第二十三話 前編 追憶令嬢10歳
ごきげんよう。レティシア・ルーンですわ。
平穏で気楽な生活を勝ち取るために謀略を巡らせる公爵令嬢ですわ。
10歳になりとうとう社交デビューが迫ってきました。
社交デビューは魔力測定後から10歳までにすると決まっています。
社交デビュー後は全ての行動が家の責任。子供という理由で全てが許されるのは社交デビュー前までです。成人は18歳ですが貴族にとっては社交デビューが成人の儀と同義です。
私は貴族を辞める準備が整っていないため逃げることもできません。
ルーン公爵令嬢として常に視線を意識して生きる日の始まりです。
国王陛下夫妻主催の年に一度の社交デビューパーティー。
フラン王国貴族なら誰でも参加可能な唯一招待状がいらないパーティーです。
この年に社交デビューを迎える子女は国王陛下に挨拶をして一人の貴族として認められます。
シオン伯爵家子女が唯一出席を義務付けられるパーティです。
この日を迎えるまで大変でした。
ターナー伯爵家で自由に過ごしたため令嬢としての外見の磨き上げ地獄でしたわ。
ターナー伯爵家では外でばかり過ごしていました。生前は長時間外に出る時は常に帽子や日除けの傘に守られ、汚れることも怪我することもほとんどありませんでしたわ。
薬草入りの湯に毎日浸かり、全身に色んなものを塗られ日焼けや傷など綺麗に消えました。この磨き上げが終わり一番喜んだのはシエルです。ターナー伯爵家で過ごしていた時の言いたいことがありそうなお顔の理由の一つはこれでしたのね。
両親や神殿の神官様からもう一度魔力測定の話を進められましたが丁重にお断りしました。
2回も魔力測定をして魔力がない方が惨めですと伝えると誰よりも望んでいたお母様もようやく折れて下さいました。殿下の婚約者が決まってません。もしも魔力があると知られればまた候補になりますわ。
水の精霊を信仰するルーン公爵家らしく青いドレスをに身を包み、髪を纏めあげられ久しぶりに本格的に正装をしました。
ドレスはシエルとローズ伯母様とお母様とエディと一緒に選びました。
ドレスは家の財力を示すものなので高価な宝石も使われています。
生前はアリア様の着せ替え人形だったので金色の装飾が入った物が多かったですが、今世はルーンらしく青色だけです。宝石もドレスも全てルーン公爵領の物で仕上げられています。
仕度を整えてくれたシエルが私の手を握って震えています。
「お嬢様。お綺麗です。大きくなりましたね」
「シエル、泣かないで」
「泣いてません。感嘆極まり―。完璧です。パーティで一番輝くのはお嬢様ですわ」
「シエル、落ち着いて。お願いですから。戻ってきてくださいませ」
シエルの様子がおかしいですわ。ターナー伯爵家で私が自由に過ごしすぎたために迷惑をかけたからですか?
