第二十五話 前編 追憶令嬢10歳
ごきげんよう。
レティシア・ルーンですわ。10歳の公爵令嬢です。
私は生前の記憶があり、同じ過ちを繰り返さないために謀略を巡らせております。
私は馬車に揺られてお母様と一緒に同派閥のレート公爵邸を目指しています。
レート公爵家は司法官を多く輩出する一族。司法官と裁判官を束ねる法の番人である司法大臣も代々レート公爵が務めております。司法大臣は世襲制ではありませんが、優秀な一族ゆえ他の一族に席を渡したことはありません。
馬車が止まり執事に案内されレート公爵邸に足を踏み入れます。
客室に案内されると菫色の美しい髪を持つレート公爵夫人が柔らかな笑みを浮かべて迎えてくれました。
同じ公爵家でもルーンのほうが序列が上なのでお母様が先に挨拶をします。
「ごきげよう。レート公爵夫人。お招きありがとうございます」
「ようこそ。ルーン公爵夫人。お待ちしておりましたわ」
夫人同士の挨拶が終わったので、礼をして口を開きます。レート公爵夫妻には王家のパーティで挨拶をすませていますので自己紹介はいりません。
「お招きありがとうございます」
「ようこそ。ルーン令嬢。娘はあとで紹介します。こちらに」
客室でお茶をすると思いましたが違いますのね。外扉から庭園に案内され色とりどりの美しい薔薇に思わず息を飲みます。薔薇は病気になりやすく繊細な花。ベン達の様子を眺めていたのでこの見事な庭園の薔薇がどれだけ繊細に手掛けられてるか思い浮かべるとさらに感慨深く思えます。昔はただ綺麗としか思わなかった庭園にここまで心が動かされるとは思いませんでしたわ。生前の私は本当に何も知らない頭の固い令嬢でしたわ。
用意されている椅子は4脚。このお茶会は小規模なものなんですね。
空席がありますが気にせず、案内されるままにお母様の横に座りました。
茶会では主催者が毒味をこめてお茶とお菓子を先に口にいれます。
レート公爵夫人がお茶に手をつけたので、手を伸ばしお茶に口をつけると上品な甘みと香りに頬が緩みそうになるのを我慢して社交用の令嬢モードの笑みを浮かべます。
柔らかく笑うレート公爵夫人と無表情のお母様の情報交換に相づちをうちながら、邪魔をしないようにお茶を楽しみます。
「失礼致します。遅れて申しわけありません」
近付いてきて礼をしたのは、レート公爵夫人に似た美しい顔立ちと菫色の髪、レート公爵と同じ赤い瞳を持つご令嬢。
「ご挨拶をさせてくださいませ」
レート公爵夫人の言葉にお母様が頷きました。お母様の許しが出たのでご令嬢が綺麗な笑みを浮かべて艶やかな赤い唇を開く。
「ごきげんよう。ルーン公爵夫人。お会いできて光栄です。レティシア・ルーン様。お初にお目にかかります。カトリーヌ・レートと申します」
椅子から立ち上がりレート公爵令嬢に向き直り礼を返します。
「こちらこそお会いできて光栄です。レティシア・ルーンです。よろしくお願い致します」
レート公爵夫人の柔らかな雰囲気とは違い、レート公爵によく似た意思の強そうな瞳を持ち、作る表情は決して相手を威圧する雰囲気はなく優雅なものです。まさしく公爵令嬢らしい所作ですわ。
薔薇の美しい庭園にお母様も含め3人の美女が並ぶとなお美しいです。
「カトリーヌはルーン令嬢に会うために、帰省してきましたの。学園の授業をお休みして」
「お母様、内緒にしてくださいませ」
茶目っ気を含めた愛らしい笑みを浮かべるレート公爵夫人の言葉に嫌な予感に襲われます。レート公爵家から嫌がらせの手紙は届いていなかったはずですが。
また私は選択を間違えましたの?動揺を隠して得意の笑顔を浮かべ口を開きます。お茶会は常に笑顔が基本です。動揺を顔に出すのは公爵令嬢として許されません。
「光栄です。私も才女と名高いレート様にお会いできて嬉しいです」
「お上手ですこと。二人で散歩に行っていらしたら?」
柔らかく笑うレート公爵夫人の瞳には悪意は見えません。
「ありがとうございます。ご案内しますわ。ルーン様」
「レティシア、失礼のないように」
「わかりました。お母様」
お母様に言われれば私にはレート様に着いていく選択肢しかありません。
感謝を告げてレート様に付いて行きます。せっかくの素晴らしい庭を楽しむ心の余裕はありません。レート様はガラスで囲われた小さい建物の扉を開けて中に進みました。中に入ると温室。色とりどり花が咲いており中心にテーブルとイスとピアノが置かれています。素敵な雰囲気ですが二人っきりです。まさかまた監禁?
「ルーン様、固くならないでくださいませ。私は貴方に意地悪しませんよ。むしろ令嬢達を止められず申し訳なく思っています」
正面に座ったレート様の瞳にも言葉にも嘘は感じられません。もしかして敵ではありませんの?
