第十五話 追憶令嬢8歳
ごきげんよう。レティシア・ルーンです。
平穏・気楽な人生を目指している公爵家令嬢です。
魔力測定が終わり、無事に私の魔力がないことが判明しました。
私が無属性という噂は物凄い勢いで広まりました。
大神殿に呼び出されて大神官様から長いお話を。要約すると信仰心と魔力の有無の関係は証明されていないから、きちんと信仰心を持ちなさいというお話です。
公爵令嬢が神殿に苦情を言わないかと探られました。うちは寄付金も多く、神殿に求められれば聖水も寄付していますので、うちと揉めたくなかったんでしょう。
当分は頻繁に神殿に通いお祈りを捧げて信心深い令嬢の演出が必要ですわね。
無属性の噂が広まったおかげで令嬢達の嫌がらせの手紙がなくなりました。
無属性という嘘をついたのに良い事ばかりですわ。心配なのは一つだけ。
お母様はまだ寝込んでます。
お父様は気にするなと仰せですが私の我儘の所為。せめてのお詫びに毎日お母様にお見舞いのお花を贈っております。
そういえば今日はリオが面会に来るそうです。可愛いエディと遊びたいんでしょうか?
珍しいですわね。エディは私が無属性でも気にせずに「姉様は僕が守ります」と愛らしい笑顔を見せてくれたので思わず抱きしめてしまいました。今の弟は物凄く可愛いのでリオが会いに来る理由もわかりますわ。
今日はお母様にどんなお花を贈りましょうか。
気分が明るくなるようにピンクのコスモスを主役にしましょう。コスモスをベンから譲ってもらったハサミでパキンと切る。あとは小ぶりな黄色と白の花を探しましょう。
花を選び、処理をして包んでリボンを結べば出来上がりです。
可愛いく仕上がりました。花束作りはダンやベンのアドバイスのおかげで一人前です。
今日はこれをお母様に贈りましょう。
「ルーン嬢、花束を作れるんだね。3年ぶりかな?私の見立て通り綺麗になったね。さすが私のレティ」
聞こえるはずのない声が聞こえました。
「招待を受けてもらえないから寂しかったよ。手紙のやり取りも新鮮で楽しかったけど。元気そうでよかったよ」
見覚えのある穏やかな笑みは幻?
「聞いてる?まさか覚えてない?」
覗き込まれる金の瞳はやはり本物です。目の前には記憶にありすぎる見覚えのあるお姿。
どうしましょうか。本当に。周りを見渡してもお一人。どこにも護衛はいません。忍んでいる王家の影は護衛として数えません。どうしてうちの庭園にクロード殿下がいるんでしょうか。
ここにお一人で姿を見せていい方では決してありませんわ。
殿下がいつもの穏やかな笑みを浮かべて私の正面に立つと突然腕を捕まれて、真顔のリオの背中に視界が覆われる。
「お初にお目にかかります。マール公爵家三男リオ・マールと申します。無礼を承知でお尋ねしますがどうしてこちらにいらっしゃるんですか?」
リオ、不敬ですよ。まず礼をして殿下に声を掛けられてから頭をあげて自己紹介ですよ。もしかして夢?
「公爵令嬢が無属性を持ち落ち込んでるんじゃないかと思って」
「女性の傷心につけこもうとは、いい趣味とはいえませんね。レティシア嬢はすでに私がお慰めしましたのでお気遣い不要です」
殿下とリオが見つめ合っていますが、なぜか寒気がします。
「殿下!!やはりこちらにいましたか!!」
「帰りますよ」
聞こえる声に執事の後ろにいる姿に力が抜けます。
ようやく殿下の護衛の近衛騎士が現れましたわ。騎士達が殿下を囲んでいるのでこれで一安心です。私は挨拶を忘れてましたがこの状況では空気が壊れますよね。今は無事に帰っていただくのが優先ですわ。
「ちょっと待て。ルーン嬢、私は君を気にいってる。魔力がなくても私の能力なら問題ない。抜け道は、」
「お戯れはおやめください。やっと彼女に殿下の思いが届かないと知った令嬢達の嫌がらせが収まったんです」
「殿下、帰りますよ」
殿下は、近衛騎士に連れて行かれましたわ。
相変わらず突然現れる人ですわね。訳のわからないことを言っていましたが気の所為ですよね。うん。聞き間違えですね。リオの不敬の塊の態度も。白昼夢かもしれませんわ。
「シア、大丈夫?」
リオに心配そうに顔を覗き込まれる。
「驚きましたが大丈夫ですよ」
「まさか殿下がいるなんて思わないよな。諦めが悪い。座ろうか。その花束は」
リオの温かい手に包まれ庭園のベンチにエスコートされます。リオは自然な動作でエスコートします。将来たくさんの令嬢を魅了する理由もようやくわかりましたわ。
