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追憶令嬢の徒然日記  作者: 夕鈴
番外編 家族の記録
202/207

公爵子息の記録4

エラム・ビアードです。

今日はビアード公爵邸に帰ってきた。

父上が珍しく私室で休んでいると聞き、父上の部屋に入った。


「お前がここに来るのは珍しいな。なにかいるか?」

「いいえ。長居はしません。父上とレティシア様との思い出を教えてください」

「は?」


珍しく本を読んでいた父上は本を閉じ机に置き、怪訝そうな視線を向けてきた。


「レシーナに頼まれたんです。あとティアにも話してやりたい」

「お前さ、危機感ないのか?」


父上に呆れた声音で問いかけられた。

危機感は日頃から鍛えられている。そして俺はきちんと約束も守っている。


「約束通りルーン公爵邸に行く姿は誰にも見られてません」

「忠告したよな。ルーン公爵家は恐ろしい。一歩間違えればうちが潰される」


ため息をついている父上の言葉は冗談には聞こえない。

武門名家のうちが文官しか排出していない宰相一族に潰される?ルーンは治癒魔法に特化しているが……。治癒魔法の一族に敗北するなんて……。ルーンで武術を専攻しているのはティアだけだし、ティアは特殊だからルーン一族に数えなくてもいいか。


「ありえませんよ」

「状況把握が甘い。兵の数でうちが勝っても一騎当千の奴らがゴロゴロいる。それにレティシアが望めばさらに厄介だ。レティシアのためなら派閥に関係なく動く家が多い。

特にうちの派閥はほとんどがルーンを選ぶ。さらにあいつは他国との伝手も持っている。王家もビアードよりルーンを選ぶだろう。陛下やレオ様にとってレティシアは特別だ」


父上の話が信じられなかった。

ルーン公爵家は序列2位、うちは序列3位。

序列1位は陛下の生母の生家のマール公爵家だが権力と勢力としてはルーン公爵家が1番である。

でもビアード公爵家は王家の一番の忠臣一族。

さらに父上は陛下達と親しいし、王家がルーンを選ぶのは特に納得できない。

社交界から姿を消して長いレティシア様が望めばという言葉の意味もわからない。


「確認なんですがレティシア様がですか?」

「あいつは普段は無害で抜けているが、一番怒らせたら怖い。あいつのために無条件で動く者、しかも権力と力を持つ者が多すぎる。」


レティシア様は15歳から行方不明である。

後ろ盾ってルーンとマールくらいじゃないのか……?

マールもルーンも権力を持っているが兵の数、武力ならうちのが強い。

俺が思っているほどうちは力が無いんだろうか……?

フラン王国一の武門名家のはずなのに。

そして社交界から姿を消したレティシア様の人脈に父上が敵わないってもしかして……。


「父上、うちは人望ないんですか?」

「ルーンには敵わない。うちの派閥が大きいのはレティシアの成果だ。あいつが学生時代に広げた伝手をエドワードが有効活用している。うちの派閥の3割はレティシアが引き入れた中立貴族だ。しかもルーン公爵家の後見で事業が拡大し、恩義を感じている家ばかり。あれらは家名は名ばかりのルーンの信者達だ」


父上が壁に飾られた地図に風をあてた。風が示した家は気難しい当主がいると母上が言っていた家ばかり。

ルーンから領地も放れ、レティシア様との繋がりも想像がつかない。いつも優しく微笑んでいるレティシア様が強面の当主や魔女のように不気味な貴婦人と談笑している姿も。

どう考えても狼に睨まれ、震える子兎にしか見えない。


「確認しますが、同一人物ですか?」

「ああ。あいつは二面性が激しい。ルーン公爵令嬢は味方なら頼もしいが敵なら恐ろしい人物だったよ。理解できなくても、危機感を持って扱え。できれば関わってほしくないがな。お前達が喜ぶ話はないからサイラスに聞け。用件がそれなら出ていけ」

