第十六話 追憶令嬢8歳
ごきげんよう。レティシア・ルーンですわ
将来の平穏生活のために、謀略を巡らす公爵令嬢です。
私は馬車に揺られて、お母様の生家のターナー伯爵家に向かっております。
餞別にとセリアから贈られた箱の中身を開けるとカードが入ってます。
親愛なるレティへ
ポシェットは出かけるときは肌身離さず持ち歩いて。
困ったときに役に立つ自信作。
物騒だって中身をすり替えないでね。
どうしても心配ならリオ様に相談を。
予備も入っているから、補充を忘れずに。
感想聞かせてね。楽しみにしてるわ。
セリア・シオン
不吉な文章に嫌な予感がします。
ポシェットには魔石がついています。ボタンを押すと蓋が開く。
勝手に開かないように手が込んでいますね。
中には色んな物がぎっしりと詰められています。
細長いのは包帯?に小瓶の中身は万能薬?
思ったより普通ですね。
次の瓶には涙が出る薬、投げると光る玉?小型爆弾?物騒でしたわ。
危ない時に投げる球。赤、青、茶、黄と球が四つ。効果が書いてありませんよ。
セリア、途中で面倒になりましたね!!
護符?
ポシェットの下にも色んな物が敷き詰められています。
イライラした相手に投げる薬ってなんですか?やはり効果が書いていないものばかり。
セリア、使い方だけでなく効能も書いてください。
結果は使えばわかるから書かなかったって笑顔で言いそうですわ…。
物騒ですわ。これを持ち歩いたら危険人物、捕縛されそうですわ。
でも持ち歩かなければセリアが怒るかな。
どうしましょうか。
あとでリオに相談しましょう。
本を読み終わり窓の外は綺麗な夕焼け。
賑やかな町並みはなくなり、周りは平原にあの影は。
多分ヤギですかね?
家も少なくポツリポツリと。
王都とは雰囲気が大違いですね。
しばらく進むと家が増えてきました。
一際目立つ大きな邸宅がありますが、あれがターナー伯爵家ですかね?
ターナー伯爵家は武術に秀でる一族です。
武術名家の筆頭はビアード公爵家。今年は次点はターナー伯爵家と言われております。武門名家は数が多く各家門が切磋琢磨しているので強さの順位は頻繁に変わるそうですわ。私はよく知りませんが。
お母様の二番目のお姉様、ローラ様が跡を継いでおります。
そしてローラ様の旦那様、現ターナー伯爵はビアード公爵の兄君です。
我が国の武術の名門二家の指導を受けられるなんて光栄です。
馬車が止まったので降ります。
銀髪の銀の瞳のお母様によく似た女性がターナー伯爵夫人でしょうか。
私のほうが家格が高いので礼をして先に挨拶を。
「お初にお目にかかります。ルーン公爵家長女レティシア・ルーンと申します」
「いらっしゃい、レティシア。大きくなったわね。ローラ・ターナーよ。ローゼの子供とは思えないほどしっかりしてるわね。そんなに畏まらなくて大丈夫よ。私のことは伯母様でいいわ」
「これからお世話になります。宜しくお願いしますわ」
「貴方の事情は聞いてるわ。ルーン公爵家でこんなに可愛いかったら、これから大変よね。たとえ、魔力がなくても令嬢達がねぇ…」
穏やかなマール公爵夫人や静かなお母様と違い明るい方ですわ。勢いの良い話し方に驚きましたわ。
「キョトンとした顔も可愛いわ。伯母様も学園では苦労したのよ。負けないようにしっかり鍛えましょう」
「宜しくお願いします。伯母様」
「旦那様はリオの稽古をしているわ。晩餐の時に紹介するわ。リオがうちで修行する理由がわかったわ。ふふふ。今日はゆっくり休んで。晩餐の時に声をかけるわ。」
伯母様が直々に部屋に案内してくれました。
このお部屋はお母様が使用していた部屋。
壁にはターナー伯爵家の紋章があり、ベッドにテーブル、椅子にピアノに本棚。全体的にシンプルであまり生活感のない気がします。本棚にはほとんど本はありません。
バルコニーに出るとテーブルとイスが置かれています。
庭を眺めると物凄く広いですわ。
ターナー伯爵邸の敷地はうちより広いかもしれませんわ。
庭というよりも、訓練場?庭で素振りをしている方がいますし、走っている方も。
「お嬢様、お茶をお持ちしました。外は冷えますのでこちらをどうぞ」
「ありがとう」
肩掛けを羽織り、シエルの淹れてくれたお茶を口につける。美味しい。
八歳は二度目なのに、前の人生とは全然違いますね。
今頃は王家の王妃教育を受けてましたわ。
貴族として生きるのに必死だった頃が懐かしい。
今が楽しいから戻りたくありませんが。
さすがに冷えてきたので部屋に戻りましょう。
伯母様は部屋の物は自由に使っていいと言ってました。
久々にピアノを弾きましょうか。懐かしいですわ。
ピアノを弾くのは3年振りの所為か指の動きがぎこちないですわね。指が短いから余計に弾きにくい。でも何曲かは体が覚えてますわ。
