第二十二話 追憶令嬢10歳
ごきげんよう。レティシア・ルーンです。
とうとう10歳になりました。
将来の平穏で気楽な生活のために謀略を巡らせている公爵家令嬢ですわ。
私はルーン公爵邸に帰ってきました。
ターナー伯爵家での修行の継続を希望しましたが、社交のために帰りなさいというお父様の命には逆らえません。
時々ターナー伯爵家に修行のために訪ねるエイベルにも伯母様達との鬼ごっこも全敗です。
勝ってから帰りたいと伯母様にお話したらお母様とやればいいのよと笑われてしまいました。
お母様にはどんなに修行しても勝てる日はこないと思います。
お母様に勝てる方を聞くと伯父様はあからさまに話を変えましたもの。
私はお母様の護衛が少ないことに気付いてましたがいらなかったんですね。
ルーン公爵邸に帰ってしばらくはエドワードが離れませんでした。
約束通り一日エドワードと一緒に過ごしましたがそれでも足りずに、傍にいたいと私の授業に同席して静かにしていました。
可愛い弟の笑顔にほっとしましたわ。
また厳しい淑女教育が再開し一週間しか経たないのにターナー伯爵家でほぼ毎日遊んでいた頃が懐かしいですわ。
久々のお休みなので私はシオン伯爵家に訪問しました。エディはお父様と一緒に出掛けました。
セリアの用意してくれたお茶とアップルパイを食べ久々の懐かしい味に頬が緩みます。
「美味しい」
「変わらないわね。ねぇ?どう?役に立ったでしょ?」
楽しそうなセリアに苦笑しながら、貴重な実験の記録となる熊に使用した経緯を説明します。
「薬は接触させるか飲ませるかしか方法はないと思ってたけど気化させるのもいいわね。あの薬は1滴でイチコロなんだけど、1本丸ごとなんて大胆。割れる瓶に入れといてよかったわ」
「1滴なんて、一言も」
「わかるかなって。人体に害はないもので作ったから、飲みすぎても大丈夫よ。レティもすぐ目覚めたでしょ?」
「毒消しの魔法をかけてもらいましたわ」
「無事だったならよかったじゃないの。これからも持ち歩いてね」
パチンとウインクするセリアに首を横に振ります。
「それはご遠慮願いたい」
「だめ。レティのために用意したのよ。今度はマスクもつけるから熊を倒すときに使ってね」
「熊と戦う予定はないです。お土産です」
セリアがまた物騒なことを思いつかないように、話を変えるために小さい魔石の入った袋を机の上に置きます。袋を手に取ったセリアは色んな色の小さい魔石を見ながら目を丸くしました・
「これ、どうしたの!?」
「露天商から買い取りました」
「販売経路は?」
「教えてもらっていません」
「残念ね。これだけあれば当分困らないわ。嬉しい。ありがとう。レティ!!」
セリアの満面の笑みは珍しいです。喜んでもらえるなら良かったです。
もう一つのお土産の腕輪をセリアに渡します。
「相談なんですが、この腕輪の魔石に魔力を向上もしくは溜めれるようにできますか?」
「おもしろいわ。魔法陣をかきこめば……」
セリアがブツブツと話していますが専門用語が多すぎてわかりませんわ。
思考を始めた時は放っておきます。アップルパイを食べ終わるとセリアの呟きが止まりました。
「うまくできれば、セリアとリオとケイトとダンに贈りたいんですが」
「ありがとう。エドワード様はいいの?」
「エディには力のない石の方が安全です」
「ちゃんとエドワード様の分もあるのね。安心したわ」
安心?聞き間違えですよね。
セリアへの贈り物でもありますが作業を他の人に頼んだら拗ねます。
発想は研究者のなんでしたっけ?