「サイラスが父上とレティシア様は特別って言ってました」

「ありえない。単なる兄妹弟子だ。命が惜しいならレティシアには近づくな。頭に叩きこめ。一番危険なのはレティシアだ」


父上はレティシア様の話を教えてくれなかった。

迷惑そうな顔をされたから退室した。

母上にはレティシア様のことは聞けない。

レシーナに頼まれたし、なによりティアに話してあげたかったんだけどな……。

やっぱりレティシア様に聞くのが一番だろうか。



***


ローゼ様との訓練が終わって、目覚めるとレティシア様にお茶に誘われた。


「レティシア様は父上とどんな関係だったんですか?」


レティシア様はお茶を一口飲み瞳を閉じた。ゆっくりと瞼が上り、ティアとそっくりな青い瞳を細め美しく微笑んだ。

ティアは可愛いく笑うけど、よく似ているレティシア様は笑い方はティアと違う。


「内緒です」

「特別でしたか?」

「エイベルはいつも真っすぐで、わかりにくいけど優しいから居心地が良かったですわ」

「父上の話を教えてくれませんか」


レティシア様が再び目を伏せて黙ってしまった。

レティシア様が沈黙しているのは初めて。



「どうした?シア?」

「お帰りなさい。エイベルの話を聞かせてほしいと頼まれたんだけど、私、エラム様にお話できるようなことがなくて……。格好良い話が全く思い浮かばない。リオは何かありますか?」


いつの間にかリオ様が現れ、レティシア様の肩に手を置いている。レティシア様は目を開けて、見たことがないほど困惑した顔で微笑むリオ様を見つめている。


「令嬢に人気だったとか?」

「リオの方が人気でしたよ。私はあまりエイベルと過ごしていないんです。リオは生徒会で一緒でしたよね」

「俺もさっぱり。遅いからそろそろ送るよ。シア、家の中で待ってて」

「あら?はい。気をつけて行ってらっしゃいませ」


俺はリオ様に送られて学園まで帰ることになった。

リオ様は俺と二人の時はほとんど無言だ。

レティシア様に向けていた笑顔が見間違えに思えるほど無表情である。


「訓練の後はいつもお茶しているのか?」

「いつも気を失ってしまい、起きるとお茶をいれてくださいます」

「……そうか」


リオ様はまた無言になった。

結局、レシーナのお願いは聞けなかった。



***

生徒会に行くとまたティアとマートンが喧嘩をしていた。

レティシア様の取り合いをリアムは静かに見ている。俺は自分が近づけないのに、悔しい。

マートンはどうしてそんなにレティシア様に憧れるんだろうか。レティシア様のファンは令嬢ばかりである。男はエドワード様のファンが多い。

いつの間にか生徒会長が仲裁しリアムがティアを宥めている。


「最近は相手にしないのにどうしたの?」

「悔しかったから」

「なにが?」

「内緒」


拗ねた顔をしているティアの手を引いてリアムが出て行く。

喧嘩の原因はマートンがターナー伯爵家に訓練に行ったことを自慢したから。ティアはそれが羨ましかったらしい。

ターナー伯爵家にもレティシア様の話はたくさんあるという。父上より大伯父上に聞けばいいのか……。盲点だった。

ティアはどうして羨ましく思ったんだろうか。


「マートンはティアと喧嘩して楽しいか?」

「ルーンが悪いんです。あいつ、俺にいつも自慢するんですよ。レティシア様のことを」

「なんで、そんなに知りたいんだ?」

「好きな女性のことは全てを知りたいものでしょう?」


好き?


「会ったことないのに?」

「お会いしました。幼い頃に」

「は?」

「俺は昔は体が弱かったんです」


マートンが顔をぼんやりさせて語りだしたけど長くなるのか?