いつも冷静なシエルの興奮した称賛の嵐に戸惑いが隠せません。
時間がありませんのでこのまま移動しますわ。いざとなれば侍女長にシエルを任せましょう。部屋を出ると廊下に弟のエドワードが待ってました。
「姉様!!綺麗です。神々しい美しさに女神も逃げていきます。可憐な花に近づく虫はお任せください。一匹残らず仕留めて差し上げます。お手を」
小さい手をそっと出すエディに笑みを浮かべて手を重ねます。
虫?エディも庭仕事を始めてるんですか?初耳ですわ。エディが話さないなら問い詰めたりしませんよ。お母様に見つからずにうまく過ごしているなら。私も隠し事はたくさんありますから。気にせず聞かなかったことにしますわ。先程からエディの称賛が止まりません。笑顔は可愛いですが時々訳のわからない言葉が聞こえます。
正装したお父様とお母様が玄関の前で待っていてくれました。
「エドワード、落ち着きなさい」
「父上、姉様の美しさを」
エディの無礼をお母様に咎められる前に言葉を遮る。社交デビュー前でもルーンでは許されません。
「エディ、お父様に口答えは駄目ですわ。謝罪しなさい」
「申し訳ありません。父上」
「構わない。頭をあげなさい」
きちんと礼をしたエディの頭を撫で、微笑みかけます。
「褒めてくれてありがとうございます。嬉しいです。でもきちんと場をわきまえなさい」
「はい。姉様」
興奮した様子が一切なくなり、落ち着いた顔で頷くエディ。気持ちを上手に切り替えるのは大事なことです。ルーン公爵家の嫡男らしく成長する姿に頼もしさとともに寂しさを覚えるのは内緒です。
お父様に名前を呼ばれて向き直ります。
「レティシア、今日から貴族の一員として行動や言動に責任が伴う。相応しい行動をするように」
「はい。お父様」
「貴方は立派なレディよ。どこに出しても恥ずかしくありません。何を言われても、いつも優雅に見えるように心掛けなさい。敵の隙を探して最善の一手を探しなさい。隙のない人間なんていませわ。隙がなければ作りなさい」
「ローゼ」
真顔のお母様が一瞬固まりすぐにまた口を開きました。
「貴方は自慢のルーン公爵家の令嬢です。胸を張って励みなさい。貴方が貴族世界で立ち向かえるように教育してきました。どこのご令嬢にも引けをとりません」
「ありがとうございます。精一杯精進致しますお母様」
冷静ないつものお顔で励ましの言葉をくださるお母様。
ごめんなさい。お母様。
私は令嬢達に立ち向かわずに逃げることを選びます。もちろんルーン公爵家に迷惑がかからないように加減はしますが。
馬車に乗るまでエディがエスコートをしてくれました。
王宮にお父様とお母様と一緒に向かいます。
エディはお留守番です。
馬車に揺られてぼんやりと外を眺めます。
両親が無言なのはいつものことです。生前は二年前に社交デビューをしてましたが殿下と一緒に踊ったことしか覚えていません。
今世では二度目ですが、私にとっては見慣れた王宮まで向かう道のりの風景。
馬車が止まるとお父様が先に降りて、エスコートしてくださいます。
生前にお父様にエスコートされた記憶はありません。覚えてないだけでしょうが。
社交デビューは家長のエスコートです。
お父様の手はやはり大きいですね。伯父様達のように固い皮膚ではなく柔らかく温かい手に包まれています。剣を握らず全てを魔法で片付けるお父様らしい手ですわ。お父様の手を知ったのは初めてですわ。
会場になるのは王宮で二番目に広い部屋。
扉の前に立つ私の後ろにはお母様。お母様はお父様専属侍従がエスコートしています。
侍従が衛兵に囁くと衛兵が頷き私達に礼をする。
公爵家は正装に紋章が刻まれています。それでも間違いがないか侍従を通して衛兵は確認をします。
「ルーン公爵夫妻、御息女レティシア様ご入場です」
衛兵の声は魔道具を通して会場中に響き渡ります。
扉が開き、すでに入場している貴族達の視線が刺さります。
礼をして、お父様のエスコートで会場に足を進めます。
王族が登場するまではお父様と一緒に挨拶回りです。ここで顔を広めて覚えてもらいます。
笑みを絶やさずに談笑し挨拶をします。
「静粛に。国王陛下、妃殿下、並びにクロード殿下、レオ殿下の御成りである」
会場に響き渡る声に玉座に体を向けて礼をする。
王族と会えば礼をするのは常識です。会場中の全ての貴族が頭を下げているはずですわ。
「楽にして構わない。堅苦しい話はやめよう。今日より貴族の一員となる者達よ、歓迎しよう。
そなたらは貴族の誇りを持ち忠義を尽くしなさい。我が王家はそなたらが貴族の誇りを持ち続けるかぎり守護しよう。そなたらに幸多きことを」
頭を上げると王族が揃い、中心に立つ陛下の挨拶を聞いてますが、穏やかな顔で口にする陛下の言葉がおかしくありません?