「お母様に。シエル、これをお母様に」
「かしこまりました」
控えていたシエルにお使いを。花束を持ち礼をして離れて行きました。
「叔母上にか。……殿下からじゃないのか。儀式のあと倒れたけどもう平気?」
「平気ですわ。もう何がなんだか、記憶があやふやで」
「………。そうか、あやふや」
お父様と今後の方針の話をした後から中々忙しかったですわ。
頻繁に神殿に通いました。神殿に祈りを捧げ寄付金を納めるのは貴族の義務であり令嬢の役割と言われています。
ターナー伯爵家に行けば神殿通いはできなくなるのでその前にと、神官様達と親交を深めましたわ。おかげで神官様達の儀式の手伝いを頼まれたり中々忙しく、そしてお母様が倒れて不安になったエディが私の傍を離れませんでした。
リオがため息をついてます。疲れてるんでしょうか?確かに護衛も付けずに殿下が訪ねてくれば呆れて疲れますわ。殿下が非常識な方とは知りたくありませんでしたわ。
そういえば忘れてましたわ。
「お父様にリオとの婚約を折を見て進めると言われましたが知ってます?」
「知ってるもなにも俺が申し込んだ」
「リオが?どうして、」
「シアと一緒にいたいから」
これから魔力がないことで誹謗中傷を受けることを心配してるんでしょうか。昔から身内には優しい。笑えてきましたわ。
シエルもいないし、素直に笑ってしまいましょう。
「心配症ですわね。いくら身内でも甘やかしすぎですわ?私と婚約して好きな令嬢ができたらどうしますの?」
額に手をあてて、ため息をつき呆れた顔で見られました。
そんなお顔をしたら、令嬢達の人気はなくなりますわよ。
「ない。他の令嬢に恋するなんてないからありえない」
「未来のことはわかりません」
「そのうちわかるよ。とりあえずこれからもよろしくな」
「こちらこそよろしくお願いします」
きっとリオにはリオの考えがありますのね。
この婚約にマール公爵家の利があるんでしょう。私はマール公爵家の内情は知りませんし、どんなに親しくても教えることもありません。勝手に堂々と本人相手に内情を探ろうとすれば呆れた顔を向けられても仕方ありませんわ。まぁ婚約が決まったことだけ頭に入れておけばいいですわね。
「いつからターナー伯爵家に行くんだ?」
「まだ決まってません」
「決まったら教えて。俺も行く」
「学園の試験勉強は平気ですの?」
「余裕。あの程度ならシアでも簡単」
実はリオは文武両道です。欠点はネーミングセンスがないことと女心がわからないこと。それ以外は完璧です。さすがマール公爵家の三男ですわ。
「俺もターナー伯爵家で修行つけてもらおうかと。最近は父上も母上も忙しいから」
「どちらが強くなるか競争ですわね」
「負けないからな」
「私も頑張りますわよ」
魔力測定が終わって一月経つとお母様も元気になり、いつもの厳しいお母様に戻りました。
ターナー伯爵家に行く日程が決まり、用意も全て終わりました。
もちろんシエルも同行します。
ここで一つ問題が…。
「ねえ様、本当に行くんですか!?僕と一緒にいてくれるって」
「エディ、すぐ帰ってきますわ。1年か2年くらいで」
「すぐじゃないです。僕も行きたいです!!」
「お母様と一緒にお願いします」
「ねえさま」
上目遣い効果わかりましたわ。私のスカートをギュっと握ってうるうると見つめる弟が可愛い。
私が真似してもこんなに可愛くできませんわ。
「手紙を書きますわ」
「ねえさまは寂しくないの?」
「寂しいですけど、ルーン公爵家令嬢の務めですわ」
「帰ってきたら、僕と一日遊んでください」
「わかりました。一日遊べるようにしっかりお勉強するのよ」
「うん。約束、」
「約束ですわ。元気でね。エディ」
エディと指切りをして、頭を撫でるとようやく離れてくれました。
正直、私とエディのやり取りをお母様が無言で見ていたことが驚きです。
「レティシア、体に気を付けなさい」
「はい。お母様」
「レティシアはルーン公爵家令嬢だ。愚か者の言葉に惑わされないように」
「はい。お父様。」
「ターナー伯爵家はうちとは全然違いますから。染まりすぎないように」
「? かしこまりました。では行ってきますわ」
両親に礼をして馬車に乗り込みます。お母様のお姉様のいるターナー伯爵家に向かい馬車が進みます。
ここから馬車で一日ほど。ルーン公爵令嬢としての長旅は初めてなので楽しみですわ。
乗馬したいですがきっとシエルに諌められますね。
監禁回避のために頑張りますわ。