レシーナに口を挟むなと視線を送られたので、黙って聞くことにした。

レシーナもレティシア様のファンだ。そして俺は彼女が怖い人物だとよく知っている。


「昔は弟のほうが優秀で嫡男として努力が足りないといつも言われていました。父上に連れられて国を巡っているうちに魔がさしたんです。気分が悪くて一人で馬車で休んでた俺は馬車から抜け出した。弟がいるなら俺なんていらないと思って。

夢中で走ったけど、どんどん気分が悪くなって座り込んでいると女性に声をかけられたんです。その女性は深い青い瞳で俺を覗き込み、額に手をあててくれました。冷たい手が気持ち良くて気付いたら気分が良くなりました。


「大丈夫ですか?」

「治った」

「良かったです。迷ってしまいましたか?」

「俺はいないほうがいい。」


座り込む俺の隣に女性が座りこみました。


「どうしてですか?」

「嫡男なのに、弟のほうが優秀で。いつも努力が足りないって」


優しく頭を撫でられ見たことないほど澄んだ青い瞳で優しくみつめられ、微笑みかけられました。


「頑張ってるんですね」

「俺はすぐ具合が悪くなるから」


青い瞳にじっと見つめられました。しばらくして抱きしめられました。ゆっくりと背中を撫でられて。全身がひんやりとして、しばらくすると、じんわり暖かくなりました。


「おまじないです。もしまた苦しくなったら水の魔導士を探してください。人には向き不向きがあります。でも努力は嘘をつきません。たとえ弟君のほうが優れていても、当主が貴方を嫡男と定めるのなら理由があります。私は病に苦しくても、耐えて努力を重ねる貴方を貴族に相応しいと思います。」

「相応しい?」

「ええ。きっとご家族が心配しているので帰りましょう。」

「心配?」

「自分の子供を探さない親はいません。帰ったら怒られますが愛情ですわ。」


女性が俺を降ろしてゆっくり立ち上がりました。

その時にフードが脱げて、美しい銀髪が見えました。綺麗に微笑んでいたお顔が、目を丸くしてギャップが・・・。

女性は慌ててフードを被り直しました。

手を繋いで、町の近くまで案内してもらいました。


「私はこれ以上はいけません。一人で大丈夫ですか?」

「うん。ありがとう。また会える?」

「いいえ。もうお会いすることはありません。失礼しますわ」


気付くと女性はいなくなっていました。

俺が馬車まで戻ると、父上に抱きしめられ物凄く怒られました。

それから俺はずっと抱えていた病がなくなりました。お礼を言いたくて、何度か出会った場所に行ったけど会えませんでした。初めて会ったエドワード・ルーン様は女性にそっくりでした。父上に話しても信じてもらえませんでした。ローブを着て、人混みを避けていたのは誰かに追われているんだと思うんです。

探して助けて差し上げたいと言っても聞いてもらえませんでした。母上はレティシア様は魔法が使えないし、意地悪な人だから絶対にありえないって言うんです。でも俺が会ったのは絶対にレティシア様だと思うんです」


決意を秘めた顔を見ながら一応確認することにした。


「場所は?」

「マール公爵領」


俺は見なくてもレシーナの目が輝いているのがわかった。本当のことは言えないけど、絶対にレティシア様だ。物凄く優しいから、知らない子供を保護して治癒魔法をかけるくらいのことはするだろう。


「ルーンの分家の方かもしれませんね。銀髪で青い瞳のご令嬢もいますし」

「それならローブで隠す理由がありません。絶対にご本人です」

「マートン様、レティシア様の偽の情報を流すとルーン公爵家が動きます。証拠がないなら口に出さずに思い出にしておくべきですわ。エドワード様はレティシア様を名乗る偽物に厳しい処罰をくだしてます。不用意なことは口に出すべきではありません」


レシーナが脅している。確かにこの情報はまずいだろう……。


「俺もここだけの話にするよ」


信じていない俺達をマートンが不服そうに見ている。


「どうして誰も信じてくれないんでしょう」

「何を信じるかは自由です。ですがその情報が波紋を呼ぶこともあるのです。家が大事なら冷静に行動しなければいけません。先輩としての助言ですわ。個人としては素敵なお話を聞かせていただいたことを嬉しく思います」


レシーナの笑みにマートンが見惚れいる。これでこの話は終わりだろう。

レティシア様に出会って、そっくりなティアに心を奪われないのが不思議だよな。

俺は卒業までにティアとの距離を縮めることができるんだろうか。

なぜか最近はティアの視線が冷たい気がする。理由がわからない。味方が欲しい。

この半年後にリアム以上の強敵が入学してくることを知らなかった。


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