持ち歩く方法を考えないとですわ。
強くならないといけませんわ。