でも楽しそうだからいいですわ。
「ビアード様はどうだった?」
「セリアが興味を持つなんて珍しいですね。敵ですよ。森籠りの修行の時は一時休戦しましたけど」
「一時休戦?」
「それまではずっと喧嘩してました。無礼ですもの。でも森は別行動が禁止のため休戦です。エイベルは鳥も捌けないしおバカだしお荷物かと思いましたが、熊が出た時は助かりましたわ」
設計図を書き始めたセリアの手が止まり顔を上げました。
「エイベル?……助かった?」
セリアになら本当のことを話しても平気でしょう。魔力を持たない私の友達でいたいと笑ってくれるセリアは私に公爵令嬢らしさを求めません。
「初めて大きい熊を見て怖気づいて動けなくなりましたの。エイベルが叩いて一喝してくれなければ、熊に食べられてましたわ」
「……叩かれた?」
セリアが目を見張って驚いてます。珍しいですわね。
「軽くですよ。痕も残りません。感謝してますよ」
「そうなの…。本当にビアード様と一晩過ごしたの?」
「寝ずの番です。エイベルが気を使ってくれたので、交代したのは夜明け前ですが」
「ビアード様はレティの敵?」
「はい」
「そう。思う存分やれるわね。レティの憂いは私が取っ払ってあげるわ。でも私が出るまでもなく、終わるかしらね」
企んでる顔してますがきっとよくないことですわ。また物騒な思い付きですか?
「大丈夫よ。レティ、リオ様と婚約決まったのね。おめでとう」
そういえば忘れてましたわ。セリアが知っているならすでに広まっていますね。公爵家同士の婚約なら社交界で噂になるのは当然ですね。
「ありがとうございます」
「嬉しくないの?」
「なにも思いませんわ。貴族の結婚に気持ちは不要でしょ?リオが相手とは思いませんでした。魔力のない私でも、虐げられず売りさばかれない保証があるのがマール公爵家ってことでしょう。厄介払いされたリオは可哀想ですが。でもリオに好きな人ができたら婚約解消、無理なら愛人?は快く受け入れますよ。お父様のお気持ち次第ですが。構ってもらえないのは寂しいですが、いつまでも子供のままではいられませんわ」
「不憫ね。私はレティの味方よ。レティに好きな人ができたら協力してあげる」
楽しそうに笑うセリア。私はリオとセリアがお似合いに見えるんですけど。
でも私もリオも両当主の命令には逆らえませんわ。考えるのはやめましょう。ルーン公爵令嬢であるうちは決まった道を進むだけですわ。
そういえば、一つだけ気になることが、
「ありえないですわ。セリア、殿下の婚約者はまだ決まらないの?」
「婚約者候補は公言されてないのよ」
宰相は安易に王家のことを話しませんのでお父様には聞きません。多忙なお父様とは挨拶以外で顔を合わせることもありませんが。セリアはサラ様と定期的に面会して情報をもらっているので、私はセリアを頼りにしてます。
「どうして?」
「殿下のお気に入りが見つからないんじゃないの?陛下は殿下に甘いって噂だし。レティが巻き込まれないことを祈ってるわ」
「魔力がないから問題ないですわ」
「王妃に魔力の有無を求めるのは差別じゃないかって話もあがってるのよ」
嘘でしょう?殿下との婚約の打診はお父様がお断りしています。
それは魔力の継承を大事にしているフラン王国でのありえない考えですわ。
「誰かが王家滅亡を願ってる?王家の魔力が失われれば転移魔法も失われ、戦争をしかけやすいとか?」
「さぁ。興味ないわ」
そうでしたわ。素っ気ないセリアは国の未来に全く興味がない。
「セリアは研究以外に興味がないですね」
「あら?研究と同じくらいレティのことは気にかけてるわ」
「それは喜んでいいこと?」
「もちろん」
「ありがとう…?」
「どういたしまして。次に会うのは王家のパーティかしら?」
セリアが唯一出席を義務付けられているパーティ。そして私にとっては気の重いパーティ。
「気弱な令嬢を演じるから笑わないでね」
「できるの?」
私はルーンに帰ってケイトを相手に毎朝練習しましたわ。
「練習したから大丈夫!!」
「レティの自信って信用できないのよね。」
「失礼ですね。気弱な令嬢になっても友達でいてくれる?」
「もちろん。レティのフォローはお任せあれ」
「ありがとう」
セリアと友達になれてよかったですわ。
生前は殿下と私の婚約が決まっていました。
私以外にも候補者はいましたが……。
巻き込まれないように、王妃になれないような弱い令嬢を演じますわ。
殿下と婚約しないために無属性設定にしましたもの。
私の平穏のためには婚約回避は絶対条件です。気が重い社交デビューのパーティが待っています。
将来の平穏を目指して頑張りましょう。
明日もケイトと一緒に特訓しますわ。