「お嬢様!!すばらしいです」
拍手の音に振り向くとシエルがいたの忘れてましたわ。
「まだまだですよ」
「お上手でしたわ。バイオリンも弾けるのにすごいです。いつでも社交界デビューできますね」
「大げさです」
「シア、ピアノ弾けたんだな」
聞き覚えのある声が。壁にたたずんでいるのは、
「リオ、いつから?」
「曲の途中から。シエルがいれてくれた」
「いるなら声をかけてくださいませ。まだ上手に弾けないから恥ずかしいですわ」
「充分じゃないか?」
あら?よく見ると笑っているリオの顔は小さい傷だらけで髪も乱れてますわ。
「リオ、ボロボロですわね」
「まぁな。叔父上は強い。さすが名門。俺もたまには弾こうかな。シエル、シアのバイオリン貸して」
シエルが私のバイオリンをリオに渡してます。リオが調律してますわ。リオのバイオリンを聴くのは久々ですわ。
「シア、適当に合わせるから何か弾いて」
「え?まだ上手に弾けません」
「練習もかねて。遊んでやるよ」
簡単なワルツを弾く。このワルツが初心者向けな理由はテンポが遅いので弾きやすいからです。
バイオリンの音色が響く。やっぱり上手ですわ。
リオと私だと音の響きが違います。どんなに練習しても、リオのように聴いていたい音は出せません。
段々リオの音色がおかしい、テンポ!?速いですわ。
合わせるって言いませんわよ!?私に合せる気ありませんね。リオがニヤリと笑いましたわ。
リオは本当に遊んでますわ。
ワルツが狂騒曲になってますわよ。必死に鍵盤に指を躍らせ、演奏が終わるとどっと疲れましたわ。
「リオ!!遊びましたわね」
「シア、よく弾けたな」
後から拍手が聞こえ振り向くと、
「伯母様!?」
「晩餐に呼びにきたんだけど、旦那様も連れてくればよかったわ。ローゼの娘には思えないわ。あの子よりレティシアの方が上手だわ」
「ありがとうございます。まだまだですわ」
「二人とも上手よ。優秀な甥と姪がいて鼻が高いわ。今度は旦那様にも聴かせてね。食事にしましょう」
明るい笑顔で絶賛されてますが、人に聴かせる演奏ではありません。隣を歩くリオに聞いてみましょう。
「上手?」
「シアならもっと上を目指せるよ」
答えになっていませんわよ。
案内された部屋に入ると大柄な見覚えのある美しい銀の瞳の持ち主が座っていました。
「お会いできて光栄です。ターナー伯爵。レティシア・ルーンと申します。よろしくお願いいたします」
「よく来たね。レティシア。自分の屋敷だと思って楽に過ごしてくれ」
「ありがとうございます」
「しっかりしているね。私のことは伯父さんで構わないよ。こんなに愛らしいお嬢さんだとは思わなかったな」
「旦那様」
「ローラ、深い意味はないよ。リオ、わかっているよな?」
「はい。承知しております」
「食事にしましょう」
見慣れない料理がたくさんありますわ。
目の前の皿に色んな料理が盛り付けてあるけど、どうやって食べればいいんでしょうか?
「シア、食べる順番のマナーは決まってないから、自由に食べればいい」
「レティシアは初めてね。うちは一皿に一食分まとめるプレート料理。これが一番効率的で、あなたのお母様もよく食べてたのよ」
「最初は戸惑うが慣れると楽になる。こぼしても怒らないから自由に食べなさい」
「わかりました。いただきます」
自由にって難しいですわ。
野菜から食べましょう。初めての料理ばかりですがケイトが作る賄いを思い出す味がします。
お肉の量が多く、お腹が苦しいですわ。
残すのはマナー違反ですが……。どうしよう。
リオはもう食べ終わりそうで羨ましい。私の視線に気づいたリオと目が合い苦笑されてますわ。
「叔母上、レティシアには量が多いようですが、残してもよろしいですか?」
「食が細いのね。レティシア、今度から食べる前に教えてくれれば、先に量を減らすわ。明日は少なめに用意するから、足りなかったらおかわりしてね。今日は残していいわ」
「ありがとうございます」
なんとか晩餐が終わりました。
お腹が苦しかったので食後のお茶は遠慮しました。
「レティシア、邸内は自由に過ごしてもらってかまわない。庭や外にでるときは、必ず護衛と一緒に。何人か護衛騎士を選んでいるから明日紹介しよう。明日から訓練を始めるから今日はゆっくり休んでくれ」
「わかりました。ご配慮ありがとうございます。明日からよろしくお願い致します。伯父様、伯母様、リオ兄様、おやすみなさいませ」
挨拶をして部屋に戻ります。
うちとは違った意味で緊張します。リオはすでに馴染んでましたが。リオの適応力が羨ましいですわ。
明日に備えて今日はゆっくり休みましょう。