気にするのはやめましょう。陛下の次は正妃アリア様の祝いの言葉を聞きます。配られるグラスを手に持ち最後にクロード殿下の乾杯の言葉に合せて乾杯します。
そして王族の皆様は席に座ります。
蜂蜜色の髪に金の瞳を持つ国王陛下の隣に濃紺の髪に銀の瞳を持つ正妃アリア様と国王陛下と同じ色とよく似た顔立ちのクロード殿下、アリア様の隣に黒髪と赤い瞳の側妃サラ様、クロード殿下の隣に国王陛下と同じ色ですがサラ様に似た顔立ちのレオ殿下が座っています。国王陛下の後に近衛騎士団長のビアード公爵が控え、その隣には宰相のはずですがお父様は私の挨拶が終わるまでは傍にいてくれます。見目麗しい皆様に今年社交デビューを迎えた子女達がうっとりと見つめています。これは毎年変わらない光景です。
王族の挨拶が終われば、社交デビューする子女の挨拶が始まります。
貴族は序列の高い者から謁見する慣わし。今年の社交デビューで一番家格が高いのは私です。
「レティシア、準備はいいか?」
「はい。お父様」
お父様のエスコートで玉座の前まで歩きます。
謁見では王族に声を掛けられるまで礼をして待つのがマナーですが、この日だけは特別です。
先に臣下から挨拶することが許されます。そして長い口上は略式を許されます。
「お初にお目にかかります。ルーン公爵家長女レティシア・ルーンと申します」
笑みを浮かべて礼をとります。
「頭をあげよ。そなたが……。貴族として恥じないように励みなさい」
頭をあげると王家の金の瞳にじっくりと全身を見られていますわ。公爵令嬢が無属性で社交デビューを迎えるのは初めてですから仕方ありませんわ。家によっては不幸に襲われ存在しなかったことにしたり養子に出したりすることもあります。当主の手に余る子女なら悲しいですが仕方のない選択です。利用価値のない貴族に残される道は平民落ちか修道院か死ですもの。どんな駒も上手く利用するのが当主ですけど。
「はい。精進致します」
お父様と一緒に礼をして立ち去ります。
アリア様とクロード殿下の視線を感じましたが仕方ありません。
社交デビューする子女の挨拶が終わるまで王族は席に座ったままです。その間は両殿下達も動けないから安心ですわ。できれば言葉を交わさずにパーティーを終えたいですわ。
あら?
すでにエイベルが令嬢達に囲まれてますわ。公爵子息は大人気なので仕方ありませんわね。
「レティシア、一人で平気か?」
「大丈夫ですわ。お父様はお仕事に」
「すまない。疲れたら休憩室で休んでいてもかまわない」
「心配無用ですわ。お父様、いってらっしゃいませ」
「いってくるよ。お前はルーン公爵家自慢の令嬢だ」
「ありがとうございます」
いつも話さないお父様が精一杯励ましてくれましたわ。
心地よいものですね。
ルーンと交流のある貴族との挨拶は終わっています。
マール公爵夫妻にご挨拶に行きたいですが見当たりません。今日は出席されると聞いていたのですが。
セリアは伯爵家なので王族への挨拶がまだ終わってません。見当たらないですが来てますか?
お母様を探して社交にご一緒させてもらいましょう。
「あら?レティシア様ではありませんか。私はお手紙を書きましたのに、お返事くださらないので心配していましたのよ」
見覚えのある青い髪とよく響く声に嫌な予感がします。
嘘でしょ!?
最初からこの方ですか?笑みを浮かべて取り巻きを連れて近づいてくる見覚えのあるご令嬢。
私の社交デビューは前途多難ですわ…。