どんな相手にも警戒を解かずに弱気な令嬢作戦です。
よわよわしい笑みを浮かべて、口を開き小さい声で言葉を紡ぐ。私の普段の話し方は気弱に見えないとダンに笑われましたので。
「私が未熟ゆえですから、お気になさらないでくださいませ」
「しっかりしてますね。マール様とシオン伯爵令嬢が傍におく令嬢がどんな方なのか直接お会いしてみたかっただけで他意はありません。もちろん同派閥として良いお付き合いをできたらと思ってますよ」
どうゆうことですの……?公爵令嬢がこんなに堂々と思惑を口にするものですか?リオとセリアは何かしてるんですか!?気にするのはやめましょう。知らないほうが幸せなことばかりですわ。
「素直ですのね。やっぱり噂はデマかしら」
微笑むレート様の言葉に動揺して淑女の仮面が剥がれたことに気付き笑みを浮かべてごまかします。
「噂ですか?」
「ごめんなさい。こちらの話しよ。忘れてください。ルーン様は外国語に巧みと聞きますが、この言語は読めますか?」
貴族は親切に情報を渡しません。レート様が話を変えたのならこの話題は終わりです。レート様に渡されたのは分厚く古びた本。古い本は貴重な物が多く高価です。
「貴重な本ですね。中を拝見しても?」
「どうぞ」
古びた背表紙の分厚い本をテーブルに置き、開くと昔の法典ですわね。使われているのは古語。
ページを捲るとレート様の色白の指が視界に入り、顔を上げると満面の笑みを浮かべています。
「読めますのね!!ここ、解読できます!?」
「これは―」
「流石ですわ!!レティシア様とお呼びしても?私はカトリーヌで構いませんわ」
テンションが一気に高くなり、カトリーヌ様はセリアと同じ感じがしますわ。レート公爵令嬢はルーンとしては必要な繋がりです。動揺を隠して笑みを浮かべて頷きます。
「はい。どうぞ」
「ありがとうございます。これで論文が仕上がりますわ。ここの解読ができなくて。解読できそうな方は、近くに誰も。困っていたので助かりましたわ」
論文?
通訳が必要だったのでしょうか?
公爵家の力を使えば、いくらでも見つかると思いますが…。リオも読めますよ?
事情は様々ですものね。気にするのはやめましょう。
「お役に立てて光栄ですわ」
「レティシア様、これからも仲良くしてくださいませ!!」
手を握り目を輝かせて私を見るカトリーヌ様。もしも貴族としてのお付き合い以上の友好を望まれているなら、
「光栄ですがカトリーヌ様の評判が」
「あら?私は魔力の有無なんて気にしません。魔力を持つことに優越感を抱えるような程度の低い人間と関わるよりも、貴方との時間のほうが有意義ですわ」
レート公爵令嬢は才女と言われていますが、言葉を遮り勢いよく言った言葉に思わず息を飲みました。カトリーヌ様の発言は貴族の過半数を敵に回すような発言。魔力の有無は貴族にとっては大事なことです。魔力の継承は義務ですし、フラン王国の発展も魔力があってこそのもの。
これは思っても決して人に話してはいけないことです。聞かなかったことにしましょう。お断りするのは失礼にあたりますし、良好な関係を築けるならルーン公爵令嬢としてありがたいことです。
「ありがとうございます。光栄です」
「失礼なことを聞いてもいいかしら?」
先ほどの魔力についての言葉より衝撃を受けることはないと思いますが……。人払いされた二人っきりの空間でレート公爵夫人に似た茶目っ気のある表情を作ったカトリーヌ様の言葉に頷きます。
「お答えできるかはわかりませんが、ここでの話は私の胸に留めますわ」
「もちろん私も約束します。もしも魔力があれば王太子殿下の婚約者に、いずれは正妃を目指しましたか?」
カトリーヌ様の質問に衝撃は受けませんでした。無礼講とおっしゃるなら正直に答えましょう。
「いいえ。魔力があっても私には王族の椅子は重すぎますわ。お許しいただけるなら辞退致しますわ」
「令嬢達は誰が殿下の心を射止めるか必死なのに。有力候補の貴方が興味ないなんて滑稽ね」
遠くを見つめて微笑むお顔。滑稽?
確かに令嬢達の足の引っ張り合いは愚かなことですわね。私に無駄な時間を使うよりも殿下とアリア様に気に入られるように動いた方が得策ですわ。
「カトリーヌ様も必死ですか?」
「まさか。周りはどうかは知りませんが。殿下とは面識はありますが好みではありません」
美しい笑みを浮かべるカトリーヌ様の言葉は迷いもない即答でした。クロード殿下は容姿端麗で性格以外は欠点はありませんが、人気ないんですか?私以外にも腹黒と知られてますの?
「そろそろ戻りましょうか。有意義な時間に感謝します」
その後はレート公爵夫人に挨拶をしてお母様と一緒に帰りました。
私の初めてのお茶会はレート公爵家と親交を深めることに成功しました。
そしてカトリーヌ様から、定期的にお手紙が届くようになりました。
送られてくる質問文や原書は法律関係のものばかりです。内容がわからないものも多いですがフラン王国語に直すことなら簡単です。
私は通訳ではありませんが悪意がないものなので、きちんと翻訳してお返しします。
もしかしたら将来何かの役に立つかもしれませんから。
それに言葉のお勉強は大事ですもの。脱貴族のためにたくさんの言葉を覚え備えなければいけません。




