第二十話 前編 追憶令嬢9歳
ごきげんよう。レティシア・ルーンですわ。
将来の平穏で気楽な生活のために日々精進しております。
自衛能力をつけるためにターナー伯爵家にお世話になっております。
ターナー伯爵である伯父様とエイベル・ビアード様と三人で領地の奥の森を進んでいます。
ターナー伯爵家では邸を出る時は必ず護衛騎士が一人付きました。多くても二人。
背中に荷物と弓、腰に剣とポシェット。荷物に潰されそうですが、頑張って歩いています。
実はビアード様が気遣って寝袋を持ってくれました。
他の荷物も持つといわれましたが断りました。私の寝袋を持ってもビアード様は余裕で歩いています。
荷物はいつもシエルが持っていたので自分で大荷物を持つのは初めてです。
リュックサックも初めて使いましたわ。
両手を開けるのは基本だそうですわ。
伯父様の足が止まりました。
「ここにしようか。今日からここで二人で二日間過ごしてもらう。明日の夕方にここで待ち合わせだ。護衛騎士は付いているが、命の危険が迫った時しか手出しはしない。
もし緊急時や辞退する時はこの発煙筒を空に向かって打てばすぐに迎えを手配する。
リュックの中身は自由に使っていい。自分の能力を見極め、危険を回避するんだよ。引き際を間違えないのも生きるために大事な訓練だ。
絶対に二人で行動すること。単独行動禁止。単独行動した時点で訓練は終わりだ」
伯父様に静かな目で見られました。
ビアード様と二人でですか?
ため息が出そうですが我慢します。昔、憧れた山暮らしの特訓になりますか?前向きな気持ちになりましたわ。それに伯父様が手配したなら必要な訓練ということですね。
「「わかりました」」
「期待している。エイベル、絶対に手を出すなよ」
「伯父上、ありえません」
「ならいい。二人とも励みなさい」
伯父様は帰ったのでまずは荷物の確認をしましょう。
リュックを開けると火打ち石にナイフと水と一食分の食料と袋。水も食料も明日まで足りません。
上を見上げると青空が広がっていますが、ここで眠るのは避けたいです。食材を確保するためにも場所を移動しないといけません。
伯父様は何の備えもない場所に子供の私達を置いていくことはないと思います。
待ち合わせ場所がわからなくならないように木に剣で目印の十字を刻む。
「何してるんだ?」
「伯父様と合流する場所がわかるようにするためですわ。森は迷いやすいですから。水を探しに移動してもよろしいですか?」
一人は荷物番で残したいですが単独行動厳禁。私はこの荷物を持って移動は避けたいです。
護衛騎士がいるので荷物は放置してもきっと大丈夫でしょう。
「わかった」
「ビアード様、荷物は確認しました?」
「中身はほぼ同じだな。あとは鍋と皿」
「荷物は水筒と袋と武器だけで、あとは置いていきましょう」
ポシェットに袋を括り付ける。これで両手が空きますわ。森や山歩きの基本は両手は自由にですわ。そして夜は危険なので明るいうちに行動するのも。
ビアード様も用意ができたので出発ですわ。
「いつもその鞄を持ってるな。大事な物か?」
「友人からの贈り物です」
「こんなところまで持ってくるか?」
「どこでも持っていく約束ですから」
私もこんな物騒な物を持ち歩きたくありません。でも持ち歩かないとお説教が待ってます。
水属性の魔道士は水や雨の気配がわかります。
水の気配を探し、惹かれる場所を目指せば大体水場に着きますわ。
木に目印をつけながら歩きしばらくすると見つけました。
大きな池がありましたが、眠るための洞窟はないですね。
あの大きい木の下なら雨が降っても濡れませんね。
「ビアード様、ここで一晩過ごしましょう。荷物を取りに戻ります」
「ここ?」
「はい」
「俺はいいけど、お前も?」
「単独行動は禁止されてます。嫌でも我慢してください」
「本当に公爵令嬢?」
「うるさいですわ。さっさと行きますわよ」
珍獣を見るような不躾な視線も状況判断できない所も呆れますわ。面倒なので放置ですわ。
荷物置き場を目指しながら火を灯すための薪を拾う。薪は袋に入れながら。
段々重くなってきましたわ。
「貸せ。俺が拾うから、お前は周囲を警戒してろ。弓はお前の方が得意だろう」
薪の入った袋を強引に取られました。確かに歩調の遅い私が拾いながら歩くより歩幅も大きく歩調も速いビアード様にお任せしたほうが効率的。
「ありがとうございます。」
お礼を言うと驚いた顔で見られました。失礼ですわよ!!
しばらく歩くと荷物を見つけました。
「お前はこれ」
寝袋を渡される。私のリュックはビアード様が背負っています。
「自分で持てます」
「お前は体力も力もないんだから余計なことをするな。俺が荷物を持つ。道案内と護衛は任せた」
「わかりましたわ。辛くなったら教えてください」
また驚いた顔で見られました。
「エイベルでいい」
荷物を持って貰ってますし、意図はわかりませんが素直に頷きましょう。ビアード様は言いにくいのは確かですし。
「エイベル様」
「様もいらない。ここを出るまでは仲良くしようぜ」
確かにいつまでも喧嘩してるのも疲れますものね。今だけ休戦しましょう。
「わかりましたわ。私もレティシアで構いません」
「…知ったらどう思うか」
エイベルの呟きは聞こえませんでした。
「なにか言いました?」
「なんでもない」
運んだ荷物を大きな木の下に置く。寝床と水の確保ができれば次は食事の確保です。
食材を得る方法は狩りか魚釣りですかね。
「エイベル、何か捌けるものはありますか?」
「さばく?」
「鳥や魚」
「無理だ」
「わかりましたわ」
池を眺めると魚がたくさんいます。泳ぐのは、リオの顔が浮かびました。わかってます。大人のいない場所で一人で泳いではいけませんものね。見つかればお説教ですわ。
泳がなくても足を入れるくらいなら許されますよね。足が付くなら、魚を剣で串刺しにすればすみますわ!!釣りはできませんが、この方法なら簡単ですわ。
靴と靴下を脱いで、池の中にそっと足をつけようとすると腰を捕まれてます。
「馬鹿!!やめろ!!何してる!!」
エイベルに力づくで池から引き離されます。
「池が深くないなら魚を獲ろうと。」
「お前、賢いと思ってたけど馬鹿なの?足を取られて、落ちたら終わりだ。せめて剣を突っ込むとか長い木の枝で図るとかあるだろ!?水面から下が見えない時点で結構深い」
泳げるから落ちても問題ありませんが、服が濡れれば風邪をひき、お母様のお説教。脳筋なのにきちんと考えられたエイベルに譲りましょう。
「エイベル、何も知らないしできないと思っててごめんね」
「普通は火おこしも動物捌くのも、できない奴のが多いんだよ」
「え?リオはできるよ」
「そいつが優秀すぎるんだ」
「知らなかった」
「お前の周り弟に母親に従兄、なんなの?恐ろしすぎるだろ…。ターナー伯爵家の血か?」
「お母様以外は優しいわよ。失礼ね。ご飯どうしよう」
うん?
これは緊急事態ですよね?
本当は駄目って言われてるけど、やってみようかな。
知識があるからなんとなる?きっと大丈夫ですわ。治癒魔法は得意ですもの。その逆もいけますわ!!
楽しみで顔が緩むのを我慢します。
「エイベル、手伝って。鳥を捕まえる」
「さばけるのか?」
「知識はある。私に足りないのは経験だけ」
「そうか。おい!!初めてってことじゃ」
「手伝ってもらえば何とかなる。覚悟はある?」
怖じ気づくなんて情けない。でもせっかくのチャンスです!!これを逃せばいつになるかはわかりません。
「わかった!!手伝うから、その顔を辞めろ。令嬢がする顔じゃない」
気分が良いので失礼な言葉は聞き逃してあげますわ。
エイベルと一緒に鳥を探して弓で狙います。
動くものって当たりにくいんですね。集中すると逃げられるので
心臓は狙わずにどこかに当たればいいかと速さ重視で弓矢を放つ。結構な数の矢を無駄にしましたが鳥を仕留めました。
仕留めた場所で羽根をもいで、血抜きをする。血の匂いで獣が寄ってくるので、寝床ではしてはいけない。
あら?これは?
袋を持ってきてよかった。
この草は食べれますわ。食用の木の実と草を袋に入れる。
これで2日分のご飯はなんとかなり一安心です。
さて、そろそろ帰りましょうか。やけに静かなエイベルを見ると顔色が悪いですわね。
「エイベル大丈夫?」
「お前なんでケロっとしてるの?」
文句を言う元気があるなら大丈夫ですわね。
「いい。気にすんな。ここで捌くの?」
「血抜きは出来てそれ以上はナイフが欲しい。荷物置き場にあるから戻らないと」
「わかった」
エイベルが鳥を持って先に歩く。
「エイベル、気分悪いんでしょ?私が持つよ」
「いい。さっさといくぞ」
無言でスタスタと歩くエイベルを急ぎ足で追いかけます。
とうとう始めますわ。
ケイトのお手製の本の内容を思い出す。
鳥に向けてナイフを振り下ろす。
まずは――。
なんとかできましたわ!!人の体と構造が違いますのね。いいお勉強になりましたわ。
鳥のお肉は生での保存は駄目。保存するなら干すか火を通す。でも干し肉を作る材料はありませんので火で料理します。
「こんなんでいいか?」
「ありがとう。あとこの袋に池のお水」
「わかった」
エイベルが削った木に肉を刺して串焼きを。
火打ち石で火をつけて、肉が焼けるのを待ちます。
後は大きい葉っぱに肉と香草を包んで焼く。
「ほら」
「その水をこの布でこして、こした水を鍋に入れて」
「わかった。ほら」
「ありがとう」
鍋に鳥の肉の残りと草を加えて火にかけ、
「お前、なんでもできるんだな」
「嗜み程度ですわ」
「嗜みでも凄い。どこでも生きていけそうだ」
「そうだといいな」
エイベルの話を適当に聞き流しながら焼けるのを待つ。
さて、そろそろ焼きあがるかな?
葉で巻いた肉は明日用。
マグカップにスープを入れて、肉を皿に。
「「いただきます」」
うん。食べれる。
味は薄いけど美味しい。
食事を終えて、護衛騎士の分を食器に乗せて、私達から離れた場所に置く。
「お疲れ様です。余ったのでよかったら召し上がってください」
成人した方々がお腹いっぱいになるほどの量はありませんがおやつ程度はありますわ。
あとは片付けて眠るだけです。
「エイベル、順番で寝よう。私が火の番するから先に寝て」
「いや、お前が先に寝ろ。俺の方が体力あるし―」
ブツブツと言い訳するエイベルに譲りましよう。
「ありがとう。ちゃんと途中で起こしてくださいね」
「わかった。おやすみ」
「お休みなさい」
そして生まれて初めて寝袋に入り目を閉じました。固い床は嫌な思い出が蘇りますが、思考を放棄。
柔らかいベッドが恋しいですが、監禁よりマシですわね。
山での生活はこういうものにも慣れないといけません。でも平穏な生活が送れるなら固い寝床でも構いませんわ。




